32.次の約束、だと!?
昔から、プルプラのような守ってあげたい儚げな女性が、この国では女性の理想だと思われているということ。私の見た目は、そこから完全に外れているということ。
しかも、一方的に敵対心のようなものを抱いている、魔力持ちとして生まれてきてしまったがゆえに。合法的に、この国から追い出されそうになっているのだということ。
そのため『銀の騎士』の候補者たちは事実上、プルプラの婚約者候補でしかないのだということ。
「気になって、調べていたのでしょう? 私が彼らに、一切接触しないことが不思議で」
「……っ…。そう、です……」
念のために先に確認してみたら、やっぱり『銀の騎士』はプルプラのためだけに用意された人選なのだと、彼は思いがけず聞いてしまったらしい。
盗み聞きをするつもりはなかったらしいし、その点については謝られてしまったけれど。そもそも、そんなことを聞かれるような場所で話しているほうが悪いから。
罰せられるべきは、内情をペラペラと喋っていた騎士たちであって。ジェンティーでは、ない。
「この国にとって、プルプラは必要な存在なのよ。あの子は、騎士にとっての理想だから」
可愛くて優しくて、守ってあげたい儚さがあって。
ある意味で、この国はあの子のためにあるようなもの。
乙女ゲームの主人公なんだから、当然といえば当然なのかもしれないけれどね。
「申し訳、ありません……。私は、何も知らずにっ……」
「留学についてでしょう? 仕方がないわ。知らなければ、きっと私だってそう思うもの」
魔力持ちであることを気にしているのなら、同盟を結んだ国に学びに行けばいい。それは、至極当然のことで。たどり着く答えとしては、一切間違っていない。
ただ、この国の人たちが、魔法嫌いっていうだけの話。
力を持った女性が避けられているのではなく、魔力そのものが疎まれている。
確かにそれだけは、私も手紙に書いてこなかったから。彼がそこを正しく理解できていなかったのは、仕方がないことだと思う。
「けれどっ……! だからといって、ヴァイオレット様が無下にされる理由にはなりません……!」
「っ……。そう言ってくれるのは、ジェンティーだけよ」
仕方がないのだ。だって私は、乙女ゲームのライバルキャラクター。通称悪役王女様、なんだから。
それに人の好みは、自分でどうにかできるものではない。好かれる外見じゃないというのは、これもまたどうしようもないことだ。
「いいえっ……! ヴァイオレット様は、大変お綺麗でいらっしゃいます……! それなのにっ……」
声は小さいけれど、込められた熱はとても大きくて。
それに。
推しにそう言われて、私が喜ばないわけがない。
(オタクとしても女性としても、最高の褒め言葉だから……!!)
推しに直接そんなこと言ってもらえるなんて、明日死んでも悔いはないよ!
もちろん、まだまだ生きるつもりだけど! 可能な限り、推しと会っていたいからね!
「どうして、こんなっ……」
「そんなに悲観することでもないわ。大きな声では言えないけれど、実は私の好みは騎士ではないの」
「……え?」
あれ? そんなに意外だった?
本気で驚いた顔をしているジェンティーは、私の顔をまじまじと見てくるけれど。ちょっと、距離が近いし……。
(そんなに推しに見つめられると、さすがに恥ずかしいんですけど……!)
あと、侍女とか護衛が不審に思うかもしれないから。
そんなもっともらしい理由を、必要もないのに心の中で呟いて。私は目の前の花を摘むと、再び立ち上がる。
「花冠を作るには、もう少し花が必要ね。今度は、あちらに行ってみましょうか」
口実だったとはいえ、本当に花冠は作らないといけない。そうじゃないと、隠れ蓑にすらならないだろうから。
そして同時に、もしかしたらと思っていた疑問を、ここでぶつけてみる。
「そういえば、あなたが前に言っていた『信じがたい話』というのは、今の話の中のどれかかしら? それとも、その全て?」
彼は、一国の王女の境遇を、ここまで真剣に考えてくれるような人だから。そんな人物からすれば、どれも信じられないことではあったのかもしれない。
そう思って問いかけた言葉に、ジェンティーはもう一度、小さくため息をついてから立ち上がって。
「そう、ですね。どれもこれも、私にとっては信じがたい話でした」
私の横に並ぶと力なく微笑んで、そう答えてくれた。
確かに私も色々と、どうなのだろうと思う部分はあるけれど。エークエス王国の外から来た彼からしても、同じだったらしい。
それはそれで、なんだかちょっと嬉しいと思ってしまう。
「国が違えば、文化が違う。文化が違えば、考え方も当然違ってくる。理解はしていたはず、なのですが……」
「あら。それなら、いい研究対象を見つけたとでも思っておけばいいわ」
「ヴァイオレット様……」
実際、その程度の認識でいいと思う。わざわざジェンティーが、こんなことで気に病む必要はない。
それに、私にとってはこの環境が好都合だったのも、事実なんだから。
「考え方を変えてしまえばいいのよ。私はむしろ、この現状に感謝しているわ。おかげであなたと、こうしてゆっくりお話しできるのだから」
これがプルプラのように、騎士たちの理想の姿だったら。きっと、他国から来た男性の学者と二人、こうやって庭園を並んで歩くどころか。気軽に話すことさえ、許されなかったはず。
そしてそんな状況、私が一番耐えられない。
「……そう、ですね。私も、ヴァイオレット様とお会いできないようになるなど、考えられません」
「あら、嬉しいわ」
本心からそう思うよ!
だって、考えてもみてよ! 次元の壁を越えて、同じ空間で推しと並んで歩ける幸せ!
これ以上の幸福ってある? いや、ない!
「ヴァイオレット様」
「なぁに?」
心の中だけで、喜びの涙を流しながら踊り狂っていた私は。その場で立ち止まったジェンティーに、名前を呼ばれて振り返る。
暑い季節が、間近に迫ってきているのだと感じさせるような。少しだけ生ぬるい風が、吹き抜けて。ジェンティーの茶色の髪を、撫でるように揺らしていった。
その、瞬間。
メガネの奥に見える、彼の瞳の色が。普段とは少しだけ違って見えたような、そんな気がしたけれど。
「また、こうして一緒に庭園を歩いてくださいますか?」
風がおさまるのと同時に、言葉を理解した私は。瞳の色よりも、その内容に心底驚いてしまって。
結局、真相を確かめることはできなかった。
だって、仕方がないじゃない。
つまりこれは、推しからのお誘い。しかも今度は、直接的な。
(次の約束、だと!?)
また、って……またって、そういうことだよね……!?
いいの!? またこんな幸せな日が来ちゃって、本当にいいの!?
私からはデートにしか見えないこの状況を、再びってことだよね!?
「えぇ、ぜひ。楽しみにしているわ」
表面上は、落ち着きを払ったまま。けれど内心は、先ほど以上に喜びを爆発させながら。
笑顔で頷いた私に、ジェンティーは優しく微笑んでくれていた。