第五話
お嬢様のお見合いの日取りが決まった。私は当然、お嬢様は緊張しているのではないかと思っていたが……まあ、クレイン様の事もあるし、しばらくは気落ちしているだろうと。
しかしなんというか……流石あの大佐の娘だなと思ってしまう。
「むむ、アリア、編み込みとかどこで覚えたのよ」
「……さあ」
「さあってどういう事よ! そんな高度なテクニック……」
「そうでもないですよ、仕組みさえ分かれば簡単です」
私はリリーの髪を使って編み込みのレクチャーを。リリーはウトウトと椅子に座りながら船を漕いでいる。
「基本的には三つ編みとそう大差ありません。自分流にアレンジするのも簡単ですよ」
「簡単に言ってくれるわね……」
ちなみに私は未だに燕尾服に身を包んでいた。クレイン様からは首を傾げられたが、やはりスカートよりズボンの方が落ち着くというか、動きやすいというか。私にはこちらの方が合っている気がする。
本日は快晴。雲一つない真っ青な空の下、私達は庭で一緒にリリーの髪を弄っていた。私達三人がキャッキャウフフしているのを、クレイン様は少し遠目からお茶を淹れつつ眺めている。先日まで男女の割合がちょうど半々だった筈なのに、私が実は女だと分かるとクレイン様は一気に遠慮するようになってしまった。
「ふふ、クレインの奴……ひとりぼっちだわ! いい気味ね!」
「お嬢様、元気いいですね……」
三日後にお見合いを控えているというのに、お嬢様はいつもと変わらない。いや、いつもより若干テンション高いくらいだ。無理しているようにも見えるが、お嬢様なりに気持ちの整理をしているのだろう。
「はい、できました。これで少しわざと崩すんです。するとフワっとした仕上がりで可愛くなるんですよ」
「ほぅ……」
完成すると同時に、船を漕いでいたリリーは暗礁に乗り上げたようにビクっと覚醒した。私は後ろで手鏡を構えつつ、リリーにも小さな鏡を渡してどんな感じの編み込みになったのかを見せる。
「ふぉぉぉぉ……こ、こんな可愛く! アリアちゃん素敵!」
「ふふ、リリーお姉さまに喜んで頂いて嬉しいですよ」
そんな私達二人のやりとりを、お嬢様はジト目で観察してくる。いつのまにお前等はそんな関係になったんだと言わんばかりに。
「あんた達……私に黙って何姉妹みたいに! 私も混ぜなさい!」
「じゃあ……お嬢様は歳的に私の妹ですかね。マリーダちゃんも編み込んであげましょうか?」
「し、仕方無いわね、弄らせてあげてもよくってよ」
お嬢様は非常に嬉しそうだ。よかったよかった。
そのままお嬢様とリリーお姉さまは交代し、私は再び編み込んでいく。すると来客を知らせるベルが鳴り響いた。誰かがお屋敷の門を潜ったようだ。
「んー? 誰かきた?」
「ちょっと見てきますね」
私はクレイン様にアイコンタクトしつつ、門の方へ。クレイン様は私の代わりにお嬢様の傍についていてもらう。何せお見合い前のデリケートな時期だ。今、お嬢様に負担をかけるわけにはいかない。怪しい輩だったらフルボッコにして追い返してくれる。
◇
お屋敷の正門。そこに佇んでいたのは……パンダの獣人。なんと軍服に身を包んでいる。大佐の元にもライオンみたいな獣人の軍人がいるが……まさかパンダが!
「ど、どちらさまでしょうか」
私は近づくなり、ついパンダの頭を撫でながら
「ふむ。初対面でモフモフしてくるとは。失礼千万、どういう教育を受けているのだね、ここの執事は……!」
カっ! と怒りを露にするパンダ! 可愛い。
「はっ! 失礼しました! 執事の恰好をしていますが、私はレイバール大佐の部下、アリア・レウルーラ少尉であります」
私は敬礼しつつ、いきなり頭をモフモフしてしまった事を詫びながらパンダへと名乗りをあげる。
「うむ。少尉、私はジャック・パンパン中尉である。ザナリア大尉の使いとしてやってきた」
同じく敬礼しつつ……あぁ、可愛い、手がおでこに届いてないの可愛い。
「ジャック・パンダパンダ中尉、遠い所をありがとうございます」
「うむ、ジャック・パンパン中尉だ。本日は三日後に控えたお見合いについて軽い段取りを相談しに来た。まずは……警備状況についてだが」
「……あの、パンダ中尉、とりあえずお茶でも如何ですか? お疲れでしょうし、ささ、こちらへ……」
「カッ!」
「ひぃ!」
「たるんでいるぞ少尉! それと私はパンダ中尉ではない! パンダだがパンダ中尉ではない!」
し、失礼しましたぁ! と頭を下げる私。するとパンダ中尉は、私の手をとりつつ
「まあ、レイバール大佐の元で日々しごかれているのだろう。癒しが必要なら……存分にモフればよい」
あぁ……もふもふ……もふもふ! ほっぺをモフらせてくれるパンダ中尉! これが飴と鞭か! 可愛い。
「では行こうか」
「はっ! パンダ中尉、警備状況について担当者も交えて……」
「ん? 何を言っている? お茶をご馳走してくれるのだろう?」
はぃぃぃぃ! ただいまぁぁぁ!
◇
パンダ中尉は見事な人格者だった。礼儀作法も完璧で、軍人でありながら周りの人間を癒しまくる超完璧超人。お嬢様もリリーも、さらにはクレイン様に至っても、既にパンダ中尉にメロメロになっている。
「えっと、パンダさんでよろしかったかしら」
あぁ! お嬢様! 違います! ジャック・パンダパンダ中尉様でございますぅ!
※違います。ジャック・パンパン中尉です
「ふふ、どうぞお好きに呼んで下さい、マリーダ様。それにしても見事な庭園ですな。よく手入れも行き届いていて、心洗われるようです」
「お上手ね。お褒め頂いて嬉しいわ。ところで……いくつか私のお見合い相手について聞きたいのだけれど……」
「どうぞどうぞ、出来る限りお答えしましょうぞ」
お嬢様のお見合い相手、ザナリア様は軍の大尉。今私が知っている情報では……チャイルドソルジャーとして十七年前の戦場に立ち、そこから叩き上げで大尉にまで上がった人物。肩幅はお嬢様の倍以上で、不愛想を形にしたかのような性格だという。
聞いただけでは武闘派の軍人。しかもあのレイバール大佐が一人娘の相手として目を付けた人物。私の中では、ものすごくゴツイ見た目の……もうこれでもかってくらいの無骨すぎる人物像が出来上がっている。
「ザナリア様は……今まで女性とお付き合いした事とか、あるのかしら」
「いえ、そのような話は聞いてませんねぇ。真面目で仕事一本の人ですから。マリーダ様にとっては堅苦しい人間に感じるかもしれません。このようにお茶を嗜む習慣なども無い方ですから。しかし、とてもお優しい方なのは確かです」
真面目で仕事一本か。それはそれで評価すべき事かもしれないが、お嬢様を無視して仕事だけに集中してしまいそうだ。そうなったら……お嬢様が可哀想! 寂しいじゃないか!
「まあ、軍人だもの、仕方ないわよね。ちなみにだけど、ザナリア様はおいくつなんですか?」
「今年で三十一歳になります。マリーダ様とは少し離れていますが、見た目はとてもお若い方ですよ」
むむっ、今年で三十一……情報と少し違うな。お嬢様の話では二十歳以上、歳が離れているとのことだったが。それに見た目は若い……? いやいや、パンダ中尉から見てって事だろうから過度に想像するのは危険だろう。思わず超美男子を想像してしまった。
「その……趣味とかはあるのかしら。ちなみに私は……こうやってゆっくり過ごす事が趣味ね」
「素敵なご趣味をお持ちで。ザナリア様は……そうですな、趣味と言って良いかは分かりませんが、良く絵画などを眺めておられますよ。ただ眺めるだけでご自分で描く事は無いですが」
「絵画……?」
「ええ、私達が住まう街に、なかなかの絵描きが居ましてな。主に戦火の跡を描いているようですが……ザナリア様は最近、その絵描きに大変興味を抱いておりまして」
「絵が好きなのね……」
ふむぅ、とお嬢様は顎に手を当てながら考察している。もしかして絵でも描いてみようと思っているのだろうか。よし、道具は全て私が揃えるぞ!
「戦場の絵……確かお屋敷に飾ってあるのってそうよね、アリア」
「ええ、大佐が雰囲気がいいって飾ったあれですね」
「あんな凄い絵、私には描けそうもないわ……」
するとパンダ中尉は目を伏せ……いや、目とかよく見えんが、黒くて。
ともかく、なんだか少し悲しそうだ。
「パンダ中尉?」
「……ザナリア様も、実は一度だけ絵を描こうとしたことがあったのです。しかし、自分にはその資格が無いと断念されました」
「資格……?」
絵を描く資格。考えれる理由としては……恐らくチャイルドソルジャー時代の記憶が尾を引いているのだろう。真面目で優しい方なのなら、罪悪感を常人より深く抱いているかもしれない。軍人とは名ばかりの、子供の頃に背負ったトラウマはそう簡単には拭えない。
「……色々ありがとう、パンダ中尉。お見合いはこのお屋敷でするんでしたよね。自由に見て貰って構わないわ。アリア、パンダ中尉に色々案内して差し上げて」
「はっ、畏まりました」
◇
静まり返った屋敷の中。開かれた窓から優しい風が入ってきて、私の頬を撫でていく。それだけで睡魔に負けてしまいそうだ。こんないい天気の日は、庭に寝転がって空を眺めて居れば……とても気持ちがいいだろう。
「いい屋敷ですな。ここで育ってきたというのなら、あのお嬢様の品格にも納得が出来ます」
「パンダ中尉から見て……如何ですか? お嬢様はザナリア様の相手に相応しいでしょうか」
「むしろ逆の心配をした方がよろしいですな。軍人の貴方なら大体の事は察しているでしょう。あの方は……自身が幸福になる事に違和感を覚えるタイプです。女性からしてみれば、そんな男性は卑屈に見えるでしょう」
このお見合いは強制的な物ではない。むしろ、今のパンダ中尉の言葉からして、ザナリア中尉はお見合いに消極的だという事だ。つまりは大佐が無理やり引っ張ってきた話。お嬢様もクレイン様との傷が癒えきっていないだろうし、今回はただ顔を合わせて終わりそうな気がする。
「パンダ中尉は……どうですか? お嬢様とザナリア様の婚約については……」
「こちらとしてはいい話としか思えません。しかしそちらとしては……いささか不安な点もあるでしょう。大事な一人娘ですからな」
「場合によっては、無かった事にしても……よろしいという事ですか?」
「勿論。今の時代に政略結婚など流行らないでしょう。未だ戦後の混乱期と言っても過言ではないのです。焦って地位を築こうにも、明日には全て消えてなくなっている……何てこともありえます」
パンダ中尉は聡明で冷静なお方だ。見た目は可愛いのに、中身は渋いお爺ちゃん執事って感じだ。
それだけに少し安心した。パンダ中尉のような方が居るのなら、もしお嬢様がこの話をご破算にした場合でも問題ないだろう。そもそも、ザナリア様自身が消極的なら、無理やり結婚させるのでは……という心配もただの杞憂に終わる。
「それにしても……お嬢様にはむしろ、貴方のような素敵な方がお似合いなのでは? 貴方も随分、男前ではないですか」
「……ん?」
パンダ中尉……ふふ、私の事を男だと思ってる! 可愛い。
しかしこの時の私は完全に失念していたのだ。
クレイン様を騙す為に磨いた男装スキルが、今も発動し続けている事に。




