18.推しからの手紙、だと!?
「ヴァイオレット様。以前教えていただいた書籍、大変興味深く拝読させていただきました」
今日も今日とて、ジェンティーとお喋り。
もちろん推しのために、色々準備も怠りませんよ。
「なかなかに、騎士という存在の核心を突いていたでしょう?」
「はい。ですがヴァイオレット様に教えていただけなかったら、きっと手に取ることもしていなかったと思います」
でしょうね!
だって私が彼に教えた本のタイトル『騎士の心得』だもん。普通、騎士以外は手に取らないでしょ。
けどだからこそ、騎士が何を考えているのかを理解するのに役立つと思った。私が、そうだったように。
「歴史書や伝記以上に、考え方の根幹が分かるものだと思うの」
「おっしゃる通りです。こういった形で残っているのは、他の国ではあまり見かけたことがありませんでした」
「独特な文化なのだと思うわ。国の男性たちに、共通の理念があるというのは」
今まで関わってきた他国の人たちとは、明らかに違う。それはここから出たことのない私でさえ、肌で感じてきたことだから。
きっとジェンティーにとっては、色々と不思議に思うことがあるだろうと踏んで、先にこの本をオススメしておいた。
「ですがおかげで、会話する際に気をつけるべきことがよく分かりました」
しかも、これでしっかり推しの役に立てたのなら、もう言うことなし!
こういうところで、好感度上げておかないとね!
「ところで、ヴァイオレット様。以前に図書室の蔵書には、娯楽本がほとんどないとおっしゃっていましたよね?」
「えぇ、そうね」
そうなのだ。図書室にあるのは、基本的に歴史や伝記や戦術に関するものばかり。
こればっかりは、エークエス王国が騎士の国である弊害としか言いようがない。
「気になっていたので、街に行った際に確認してみたのですが。どうやらそちらの図書館には、多少なりとも娯楽本が置いてあるようでした」
「まぁ! そうなの?」
「ただ、子供向けの作品が多いようで……」
「あぁ、なるほど。将来騎士になった時に文字の読み書きができるようにと、国が推進した活動の一つね」
何か問題が起きた時に、口伝だけで正しく伝わるとは限らない。だから騎士になる人間は、読み書きができることが必須条件だった。
でも国民全員に時間を割いて、そういったことを教えていくのは難しいと判断した、当時の人たちは。まず絵本という形で、子供たちに読み聞かせをすることにしたと習ったことがある。
おかげで今では、国内のほとんどの人が文字を読み書きできるようになった。
「やはり、そうでしたか」
「基本的に本も紙も輸入に頼っているこの国では、高級品の部類だもの。購入できる人物も、限られているわ」
「それで図書館に、子供向けの作品を置いているのですね」
「国民であれば、誰もが利用できる場所だから。膨大な予算を割かなくても、騎士に必要な教育は各家庭で施してくれるのよ」
絵本の読み聞かせという、誰も損しない形で。
そしてもちろん、そのための本だから。大体が、騎士が国を救ったりお姫様を救ったりするお話。
子供受けはいいけれど、大人の魂胆が見え見えなところが、あまり好きにはなれない。という、私個人の意見はある。
あくまで個人的なことだし、王女として口にすべきことではないと理解しているから、誰にも言ったことはないけれど。
「ということは、ヴァイオレット様も?」
「ひと通り、幼い頃に目を通しているわ」
騎士がカッコイイ存在だと、子供に植え付けるにはうってつけだし。ある意味で、これも英才教育、でしょ?
ま、私は騎士はちょっと遠慮したいけどね。
「でしたら、全く違うこちらの書籍などいかがですか?」
私の答えを聞いて、ジェンティーが差し出してきたのは。明らかに娯楽小説だとひと目で分かる、簡易な装丁をされた本。
「これは?」
受け取ってから、タイトルを読めば。この国では、基本的に見かけることのなさそうな、冒険物だった。
表紙が革製だし、ジェンティーが持ってきたことを考えると、もっとお堅い内容だと思ったのに。意外。
「以前滞在していた国で、流行りものだから是非と頂いたのですが。予想以上に面白い内容だったので、ヴァイオレット様のお好みに合えばと思い、持参いたしました」
「まぁ! 嬉しいわ!」
いや本当に! お世辞抜きで!
だってこれって、推しが私のことを考えて持ってきてくれたってことでしょ?
自分のためにって言われて喜ばないオタクが、どこにいるっていうのよ!
「ヴァイオレット様、お時間です」
「あら、もう?」
盛り上がってきたところだったのに、いいところで時間切れみたい。
夕食の準備があるから、仕方がないんだけどね。
しかも。
「明日は一日、騎士団の見学なのでしょう?」
「はい、その予定です」
念のため確認してみたら、やっぱり見学日は明日だった。
エークエス王国に来ておいて、騎士団を見学しないなんてあり得ないからね。前に一回聞いておいたんだよね、予定日を。
つまり、明日はジェンティーには会えない。
(……もしかして、だから今日持ってきてくれたの?)
そう考えると、自然と笑顔になりそうになるけれど。今はまだ、我慢。
でも。
「それなら、明日は一日ゆっくりと読ませてもらうわ」
「お気に召さなかった場合には、正直におっしゃってくださいね?」
「あら、もちろんよ」
でも多分、そんなことはない。
だって、推しが面白いって言ったんだよ!? なら面白いに決まってるじゃない!!
「感想は明後日でいいかしら?」
「はい。お待ちしております」
当然のように、明後日の約束を取りつけてから。私は今日の担当侍女に連れられて、夕食の準備のために自室へと戻った。
けど――。
「あれ? なんだろう?」
寝る前に、表紙をめくった私の目に飛び込んできたのは。そこに挟まれていた、一枚の白い紙。
もしかしたらジェンティーのメモ、しかもすぐに必要なものかもしれないからと。丁寧に折りたたまれたそれを、念のために開いてみた私の目に、飛び込んできたのは。
「え!?」
綺麗な文字で書かれている、私の名前と。
「推しからの手紙、だと!?」
最後に書かれていた、間違いようもない最推しの名前だった。




