19.推しが心配してくれてた……!
「う、っそでしょ……?」
え、これ現実? 夢じゃなくて? 私の妄想とかでもなくて?
これ本当に、推しからの手紙? え、私宛だよね? 間違ってないよね?
「……いや、でも、うん。『親愛なるヴァイオレット様』って書かれてるし」
というか、『親愛なる』だって! 私ちゃんと、ジェンティーと仲良くなれてたよ! やったね!
……って、そうじゃなくて。
「手紙……わざわざ?」
そう、そこ。
だって、今日会ってるのに。口じゃなくて、わざわざ手紙でって。
どういうこと? ってなるじゃん。
「他の人には、知られたくないようなこと?」
というか、聞かれたくないってことだよね。
でも、あのジェンティーが? しかもこんな風に、誰にも知られないような方法で。
「……とりあえず、読んでみよう」
判断するのは、それからでも遅くない。
思わず推しの名前に反応しちゃって、一切内容を見てなかったからね。オタクの悪い癖だ。
「え、っと……」
『親愛なるヴァイオレット様
この度は突然のお手紙、失礼いたします。
どうしてもお尋ねしたいことがございまして、ペンを取らせていただきました。
先日王城内にて、ヴァイオレット様と妹君のプルプラ王女殿下のお相手候補の騎士殿が、三名ほどいらっしゃると耳にいたしました。
まだご婚約という状態ではないことも、その際に初めて拝聞いたしました。
そのような大切な時期に、ヴァイオレット様の貴重なお時間を私がいただいてしまっていたこと、深く反省いたしました。大変失礼いたしました。
また万が一にでも、候補者の騎士殿に誤解を与えるような状況になってしまっていた場合には、先方に直接謝罪させていただきたいと考えております。
あの場でそれをお伝えするのは憚られると愚考し、また現状以上に皆様に誤解を与えるような行動は控えるべきと判断し、お手紙を書かせていただきました。
このような形でしかお尋ねすることができず、大変申し訳ないのですが。私などのためにヴァイオレット様のお時間をいただいてしまうのは、ご迷惑ではありませんでしょうか?
ヴァイオレット様はお優しい方ですので、私のような者にも様々な配慮をしてくださっていることは存じております。ですがだからこそ、あなた様の負担にはなりたくないのです。
口頭でもお手紙でも構いませんので、可能でしたらお返事をいただけますと幸いに存じます。
ジェンティー・ヴェフコフ』
これは、つまり……。
「推しが心配してくれてた……!」
ってことでしょ!?
男の自分が、これから結婚相手を決めようとしてる王女の時間を、奪ってしまってるんじゃないかって!
全っ然、そんなことはないんだけどね!
「そんな心配、しなくていいのに。真面目だなぁ、ジェンティーは」
むしろ周りは安心してるよ。『銀の騎士』を得るのはプルプラになりそうで。
私が選んじゃったら、プルプラが他国に嫁ぐことになっちゃうからね。そんなことになったら、国中から恨まれるよ。
「……というか」
それ以前に、これってジェンティーと会えなくなる可能性が、あるかもしれないってこと?
え、それは困る。非常に困る。
私は今が一番楽しいのに。
「確かに、あの場で直接聞くわけにはいかない内容だったけど」
まさか本に手紙を忍ばせてくるなんて、考えもしなかった。
それ以上に、ジェンティーがその話をどっかで聞いてくるってことが、予想外だったけどね。
「とりあえず、手紙を書こう」
全然問題ないですよ、大丈夫ですよ、安心してくださいっていうことを、ちゃんと伝えておかないと。
問題は、なんて書けば納得してもらえるか、なんだけど。
正直に、好かれてないんですよーなんて書けないし。
「いっそ、実は候補者の全員がプルプラに思いを寄せているんですって書く?」
それが無難かもしれない。だから私は、妹が誰を選ぶのか見守っているんですって。
そうすれば変に怪しまれたりしないし、そのためにまだ誰とも接触できないから、もう少し一緒に居させてほしいって伝えられるし。
「うん、そうしよう」
幸いなことに、明日は一日ジェンティーに会わない予定だし。本も借りてることだし。
食事の時以外、一歩も部屋から出なくても。誰にも怪しまれることは、ない。
「とりあえず、文章は起きてから考えよう」
今から考え始めたら、確実に朝を迎えるから。
内容が内容だったから、妙に冷静になっちゃったけど。考えてみたら、これが推しからもらう初めての手紙だし。
大切に大切に机の中にしまい込んで、ベッドにもぐるけど。
「綺麗な文字で、真面目な文章って。解釈一致すぎてヤバいって……!」
思い出すと、つい興奮しちゃって。
結局、いつもより少しだけ寝るのが遅くなったのは、ここだけの秘密。