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第十五話

 この世界における魔道とは、いかに効率的に人間を殺傷する事が出来るか。魔導士は軍の管理下に置かれ、日々その技術を磨き続けている……のだが、最近ではその存在は疑問視されていた。

 

 なにせ人間なんて銃で撃てば簡単に死んでしまう。様々な兵器が開発され、今では巨大な二足歩行型のゼルガルドと呼ばれるロボットが戦場で暴れまわる時代である。魔道士もゼルガルドに狙われたら絶対絶命だし、そうでなくとも戦艦から雨のように大砲が降り注ぐのだ。


 しかしそれは戦場での話。声高に魔道士を批判しているのは、軍の兵器開発を主に行っている幹部達だ。それに影響されて他の人間までもが魔道士の存在を疑問視しているが、ぶっちゃけて言えば隠密に……そう、暗殺においては彼らの右に出る者は居ない。しかし兵器開発している人間にとっては、戦争がおきてなんぼなのだ。穏便に暗殺で済ませられては困るという事だろう。自分達が狙われる事になるとは思わない所が、ある種の平和ボケという事かもしれない。


 そんな魔道士の背景を今さら説明したのは、私の目の前に今まで見た事のない……そう、魔道士には違いないだろうが、見た目が御伽噺に出てくる魔法使いのような奴が居たからだ。


「……サリア・ガストルクはやはり顕在でした。如何致しましょうか」


「如何も何も……お前は仕えない奴だね、あとを付けられてるじゃないか」


「……! なっ……」


 次の瞬間、男は魔法使いの持つ小さな瓶の中へと吸い込まれてしまった。今何が起きた? あんな魔道は知らない……というか、本当に御伽噺のような……


「出ておいで、取って食べたりしないからさ」


 とんがり帽子をかぶった女性。全身を毛皮のローブで多い、目は布で隠されているのにも関わらず、私は強烈な視線を感じていた。とんがり帽子から溢れる黒い髪は滑らかな光を放っていて、手ですくえば途端に零れてしまう、そんな想像もしてしまう。

 私はザナリア大尉へと「出るな」と手で制止しつつ、路地裏のその女の目の前へと。


「おや、軍人か何かだと思ったら……可愛らしいお嬢さんじゃないか。でも軍服着てないだけかな?」


「……貴方は……軍の魔道士ですか?」


「おやおや、随分気の強そうなお嬢さんだね、まあ嫌いじゃないよ。軍の魔道士かと問われれば、頷くしかないけど……私は特別な存在かな。軍の連中も私の取り扱い方に困ってるって言えば分かるかな」


 ニコニコと笑いながら、しかし私はその女の声を一言聞く度に背筋が凍る。本能的に、この声をあまり聞かない方がいい、そう思ってしまう。


「で、お嬢さんは軍の人? それともただの通りすがり?」


「……通りすがりです」


「嘘が下手だねぇ、まあいいよ。嘘つきは大好物なんだ。私を警戒してる様子を眺めるのは快感だよ。おっと、悪い癖が出そう……」


 私に近づいてきて、そのままクンクンと鼻を鳴らす魔法使いみたいな女。すると先程、男を吸い込んだ小瓶を私に見せてくる。思わず体が強張ってしまうが


「おっと、怖がらせちゃったかな? 心配しなくても、さっきの男は元々この小瓶の中で育てた生き物なんだ。だから彼にとってこの中が家みたいな物かな? そんな事よりお嬢さん、君……サリアを知ってるね? あいつの匂いがプンプンするよ」


「……サリアさん? 貴方、サリアさんと一体どんな……」


「簡単さ、師弟の関係だよ。でもあいつ、私の胸に銃弾撃ち込んで、あげくに心臓を抜き取って逃げちゃってねぇ。酷い弟子だよね。まあ、可愛い弟子の初めての我儘だったからね、心臓くらいあげようと思ってたんだけど……やっぱり、私の心臓つかって何するつもりなのか気になるじゃん?」


 何を言っているのかさっぱり分からない。サリアさんが心臓を持ち去った? なら貴方、なんで生きてるんですか? もしかして人間じゃない? モノホンの化物……


「……おや。君、中々に初心な思い出があるようだね……それと引き換えに……まあ、今日の所は見逃してあげるよ。後ろの軍人も含めてね」


「……思い出……?」


 瞬間、目の前が真っ暗になった。私はそのまま魔法使いらしき女へと倒れ、抱きかかえられる。そのまま耳元で……


「君の我満、見せてもらおうかな……」




 ※




 目を覚ますと、そこはサリアさんのお店だった。なんだか頭がボーっとする……。

 なんだろう、確か……あの女に出会ってから……。


「少尉、大丈夫か?」


 耳に聞き慣れない声が聞こえてきた。その人は……軍服を着ている。そしてその胸には、私よりも階級が上の事を示す徽章が。


「……! し、失礼しました!」


 思わず寝ていたベッドから降りて敬礼を。すると目の前の男は……いや、男か? 男だよな? なんか妙に髪長いけど。


「……少尉、一体どうした。何があった」


「はっ、何があったと言われれば……」


 何があったんだ? 不味い、何も分からん。何もされてないとは思いたい。


「特にこれといってご報告する事は……」


「……俺の名を言ってみろ」


 ……名前? いや、知らん。誰ですか、貴方。

 まさか結構有名な軍人か?! 不味い、勉強不足だとか怒られる所だろうか、ヤバイ、えーっと……思い出せ! 長い髪の軍人の話をどこかで聞いてないか私!


「……僕の事は分かる?」


 するとその場にサリアさんも居た。金髪ポニー眼鏡。うん、貴方は当然知ってる。だって大佐に言われて貴方の絵を買いに来たわけだし。


「サリアさんですよね? こちらの……すみません、こちらの方は……えーっと……すみません……」


 なんとか名前を記憶の端っこから探してみるが分からない。そんなに有名な方なのだろうか。


「ザナリア君……これ、抜き取られるね。君の事だけすっぽりと」


「……そんな事が……」


 なんだか状況はよく分からないが……。とにかく何事も無くて良かった。あの女、なんか滅茶苦茶怖かったし……。

 いや、そういえば……


「サリアさん……なんか、あの女の人……サリアさんに心臓取られたとか言ってましたけど……冗談ですよね?」


「え!? も、もちろんだよーっ、心臓とったら死んじゃうじゃんーっ」


 マジか……滅茶苦茶嘘が下手くそだな。心臓、ホントに取ったのか。

 じゃあなんであの女は生きてるんだ? 不気味すぎる……。


「とりあえず少尉……いや、アリア」


 髪の長い軍人に名前を呼ばれた。なんで私の名前知ってるんだろうとか、当然な疑問の前に……名前を呼ばれた事で私の心臓が跳ね上がる。なんだこれ……なんでこんなに……嬉しいんだ。


 嬉しい? なんで……?


「君をマリスフォルスまで送ろう。諸々の事はその後で……」


 それから私は、その軍人と共に軍用車でマリスフォルスまで連れていかれる。

 既に空は真っ暗で、満月が私に語り掛けてくるような、そんな夜。


 何か大事な事を忘れていないか、そんな風に。




 ※




 翌朝、私はいつものように燕尾服に袖を通し、お嬢様を起こす為にお部屋へとはせ参じようと……したところで見慣れないメイドがいる事に気が付いた。お嬢様の部屋の前で立ち尽くしている。


「……? おはようございます。えーっと新人さんですか?」


「……あぁ、そうなるな」


 ……あ? なんだ、この野太い声は。それに……肩幅が妙にゴッツイ……。


 そしてこの長い黒髪……。


「……あ、貴方……昨日の……って、なんて恰好を……!」


「アリアがしろと言ったんだぞ」


 なんだ、よくよく見れば妙に似合ってる……気もしないでもない。

 いや、やっぱり気のせいだ。顔は綺麗な方だから、まあまあありかも……とか思ったが、首より下が絶望的なくらいにゴッツイ。


「私が……そんな事言うわけないじゃないですか! なんのつもりですか? も、もしかして……その恰好でお嬢様に取り入ろうと……!」


「出来ると思うか?」


 お嬢様のひたすら微妙な顔が思い浮かぶ。あぁ、もう朝からなんだ、なんなんだ。


「と、とにかく……! その凄まじい姿でお嬢様の前に出ないでください! 貴方、軍人でしょう? 何故にメイド服に……」


「それを言ったらアリアもだな。女性のくせに何故執事の恰好をしているんだ」


「わ、私はいいんです! 結構、さまになってるでしょう? それに比べて貴方は……メイド服がはちきれんばかりにパツンパツンじゃないですか、メイド服が可哀想です、謝ってください!」


「すまんな」


 もっと気持ちを込めて……!


 いや、もういい、とりあえず一端忘れよう。さっさとお嬢様を起こさねば怒られてしまう。

 さあお嬢様……今日も一日……頑張りましょうぞ!






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