20.私はいらないほうの王女だからね
「さて、と」
一夜明けて、朝食を終えたら。今日の担当侍女に、ジェンティーから借りた本を読むからと告げて、一人部屋に籠る。
実際本は読みたいんだけど、その前に手紙の文章を書いておきたいんだよね。こういうのって、後回しにしたらあんまりよくないし。
「書き出しは、どうしようかなぁ」
親愛なるジェンティー?
それとも、親愛なる私の学者様?
そのあとは、丁寧なお手紙をありがとうって始める予定なんだけど。
「私の、とか……ちょっと、重いか」
やっぱりここは無難に、親愛なるジェンティーへ、が一番かな。
「親愛なる、ジェンティー……へ。丁寧な、お手紙……、ありがとう。私のことを心配してくれて、嬉しいわ、と」
独り言が多いのは、癖だから仕方がないけれど。手紙の内容を口に出すのはよくないと、そこまで書いてから気づく。
というか、そもそも手紙の存在自体、私とジェンティーしか知らないんだから。
「知られたからって、誰かに咎められることはないだろうけど」
なんたって、私はいらないほうの王女だからね。別に醜聞にならない程度になら、むしろ『銀の騎士』候補以外に目を向けてくれてるほうが、ありがたいでしょ。
本当に、生まれ変わった先がヴァイオレットでよかった。これがプルプラだったら、ジェンティーと会うことすら禁止されてたかもしれないし。
そんなこと、考えただけでゾッとする。
「……ある意味、あの子のほうが自由じゃないのよね」
何不自由なく、誰からも愛されて暮らしていける代わりに。友人も結婚相手も、自分で選べるのは最後だけ。場合によっては、選ぶことすらできないことだってある。
私も全部が全部自由ってわけじゃないけれど、少なくともジェンティーと会うことを咎められたりしないくらいには、自由に過ごせている。
これでも一応、一国の王女なんだから。普通だったら、他国から来た学者の男性と仲良くなるなんて、許されないんだろうね。
私の場合は、普通じゃないみたいだけど。
「そうだよね。普通に考えたら、ジェンティーが私との関係を心配するのは、おかしいことじゃないんだよね」
というかむしろ、最初にそれを考えたのがジェンティーって時点で、私の立ち位置って、だいぶおかしいんだろうな。
私としては、全然それでいいんだけどさ。推しと仲良くなって楽しく会話できれば、人生楽しいし幸せだし。
オタクって、そういうものでしょ?
「私も、期限つきの自由だけど」
それでもその自由な間に、最推しと仲良くなれただけでも、儲けものじゃない?
プルプラが誰か一人を選んだら、その時点で終わってしまう自由だとしても。今はまだ、その時ではないはずだから。
「もう少しだけ楽しんでも、バチはあたらないでしょ」
ヴァイオレットとして生まれ変わったんだから、エークエス王国にいる間に、少しくらい思い出を作っておいてもいいはず。
このままだと、誰からも好かれていない人物だったという記憶しかないまま、他国に嫁ぐことになるから。
それだけは、嫌だ。
「……どうせなら、完全に自由にさせてくれたらよかったのに」
魔力持ちの王女なんて、この国には必要ないと。本気で、そう思うのなら。
こんな、建前の期間なんて用意せずに。初めから、そう告げてくれればいいのに。
変なところで娘に気を遣うのは、自分も騎士としての訓練を受けてきていて、女性には優しくするべきだと認識しているから?
その割には、私のことを見ようともしない父親だけど。
「まぁ、今さらどっちでもいいけど」
どうせ出来レースなら、私は無駄にあがくことはしない。
それよりも、限られたこの時間を使って、ジェンティーとどこまで仲良くなれるか。どれだけ、思い出を残せるか。
そっちのほうが、ずっとずっと大事だから。
「とりあえず、二人で会っていても誰にも咎められないから大丈夫ってことだけは、ちゃんと伝えておかないと」
推しに心配されるのは嬉しいけど、そのせいで会えなくなっちゃったら困るからね。
乾き始めていたペン先を、インク瓶につけて。私は今度こそ、手紙を書くことに集中した。




