14.ワンチャン、あるかも
少しだけ建て付けの悪いそれは、重い音を響かせながら開いていくけれど。これが毎度のことなので、すでに全員慣れてしまっている。
むしろ誰かが入ってきたらすぐに分かるようになっていて、これはこれで便利だとか言い出していたのは、どこの脳筋だったか。
「おや、ヴァイオレット様。このような場所までご足労いただくとは。いかがなされましたかな?」
「先日借りた歴史書を、読み終わってしまったの。それの返却と、次の本を探しに」
出迎えてくれた、長く司書を務めてくれているおじいさんも、昔は騎士だったのだとか。
演習中に肩を怪我してしまって、騎士を辞めなければならなくなったから、ここの司書を引き受けてくれたらしいけれど。今はもう年齢もあるから、蔵書の管理は別の人がしているらしい。
ただ、元騎士らしく今でもできる範囲で筋トレは続けていると、本人から聞いたことがある。
この国は、司書ですら脳筋なのかっ。と思ったのは、何年も前のこと。
「左様でございましたか。どうぞ、お好きにご覧下さい。歴史書は、こちらでお預かりいたします」
「ありがとう」
昔は剣を握っていたのであろう、シワシワになった両手に。侍女が、持ってきてくれた本を乗せる。
その一連の動作を見届けてから、念のため確認だけしてみた。
「そういえば、最近ここに来た人は誰かいるのかしら?」
「ここ数日は、どなたもいらっしゃっておりませんね」
「そう。それなら、持ち出されている本は少なそうね」
「騎士は本を読む暇があるのならば、訓練に明け暮れたい生き物ですからなぁ」
ハハハと豪快に笑うおじいさんに、私も小さく笑いを零してしまう。
確かに、騎士はそういう生き物だ。
「ありがとう。ゆっくり見て回るわ」
「行ってらっしゃいませ」
少しだけ和んだのと同時に、物凄く安心した。
だってつまり、ジェンティーはまだここへは来たことがないってことだから。
(これは……。ワンチャン、あるかもしれない)
今日来るとは、限らない。そもそも学者としてこの国にいる以上、どこかに呼ばれているから城内にいる可能性が高いわけで。
となれば、しばらくは図書室に定期的に足を運ぶ必要がある。
(私に噂話をしてくれるような侍女もいないから、情報を仕入れにくいのが難点だけど)
しかもそのせいで、ジェンティーのことを私はまだ知らないことになっているし。
会ったこともない人の名前を、迂闊に口にすることもできないから。今はまだ、偶然会えることを祈るしかできない。
(そもそも、ここ以外の手掛かりってないし)
なぜかゲーム画面では、毎回どこかの廊下で会話していたけれど。あれはいったい、どこだったのだろうか?
というかむしろ、どうして毎回主人公は都合よく会えてたんだという、根本的な疑問もあるけど。
(そんなこと考えても、仕方ないもんね)
そういうゲームなんだから、で済んじゃう話だったから。疑問にすら思わなかった。
疑問に思ったところで、謎は一切解けなかっただろうけど。
(……あれ? そういえば)
謎といえば、私は前世やっていたゲームの記憶はあるのに。それ以外の記憶が、ほとんど存在しない。
なんなら、前の自分の名前すら思い出せないし。
(ゲームをやっていた頃の記憶なら、結構たくさん残ってるのに)
それでも全部、ゲームに関する記憶だけ。
早くお風呂に入ってゲームしたいなーとか、そういうのも含めて。覚えてるのは全部、ゲームが関わった時だけ。
比較的長く遊んでたから、二次創作を読み漁ったりしてたのは覚えてるけど。
(ゲーム以外のところで、私が何をしていたのかとか……。そういう記憶、全然ない)
私は乙女ゲームも、デフォルト名でプレイするタイプだったから。自分の名前を入力したことなんて、なかったし。
でも普通、自分の名前、忘れる?
(……違う。逆だ)
生まれ変わっているのだとすれば、忘れてて当然なのかもしれない。
いや。何が当然とか、分からないけどね。
でもそれなら、ゲームに関することだけを、こんなに鮮明に覚えているほうが、きっと不自然なはず。
(でも、なんで……?)
そこで初めて、強い違和感を覚えて。その場で立ち止まって、思考の海に沈もうとしていた私の意識は。
次の瞬間、聞こえてきた音に。完全に沈み切る前に、急浮上してきたのだった。
「!!」
滅多に動かないはずの、図書室の扉が開く重い音に。思わず反応して、振り向いてしまった私だったけれど。
「すみません。一つ、お尋ねしてもよろしいですか?」
「っ!!!!」
その声が聞こえてきた瞬間、悲鳴を上げなかった自分を褒めてあげたい。
そして同時に、直前まで考えていたことが完全に消え去ったことに。この時の私はまだ、気がついていなかった。
~他作品情報~
本日4/27は、コミカライズ版『幽霊令嬢』の更新日です!(>ω<*)
今回はリヒト(ヒーロー)の、大変可愛らしい笑顔が見られる回ですので、ぜひ☆