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第八話

 雨は少し小雨になっていた。ザナリア大尉は温泉に浸かりながら、空を仰いで顔に雨を受けている。私もそれにならって空を見上げてみた。まだ夜ではないから星空も見えないが、雲の隙間から溢れる日の光が綺麗だと感じた。


「少尉、ジャックに何を言われた」


「……? ジャック? あぁ、パンダ中尉の事ですか」


 そういえば本名……ジャック・パンパン中尉だった。


「貴方の目を前に向けて欲しいと言われました」


「……そうか」


 ザナリア大尉は空を仰ぎながら、目を瞑りそう呟いた。足を延ばし、岩に背を預けながらリラックスしていると思いきや……全くスキが無い。私が今仕掛けても即座に対応されてしまうだろう。


 というか、私も温泉に入ると……なんかこう、もう動きたくない。しばらくこうして……なんか眠くなってきた。


「…………」


「…………」


 無言のまま、温泉を楽しむ私とザナリア大尉。

 私、何しにここに来たんだっけ……あぁ、そうだ、ザナリア大尉をぼっこぼこにしてやろうと……


 え、なんで? なんでそんな事しようとしてるんだっけ……あぁ、ふりだしに戻った。


「少尉」


 突然、ザナリア大尉に呼ばれた。なんだ、とそちらを見てみれば、大尉は相変わらず空を仰いで目を瞑りながら、温泉に体を溶かされたかのように脱力している。


「少尉はどう思う。今回のお見合いの話」


 どう思うって……私は……


「……私としては……お嬢様には普通に優しい人と一緒になってほしいです。大尉はなんだか……癖がありそうじゃないですか。とりあえず戦争のトラウマ抱えてるような人、お嬢様には荷が重いというか……」


「悪かったな……。君は随分はっきりと物を言うんだな。トラウマを抱えてる男はみっともないか?」


「みっともないですねぇ。それがどんな物であれ、それを年下の女の子の前で曝け出しちゃうような人は……」


 ザナリア大尉がギロっと私を睨みつけてくる……が、すぐに目を逸らした。また鼻血を出してしまうとでも思ったのだろうか。


「大尉、私で鼻血を出してくれてありがとうございます。そんな人、初めて見ました。でも不思議と嫌じゃないんですよね……大尉だからかもしれませんが」


「……俺がいつ曝け出した」


「鼻血を? いや、さっき思いっきり……」


「違う、あのお嬢様の前で、俺がいつトラウマを曝け出したと聞いてるんだ」


 あぁ、それは……


「大尉、随分お茶をおかわりしてましたよね。美味しかったですか? あのお茶、そこまで甘くないし、すっきりとした飲み心地で私も好きなんですよ」


「……で?」


「大尉はそこまで無口ってわけではないと分かりました。元々無口な男性は、会話の間が出来ようが出来まいが気にしません。しかし大尉はお嬢様へと適格に返答しつつも、間が開くとそれを埋めるようにお茶を飲んで……。でもそのお茶が思いのほか美味しかったから、ゴクゴク行っちゃうんですよね」


「……一体、何の話だ」


「大尉は優しい方だと分かりました。年下の女の子相手に何を話していいのか分からず、ただ受け答えするのみでしたが、間を持たせるように努力されてましたから。そんな大尉が突然、これからという時に席を立ったんです。お嬢様はガッカリしたでしょうね、せっかく美味しいお菓子を一緒に食べれると思ったのに」


「それが一体なんなんだ。俺がトラウマを曝け出したという話は何処行った」


 物分かりの悪い男だな、これだから腕っぷしのみで伸し上がった奴は……


「大尉、貴方はお嬢様に甘えたんですよ。子供みたいに。あえてお嬢様を突き放すような事言って、本当はもっと自分の事を気にかけてほしいって……反抗期の子供ですか」


「……そんな風に言われたのは初めてだ。そうか、そう取られるのか……」


 まあ、お嬢様がそもそも大尉に全く気が無かったら……大尉の対応は正解だ。だがお嬢様は大尉の事を気に入ってしまった。それどころか、新しい恋すら芽生えさせつつある。それを察知しろとまでは言わないが……いや、やっぱり察知すべき! だってもう三十代の男! 立派過ぎる程に大人なんだから! 鈍感だからでは済まされない年齢だ!


「正直、女性に疎くてな。まあ、もう知ってると思うが」


「鼻血だしてましたからね」


「それを言うな、頼むから」


 なんか楽しくなってきてしまった。大尉と話しているとなんだか……気持ちがいい。普通に楽しい。


「……少尉、俺はどうすればいいと思う」


「どうもこうも、お嬢様はどうでしたか? 大尉のお嫁さんとしては」


「実感が全くわかん。大佐の遺伝子を引き継いでいるとは思えない程に素敵な方だとは思うが」


 思わず吹き出してしまった。私も最初はそう思っていたから。でも最近は、大佐の片りんを度々目撃出来ているが。


「笑う事はないだろ」


「すみません……。今のは軍事機密にしておきます。まあ、でもお嬢様に前向きな印象をお持ちなら、もっとお話してみてもいいと思いますがね。場はいくらでも私が作ります」


「……君はそれでいいのか? 少尉はあのお嬢様に対して、護衛対象以上の感情を持っているように見えるが、俺は相応しいと思うのか?」


 そんなの分かるわけないだろ。まだ会って間もないんだから。

 でもまあ……そうだな……


「今は結構……私も大尉に好印象持ってますよ。大尉のトラウマがお嬢様に荷が重いというのも本心です……。まあ、これから大尉が相応しくないと思うような事があれば、背中から撃ちます。安心してください」


「……心地いいな、そう言われるのは。誰かに命を狙われる事が、最初は恐ろしかった筈なのに。今じゃ、その誰かを探し求めてるようだ」


 ……初めて大尉が私を直視した。

 今まで首が痛くなりそうなくらい空を仰いでいたのに。


「……大尉?」


「よくも俺を投げ飛ばしてくれたな。次の機会があれば、その時は本気でやらせてもらう。覚悟しておけ」




 ◇




 温泉から出て、お屋敷に戻ってみれば大尉はまだそこに居た。今はお嬢様と共に庭に出ているようだった。すっかり雨が上がっていたから、二人で庭の花を見て回っている。なんだかいい雰囲気だ。


 ……大尉のトラウマはどんな物なんだろう。チャイルドソルジャー云々、戦争云々からして大体の想像はつく。しかしそれだけか? いい歳の男が、今の今まで女性関係が無かったのは何故だ。お世辞でも何でもなく、あれだけ容姿が優れているのだ、言い寄ってくる女の一人や二人、居た筈だ。


『大尉は一度、絵を描こうとしたことがあるのですよ。しかし自分にはその資格が無いと断念されました』


 パンダ中尉の言葉が妙に頭に残っている。

 資格……資格だ。なんだ、資格って。


「アリアちゃん……」


 私が考え耽っていると、後ろから突然気配も無く声を掛けられた。思わず驚いてしまった私は、腰のハンドガンに手を伸ばしそうになってしまうが思いとどまり……。


「ど、どうしたんですか、リリー」


「ふぇぇぇん、お嬢様を取られちゃいましたぁ……」


 私達は今、お屋敷の二階部分の窓からお嬢様達を眺めている。護衛は大尉の部下と大佐自慢の最怖中佐が居るからいいとして……ぁ、ほんとだ、お嬢様取られてるわ、私も。


「お嬢様、楽しそうじゃないですか。あんな顔で花を自慢して……」


「え、会話聞こえるんですか?」


「唇を読めば……。おっと、盗み聞きはいけませんね。とりあえずリリー、今はそっとしておきましょう。私達のお嬢様は今、とても幸せそうですよ」


 非常に寂しそうにするリリー。本来ならば、今ザナリア大尉が立っている場所は自分のポジションなのに……とベソかいている。だが元々、こうさせる為に私達が居るのだ。本日はお見合いなんだから。


「お嬢様は……父上の跡を継いで、この街の総督になるんですよね? だったらお嫁さんになっても遠くに行っちゃったりしないですよね?」


「さあ。先の事はあまり……」


 この街の総督になる云々は大佐が勝手に言っている事だ。お嬢様が一言でも拒否すれば……大佐はすんなりと諦めるだろう。

 しかし何だ、私の中に……なんだか靄がかかっているよう。お嬢様の楽しそうな笑顔を見て……嬉しい筈なのに。

 

「……ザナリア大尉もあんな顔するのか……」


 大尉も笑顔を浮かべていた。流石に満面の笑みとまでは行かないまでも、お嬢様と顔を合わせて、先程私と温泉に入っている時とは雲泥の差の……優しい表情。


 あれは演技か? お嬢様に合わせているだけ? なんだこの気持ち……そうであって欲しいと、何故私が願っているんだ。ああして楽しそうにおしゃべりしている二人は、先程私が願った事じゃないのか。


「アリアちゃん……? アリアちゃんも寂しいの? 泣きたいならお姉ちゃんの胸でお泣き!」


「……え?」


 うっすらと、目に涙が溜まっている事に気が付いた。

 さっきはとても楽しかった。大尉と話している時、私はとても……心地よかった。

 今はそんな大尉をお嬢様に取られている。そしてそれはこれからずっと。あの二人が一緒になって、結婚して……そうなれば私は……


「リリー、恋の定義はありますか……」


「はい? 定義……定義? まあ、うーん……難しい問いですね……」


 いつだ、一体……いつだ。

 

 なんで私はこんなに、大尉を……ザナリア様を目で追いかけるようになってるんだ。

 お嬢様の笑顔より、ザナリア様の表情を事細かく……


「あ、恋の定義……その人の事をより深く知りたいって思ったら……」


 より深く……。


「でも、なんでそんな事聞くんです?」


 なんで……そんなの、私が聞きたいくらいだ。

 私はなんで、こんな感情に支配されているんだ。


「リリー……私は……」





 

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