27.魔法に憧れがあるのは
そもそも、そんな発想したことがなかった。
というか、エークエス王国の王女として生まれた以上。魔法という言葉を、口にすることすら許されないような環境で、育ってきたし。
それに。不要だと言われていた力を、伸ばそうと思ったことが、なかったから。
「でも、確かに……」
どうすればいいのか、の答えとしては。せっかく持って生まれた才能なら、伸ばせばいい。
単純といえば、単純。至極明快な答え。
それに私だって、転生者。魔法に憧れがあるのは、男女関係ないし。大人も子供も、関係ないでしょ?
だって前の世界では、魔法なんて存在していなかったんだから。
「マギカーエ王国に、留学……」
ジェンティーからの手紙には、魔法使いの国と呼ばれる隣国、マギカーエ王国に。魔法を学びに、留学をしてみてはいかがですか? という提案が書かれていた。
もしこれが、エークエス王国でなければ。騎士の国でなければ。きっと、喜んで飛びついていたであろう言葉が、並んでいたけれど。
「無理でしょ」
魔法を、なによりも毛嫌いしている、この国から。しかも、不要と思われている王女が。わざわざ、一方的にとはいえライバルだと思っている国に、留学?
そんなこと、どう考えても不可能だった。
とっても魅力的で、個人的には、興味がそそられまくる話ではあったけれど。
「魔法、ねぇ」
そりゃあね? 魔力を持って、魔法が存在する世界に生まれ変わったんだから。習ってみたい気持ちは、当然あるよ?
でもそれこそ、立場的に許されることではないし。
それに私の未来は、もう決まっていることだから。
「他国に嫁ぐ予定の王女が、隣国に今から留学に行くわけには、いかないでしょ」
自嘲気味に笑う、私の目の端に。癖のない、真っ直ぐな紫の髪が映る。
この色は、目立ちすぎる。身分を偽ることすら、不可能だろう。
騎士の国の王族が、紫を纏って生まれてくることは、思っている以上に有名なようで。エークエス王国を訪れる要人は、いつもこの色について触れてきたから。
「憧れは、憧れのままで終わるんだよ?」
目の前にはいないのに、口から出た言葉は。明らかに、ジェンティーに向けていた。
彼はまだ、知らないんだろう。この国が、どれほど魔法を。魔法使いという存在を、目の敵にしているのかを。
隣国は、こちらを特になんとも思っていない。というか、意識すらしていない。それは、文献を読み漁っていれば、よく分かる。
でもだからこそ、余計に彼らの気に障るんだろう。魔法使いなんて、軟弱な存在のくせに。日々の鍛錬を怠らない、強靭な肉体を持つ騎士を、歯牙にもかけないなんて、と。
「ものすごく身勝手で、一方的な思い込みだけどね」
どちらかというと、マギカーエ王国はエークエス王国のことを、良き隣人として捉えてくれている節がある。
前線を騎士が、後方を魔法使いが。それぞれタッグを組んで、支え合うことができれば。魔物に対する、いい牽制になると考えて。
実際、表面上友好国となっているのには、そういった理由があるし。遥か昔に交わされた条約にも、そういった記載があった。
「あぁ、だからか」
他国から見れば、そういった条約を交わした両国の関係は、良好だと。そんな風に、見えるのかもしれない。
文献や資料を読み解いているジェンティーなら、なおさら。そういったことを、よく知っているはず。
それなら。魔力があるのなら、友好国であるマギカーエ王国に留学してみればいいのでは? と思うのは当然だろう。
「……え、これ。訂正、するべきなのかな?」
彼の立場を考えれば、訂正してあげるのが正しいし、親切なのだろう。だって研究内容を考えれば、そういうことを知りたいのだろうし。
でもこれは、ある意味で諸刃の剣でもある。友好国と謳っている相手に対して、あまりよろしくない感情を抱いている、なんて。
しかも個人的にではなく、王族や貴族の総意として、なんだから。なおさら、たちが悪い。
「どう、しようかな……」
これは、文字に残すべきではない気がする。
でもだからって、口頭で説明するのは、もっとマズい気がするし。
「うわぁぁ、どうしよう……!」
一人うんうんと唸りながら、どうすべきなのかを必死に考えて、考えて。
結局。
「……今日はもう、寝よう」
明日の私に、丸投げして。今日の私は、休ませてもらうことにした。
すぐに答えを出すべきものでもないし、時間を置くのって、大事なことだからね!
そんな風に、自分に言い訳をしながら。




