25.もはやこれ、秘密の文通では?
「今回のお話も、とても面白かったわ」
「ご満足いただけたようで、何よりです」
ジェンティーから本を借りて、読み終わったらそれを返す。
彼が貸してくれる娯楽小説は、どれも本当に面白いから。その言葉に、嘘偽りはないのだけれど。
(もはやこれ、秘密の文通では?)
今日の担当侍女が、ジェンティーに本を手渡すところを何気なく見ながら。そこに毎回挟まっている、お互いの手紙のことを考える。
疑われないどころか、関心すら持たれないのをいいことに、誰にも聞かれたくないような話題は、全部そこに記している。
本来であれば、いけないことをしているのだと、十分に理解した上で。それでも、やめられないのは。
(ちょっとでも長い間、推しと繋がっていたいから)
だって、私が享受しているこの自由には、期限がある。プルプラが婚約相手を決定するまでの間という、明確な期限が。
あの子が相手を決めて、エンディングを迎えれば。私はそこから、輿入れの準備が始まる。そうなれば、こんな風にゆっくりしている暇は、なくなるはず。
それに男性と二人で会うことも、許されなくなるだろうから。
本当は今だって、許されるはずがないことだけれど。
「この物語を書いた作者の故郷では、特殊な文化があったのかしら?」
「そのようです。ですが、もうほとんど残っていない習慣だったようで。私も気になって確認してみたのですが、現在では地方の村でしか行われていないそうです」
「だから、注釈がしっかりと書かれていたのね」
きっとこんな、取り留めもない話ばかりしているから、というのもあるけれど。一番の理由はやっぱり、ヴァイオレット王女という存在が、必要とされていないから。
なにも知らない状態だったら、悲しんだりもしていたかもしれない。そんな状況の中、生きているけれど。
今はむしろ、そのことに感謝してる。本当に、心から。ものすごく。
(だってそうじゃなかったら、こんな風に推しと楽しくお喋りなんて、できなかったからね!)
日々のちょっとしたことでもいい。ただ推しと会話できるという、その事実が、一番大事。
どうせ私は、相手を選べないんだし。推しを攻略することも、できないんだし。
だったらせめて、少しの間だけでも楽しく過ごしたって、きっとバチは当たらないはず。そう考えてきた。
だから今だけは、この時間を許してほしい。
「実はこの作品には、続編があるのです」
「まぁ! ぜひ読んでみたいわ!」
「でしたら、また明日お持ちしますね」
「えぇ。楽しみにしているわ」
そして、これはつまり。手紙を読んで、返事は明日また本に挟んでおきますね、と。
そういうことですね、私の最推し様!
(なんかちょっと、こういうのってドキドキするね!)
バレる可能性は低いけど、ゼロじゃない。
でもそれ以上に、楽しさと背徳感の両方がヤバい!
正直バレたところで、別にお咎めはないとは思うけどね。あまり大勢に聞かれてはよくない話題だと思ったので、って言っておけば、あとはお兄様がーって言い訳できるし。
それに、大っぴらに手紙を渡すほうが、色々と問題があるからね。
特に、私が魔力持ちだっていうことに関しては。肉親たちからすれば、たとえ担当侍女だとしても、教えたくない事実だろうし。実際、彼女たちは知らないし。
「ヴァイオレット様は、娯楽小説の中では冒険譚がお好きですか?」
「好きよ。けれど、この国には娯楽小説自体が、ほとんど存在していないから。それ以外にどんなものがあるのか、あまり知らないの」
エークエス王国は、騎士の国。だから騎士に関する本だけは、いくらでも見つかるけれど。逆にそれ以外の本は、基本的に手に入らない。
魔法使いが出てくる話なんて、もってのほか。むしろ徹底的に排除されているのか、一冊も読んだことがない。
もしかしたら、持ち込みすら禁止されている可能性だって、あるかもしれないと。本気で思うくらいには、ない。
「女性は、恋愛小説がお好きだという方もいらっしゃるようなのですが。あいにく私も、手持ちがありませんので……」
「ジェンティーが恋愛小説を持っていたら、そのほうが驚きだわ。でも淑女教育の一環として、詩集くらいなら読んだことがあるわよ」
というか。大人しくて可愛くて、優しくて儚げな女性が、男性の好みのこの国において。女性の趣味といえば、読書や刺繍のような部屋の中でできる、内向的なことばかり。
しかも読書といえば、詩集一択。
唯一、外向的な趣味で許されているのは、乗馬くらい。
乗馬に関しては、騎士ばかりの男性陣が一緒に遠乗りに行けるから、楽しいのだという。本当に、そんな理由で。
(まるで、男のためのお人形よね)
ただ愛でるための存在として、そこにいてくれればいいだけ、なんて。
無自覚でそういう姿を強いていることに、彼らはなんの違和感も抱いていない。
それがある意味で、気持ち悪くもあるけれど。
(どうせ私には、関係ないことだし)
今なら、心の底から思う。彼らが好むような容姿をしていなくて、本当によかったと。
勝手な理想を押しつけられずに済んだのは、本当に幸運だったと思う。




