26.魔法を、学びに……?
翌日。本当に小説の続編を持ってきてくれたジェンティーから、明日から二日ほど、また調査に出かける予定だと聞いた。
騎士の国ならではの文化を、民衆がどのくらい持っているのかを知りたいらしい。
「王族や騎士についての資料は、満足できるくらいには集まったのかしら?」
「そちらも、まだまだ知りたいことは尽きないのですが。今回は、少しだけ遠出をするので。宿や移動手段の関係で、この時期にしか予定が合わなかったのです」
少しだけ困ったような顔をして笑う、その姿すら可愛い。
でも私はそんなこと、おくびにも出さずに。うふふ、と笑って。
「日程の管理が大変なのね、学者という仕事は」
「えぇ、本当に。そこだけが、唯一の欠点です」
「あら。資料が集まりにくいとかではなくて?」
「資料を探すという行為自体も、研究の対象になりますから。その国が、どの程度文化を文字として残しているのか、という指標にもなりますし」
そんな風に、会話を続ける。
きっと侍女や護衛たちからは、普段通りの何気ない会話を交わす王女と学者、としか見えていないんだろう。
まさか、私の意識が。侍女が持つジェンティーから借りた娯楽小説の、その中に挟まっているであろう手紙に向いているなんて。
誰一人、気がついているはずがない。
(万が一、小説に目が行ってしまっていても)
続きが気になっている、としか思われないに違いない。
それ以前に、そこまで注意深く私を観察している人間が、この国に存在しているはずがないけれど。
「帰ってきたら、どんな発見があったのか教えてくれるかしら?」
「もちろんです、ヴァイオレット様」
これで、また会う口実ができた。つまり手紙の返事は、その時に返す予定の小説に挟んでおけばいい。
今度は一体なんて書かれているのか、実は密かに楽しみにしているのだけれど。
「ところで。資料を読み進めていく中で、新たに疑問に思ったことはあるのかしら?」
「ありました! お答えいただける範囲で構いませんので、いくつか質問させていただいてもよろしいですか?」
「えぇ、もちろんよ」
今はそれよりも、目の前の推しとの会話を、一番に楽しみたい。
やっていることは、ほとんど一問一答みたいなものだけれど。それでも会話できるだけで、私にとっては、なによりも幸せな時間だから。
それに。
「ヴァイオレット様、お時間です」
「あら、時が経つのは早いわね」
今日の担当侍女に声をかけられて、この時間が終わってしまっても。
「ヴァイオレット様。二日後にお会いできるのを、楽しみにしております」
「えぇ、私も。どんなお話が聞けるのか、楽しみにしているわ」
次に会う約束があるから、それを楽しみに生きていける。
推しがいる生活は、それだけで潤いに満ち溢れていて。生きている実感が湧くのと同時に、生きようと強く思えるから、不思議。
(今回は小説の続きに、手紙もあるから)
きっと二日なんて、あっという間。
そんなことを考えながら、夕食も湯浴みも全て済ませて。ようやく一人、部屋に籠れる状態になってから。
侍女が机の上に置いていってくれた本を、手に取って。パラパラとページをめくって、手紙を抜き取る。
先にこっちから読まないと、気になって仕方がないし、眠れない。
「……そういえば。プルプラって、一人になれる時間、あるのかしら?」
ふと、そんなことを考えて。眠る時以外きっとないんだろうなと、結論づける。
私だから。ヴァイオレットだから、本を読みたいから一人にしてくれ、が通じるのであって。あの子だったら、こうはいかない。
なにかあったらいけないからとか、紅茶の用意をしたいからとか。
なにかと理由をつけて、一人にはしてもらえないんだろうなと。簡単に予想できてしまうのが、恐ろしいところではあるけれど。
「まぁ、そもそも一人になりたいなんて、言い出さないわよね」
プルプラの性格からしても、今までの生活からしても。
寝る時以外、一人になったことなんて、今までなかっただろうし。そんな発想すら、あの子にはないのかもしれない。
そう考えると、つくづく生まれ変わり先がヴァイオレットでよかったなと、思うのだ。
「って、違う違う」
今は妹のことよりも、推しのことを考えるのが、最優先。
この、手に持ってる手紙の内容を、確認しておかないと。
そう思って、たたまれた白い紙をそっと開いて。そこに書かれた丁寧な文字を、目で追って。
「魔法を、学びに……?」
真面目で几帳面な性格なんだろうなと、手紙の文字や折り方で分かるのが楽しい。なんて考えながら、読み進めていた私は。
その言葉が見えた瞬間。全ての思考が、完全に停止してしまった。