31.幸せすぎて死んじゃいそう……!
(待って、なにこれ……!)
幸せすぎて死んじゃいそう……!
生きるけど! 全力で生きるけどね! なんてったって、最推しが目の前で生きて喋ってるんだから……!
「例えば、どんな花を使用することが多いのでしょうか? 色や形など」
「そう、ねぇ」
侍女たちが、大きな樹の下の日陰になる部分に、テーブルをセットしている間。私とジェンティーは、少しずつそこから離れつつ。庭園の中を、散策する。
花冠にするための、手ごろな花たちを探して。
そう、今日は。彼との約束の日。
花冠を作るという約束をしてから、この日までは、あっという間だった気がする。
会話に困らないようにと、事前に花冠に関する逸話を調べたり、どんな花がいいのかを調べたり。
もちろん、作り方も毎日しっかり確認して、練習までして。
(なんとか、当日までに間に合ってよかった……!)
推しに渡しても、問題なさそうな仕上がりになったのを見て。オタクの底力ってすごいなーって思った。
でも、いざデート本番ってなると、幸せと同時に緊張して……!
本当に、失敗しないように頑張らないと!
「あぁ、これなんてどうかしら?」
目についた、白い可憐な花に触れるために。その場に、ゆっくりとしゃがみ込めば。
少しだけ斜め後ろを歩いていたはずのジェンティーが、すぐ真横にきて、膝をつく。
「ヴァイオレット様、どうかそのままで」
私が触れている花に目を向けながら、真剣な表情でそう告げる。
その言葉と声色に驚いて、私は一瞬、横を向いてしまったけれど。あまりの顔の近さに、また驚いて。直視できずに、思わず視線を花に戻した。
ほんの一瞬の出来事だったので、きっと侍女や護衛たちは気づいていないはず。
「……ありがとうございます」
隣から、苦笑した気配が伝わってくるけれど。私は、それどころじゃなくって。
だって、こんなに近くに推しがいて、オタクとしては心拍数が上がらないはずがなくて……!
(ドキドキしちゃうからぁぁ……!)
でも、そんな心の動揺を悟られるわけにはいかないし、このままというわけにも、当然いかないから。
私は、小さく深呼吸をして。ゆっくりと、口を開いた。
「急に、どういうことかしら?」
「驚かせてしまったことは、謝罪いたします。ですが、どうしても他の方には聞かれたくない内容でしたので」
「手紙では、ダメだったの?」
「万が一の時のことを考えて、形に残るものは避けるべきだと判断いたしました」
つまり。このデートは、内緒話をするための口実だった、と。そういうことらしい。
確かに唐突だったから、何事かと思ったけど。
(それが理由だったのなら、納得だわ)
デートが口実って、なんだか悲しい気もするけれど。
とはいえ初めから、これは資料集めのための行為ですってことになってたし。
私が花冠を作ることに許可が下りたのも、この国の文化研究の一環だからってことだったのは、紛れもない事実。
(あと、私がプルプラじゃなかったから、だね)
これが大切にされている王女だったら、きっと許されてなかっただろうし。
そういう意味でも、ヴァイオレットとして生まれてきたことに感謝したんだけど。
「すみません。ヴァイオレット様の貴重なお時間を、こんな風に奪ってしまって」
「あら、構わないわ。それに、私も聞きたいことがあったのよ」
とはいえ、推しが真面目な話をしているのに、浮かれているわけにはいかない。
それにほら、これはこれで特別な時間でしょ?
「聞きたいこと、ですか?」
「えぇ。ほら、前に『信じがたい話』を聞いたって言っていたでしょう? それが、ずっと気になっていたのよ」
とはいえ、ずっとしゃがみ込んでいるわけにはいかない。それこそ、不審がられるだろうから。
私は目の前にあった花冠用の白い花を、いくつか摘んでから。
「少しずつ移動しながらでいいから、そちらも話してくれないかしら?」
立ち上がって、ジェンティーに笑顔を向ける。
これでも、エークエス王国の王女だから。全てに答えられるわけじゃあ、ないけれど。推しが求めるのであれば、最大限それに応えてあげたい。
そんな私の思いが、彼に伝わるはずはないのだけれど。
でもなぜか、驚いたような顔でこちらを見上げていたと思えば。
「……さすがです、ヴァイオレット様」
次の瞬間には立ち上がって、私に笑顔を見せてくれた。
そのまま私たちは、次の場所へと向かいつつ。まるで花について話しているかのように見せかけながら、全く違う会話を続ける。
「それで、聞きたいことっていうのは?」
「『銀の騎士』について、と……」
「……と?」
手に持っているのと同じ種類の、白い花の前にしゃがみ込んだ私を、一瞬見下ろして。ジェンティーは小さく、ため息をつくと。
先ほどと同じように、私の隣に並んで膝をつき。まるで睨みつけるかのような視線を、花に向けながら。こう口にした。
「…………この国の男性陣の、女性の好みについて、と。魔法に関する意識、です」
その瞬間、私はようやく理解した。だから彼は、口ごもったんだと。
そして、侍女や護衛たちに聞かれるような場所や、文字でのやり取りしかできない手紙で、この話題に触れるのを嫌った理由も。
「優しいのね」
「いいえっ、違います……! 私は――」
「違わないわ」
だって彼が、ただ研究のためだけにそれを聞きたいのであれば。手紙に残すことを、厭わなかったはずだから。
でも、それをしなかったのは、きっと。
「私と、この国への配慮をしてくれたのでしょう?」
「っ!!」
しゃがみ込んだジェンティーは、地面に着いていないほうの膝を、手で強く握り込んでいるけれど。それは、肯定を意味している行為だと。彼は気づいているのか、いないのか。
それに聞いている側が、そんなにつらそうな顔をしなくてもいいのに。
俯いてしまったせいで、顔にかかった茶色い髪が。メガネの上から、その瞳をも隠してしまう。
「そう、ね。きっと、色々聞いてしまったのでしょうけれど……。全て真実よ、と言ったら、答えになるかしら?」
「ヴァイオレット様……」
きっと、知ってしまったんだろう。
民衆にまで浸透している、理想の女性像を。魔法を毛嫌いしている、国民性を。
今回の『銀の騎士』に関する、真実を。
「どこから話せばいいのかしらね?」
国同士の問題にまで、気を遣ってくれた彼に。
私ができることは、真摯に向き合うことだけだった。