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第九話

 この想いは墓まで持って行こう。私はそう誓った。

 私はお嬢様の幸せさえ願っていればいいのだ。そもそも、私はお嬢様の護衛担当の軍人。


「……出て行け……私の中から……」


 新しい朝、なのだが、私はベッドの上で一睡も出来なかった。

 ずっと頭から離れない。ザナリア大尉の、あの笑顔が。お嬢様と話している時に見せていた、あの……優しそうな顔が。


 あの人はトラウマを持っている。そのヒントとなるのは……これまで女性とお付き合いしてこなかった、絵を描く資格が無い、私の裸を見て鼻血を出すくらい女性に対して免疫が無い。


「いやいや、何を考察してるんだ、私は……もうどうでもいい、お嬢様の事さえ考えて要れば……」


 そうだ、この感情は邪魔なだけだ。私はお嬢様の護衛なのだ。お嬢様の幸せさえ願っていればそれでいい。いっその事……人形になりたい。お嬢様の傍にいるだけの……何の感情も持たない人形に……。



 ◇



「……アリア? あんた、何その目」


「はい?」


「クマ! 寝て無いの?」


 お嬢様に鏡を見せられ、そこで初めて自分の目の下に酷いクマが出来ている事に気が付いた。燕尾服に袖を通した時に鏡を見た筈なのに。自分の顔にはまったく目が行かなかった。ずっと頭の中では……あの方の笑顔だけが悶々と……。


「すみません……体の調子が悪いのか……寝付けなくて……」


「なら、今日はもう休んでいいわよ。護衛ならパンダ中尉も居るし……」


 私は用無しなのか……? とめんどくさい感情を展開させようとしたが、お嬢様は私を気使ってくれているだけだ。確かに……こんな調子で護衛が務まるか怪しい。素直に少し頭を冷やすか……。


「すみません、お嬢様……お言葉に甘えさせて頂きます……」


「……ホントに大丈夫? なんだか声も……」


「大丈夫です、一応、大佐に報告してきます……」


 フラフラと猫背でお屋敷を出て、そのまま大佐が勤めている軍の施設へと。

 大佐の元に行くと、お嬢様とのやりとりと全く同じ流れで鏡を手渡された。私は体の調子が悪いから、本日は休ませてくれと大佐へと。すると大佐は案外普通に休暇をくれた。


「まあ、昨日ザナリアを上手く説得してくれたんだろう? 正直、俺はあのまま逃げると思っていたからな」


 いかん、その名前を聞くと……胸が痛い。チクチクと……。


「休暇ついでだ、ちょっとお使い頼まれてくれるか」


「休暇とは……?」


「そう言うな。ザナリアはああ見えて絵画が好きでな。隣街にあいつのお気に入りの絵描きがいる。そこで適当に絵を買ってきてくれ」


 随分簡単に言うな。私に絵画を選べというのか。悪いが私は絵画を見る感受性など持ち合わせていない。どれも同じような絵に見えてしまう程だ。


 しかし……断るという選択肢は当然残されてないか。


「分かりました……。隣町というと……」


「ああ、ザナリアが管轄する街だ。おっと、軍服も燕尾服も無しだぞ。一般人を装って行け。その絵描きはわけありでな。ちょっと色々と事情が込み合って複雑なんだ」


「はぁ……」


「じゃ、頼んだぞ」




 ◇




 隣町へのお使い。しかも絵画を買いに。こんな難易度の高いお使いは初めてだ。野菜を買ってこいと言われるのとはわけが違う。ここは感受性豊かなリリーの手を借りようと思ったが、皿を割ったとかでクレイン様に叱られていたので、思わず気がひけてしまった。


「一般人……ね」


 私服など私は着た事が無い。そして当然、持っても居ない。適当にその辺で買って着ていくか……いや、しかし服ってどんな風に選べば……


「アリア? お父様の許可は取れた?」


「ぁ、お嬢様……」


 トボトボとお屋敷内を歩いていた所でお嬢様に見つかってしまった。神学の教師と共に、本を持っている。これから授業のようだ。


「……お嬢様、お勉強ですか。頑張ってくださぃ……」


「げ、元気ないわね……。どうしたの、お父様に拒否られたの?」


「いえ、それが……」


 私はお嬢様にお使いを頼まれた事を説明。ついでに一般人の服装をして行けと言われたと。

 するとお嬢様は何故か目を輝かせ……


「それなら私の服かしてあげる! まあ、アリアの方が背は高いけど……なんとかなるでしょ。先生、ちょっと先に行って待っててくれるかしら」


「え、あの、お嬢様?」


 そのまま子供のようなテンションでお嬢様に手を引かれて自身の部屋へと連れ込まれた。そしてまるで秘密基地ですか? と言いたくなるくらいの広さのあるクローゼットを開き……これでもない、あれでもないとお嬢様は服を引っ張り出している。


「あの、お嬢様……」


「ぁ、これを機にスカート履いてみたら? 絶対似合うから」


「いや、スカートは……。戦闘に支障が……」


「お使いに行くのに、なんで戦う前提なのよ。私の服貸すんだから、今日は戦闘禁止。分かった?」


 そのまま着せ替え人形のごとく、お嬢様に全身コーディネートされる私。

 真っ白なロングスカートに可愛らしいピンク色のシャツ、そして風に冷やされないようにと大きなマフラーのような肩掛けを。髪も普段は適当に後ろで纏めているのを降ろして、まるで別人を見ているようだ。


「……うむ。我ながら可愛く出来たと思う」


「……うわぁ……」


 姿見を見て思わず一歩引いてしまう。自分の姿から。こんな女の子女の子した服装……! もし巨大なイノシシが現れたら……対応できるか自信が無い!


「さっきも言ったけど……汚したらお仕置きよ」


「どんなお仕置きですか……? それ次第では汚すかもしれないです、私」


「一体どうしたのアリア……と、とりあえず、せっかくの休暇なんだから楽しんでらっしゃい。ぁ、ザナリア様にあったらよろしく伝えといて」


 まるで追い出されるように送り出される私。ご丁寧に馬車まで……ってー! 馬車!?


 マジか、軍用車でもバイクでもなく、馬車。カボチャの形をしていないのがせめてもの救いか。

 ちなみに騎手は白髭を蓄えたお爺ちゃん。燕尾服に身を包み、まさに執事のお手本のような……。


 うぅ、どうでもいいけど……足がものすごく寒い! スカートってなんでこんなスース―するんだ!




 ◇




 隣町までバイクで行けば一時間もかからないのに、馬車はゆっくりと進んで二時間程かかってしまった。途中、寝不足の私は眠ってしまい、到着したと騎手のお爺ちゃんに起こされる。


「あ、ありがとうございました……」


「いやなに。楽しいひとときを。お嬢さん」


 帰る頃にまた来ると、お爺ちゃん執事風騎手は去っていく。

 さて……絵画だけ買ってさっさと帰ろう。馬車をまたすぐ呼ぶのは気が引けるから、走ってかえろう。私の足なら馬車より早く走破出来る筈だ。


「……絵画か」


 隣町……たしかリヒタルゼンという名だったか。マリスフォルスとは別の意味で栄えている。あちらは港町だが、ここでは蒸気機関車が盛んに汽笛を立てていた。どことなく焦げ臭い。炭鉱が近くにあるからだろうか。それとも蒸気の匂いか。


 少し歩いてみると、カラフルに整えられた石の広い道。どうやらここがこの街のメインの大通りらしい。両側に露店が並び、店主達は客を呼び込もうと叫びまくっている。


「ぁ、そこの可愛いお嬢さん! 珍しい鉱石のネックレスあるよ!」


 さて、絵画を売ってる店はどこだ。一応大佐に超適当に書かれた地図を手渡されたが……ここが大通りだから……


「ちょっと! 無視しないでよ! 寂しいよー!」


 なんだ、この地図……方向がまるで分からん。せめて方角を書いて……


「ねえ、ねえってば!」


「ん? 私の事ですか?」


「さっきから呼んでるじゃん! 可愛いお嬢さん!」


 かわ……いい? 


「は? 喧嘩売ってるんですか?」


「なんで?!」


「可愛いなんて……私は……」


 軍人……と言いそうになって思わず口を塞いだ。そうだ、わざわざ一般人の恰好をしろと言われたのだ。絵描きにどんな事情があるのかは知らないが、軍人としられては不味いという意味だろう。


「……え、何?」


「なんでもありません。それで、何の用ですか」


「だから、鉱石のネックレス。どう? 綺麗でしょ」


 それは青色の鉱石を使用した物。加工した職人の力量なのか、それとも元々この鉱石が貴重な珍しい物なのか、なんだか不思議な輝きを放っている。しかしびっくりするほど興味がわかない。


「……いいです。どうせ、お高いんでしょう?」


「そんな事ないよー、今なら……二万ドーラでいいよ」


 高いな……。下手したらライフルが買える。


「いりません。ぁ、それより……絵画を売ってる店を探しているのですが……」


 私は大佐に書いてもらった超適当な地図を店主へと手渡し、尋ねてみる。

 店主はなんだか苦い顔をしつつ


「……あぁ、戦場の絵ばっか描いてるアイツの店? あんな絵買ってどうすんのよ」


「……戦場の絵?」


 そういえば……ザナリア大尉も戦火の跡を描いた絵を気に入ってるとかなんとか……。

 間違いない、その店だ。


「それ、どこですか?」


「これ買ってくれたら教えてあげるぅー」


「他を当たります」


「あぁ! 待って! お嬢さん! 分かった! 教えるからデートして!」


「なんでそうなるんですか! 馬鹿ですか!? あぁ、馬鹿なんですね、わかりました、失礼しま……」


「貰おう」


 すると私の後ろから、きっかり二万ドーラを差し出す腕が。その袖は軍服。そしてこの声は……


「うお……! ザ、ザナリアさん! お知り合いで?」


「そんな所だ。デートは諦めてくれ、俺の知り合いなんでな」


「へ、へい」


 ……胸が高鳴る。


 なんでここで、こんな格好の時に、よりにもよって……


「ほら、行くぞ少尉」


 鉱石のネックレスを私の手に握らせる大尉。その手はとても暖かった。

 こんな格好をしているのに、私だとすぐに分かったのか? これは……私じゃない、私はこんな格好……しないのに。


「見違えたぞ。少尉もそんな恰好をしていれば……なかなか可愛げがあるな」


 そのセリフは大尉にしては……気が利きすぎている。

 きっとなんらかの変化が彼の中で起きたのだろう。その変化は……聞かなくても分かる。


 殺せ、自分を殺せ。……こんな気持ち、こんな感情は私のものじゃない。


「……? どうした少尉。目の下にクマが……」


「極秘任務です……私の事は少尉ではなく……アリアと呼んで下さい」


 自分の心を殺せと思いながら……私はそんな事を口走っていた。

 

 誰か今すぐ……私を黙らせてくれ……。





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