3.不憫な悪役王女
この世界の王族には、基本的に苗字というものが存在しない。
それはゲームをプレイしていたから、知っているけど。
「今の私は、ただのヴァイオレットか」
一国の王女を、ただの、で済ませるのは違うかもしれないけれど。どこかの王族に嫁げば、そのまま苗字はないまま。
貴族に嫁ぐんだったら、家名が存在するんだけどね。私の場合、その可能性は低いかもしれない。
そもそも主人公から攻略対象者を奪わない限り、基本的にヴァイオレットは他国の王族の元へと嫁ぐことになる。そういう、ストーリーだった。
「でもなぁ」
じゃあ今、本当に妹から奪ってまでこの国に留まりたいのかと聞かれれば。
答えは、ノー。
そりゃあね。こんなに広い部屋を独り占めできて、たくさんの人にお世話されて、毎日美味しいものを食べて。
そんな生活は、とっても素敵なんだけれど。
ヴァイオレットの生い立ちを知ってしまえば、一気に魅力的には思えなくなってしまうのが悲しい。
というか、そもそもにして知らなかった。まさか彼女が、こんなにも不憫な悪役王女だったなんて。
「嫌われてもいないけど、好かれてもいないんだよね」
ここエークエス王国は、別名騎士の国。
世界観としては、魔法が存在しているにもかかわらず。なぜかこの国には、魔法を扱える人が存在していない。
代わりに、大勢の騎士が存在していて。彼らがこの国を、日夜守り続けている。
つまり、なにが言いたいかというと。
「国民全員、主に男性陣は特に、騎士道精神に溢れかえってるんだよねぇ。悪いことじゃないけどさ」
グリグリと、貴族男性=全員騎士とメモに書きなぐりながら。その言葉の後ろに、こう付け足す。
女の趣味は、守ってあげたい儚い系。もしくは、可愛い系。
そう、そうなのだ。彼らは騎士である以上、女性は守るべき存在であると教え込まれる。
そこまでは、まぁ許そう。この世界、戦えなければ困るのも事実。魔物とかが存在しているわけだから。
けど……。けど、だからって……。
なにも全員が全員、女の趣味まで同じでなくてもよくないか……?
「全員もれなく、物語に出てくるようなゆるふわ系お姫様が好みとか……!」
遠回しどころじゃない。剛速球のストレートで、アウトを取りにこられてる。
ようは、ヴァイオレットは騎士の好む『守ってあげたい姫様像』ではないわけだ。見た目だけじゃなく、中身も。
だって妹のプルプラが、ニコニコ笑って話を聞くタイプだとすれば。姉のヴァイオレットは、理路整然と話をするタイプだったから。
今思えば、最終的な方法は問題だったけれど。それまでの過程で、彼女が間違ったことを口にしていたことは、一度もなかった。
「むしろ、よくひねくれた性格にならなかったよね。こんな環境で」
だってつまり、ヴァイオレットは男性から女として見られていなかったようなものだから。
とはいえ、疎まれていたかといえば、そうでもなくて。あくまで第一王女として、表面上は敬われていたし。
ただ、好かれてもいなかったけれど。
「侍女たちだって、第二王女の担当がよかったって陰で言ってるくらいだし」
別に、ヴァイオレットが我が儘だとか横暴だとか、そういうことではなくて。
ただ単純に主人が大切にされて、ちやほやされているほうが、自分たちも自慢できて箔が付くっていうだけの話。
だから誰も、表立って配置換えを言い出したりしないし、仕事に対して手を抜くこともない。その分、必要以上の仕事もしないけれど。
理由は単純に、ただ好かれていない。それだけだから。
「赤の他人だから、それでもいいんだけど」
問題は、家族間の関係だった。それも、国王である父親との。
「嫌われてるわけでは、ないんだけどさ」
それでも明らかに、妹であるプルプラとの差があった。愛情という、明確な差が。
ふと、以前書いた相関図のページをめくって。それが今も一切変わっていないことに、ゲンナリする。
私には、兄がいる。第一王子でこの国の次期国王である以上、彼が最も大切にされているのは理解できる。その分、厳しくもされているから。
けれど。
「ヴァイオレットに対して最も好意的なのが、妹ってどうなのよ?」
そう。悲しいことに、何の因果か。
この国で最もヴァイオレットに好意的に接してくれているのが、プレイヤーキャラでもある妹のプルプラだったのだ。
これには驚きと同時に、絶望と納得の両方を一度に体験するという、物凄い状況だったけれど。
確かにこれは、誰からも好かれるだろうなと思ったし。だからゲームの中のヴァイオレットは、最終的にあんな強引な手段を取ったんだとも思った。
「そりゃあ、それしか方法なんてないよね」
正攻法で妹から男を奪うなんて、この国の貴族である以上まず不可能だし。かといって、そのまま自分が他国に嫁ぐわけにもいかなかった。
だからどんな手段を使ってでも、たとえ自分が悪役になってでも。この国に、残ろうとしたんだ。
こんな、自分を本気で愛してくれる人がいないような国に。
「酷いよね、本当に」
それは、私と伯母様しか知らない事実。
正確に言ってしまえば、私たち以外が決して信じようとはしない真実。
そしてそのせいもあって、私は父親である国王から少し距離を置かれているのだ。
会話中、あまり目を合わせないようにするという程度の、本当にそれくらいのことだけれど。
「魔力持ちだからって、ちょっと露骨じゃない?」
そう。私と、父の姉である伯母様は、この国にいる数少ない魔力持ち。
けれどそれは、騎士の国にとっては異端でしかない。
だから、その事実は一切隠されたまま。知っているのは、本当にごく一部の人間だけだったりする。
なぜならば……。
「ほんっと、騎士って魔法嫌いだよねぇ」
この騎士しかいないエークエス王国において、魔法だとか魔法使いというのは軟弱者の象徴だから。
力こそ正義という理念の彼らの中では、肉体を鍛えない魔法使いは有事の際に使い物にならないと思われている。
所詮、魔力がなければ何もできない、と。
「別に、協力すればいいだけなのに」
なぜか騎士たちは、魔法使いを目の敵にしているのだ。
隣国がマギカーエ王国という、別名魔法使いの国とも呼ばれる場所だから、なのかもしれないけれど。
向こうはこちらに対して、一切の敵対心を持っていないことを、歴史的にも知っている身としては。なんとも複雑な感情を抱いてしまうのは、致し方ないことなのかもしれない。