44.退屈な日々
「あーぁ、暇だなぁ」
図書室にすら、足を運ぶことが許されなくなってしまった私は。とりあえず、色々な本を持ってきてもらうけれど。
そのどれもこれもが、すでに読書済みのものばかりで。
「刺繡も飽きちゃったしなぁ」
そもそも手持ちの図案は、もう全部完璧に刺せてしまうから。練習する必要すら、ない。
新しい図案が手に入るまでには、まだちょっと時間がかかるらしいし。
正直そろそろ、手持ち無沙汰感は否めなくなってきている。
「誰も話し相手には、なってくれないだろうし」
扉の向こう側を、少しだけ恨めしく思いながら。無駄に趣向が凝らされた重厚な扉を、軽く睨みつける。
これがプルプラなら、侍女たちとお喋りに興じたりできたんだろうけど。あいにくと、私はそんなことができるほど、彼女たちと打ち解けていない。
「というか、プルプラが異常なだけなんだけど」
そもそもが主従関係であるにもかかわらず、そんなにフレンドリーに接することのほうが、本来不自然なわけで。
でもそれが許されているのは、やっぱりヒロイン力なのかなと思ったり。
「ひーまー」
そんなことをつらつらと考えているところから、だいぶお察しな気もするが。
ようするに、私はひたすら退屈な日々を送っているわけだ。
なにせ、食事の時以外は自室から出ることができなくて。だからといって、誰かが訪ねてくるわけでもない。
ただ一人、部屋の中で暇を持て余すだけのこの時間は、贅沢を通り越して、無駄でしかない。
「騎士じゃないんだから、一人で部屋の中にいたって体鍛えたりしないんだし。せめて、娯楽ぐらい用意してよ」
とはいえ、一応用意はされていたのだ。彼らの予想以上に、私の消化率が高く早かっただけで。
刺繡の図案の発注が間に合っていない点からも、それは明らかだろう。
「というか、嫁ぎ先まだ決まらないの?」
決まっていれば、その国のことを学んだりとかできるのに。
それとも、逆に申し込みが多すぎて難航してる?
まさか一件もきてない、なんて。そんなことはないよね?
「決定権がないのと、情報を与えられないのは、別物だと思うんだけど」
ただ、今までの彼らの行動から察するに。おそらく決定するまでは、一切の情報を開示してくれないと思われる。
そもそも『銀の騎士』の時だって、本来なら当事者のはずなのに。私には、なにも伝えられていなかったから。
今回だって、きっと同じなのだろう。
思わず零れてしまったため息と同時に。自然と視線は、ある一点へと向かっていく。
「…………ジェンティー……」
会いたいよ、なんて。もう気軽に口にすることさえ、できないけれど。
可能ならもう一度だけ、彼に会いたい。少しでいいから、取り留めもない会話を。
「……なんて、ダメだよね」
許されるわけがない。分かってる。
自嘲するように零れた、小さな小さな吐息と笑みは。諦めの境地にいるにもかかわらず、どうしても彼を思い出してしまう、自分への呆れから。
この状況で他国の、しかも男性と会って会話なんて、できるはずがないし。誰も、許可なんて出さないだろう。
そんなこと、分かっているはずなのに。頭ではちゃんと、理解しているのに。
それでもどうしようもなく、会いたくなってしまう瞬間が。私には、ある。
「……推し活、できなくなっちゃった」
もうちょっとしたかったな、なんて。まるで推しが引退してしまったあとの、オタクのようなことを思うけれど。
この国で生きてきた中で、唯一の楽しみだったんだから。しょうがないじゃん、なんて。
心の中だけで、言い訳がましく呟くのだ。