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第十六話

 三年前


 ローレスカとアミストラ、二つの大国の戦争は終結はしたものの、未だ双方の国は争いの火種を抱えたままだった。その一つが非合法な武装集団、主に元軍人で構成された組織。

 三年前のとある日、ローレスカはアミストラとの友好の証として、王族を招きセレモニーを開催。まさにその日、鉱山から大量の鉱石を運搬する列車がアミストラの武装集団に乗っ取られた。その列車には、鉱山関係者の他に一般の客、そしてセレモニーに参加しようと遥々アミストラからやってきた家族が乗り合わせていた。


 武装集団の要求はただ一つ。セレモニーの中止。それが受け入れられない場合、マリスフォルスと目と鼻の先の街……リヒタルゼンの駅で大量に運搬している鉱石に火を入れると脅迫してきた。

 その鉱石は爆弾にも使われる危険物。列車に積まれた量が爆発した場合、リヒタルゼンなど優に吹き飛ばせる威力を持っている。


 当然、交渉など出来る筈が無い。かといってリヒタルゼンを吹き飛ばされるわけにもいかない。軍は走行中の列車を、リヒタルゼンの駅へと到着する前に砲撃しようとした。勿論、脱線事故にみせかける為の工作をした上で。しかしそれも察されていたのか、武装集団はリヒタルゼンへと到着する前に堂々と列車を止めてみせた。そして居合わせたアミストラの家族を殺害すると言ってきたのだ。


「恥知らずめ、ローレスカに尻尾を振るのがそんなに嬉しいか」


 家族の家長へと、武装集団の一人が銃を突きつけそう言った。そして引き金を引こうとした時、同じ車両に居た別の人間が、小さな声でこう呟いた。


「聖女の犬……」


 その小さな呟きに反応した武装集団。その中の一人が、呟いた人間の傍へと行きハンドガンを突きつけた。突き付けられたのは、軍服に身を包んだ女性。


「何か言ったか? ローレスカの犬」


 銃を突き付けられたというのに、女性は短編小説へと目を通していた。突き付けている男は、その小説を取り上げようと一瞬だけ自分が握っている銃から意識を逸らした。


 その瞬間、女性が本の下に隠し持っていた小さなナイフで、男の指が切り落とされた。引き金を引くための指だけを。男は悲鳴を上げる前に、ボックス席へと引き込まれ喉を掻っ切られた。家族へと銃を向け続ける他の武装した男達は、まさか仲間が既に殺されているとは思わなかった。ボックス席の影で、奪った銃の残弾数を確認している軍人が居るとは、夢にも思わなかった。残弾数は十五発。


 そこから連続で銃声が響いた。合計で十五発。全てその軍人が発砲した物。車両を移動しつつ発砲し続けた。


 十五発。列車を乗っ取った武装集団も、十五人。

 

 その軍人の名は、アリア・レウルーラ。





 ※





 ザナリアとか言う変な男がお嬢様のメイドとなってから……早三日。可哀想なパツンパツンのメイド服の無事を祈り続けている私は、その男へと仕事を教え続けている。


「どうしてもメイドを続けるというのなら、お嬢様の好きな焼き菓子の作り方も憶えてもらいます。よろしいですね」


「あぁ、構わない」


「……では、講師を用意しました。先輩メイドのリリーです。ちゃんと指示に従うように」


 リリーは未だに頭の上にハテナマークを多数浮かばせながら、ザナリアへとお菓子の作り方を教えていく。しかし玉子の割り方からしてなってなかった。玉子は握りつぶす物ではない。


 私はその場を一端リリーへと任せながら、お嬢様の元へと。お嬢様は一人、庭で花へと水やりをしていた。


「お嬢様、本日も快晴でなによりですが……日傘しないと日焼けしてしまいますよ」


「……ぅん」


 日傘を持ちお嬢様の隣へと。なんだか元気が無い。どうしたのだろうか。


「お嬢様?」


「……アリア、ザナリア様の事、どう思う?」


 どう、どうとは……?

 

「まあ、変わっている人だと……。何故にメイド服なんて……」


「……とても優しい人よ。アリアとぴったり」


 な、なんだと……


「お嬢様、その心は……」


「三年前の事、覚えてる? アリアが家に来た時の事。お父様が突然、貴方を引っ張ってきて……」


「あぁ……本当に突然でしたからね。大佐に気にいられて光栄でしたが……」


「最初は……アリアの事、少し怖かったの。でも話してみたら凄い優しいし、他の軍人と違って……穏やかそうに見えて……」


 ……何故今更三年前の事なんて……。

 大佐に気にいられたのは、あの事件が切っ掛けだろう。私が武装集団を全滅させた事件。


「でもね、何だか……今のアリアは少し怖い」


「え?」


「……私ね、あのザナリア様と……婚約する前提でお話が進んでるの」


 あのメイド男と? そんな馬鹿な……!


「お、お嬢様? お見合いの話は……? 確か、お見合いされると言ってらしたと……」


「そうよ。あのザナリア様が、そのお見合い相手よ」


 そうだったのか!? え、でもそのお見合い相手……メイド服来て焼き菓子作ってるけども。


「お嬢様……か、考え直しませんか? あんな男より、もっとまともな男を……」


「素敵な方よ。アリアにも……もっと良くザナリア様とお話してみて。今日、一緒に温泉でも言ってきたら?」


「か、勘弁してください……あんな……男」


「あんな男あんな男って……。仮にも私と婚約する方なのよ。もっと良く……接してあげて」


 そう言われましても。

 するとそこにパンダ中尉がやってきた。ぽかぽか陽気の庭へと、のそのそと可愛く二足歩行しながら。


「お嬢様、それにアリア少尉殿、本日もいいお天気で」


 パンダ中尉はぺこりと頭を下げてくる。釣られるように私とお嬢様も会釈。


「あぁ、お嬢様、いい陽気で忘れる所でした。お父様がお呼びだそうです。今、お屋敷の書斎においでなさってますよ」


 お嬢様の父……大佐は普段、別の軍施設へと務めている。この屋敷には滅多にやってこないが……珍しいな。


「分かったわ。じゃあアリア、残りお願い」


「分かりました……」


 花への水やりを引きつぎ、ジョウロを受け取る。お嬢様の背中を見送りながら、私は花壇の小さな花へと水を。


「……ところでアリア少尉殿。お嬢様の母上はどんなお方で? このお屋敷には住んでいないようですが」


「あぁ、実は私も会ったことはないんです。お嬢様からお話だけは伺っていますが……」


「ほう。どんなお話を?」


「とても綺麗で、お優しい方らしいです。何故大佐と一緒になったのか、理解に苦しむと言ってました。まあ、お嬢様からしてみればそうでしょうね。親同士がどうやって知り合ったのかなんて……子供には想像しにくいでしょうし」


 そういえば、お嬢様のお母様の話は……一度しか聞いた事がないな。

 確か大佐の幼馴染だったとか……。





 ※





《マリーダ・ゴドウィック (お嬢様)》


 お父様に呼ばれてきてみれば、意外……というか久しぶり過ぎて目を疑うくらいの人がそこに居た。

 私とは違う髪色。黒髪の、綺麗すぎる私のお母様。


「久しぶり、マリーダ」


「お母様……お、おひさしぶりです……」


「あら嫌だわ。他人行儀な挨拶はよして。親子なんですから、もっと甘えてほしいわ」


 一体何年ぶりだろう。最後に会ったのは……確か十年以上前……いや、もっと前?

 でも全然、この人は変わらない。十年経ってお父様も老けて、私も大きくなったのに……この人の見た目は怖いくらいに綺麗なままだ。


 お母様は私の目の前まで来ると、そのまま子供をあやすように背中をさすりながら抱きしめてくる。


「貴方が婚約者を迎えるって聞いてね。お母さん飛んで来たの。ほら、貴方のお父さんはどんな人を迎えたのか気になるじゃない?」


「え、えっと……とても良い方です……」


「なんか言わされてるみたいな言い方ね、まあいいわ。その人の事、紹介してくれる?」


 勿論……と頷く私。しかしお父様はどこか渋い顔をしていた。


「あの、お母様……今まで、一体何処に……?」


「ん? あら、ごめんなさいね。仕事が忙しくって。でもちょっと落ち着いたし、また一緒に暮らせるわ。酷いわ、貴方のお父様。私が探してる物、ずっと隠してたんだから」


 探してる物……?


「さあ、マリーダ、早速紹介してくれる? 貴方の婚約者」


 微かにお母様の胸元から、傷跡が見えた。

 そして私は違和感を覚える。お母様に抱きしめられても……その胸からは鼓動が感じられない。


 まるで、ただの人形のようだった。




 

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