21.推しが尊い……!
「やはり訓練の量も質も全く違いますね! さすが騎士の国といわれるエークエス王国です!」
目の前で、茶色い瞳をめいっぱい輝かせながら話すジェンティーに。私は、表面上は王女然とした笑顔で頷きながら。
内心は、それはもう、お祭り騒ぎ状態だった。
(推しが……! 可愛すぎて……!)
本当に、推しが尊い……!
騎士団の練習風景を見てきたのが、余程興奮したらしくて。今日はもう会ってからずーっと、この調子。
それがもう、可愛くて可愛くて……!
エークエス王国の王女として、国が褒められているからではなく。単純に、推しが楽しそうだからという理由だけで、私は満足です。
「知的好奇心は、満たせたのかしら?」
「はい! それはもう!」
普段はもっと落ち着いていて、大人っぽいのに。今だけは、子供みたいで。
(あぁもうっ! 可愛すぎるぅぅ!!)
なにこのギャップ! 反則でしょ!
でも可愛くて尊すぎるから許しちゃうー!
「日々あれだけの訓練を重ねているからこそ、強靭な肉体を手に入れているのですね!」
笑顔がキラキラしてるぅぅ!!
普段は知的に見えるメガネの奥の瞳が、とにかくメチャクチャ輝いてるし!
このジェンティーの姿が見れただけでも、本当に生きててよかったって思える!
私の最推しってば、本当に最高!!
「あ……。す、すみません。一人でこんなに話し続けて――」
「いいえ。国や騎士たちを褒めてくれているのだもの。この国に生きる者ならば、皆喜ぶはずよ」
彼が謝る必要は特にないから、ちょっと被せ気味に否定しちゃったけど。実際、そうだと思う。
というか、私は大変満足しております。
それにほら、今日の担当侍女とか、警護の騎士とか。顔には出さないけれど、内心かなり嬉しいはず。
自分の国を褒められて嫌な気分になる人は、そうそういないだろうし。それが、一番誇りに思っている部分なら、なおさら。
(私の場合は、ジェンティーをここまで笑顔にしてくれたことに対して、だけど)
決して、この国の王女として喜んでいるわけではないというのが、ミソだよね。
でもそんなこと、口にしなければ誰にも分からないことだし。
表面上はきっと、自国を褒められてまんざらでもない様子の王女様、ってところでしょう?
全っ然、違うんだけどねー。笑っちゃうよねー。
「そう言っていただけるのは、大変ありがたいのですが。せっかくヴァイオレット様のお時間をいただいているのなら、もっと有意義に使うべきでした」
「あら。十分、有意義な時間だと思うのだけれど?」
むしろ私にとっては、ジェンティーと一緒にいられるだけで、十分すぎるほど有意義です!
口には出せないから、心の中で全力でそう叫びつつ。出来得る限り、視線でもそう伝えようと頑張ってはみるものの。
「いいえ。私がヴァイオレット様に騎士の話をするのは、子供が大人に歴史の話をしているのと同義ですから」
「それはそれで、違う見え方があって面白いと思うのだけれど」
やっぱり真面目な性格の彼からすれば、一時とはいえ、はしゃいだ姿を見せたのは許せなかったようで。
私からすれば、仲良くなれた証拠だし。嘘偽りなく、心から喜んで話を聞いていたんだけど。
(まぁでも、ジェンティーがそう言うのなら仕方がない)
下手に同じ話題に固執する必要もないんだし、ここは話題の転換をしておくことにする。
ちょうど、借りてた本も返したかったし。
「あぁ、歴史で思い出したのだけれどね? 貸していただいたあの小説、とても面白かったわ」
そう言って侍女に目配せすれば、渡しておいた本をジェンティーに差し出してくれる。
本当は、私から直接返したかったんだけど。さすがに王女という立場上、それはできなかったんだよね。残念。
「お気に召したようで、何よりです」
ジェンティーは、丁寧に本を受け取ると。何気ない仕草で、図書室から借りてきたのであろう他の本の上に乗せる。
でもきっと、彼は気づいているはず。あの中に、私が手紙を忍ばせていることを。
(侍女を経由しているから、誰にも怪しまれていないんだよね)
中身を改めることなんて、基本的にないし。
これがプルプラだったら、もしかしたらそういうこともあったかもしれない。念のために、って。周りが神経質になってね。
でも私相手に、男性だからと気をつける必要はない。少なくとも、この国の人たちはそう思ってる。
(だからこそ、成立しているわけだけど)
そもそも自室からの行き帰りに、荷物を全部侍女に持たせているのは、普段通りだし。私もジェンティーも、特に目立つようなおかしな行動はしていない。
それに本をオススメするのは、今までに何度もしてきているから。
今までの積み重ねがあるからこそ、何一つ疑われることなく。こうして無事に、手紙が相手の元に届くわけだけど。
「よろしければ、特にどの部分がお好きなのか教えていただけませんか?」
「あら。もしかして、他にも用意してくれるのかしら?」
「はい。ぜひ参考にさせていただければと思いまして」
ただ純粋に、本の感想をお互いに話しながら。二人だけの秘密を共有している、この状態は。
個人的には、物凄く嬉しいことだけれど。
(いくらなんでも、警備がザルすぎるでしょ)
一国の王女に、簡単に個人的な手紙が届いてしまうなんて。
改めて、ヴァイオレットという存在がどれだけ必要とされていないのか、という事実を再確認してしまった。
と同時に。見捨てる気満々なこの国の未来に、少しだけ不安を抱いてしまったのは。
仕方のないことだったと、思いたい。




