39.可愛い妹からの、残酷な報告
その時は、ある日突然やってきた。
その日も、ジェンティーとの有意義な時間を楽しんで。夕食後に、自室でゆっくりと過ごしていたら。
眠るにはまだ早すぎる時間に、突然扉がノックされて。
「失礼いたします。ヴァイオレット様、プルプラ様がいらっしゃっておりますが、いかがいたしますか?」
入室を許可すれば、部屋に入ってきた侍女にそんなことを告げられる。
正直あまりにも珍しいことだったから、一瞬信じられなくて。
「こんな時間に、プルプラが?」
「はい」
思わず口に出してしまった疑問に、短く返されたのは、肯定。
いつもだったら事前に連絡があるのに、今日はそれすらなかった。夕食時に一言あっても、おかしくはなかったはずなのに。
(もしかして、あの場では言えないような相談事?)
恋愛相談とかだと、アドバイスはしてあげられないけれど。可能性として、なくはない。
それに、本人が直接訪ねてきているのなら、追い返す理由もないし。
「とりあえず、部屋に通してちょうだい。それと、紅茶の準備を」
「かしこまりました」
とにかく話を聞いてみないことには、始まらないから。
まずは招き入れて、そこからゆっくりと用件を聞き出せばいいかと思っていた私は、この時。
一番懸念すべき、ある可能性にまで、頭が回っていなかった。
でも、考えてみれば。
優しいプルプラが、気に病まないわけがなかったんだから。
「お姉様、私……。彼の気持ちに、応えたいと思っています」
その意味を十分に理解しているこの子に、私は先に伝えておくべきだったのだと。この状況になってから、ようやく悟る。
私は妹の思いの向かう先を、ただ見守っていただけだけれど。プルプラからしてみれば、それはつまり、私が他国へと嫁ぐことの決定と同義。
可愛い妹からの、残酷な報告だと。きっと周りから見ても、そう思われるようなことなのだろう。
「プルプラ」
「っ……はい」
目の前で、色々な気持ちがない交ぜになって震えているこの子は、一つも悪くない。
悪いのは、この子に真実を伝えてこなかった、周りの大人たちなんだから。
(私も、その中の一人でしかないのよね)
でもだからこそ、今私がやるべきことは、一つだけ。
不安げにこちらを見上げてくる、子ウサギのような可愛い妹を。ただ、安心させてあげること。
「あなたが、本当に大切に思える人と出会えたことは、とても幸せなことなのだから。胸を張って」
「で、でもっ……そのせいで、お姉様は……!」
「ごめんなさいね。誰にも言わないように、お父様に口止めされていたのだけれど。実は他国へ嫁ぐというのは、私にきていたお話だったの」
「……え?」
その瞬間、プルプラだけではなく。彼女が連れてきた侍女や、私を担当している侍女までが、驚いたような顔をしてこちらを見ていたけれど。
本当か嘘かは、今は重要じゃない。
それに、私を他国に嫁がせようと考えているのは、どう見ても明らかだったから。ある意味で、事実でもある。
「その証拠に、私はあの日以来、候補者の誰とも会っていないわ。ねぇ?」
「は、はいっ。ヴァイオレット様のおっしゃる通りです」
急に話題を振られた侍女は、先ほど以上に驚いた顔をしていたけれど。それでも主の言葉に、真実だけを返してくれる。
それだけで、上出来よ。
「ほらね? だから、大丈夫。心配しないで。プルプラは、ちゃんとこの国で幸せになりなさい」
「お姉様……」
私の言葉に、泣きそうな顔になってしまった彼女に。ちゃんと、思いが伝わるように。これが私の本心だと、信じてもらえるように。
向かい合って座るのではなく、すぐそばまで行って、抱きしめてあげる。
憂いは全部、ここに置いていってしまえばいいのだから。
「プルプラ。私の可愛い可愛い、大切な妹。どうか、お姉様からの最後のお願い、聞いてくれないかしら?」
最初からずっと、決めていたことだから。プルプラの恋を、幸せを邪魔しないって。
だから、誰のせいでもなく。これは、私自身の意思。
「あなたはこれから、ちゃんと幸せになるんだって、お姉様を安心させてちょうだい。私が他国へと嫁ぐことになる、その日までに」
「っ……はいっ、お姉様っ……」
こらえきれなかった涙が、プルプラの頬を濡らすけれど。今だけは、許してあげる。
だってきっと、明日からは幸せに笑っていてくれるだろうから。
それにこの涙は、私を思ってくれた証拠。家族の中で唯一、私との別れを惜しんでくれているということだから。
私からすれば、その思いだけで十分嬉しいことなのだと。言葉にしない代わりに、プルプラを抱きしめる腕に、少しだけ力を込めた。
その後、プルプラを見送ってから。侍女がなにか言いたげな顔をして、こちらを見ていたけれど。
私はあえて、そんな彼女の視線に気づかなかったフリをした。
今さらなにを思われようが言われようが、今までもこれからも、現実は覆せないのだから。
今さらヴァイオレットの優しさに気づいた、侍女。
遅すぎて後悔するのは勝手だけれど、その胸を軽くしてあげるためだけに、今までの関係性を崩してまで会話してあげるのは面倒くさい、ヴァイオレット。
主人にそこまで気を遣ってもらうのは、主従関係がおかしいと認識しているからこそ。彼女はなにも言わずに、部屋を出ていくのです。
日常生活でも時折、他人の優しさに気づけなくて、後々悔やむことってありますよね(~△~;)