40.時間切れみたい
プルプラの報告から、一夜明けて。
普段通りの時間に目覚めて、変わらない一日だったのは、きっと。プルプラが、告白の返事をまだしていなかったからなんだと思う。
その、証拠に。
「ヴァイオレット様。最近あちらこちらで、新たな『銀の騎士』の誕生が近いというお話を耳にするのですが。すでにご予定などが発表されているのですか?」
何気ない会話を装って、メガネの奥の瞳が怖いくらいに真剣なジェンティーに、そう問いかけられるくらいには。周囲は色々と、知っていたみたいだし。
それなのに、まだ私がなにも告げられていないということは。つまりは決定していない要素がある、ということ。
「まだ発表はされていないはずよ。私も、詳細は全く聞いていないもの」
正確に言えば、そんな噂さえ私の耳には届かない。
必要ないという判断なんだと思う。他国に嫁がせる予定の王女に、いちいち情報を与える必要はないという、上の人たちのね。
下手に自棄でも起こされたら困る、とでも思っているんじゃない?
こっちは出ていく気満々だっていうのに、それすら知らないんだから。
(聞かれたこともないから、わざわざ口にしてこなかったし)
もしかしたら彼らは、私がこの国に執着するとでも思っているのかもしれない。
でも明らかに、そこまで大切にされていないと分かっているような場所なのに。
それとも彼らからすれば、私はそこまで愚かな王女にでも見えていたのか。女性を外見でしか判断できないような、視野の狭い彼らには。
(別に、どっちでもいいけど)
私たちの利害は一致しているわけだし、誰も異論はないんだから。
あぁ。伯母様には、もしかしたら叱られてしまうかもしれないけれど。
そこはまぁ、お父様がなんとかしてくれるでしょ。国で一番偉い人なんだから。
そう、だから。
「エークエス王国にとっては記録に残る瞬間だから、ぜひ立ち会ってみて。きっと、研究の役に立つはずよ」
「ヴァイオレット様……」
私は本心から、そう思っているから。笑顔で告げたのに。
ダメよジェンティー、その表情は。
あなたは、なにも知らない、ただの学者。一つの国の、歴史的瞬間を目撃できるその時を、心から楽しみにしているように振る舞わないと。
そうでなければ、誰かに怪しまれてしまうかもしれないから。
「あぁ、でも。もし本当に決定したら、私もしばらくは忙しくなるわ。そうなれば、今みたいに気軽に会えなくなってしまうわね」
「それは……寂しい、ですね」
取り繕うことができないのであれば、私からその表情に相応しい話題を振っておく。
彼が寂しいと言ってくれたのはきっと、私の意図に気づいて乗ってくれたから。きっと、そう。
(嘘でも、その言葉が嬉しい)
私は本気で、寂しいと思っているから。
せっかく推しに会えるようになったのに、今度は誰とも会えなくなってしまうなんて。
でも、仕方がない。
輿入れする予定の王女が、いつまでも別の男性と会っているわけにはいかないから。
そうやって、覚悟はしていたけれど。
いざその瞬間が、もうすぐ来るのかもしれないと思うと。
やっぱり寂しさだけは、どうしても拭いきれない。
(だからせめて、その時までは)
こうして、会って話せる時間を大切にしたいと。
そう、思っていたのに――。
「この度めでたく、プルプラの『銀の騎士』が決定した」
翌日の夕食の席で、お父様から伝えられたその言葉は。
運命の時が来たのだと、幸せな時間の終わりなのだと。否が応でも理解せざるを得なかった。
そして同時に。
「ヴァイオレット様、陛下がお呼びです」
夕食後に、呼び出されてしまえば。
もう逃げ場は、ない。
(時間切れみたい、ね)
きっとこれは、今後の輿入れについての話なのだろうと、容易に想像ができてしまう。
その瞬間、脳裏に浮かんだ人物を。軽く頭を振ってかき消すことで、なかったことにして。
私は改めて、運命にしっかりと向き合う決意を決めた。




