45.約束、守れなくてごめんなさい
「お前の嫁ぎ先が決まった」
日々を惰性で生きているだけのような状況が続いていた、ある日のこと。
以前のように急に呼び出されたかと思えば、唐突に告げられた言葉は。この国での生活の終わりを、明確にするものでしかなかった。
「準備が整い次第、あちらから迎えが来るそうだ。それまでに支度を終わらせておくように」
「承知いたしました、お父様」
お父様、なんて。この人にそう呼びかけるのも、あと何回になるのだろう?
他国に嫁いでしまえば、私はエークエス王国の人間ではなくなるから。気軽に家族として接することはできなくなる。
それを今さら悲しいとは、微塵も思わないけれど。今度から呼び方に気をつけないといけなくなると考えると、ちょっとだけ面倒くさい。
(相変わらず、私を見ようともしない人だし)
正直、なにか父親らしいことをしてもらった記憶すら、ない。
私にとって家族というのは、プルプラ以外存在していないのではないかと。本気でそう思ってしまうくらいには、家族間の交流というものが一切なかったから。
王族だから、ではなくて。私が魔力持ちだから、というのがその理由だけど。
だから感傷に浸ることもなければ、特にやり残したこともない、と。
(思ってたのに、なぁ)
自室へと戻る道すがら、ふと足を止めて窓の外を眺めてみれば。そこには、あの日以上に緑の深みを増した植物たちが、日の光を受けて輝きを放っていた。
そこはちょうど、プルプラと騎士が寄り添い合って立っていた場所。手入れのよく行き届いた、目を楽しませるための中庭。
あの光景を目にした時には、まだ私はジェンティーへの手紙の返事の内容をどうするべきか、真剣に悩んでいたのを。今でも鮮明に、覚えている。
(約束、守れなくてごめんなさい)
ここではない、別の庭園で。また一緒にあの場所を歩こうって、約束したのに。
結局、私はその約束さえ、守れそうにない。
(いつ戻ってくるつもりなのかは、知らないけれど)
きっと彼が戻ってきた頃には、私はすでに他国に嫁いでしまったあとだろうから。
それを、申し訳ないと思うのと同時に。唯一やり残したことだとも、思ってしまっているくらいだから。
(これから先ずっと、そのことを後悔し続けるんだろうな)
守れないような約束は、するべきではない、と。そう言う人も、いるだろうけれど。
でも、仕方がないじゃない。あの時点では、こうなるなんて予想できなかったんだから。
そもそも私に対して、こんなにもしっかりとした厳戒態勢を敷かれるなんて。きっと騎士たちですら、想像していなかっただろう。
侍女たちですら、初日はどこか緊張している様子だったし。
(国内での扱いが、外交的にも通用するわけではないからね)
そういうことを考えられる人物がいたことが、少なからず驚きではあったけど。
でもまぁ、今までがおかしかったわけだから。自由に過ごしすぎていた自覚は、あるし。
(それとも……。いや、まさかね)
一瞬それが、お父様からの唯一の親心だったんじゃないかと、考えたけれど。だとすれば、もう少し他にやり方があったような気もするし。
結局、憶測でしかないそれを、私は瞬時に否定した。
「ヴァイオレット様、いかがなさいました?」
あまりに長い間、その場所に留まりすぎていたからだろう。窓の外を見ているだけの私に、侍女がおそるおそる声をかけてきた。
ちなみに今まで、その日の担当侍女は一人だったのが。今では少なくとも、三人は必ず側についている。
自室では一人にしてもらえるけれど、それ以外の場所では本当に例外なく常に、だから。
条件が変われば、環境も変わるものだなと。改めて思ったりも、した。
「いいえ、なんでもないわ。随分と緑が濃くなってきて、そろそろ暑い季節がくるのかしらと、考えていただけ」
本当は、過去に思いを馳せていたのだけれど。わざわざそれを口にするつもりは、ない。
それよりも今は、彼女たちの心配そうにこちらを見つめてくる視線に、笑顔を返して。
「行きましょう」
ひと言告げて、私は今度こそ自室へと足を向ける。
戻ったら、もう一度だけ。ジェンティーからの手紙に目を通しておこうと、心に決めて。