46.エンディングにて
滞りなく、輿入れのための顔合わせの準備が進む中。
私は一人、暇を持て余しつつ、ゆっくりと紅茶を飲みながら。何週もしたゲームの内容を思い出していた。
そもそも、悪役王女であるヴァイオレットの詳細なんて、文字で語られただけだったから。プルプラと『銀の騎士』のお披露目のイベントまでしか、絵として知っている部分はない。
どんな国の、どんな人物が相手だったのか、なんて。ヒロインでもない人物のことを詳しく描く必要は、一切なかったんだから。
(少しでも情報があれば、まだ違ったのに)
この段階になっても、私は相手の顔も名前も、どこの国の出身なのかすら知らないまま。
普通は知らせるものじゃないのかと、思ったりはするけれど。それでなにが変わるわけでもないという判断なのだろうと、沈黙を貫いている。
誰が相手であろうと変わらないということなら、確かにその通りだから。
(まぁ私に告げられたのは、ただの決定事項だったし)
プルプラと違って、私には選択の余地すらなかった。
最初から嫁ぎ先を決めていたわけではないことは、肖像画の制作が後回しになっていたことからも、容易に想像がつくけれど。
そう考えると、逆に思っていた以上に早く決まったのかもしれない。
(王族の結婚って、そんなに簡単に決まるものじゃないはずだし)
余程いい条件だったのか、それとも向こうが推し進めてきたのか。
これでも私は、エークエス王国の外に出てしまえば、かなりの美人の部類に入る見た目だし。可能性として、なくはない。
(むしろ、それくらい望んでくれる相手だったら、大切にしてくれそうだし)
だったら、嫁ぎ先としては十分以上かな、なんて。私も割と、冷めた考え方をしている。
とはいえ王族として育てられた以上、このあたりはシビアだったし。王女としての自覚も、ある程度ならある。
少なくとも、自国にとって不利になる条件を提示してきた国からの申し入れは、全て断っているであろうことが分かるくらいには。
「ヴァイオレット様。準備が整いましたので、お着替えをお願いいたします」
「えぇ」
私は一人優雅に、紅茶のカップを傾けていたけれど。その間に侍女たちは、今日のためのドレスやら宝飾品やら化粧道具やら、色々と準備をしていたわけで。
まぁようするに、今日がその顔合わせの日なんですけどね。
(ヴァイオレット王女は、他国へと嫁ぐことになりました、ねぇ)
エンディングにて彼女に触れていたのは、その一文のみ。
基本的に画面には、幸せそうなプルプラと『銀の騎士』の姿しか映っていなかったし。それは、どの攻略対象が相手でも変わらなかった。
(そういえば、あの子が選んだのはメインヒーローだったな)
コルセットやら下着やらを身に着けられながら。ふと、二人が並んでいた姿を思い出す。
メインと言われるだけあって、やっぱり彼が正規ルートだったのかと。ゲーム脳的には、そんなことも考えてしまうけれど。
ここは現実なんだから、もうルートとかって思うのはやめようと、自分の中で切り替える。
「完成です。大変お綺麗でございますよ、ヴァイオレット様」
「ありがとう」
彼女たちの言葉は、基本的にお世辞だと思っておいて間違いはない。
ただ、鏡に映る姿は。間違いなく、とてつもなく美人だったけど。
(うん。やっぱりヴァイオレットは、超絶美人だよね)
肩どころかデコルテまでしっかりと出した、オフショルダーの白いドレスは。いわゆる、マーメイドの形で。
体のラインがくっきりと浮かび上がるような、ピッタリとしたデザインのおかげで、そのグラマラスな体形がより一層強調されて、際立っているし。
いくら髪で隠れるとはいえ、背中だってそこまで!? って言いたくなるくらい、しっかりぱっくり開いている。
極めつけは、同じ白い生地で作られた、首元の細いリボン。
(明らかに、相手を悩殺してこいっていう意味だよねぇ、コレは)
必要最小限に留められた、装飾品や化粧が。逆に、ドレスとボディーラインに目が行くように、計算され尽くされているように見えるのは。きっと、私の気のせいなんかじゃない。
耳元で揺れる、白いしずく型のパールが。いやらしさではなく、清楚っぽさを演出しているあたりに、なおさらそれを感じる。
「ヴァイオレット様、お時間です」
「今行くわ」
謁見の間で、今日はお父様の隣に立って、結婚相手を迎える予定になっているらしい。
ちなみにそれを聞いたのは、今朝になってからだったけど。
(せめてもうちょっとさぁ、こっちに対する気遣いをしてくれてもいいんじゃないの?)
普段とは違う型のドレスだから、少しだけ歩きにくさを感じつつ。
心の中だけで文句を並べながらも、なんとかたどり着いた時にはすでに、私以外の全員が揃っていたらしく。
それは玉座に座るべき人物でさえ、当然例外ではなかった。
「お待たせいたしました」
「……まだ時間にはなっていない」
たった、ひと言。
ただそれだけを私に返して、お父様はそれ以上喋ろうとはしなかった。
(こんな日まで、いつも通りなのね)
おかしな親子関係に、つい笑いたくなってしまうけれど。今は、そんな場合ではない。
動きにくさを感じさせないように、ゆっくり玉座の側まで歩いていく。
そのまま、そっとその横に立って、扉のほうを向けば。
「あちらの王子殿下は、すでに到着されておりますが。いかがなさいますか?」
「通せ」
「かしこまりました」
お父様とその側近の会話が、ちょうど耳に入ってきて。
絶妙なタイミングだったなと思いながら、ただ真っ直ぐに扉を見据える。
相手が王子だということすら、今知った事実だけれど。それを表に出すことは、決してしない。
凛と立ち続けることだけが、私が今この場で、王女としてするべきことだから。
そして、その時が訪れる。
ゆっくりと開かれる扉の向こうから、玉座の前まで歩いてくる人物は。
スラリと伸びた手足に、高い身長。髪は銀色で――。
「……ぇ?」
小さく呟いた私の声は、ほとんど吐息でしかなかったから。きっと、誰にも聞こえていないはず。
それなのに。
「お初にお目にかかります。マギカーエ王国の第三王子、アルジェンティと申します」
そう、頭を下げて挨拶をする直前。
彼は明らかに私のほうを見て、一瞬笑顔を向けてきたのだ。
「この度は、ヴァイオレット王女殿下との婚姻にご了承いただき、ありがとうございます」
メガネは、かけていないけれど。
髪は銀色だし。瞳は緑と茶色を混ぜたような、不思議な色合いをしているけれど。
でも、その顔は。その笑顔は。間違いなく、疑いようもなく。
私の大好きな推しキャラ、ジェンティー・ヴェフコフそのものだった。