43.予定調和
ジェンティーからの手紙は、直接会って伝えられないことへの謝罪から始まって。どうしても外せない用事ができてしまって、一度国へ帰らなければならなくなった旨が書かれていた。
そしてそこには、こんな言葉も残されていて。
「またお会いできる日を、楽しみにしています。か」
あの日から、何度も何度も読み返している手紙は。大切に引き出しの中に保管しているけれど。
彼の用事が終わる目途が立っていない以上、その日が訪れることはないのだろう。
「結局全部、予定調和なんだろうな」
誰もジェンティーを攻略できないようになっているのも、プルプラが『銀の騎士』を得るのも。
私が、他国へと嫁ぐことになることも、全部。
最初から、決まっていたこと。
「知ってたけど」
いざこうなると、やっぱりショックだった。
特にジェンティーとは、まだ会えると思っていたから、なおさら。
「私もすでに、自由とは程遠いけどね」
プルプラと『銀の騎士』の件が落ち着いて、すぐに使者が他国へと向かったことを知っている。
というかそもそも、宮廷画家にお見合い用の肖像画を描かせるために、時間を使ったし。知らないわけがない。
つまり、もう私の身分は自由な第一王女ではないということ。
「初顔合わせ用に、白いドレスも作ってるし」
エークエス王国の王族の色である、紫ではなく。わざわざ、白を選んでいるのは。これからあなたの国に染まりますよという、意思表示らしい。
ちなみに結婚式のドレスは、嫁いだ国が作ってくれるらしいから。こっちで用意するようなものは、特になし。
その国の風習に従うことを考えれば、当然だよね。郷に入っては郷に従えってこと。
「でもなんか、今はちょっと囚われのお姫様の気分」
自嘲気味に笑ったところで、この部屋の中には誰もいない。
今までと同じ、部屋の中でたった一人。
それなのに、部屋から出るにも許可が必要になってしまった。
「分かるけど、ね」
万が一、他国に嫁ぐ予定の王女に何事かあれば。色々と、問題が起きかねない。
それを未然に防ぐには、本人を自由に歩かせなければいいだけの話。
だからこの状況に、文句を言うつもりはないけれど。
「どうせ、誰も私になんて興味がないくせに」
必要になったから。ただそれだけ。
この国の理想の女性像が、プルプラであることに変わりはないし。私がそこから完全に外れているという事実も、変わらない。
そんな状態で万が一なんて、あるはずもないのに。
脳筋だけど、だからこそ真っ直ぐな騎士たちが。『銀の騎士』になるために、その名誉を手に入れるためだけに、私を娶ろうとすることもないだろう。
「そこだけは、信用してるんだけどなぁ」
単純に、将来嫁ぐ予定の国に対する、パフォーマンスなんだろうと思う。
しっかり体裁を保っておけば、文句は言われないだろうっていう、ね。
「この国の基準でいえば、女性としてはナシの部類だもんね」
仕方ないのかもしれない。
他の国でもそうとは限らないから、違う意味で正しいのかもしれないけれど。
むしろ、深窓の姫君ぐらいの扱いにしておいたほうが、おそらく色々と疑われずに済むはずだ。
「世界が違えば、美人で背が高いからモデルにだってなれたのに。もったいない」
私はそれを知っているから、自信を失うことも卑屈になることもなく、生きてこられたけれど。
もし、この世界のこの国しか、知らなかったら?
「……ゲームの中のヴァイオレットは、劣等感を抱いていたのかな?」
理想像とは程遠い、自分の姿に。必要のない、魔力を持って。
もしかしたら彼女は、自分で自分自身を追い詰めてしまっていたのかもしれない。
だから、大切な妹の恋路を邪魔してでも、王族としてこの国に残る道を選んだ。この国を、守るために。
それが唯一の、自分にとっての役目であると信じて。
「愛されないって、分かってたはずなのに、ね」
きっと本当は、彼女だって誰かに愛されたかったはず。
でもそれを諦めたのは、周囲の環境のせいだったんじゃないかって。今なら、少しだけ理解できる。
「ごめんね。私はそこまで、国のために尽くせないよ」
最初からそれを放棄した私は、もしかしたら王族失格なのかもしれない。
でももう、いいんじゃないかな。誰にも必要とされていない場所に、こだわらなくたって。
プルプラだって、幸せになったんだし。
「私だって……」
その先の言葉は、口には出さなかった。
ただ、視線だけは。手紙を保管している引き出しに、無意識に向かってしまっていたけれど。
浮かんできた思いや言葉を断ち切るように、私はそっと瞼を閉じた。