29.真剣な表情に
「え、っと……。ジェンティー?」
「ヴァイオレット様に、一つお尋ねしたいことがございます」
今まで見たことないくらい、真剣な表情に。
メガネの奥から、怖いくらい真っ直ぐに向けられる、その視線に。
(ドキドキするのは、推しが相手だから。そう、そのせい)
これは断じて、恋なんかじゃない。
ただ最推しに、こんなに真剣に見つめられることなんて。人生で一度あるかないか、だから。
そのせいだ。
「なに、かしら?」
声が上ずるのは、緊張しているから。
だけどそれは、ジェンティーの表情と硬い声のせいということにして。
そう、彼の様子に引きずられてしまっただけ。
だからすぐに、平静を装う。
「そんなに怖い顔をしないでちょうだい? それとも私、ジェンティーの気に障ることでもしてしまったのかしら?」
「まさか! ただ、その……。すみません。少し、信じがたい話を聞いてしまったもので……」
なるほど。つまり、その信じがたい話の真偽を知りたい、と。
でも、私が魔力持ちだっていう事実以上に、信じがたい話って?
(逆に、ちょっと興味あるかも)
あのジェンティーが、怖い顔をするくらい、なんて。
そもそもこの国に、そんな顔をするような『なにか』なんて、ある?
「今回、お話を聞かせてくださったのは、とある村の村長だったのですが」
どんなに恐ろしい内容なのかと、ほんの少しだけ身構えながら、耳を傾けていた私に。ジェンティーが語った内容を、要約すると。
つまり、こういうことだった。
エークエス王国では昔からの風習で、新年の始まりに、その土地で一番強い騎士に、花の冠を贈るという風習がある。いわゆる、新年行事というやつだ。
新年一発目の真剣勝負をして、優勝者がそこで一番可愛い女の子に、その証として花冠もらうという。まぁなんとも、騎士の国の脳筋が考えそうな、その行事。
ちなみにこの世界では春が新年なので、当然花冠も毎年、その子の手作りだったりする。
「そうね。確かに、この国独自の風習ね。でも……」
それの、いったいなにが、そんなに信じがたい話なのか。私はそこが理解できなくて。首をかしげながら、言葉を濁してしまった。
そもそも、この行事自体が理解できないというのであれば、まぁ分からなくもない。私だって、なんだそれは脳筋どもと、思わなかったわけじゃないから。
「ある程度の年齢ごとに、最も強い騎士を決めるのですよね?」
「そうね。子供の中でも、体格に差が出ないような年齢で区切ったりしているわ」
「そして同じくその年齢の中から、最も可愛いとされている女性に、花冠を作製してもらう」
「えぇ、そうよ」
というか、これはいったい何を確認しているの?
ますます意味が分からなくて、ついには眉をひそめてしまった私の表情を見て。ジェンティーは、小さくため息をつくと。
「ちなみに、ヴァイオレット様はその役目をなさったことはございますか?」
さっきと同じ、真っ直ぐな目をこちらに向けながら。そんなことを、聞いてくる。
でも……。
「ないわ。その役目は、妹のプルプラが毎年しているの」
だって、当然でしょう?
一番可愛い女の子がすることなのに、私がその役目を任されるはずがないじゃない。
ジェンティーったら、急におかしなことを言い出すんだから。
「……そう、ですか」
しかもその答えを聞いて、どうしてあなたが唇を噛むのよ。おかしいでしょ。
というか、確か彼は知っていたはず。私の容姿が、この国の騎士たちの好みとは、かけ離れていることを。
(前に、見習い騎士たちが見た目の好みについて話していたことを、手紙に書いていたはず)
その時は個人的な好みの話だから、疑問には思いつつそこまで気にしてなかったって。そう書いてあった。
でも結局、口の軽いどこかのお兄様のせいで。魔力持ちだってことを手紙に書くことになったのは、記憶に新しい。
それともまさか、魔力持ちの女性だからという、かなり限定的な意味合いで捉えてる? この国の王女には必要ない力を持っているから、任せられないのだと。
だとすれば、私の容姿が好かれる部類ではないということにまで、考えが及びにくいのかもしれないけれど。
(でもだからって、今さらそんなこと、聞く?)
どんな意図があるのかは分からないけれど、それってちょっと失礼じゃない?
ジェンティーだから許すけど、普通は許されないよね? というか、他の人に聞かれてたら許さないし。
それに魔力に関しては、ごく限られた人しか知らないって伝えてるはずなのに。
(もしくは、他に別の意図がある、とか?)
手紙でのやり取りでしか、この話題を出していなかったから。今さらながら、彼がどの程度まで把握しているのかが、掴みきれなくて。
どう対応するべきかと、本気で悩み始めそうな私の耳に。驚きの言葉が飛び込んできたのは、その直後のことだった。
「でしたら、ヴァイオレット様。私は騎士ではありませんが、その花冠を作っていただくことは可能でしょうか?」
「……はい?」
本当に、急になにを言い出してるの!?
ちょっと今日のジェンティー、本当に様子がおかしくない!?




