15.通い詰めましたけど、何か?
(だめ。まだ、焦るなっ……!)
話し込んでいる二人に、ゆっくりと近づいて。
「あら。扉が開く音が聞こえたと思ったら、見かけない方ですね」
何気な~く。そう、自然体を装って。まるで今初めて見ました、みたいな反応をしてみせる。
いや、実際会うのは初めてなんだけど……! この目で生ジェンティーを見るのも、初めてなんだけど……!
とりあえず興奮だけは、今は隠さなきゃじゃん!?
「王女殿下!? 失礼いたしました。ご挨拶も申し上げず」
「構いません。それよりも、初めまして、でよろしいのかしら?」
驚きに目を瞠るジェンティーも、一歩下がって胸に手をあてて頭を下げるジェンティーも、全部が素敵……!
優しく響くテノールが、耳に心地いいけれど。今はそれよりも、自己紹介自己紹介!
このチャンスを逃すわけにはいかないんだから!
「はい。昨日より、こちらでお世話になっております。ジェンティー・ヴェフコフと申します」
はいキター! 名前ゲットー!
「初めまして、ジェンティー。私はこの国の第一王女、ヴァイオレットよ」
彼が平民出身なのか、それとも貴族出身なのかは分からないけれど。少なくとも彼自身がどこの国の誰だと言わなかったということは、こちらよりも高い身分である可能性はほぼゼロ。
そもそも一国の王女よりも身分が高いとなると、国王とか女王とかになっちゃうし。学者という身分では、あり得ない。
とりあえずこの場では、私が一番偉いことに変わりはないし。偉そうに聞こえるかもしれないけれど、実際偉いのだから。私が彼に対して、敬語を使うわけにはいかない。
その代わり、少しでも優しそうに見える笑顔を向けて、出来得る限り優しい声で話しかけてみる。
(ここで嫌われないようにしなきゃ……!)
ここっ! 今っ! すごくっ! 重要っ!
最初が肝心って、よく言うでしょ!
「堅苦しい呼び方は必要ないから、気軽に名前で呼んでくれないかしら?」
「よろしいのですか?」
「もちろんよ。その代わり、色々と聞かせてくれる?」
私はこれでも、エークエス王国の第一王女。このお城の中から出たことは、一度もない。
だからこそ、外の世界に興味がある王女として、自然に振る舞える。実際、どんな風になっているのかは気になるし。
「私がお話しできることでしたら、何なりと。ヴァイオレット様」
よっし! 言質取ったぁ!!
これで夢の仲良しへの、第一歩を踏み出したぞ!!
「ありがとう。ところで、何かお探し?」
「あぁ、はい。私はこう見えて、各国の歴史を研究して回っている学者でして」
「まぁ」
知ってるけどね。ここは驚いておくべきところだろう、という判断で。
それにしても、結構若く見えるんだけど。
本当に、いくつなんだろう?
「この国の歴史書などがあれば拝見したく、こちらに寄らせていただきました」
「あら。それならついさっき、ちょうど私が返却したばかりよ?」
「こちらですね」
司書のおじいさんが差し出してくれたのは、私が読み終わったばかりの歴史書。
というか待って……! もしかして、私が触っていたものを推しが手に取る、歴史的瞬間!?
やだ! 写真か動画に残したい……!
(そんなもの、この世界にはないけど……!)
どうして作っておかなかった、とは思うまい。
そもそも私に、そんな知識はないし。たとえ知識があったとしても、実現は不可能だった。
だって、そんな人脈ないし。
「ヴァイオレット様は、こちらを読破されたのですか?」
「もちろんよ。王族たるもの、自国の歴史くらいは知っておかないと」
「さすがです」
うわああぁぁ……! 推しに褒められたー!! 推しが笑ってくれたー!!
(あゝ、最高……)
頭の中で、ちょっとおかしな変換をしたことは否定できないけど。
そのくらい、私は今幸せなの……!
推しの笑顔は、オタクという名のファンを狂わせるのよ……!
「ご歓談中、大変失礼いたします」
でも、そんな幸せな時間はあっという間に過ぎ去ってしまうもので。
言葉とは裏腹に、一切悪びれる様子すらなく割り込んできた侍女は。ただ淡々と、自分の仕事をこなしていく。
「ヴァイオレット様、間もなく昼食のお時間となりますので。どうか、ご準備のほうをお願いいたします」
「あら、もうそんな時間だったの」
もっと推しと話したかったのにぃ!
アレか? はがしってやつか?
私はリアルイベント行ったことないけど、そういうのがあるって、掲示板で誰かが言ってたぞ!
「まだ聞きたいことがたくさんあったのだけれど、仕方がないわね」
ここでごねるのは、得策ではない。
というか、単純に全員に対して迷惑がかかる。ここにいる人にもだけど、それ以外の人たちにも。
でも、タダでは終わらん……!
「ねぇ、ジェンティー。明日も、ここに来る予定?」
今日はこのあと、歴史書を読みたいはず。
だから、そういう推しの気持ちに寄り添って、明日の予定を聞いてみたら。
「はい。調べたいことが山ほどあるので、そのつもりです」
「それなら、明日こそ色々と聞かせてくれないかしら?」
「もちろん、喜んで」
なんと! すんなり約束できちゃった!
しかも、笑顔つきで!
(最っ高ー……なんですけど……)
心の中では、顔を覆って天を仰いでいる私も。現実の世界では、優雅に微笑んで。
「では、また明日。良い一日を」
頭を下げるジェンティーと司書の二人に背を向けて、図書室に唯一ある扉をくぐった。
本は借りられなかったけれど、それ以上の成果は得られたから!
傍目には分からなかっただろうけれど、私はこの日ずっと上機嫌だった。
え? そのあと?
もちろんジェンティーがいる日は図書室に通い詰めましたけど、何か?
逆に行かないとか、そんな選択肢、ある? ないよね?