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第十八話         

 お嬢様の奥様が一緒に住むようになってから数日。当初は皆緊張していた物の、喋ってみると物腰が柔らかな、下手をしたらお嬢様よりお嬢様っぽい方だったので、なんだかすっかり馴染んでしまった。

 クレイン様も今では従順な……というか、お嬢様よりお母様の方についている事が多くなった。それにちょっと不満を抱えつつも、順調にお見合い相手である筋肉メイドとの親睦を深める? お嬢様。


 ちなみに私は……本日、大佐に呼び出されていた。


「アリア、お前確か、低空飛行訓練を受けてたな」


「ええ、ダルア山脈付近で……」


「あの辺りの地形も頭の中に入ってるか?」


 嫌という程刻み込まれている。何せ遭難しまくったあげく、熊を生食して生き延びたからな。


「ええ、大体は……」


「近々、戦没者の遺体捜索を再開するそうだ。アミストラの軍と共同でダルア山脈を中心にな。その捜索隊に、うちからも人間を出してくれ……ってことで、アリア、行ってくれ」


 うぅぅぅ! マジか! ここの平和な生活で一生終えられると思っていたが大きな間違いだったようだ。確かにあの山を歩けるのは私くらいだろう。登山経験豊富でも、あの山は別格と言われる程に難易度が高い。バカでかいルーフ一つ越えるのに半日かかったし……。


「了解しました。ただちに」


「……一応念押ししておくが、アミストラの軍人を信用するな。殺し合いが起きても絶対に回避しろ。お前はそれに関わらなかった、そう言えるように立ち回れ」


 出発前から不穏な事言わないでほしい。

 まあ、何にせよ……ここに帰ってこられるのは果たして何年後か。もしかしたら帰ってこれないかもしれない。とりあえずお嬢様に……報告だけしておこう。




 ※




 お嬢様へと報告すると、予想通りの答えが返ってきた。何故にアリアがそんな所に行かなければならないのか、自分が父に直談判しに行くと。


「お嬢様、軍人としての役目なのです。致し方ありません」


「で、でも……アリアは軍人っていうより執事じゃない! 私の傍にずっといればいいの!」


 なんか一気に子供みたいな事言い出したな。しかしお嬢様も……もう大人なのだ。その辺りの分別は弁えて貰わねばならない。


「お嬢様、私は軍人です。三年前の……列車がジャックされた事件を覚えていますか?」


「あぁ、覚えてるけど……確か十人くらいのテロリストに……」


「彼らを殺したのは私です。私は一般市民の命を最優先して、問答無用で彼らを射殺しました。その事で軍から出頭を命じられていたのですが……助けてくれたのが大佐なのです」


 唖然とするお嬢様。私を見る目が、だんだんと恐れと戸惑いが入り混じった色に。


「……なんで、それで……アリアが出頭を命じられるの? その……守ったんでしょう? 列車に乗ってた人達を……」


「はい……。しかしお嬢様、戦争でもないのに私は十人以上殺しました。他にもやりようはあった筈です。軍からは……恐らく私の精神状態を疑われたのでしょう。出頭していたら二度と日の下に出れなかったかもしれない。大佐はそんな私を助けてくれた恩人なのです。ですから大佐の命令ならば私は喜んで行きます」


 それからお嬢様は一言も発さなかった。私は私で、お嬢様へとしばらくのお暇を頂くと言い残し、そのままお嬢様の私室から出た。するとそこに筋肉メイドが。


「聞いたぞ。ダルア山脈へ行くそうだな」


「ええ。私のいない間、お嬢様の護衛は任せましたよ」


「元よりそのつもりだ。アリアは登山の経験はあるのか?」


「十五の時にダルア山脈に放り込まれましたよ。放り込んだ本人に、生きてるのが不思議だとか言われるくらいには遭難しました」


「それ、大丈夫なのか?」


「問題ありません。むしろその経験が買われたんでしょう。あの辺りの地形なら大体頭の中に入っていますから」


 それから一言二言交わした後、筋肉メイドは「必ず帰って来いよ」とエールを送ってくれた。私は軽く手を振りつつ、そのまま自室へと行き準備を始める。

 そういえばダルア山脈と言えば……リリーの父親が未だ見つかっていないと……言っていたな。

 

 今回の捜索で見つけなれば。リリーはああ言っていたけど、家族の元に帰りたいに決まっている。アミストラの軍人も参加するとなれば、それなりに大規模な捜索隊が組まれるのかもしれない。


「アリアさん……今いいですか?」


「ん? リリー姉さま。丁度良かった、実は……」


「ぁ、聞きました、アリアさんがダルア山脈に行くって……」


 すでに聞いていたのか。随分噂話が流れるのが早いな。筋肉メイドの仕業だろうか。


「あの……こんな事をお願いするのは大変心苦しいのですが……」


「何故ですか? リリーのお父様は必ず見つけてきます。それは私の義務です、心苦しい事など、一欠けらもありませんよ」


 私はリリーの手をニギニギしながら、まるで姫に誓うように。

 

「ついでにコネも作ってきます。将来、リリーがあそこに家を建てれるように」


「……ありがとうございます、でも……無理はしないでくださいね」


「ええ、必ず帰ってきますよ」


 

 こうして私はこの屋敷を出る事になった。

 ここには……二度と帰ってくる事はなかった。






 ※






 大規模な捜索隊あるあるだが、一人くらい、チームを乱す人間が居る。そしてその一人が私だ。

 私は今、ダルア山脈の頂上に到達していた。一人でガツガツ進みまくる私を、隊長は何度も怒鳴ってきたが……私の耳にその怒鳴り声は右から左に抜けて行ってしまった。


「アリア少尉ぃぃぃ! 貴様、もっとこのジジイを労らんか!」


「だから私だけでいいって言ったのに……。もう六十過ぎのヨボヨボなんですから」


「何と言った! この儂をヨボヨボだと! 儂が何度この山を登ったと思っておるんだ!」


 ちなみに私の隊は……二人。このお爺ちゃんと私の二人組。他の隊は一個大隊くらいの規模なのに……なんで私達だけ二人なんだ。これは……まさか大佐が嫌われてるとか、そういう事だろうか。


 殺し合いになったら関わるな……とは、まさか私を殺しに来る奴が居るかもしれないと言う事か? 確かに大佐は敵が多そうだから、その直属の部下となる私は狙われるかもしれない。


「はぁ……はぁ……まったく、こんなペースで上ったのは四十代の頃以来じゃぞ」


 頂上付近の岩に腰かけ、水筒を開けるストロング隊長。数口飲んだ後、私にも投げてよこしてくる。


「いいんですか? 貴方の水でしょう? 私の水はあげませんよ」


「ケチな事言うな。しかしよりにもよって頂上付近の捜索を儂とアリア少尉だけとは。最近のやつはたるんどる!」


「ド素人に遭難されるよりマシですよ。これ以上遺体を増やすわけにも行きませんし」


 むむ、誰だ、頂上でビール飲んだ奴は。空のビンがまるでお供えするように置いてある。


「……それに触るなよ、少尉」


「置いたのは貴方ですか。もしかして……墓ですか?」


「そんな大層なもんじゃないわい。ただの自慢じゃ。ここなら天国に中々近いだろ」


 なんかめっちゃ重いお話が聞けそうだ。よし、逃げよう。

 私はリュックを置きつつ、双眼鏡で辺りを見渡してみる。別の捜索隊が持つ水筒か何かがキラキラと見えた。あとは……森の中で動くデカい影。恐らく熊か何かだろう。


 ……?


 なんだ、あいつ……ライフルなんてこっちに向けて……


「少尉! 双眼鏡を捨てろ!」


 その瞬間、私の肩を掠める何か。

 掠めただけで私の体は吹き飛んでしまう。馬鹿な、頂上目掛けて……狙撃? この威力、対戦車ライフルか……しかしそんな事、人間に出来るのか? 


「少尉!」


 崖から落ちそうになったところを、寸ででストロング隊長に救われた。腕を掴まれ、崖とは反対側の岩に投げ込まれる。


「ぶへっ! は、鼻を打ちました……」


「生きてりゃ鼻くらい何度でも生えてくる」


 そんなわけないだろ、私をなんだと思ってるんだ。


「それよりあからさまに狙ってきたな……。アミストラの軍人か」


「どうでしょうね。ローレスカ(同軍)かもしれませんよ。私の上司は嫌われ者ですから」


 どちらにせよ、ただの遺体捜索隊ではなさそうだ。無線で本隊へと報告しようにも、何故か通じない。これは……


「実弾を使用した抜き打ち訓練でしょうか……さっきまでは無線使えたのに……」


「まあ、タイミングが良すぎじゃな。少尉、武器は?」


「……持ってないです」


「賢明じゃな。まあ、わしらを頂上に行かせた事を後悔させてやろう。とりあえず……酒でも飲むか」


 おい……ジジイ……





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