22.現実だって知ってる
「はぁ~……幸せ」
夜、寝る前。
ベッドには入っているけれど、まだ横にはならずに。枕代わりに置いてある、クッションの一つを抱きかかえながら。今日も、喜びをかみしめる。
「推しって、尊い……」
ジェンティーと出会ってから、本当に毎日が楽しくて。日々の潤いとは、こういうことかと実感する。
これまではほとんどの人に対して、表面上の付き合いしかしていなかったから、なおさら。
息苦しさとか、生きにくさとかを感じていたわけではないけれど。それでも、誰にも好かれていない状況というのは、楽しいものではなかったから。
「……悪役王女が、お助けキャラを攻略できるルートがあったらよかったのに」
そう、お助けキャラ。彼はあくまで、プルプラの恋を手助けするための存在。
それに私だって、ライバルキャラという名の悪役王女。国のためを思うのなら、プルプラの恋のお相手を奪うべき存在。
「そんなこと、しないけど」
膝の上に乗せたクッションに、頭を乗せれば。目の前に広がるのは、癖のない真っ直ぐで艶やかな紫の髪。
瞳も髪も、紫。それはある意味、この世界でないとあり得ない色であり。エークエス王国の王族である、なによりの証だった。
そう、王族。本来であれば、私にも王族としての義務がある。
でも。
「どうせ誰も幸せになれないのなら、そんなもの放棄するでしょ」
彼らが誰一人、真実を受け入れる気がないのなら。魔力持ちを、邪険にするのであれば。
「私だけが頑張る必要、ないじゃん」
伯母様には、怒られてしまうかもしれないけれど。それでも「陛下のご命令ですから」と言ってしまえば、きっと文句は言えなくなるだろう。
というか、いっそそれを狙ってもいる。
だって、私は。今生きている、この世界が。
「……現実だって知ってる」
夢なんかでは、決してない。
そして同時に、私がまごう事なき王族なのだということも。
「あーぁ。せっかく、最推しに会えたのになぁ」
それでも、大好きだった同人乙女ゲームの世界が実在していて。私が、ヴァイオレットという人物に生まれ変わったことは。変えることのできない、事実。
だからジェンティーのことも、あえて『推し』としてしか見ていない。
だって、これでも私は王女だから。いつか他国の王族と結婚することになるって、もう知っている。嫌というほど、理解している。それもまた、現実だと。
だからこそ、そうしなければ。本気で、彼に恋してしまいそうだから。
「かっこいいんだもん」
私の好みの問題もあるけれど。そもそも、自分を好きになってくれないような人たちに一方的な恋愛感情を抱くことなんて、あり得ない。
でも、ジェンティーは違う。彼はちゃんと、公平な目で私を見てくれている。その上で、仲良くなってくれた。
「現実って、世知辛いなぁ……」
本当はちゃんと、この世界も、そこに生きている人たちも、ゲームなんかじゃないって知ってる。分かってる。
けど、だからこそ。先の展開を、一人だけ知っているというこの状況が、つらい。それこそゲームだって思っておかないと、やり切れない。
私の未来はもう、決まってしまっているから。
その分、誰にも情を移さないように気をつけないと。
唯一プルプラだけは、どんなに可愛がっても許されるし、本人も受け入れてくれているから、いいけれど。
それ以外の人たちには、たとえ肉親でも情を持たないことが、大事。
「……私が嫁ぐことになる相手って、どんな人なんだろう?」
愛を求めても、無駄なのであれば。せめて、恨まないで済むように。感情を、動かさなくて済むように。
ヴァイオレットを取り巻く現状を受け入れるというのは、そういうこと。
だから私は、将来に思いをはせる。未来という名の、未知の現実に。
今目の前にある、自分ではどうしようもない現実から、そっと目をそらして。