16.推しごとさせていただきます!
出会いは上々、次の約束も毎回忘れずに。
となれば、いよいよ。
「推しごとさせていただきます!」
部屋の中で一人、腕を天に掲げている私。気分はボクシングのチャンピオン。
手の形はもちろん、握り拳で。
「歴史でも作法でも、なんでもござれ!」
今この時は本当に、エークエス王国の王族に、ヴァイオレットに生まれてよかったと本気で思える。
面倒なことも色々あるけど、ジェンティーの研究の役に立てるのなら、それもヨシ!
だって一般市民の生活と違って、その国の王族の暮らしって、なかなか研究できないことだし。同時にそれは、その国の文化に強く根付いている理由があるってことだし。
実際、歴史書を読んでジェンティーが疑問に思ったことを、私が知っている範囲で教えていくだけで。あら不思議。
それはもう、いい笑顔で頷いてくれるわけですよ! 最推しが! 私の最推しが! 目の前で!
「あゝ、なんていうご褒美……」
またしても脳内で、おかしな文字の変換をしたけれど。そこはもう、気にしない方向で。
むしろオタクって、こういうものでしょ?
推しからのご褒美には、メチャクチャ弱いんですよ~。
「はぁ……。ジェンティー……」
ひとしきり推しに興奮したあとは、今度は幸せをかみしめる時間。
ぽすんとソファに座り込んで、置いてあったクッションを抱きしめて。そのまま横に倒れ込む。
そもそも、大好きな同人乙女ゲームの、さらにその中でも最推しのキャラクターが、目の前で生きて動いて喋るんだよ?
これ以上の幸せって、ある? いや、ない。
「次は、どうしようかなぁ」
フィールドワークに出るらしく、次の約束は三日後。その間に、私も彼への質問内容をまた考えておく。
ちなみに年齢は、二十一歳らしい。
あと、妙に所作が綺麗だし、王城に招き入れられていることを考えて、もしかしてと思ってたけど。
「そっかぁ……。やっぱり、貴族だったかぁ……」
実は恥ずかしながら、貴族位をいただいております。なんてさ。ちょっと照れ臭そうに言うんだよ?
可愛いじゃないかぁぁ!!
思わず感情が顔に出すぎて、結構な笑顔になっちゃってたけど。あれはどう受け取られていたんだろう? ちょっと気になる。
バレてなければ、それが一番いいんだけどね。
「でもなぁ。あんまり本人のことを根掘り葉掘り聞きすぎるのもなぁ」
それはそれで、警戒される。
というかむしろ、こっちが警戒しているように感じるかもしれない。
それは、困る。
「無難に、他の国の文化について聞いてみようかな」
今までで一番、興味深いと思った文化とか。
正直、この世界の文化で私が知っているのは、エークエス王国の中のことだけ。
王女という立場だから、一応他国の文化も、ひと通り学んではいるけれど。
「一部だけ教えられて、知った気にはなれないよねぇ」
実際に足を運べないのは、この際仕方がないとしても。王女が教えてもらえることなんて、そんなにたくさんあるわけじゃないし。
むしろ、他国の使者をもてなすために、そういうことを教わっているだけだから。あくまで、エークエス王国内で必要になる他国の文化、でしかない。
特産とか、そういうレベルの話はできても。普段の生活については、一切知らないし。そもそも、そういうことを話す機会すら、滅多にないし。
「世界には、どんな文化があるんだろうなぁ」
純粋に、知りたいと思う。特に推しが見てきた世界なら、なおさら。
「……その前に、自分の国についてもう少し勉強し直そうかな」
時折、忘れてしまっていたり抜けてしまっていて、質問に答えられない時があるから。
これじゃあ推しごとにならないからね。
私の推しは、学者様。これ、大事なキーワード。
「知識欲なら、私だって結構あるほうだし」
あくまで、エークエス王国内では、だけど。
それでもきっと、知っておくことは無駄にはならないはず。特に、ジェンティー相手なら。
「騎士についての生態とか、面白おかしく話せるようになっておきたいなぁ」
実際、できなくはないと思う。騎士じゃない人間からしたら、割と面白い思考をしていると思うし。
そうと決まれば、善は急げ。まずは情報収集のために、準備をしないといけないから。
横になったままだった体を起こして、少しだけ髪とドレスを整えてから。侍女を呼ぶために、私はテーブルの上にあるベルに手を伸ばした。