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第十三話

 教会の中は薄暗く、見る限り誰も居ない寂しい空間が広がっている。壁や天井には彫刻がなされ、かつてはこの教会にも多くの人々が祈りを捧げに来訪していたと、私は勝手に想像してしまった。

 ステンドグラスから日光が入ってきて、空気中の埃が目に映る。手入れなどされていない、もう誰も訪れていないと分かるそこは、しかし何故か神秘的に感じてしまう。


「こっちだ、少尉」


 ザナリア様に促され、三枚の絵画が並ぶ壁の前へと。

 三枚の絵画。それぞれに女性が描かれていた。これは有名な絵画だ。勿論レプリカだろうが、この土地に住まう者なら知っている、三人の女神達。


「少尉、この土地の宗教についてどう思う」


 突然の質問に私は必至に頭を働かせた。勿論、この土地に根付く宗教は知っている。基礎知識として軍から教養を受けているし、人の集う街に住めば嫌でも話くらいは耳に入ってくる。しかし、どう思う? と言われてどう答えればいいのか。その質問の意図がいまいちつかめない。


「……あの、どう……とは……」


「この国では主に三人の女神を祀っている。どうやらこの女神信仰は西の大陸から伝えられてきた物らしくてな。あちらではもっと……巨大な女神像やらがあるらしい。しかし不思議な事に、西の方では女神は二人だけしか祀られていない」


 二人? 確かに女神は三人の筈だ。シンシア、シェルス、リエナ。神話に登場するキャラクター達。その神話は実は実際に起きた歴史なのでは、と学者先生方が研究に勤しんでいるらしいが、私にとっては、いや、多くの民にとっては神だ。その神が実は二人だけだったとは聞き捨てならない。


「何故……二人なのですか? 西の方から伝えられる際に、何か違った解釈をしてしまったとか……」


「そうだ。主に罪の解釈だな」


 罪……。なんだか難しい話になってきた。元々、勉強は苦手だ。


「西の方ではシンシアとシェルス……尤も、呼び名は違うようだが主にこの二人が女神として祀られている。だがリエナは、あちらではただの神話の登場人物で、神ではないという扱いだ」


「それは……何故です?」


「……リエナは罪を犯したからだ。西の方では大罪だそうだ」


「……大罪……?」


「なんてことない。聖職者でありながら結婚したからだ」


「……はい?」


「この国……ローレスカでは聖職者だろうが何だろうが、別に結婚した所で何を思われるわけでもない。一応、聖職者は神にその身を捧げたという教えは存在するが、だからと言って結婚を禁じているわけではない。だが西の大陸では聖職者は生涯独り身を貫くそうだ。こんな話もある、ある聖職者の男が、ある女と一夜を共にして子を成してしまった。財だけを与えて放っておくつもりだったが、その子が予想外に優秀だった為に、男は自身の身内をその女の夫としてあてがい、子を甥とし自分の跡継ぎとして育てたそうだ。そこまでしなくては子を育てる事もままならない、そんな話だ」


 地域ごとに文化は違う事は重々承知の上だが、結婚を禁じる事など本当にあるのか……と信じがたい。百年くらい前の話だと言われれば、まあ受け入れてしまうだろう。だが近代化が進む現在でも、そんな事が実際にあると聞かされれば、まあ……驚きは隠せないわけで。


「この国では……そこまで女神崇拝に熱心ではないと聞こえますね……なんだか……」


「実際そうだ。西の方に比べればそこまで教えに従順な信徒は少ないだろう。だがそれは人それぞれだ、俺も朝一に顔を洗わないと気が済まないしな」


 それはただのルーティンでは……。

 しかしそう言う事なのだろうか。聖職者なのだから、結婚する事は神へ背く事になる。ただ好きな人と一緒になるというだけで、迫害を受ける対象になり得るというのか。


「それで……何故そんな話を……」


「……少尉の気持ちには答えられない」


 その言葉は思ったより簡単に私の心へと浸透し、受け入れる事が出来た。元々、期待していたわけではない。お嬢様のお見合い相手なのだ、逆に私の気持ちに応えられてしまったら……それはそれで私は苦悩するだろう。


「……ありがとうございます……ちゃんと答えてくださって……。ザナリア様ってもっと……なんていうかこういう事には疎いのかと……」


「俺は自分の事を朴念仁だと思ってはいるが、いい歳の男なんだ。そのくらいの教養はある。疎いというのは正解だがな。そして俺の出身は西の大陸……コルニクスという小国だ。もう無いが」


「無い……とは?」


「不幸な事に大国に囲まれた国で……その大国同士の戦争に巻き込まれて蒸発した。俺はまだ赤子の時、そこから逃げ出した難民の子だ。今の話は亡くなった母から聞いた」


 コルニクスという国は聞いた事はない。というか、西の大陸の話などそうそう入ってこない。何せ今私達が居る大陸からは遥かに遠い。大海原を大航海せねばいけない地だ。まさに命をかけた大航海。赤子だったザナリア様が今こうして生きておられるのは奇跡と言えるかもしれない。


「……? ザナリア様は聖職者なのですか? 何故、リエナは結婚して大罪扱いされた話など……今されたのですか?」


 まさかとは思うが……お嬢様とも結婚しないとか言い出す気じゃ……


「……やはり、これを理由に断るのは無理があるか?」


 やっぱりか! 無理があるっていうか納得できるわけが無い。ここは西の大陸ではないし、ザナリア様とて……今やこの地の住人なのだから。いや、まあ……そこまで女神崇拝に熱心ならば文句は言えないかもしれないが、それでも納得出来る人間はこの地には居ないだろう。リエナを神を認めているのが良い証拠だ。


「ザナリア様は……お嬢様と……いえ、女性と結婚する気は無いのですか?」


「……あぁ。俺は今後、誰とすることも無いだろう。俺にはその資格がない」


 また資格……?


 そうだ、聞いてみたかったんだ。ザナリア様が度々言う、その資格という言葉の意味を。


「ザナリア様……その資格というのは……どういう意味ですか?」


 私には聞く権利がある筈……たぶん。


「……少尉から見て、俺はどう見える?」


 また、どう? とか聞くのかこの人は。相変わらず質問の意図はよく分からん……これだから男は!

 

「……ザナリア様は……まあ、私が告白するくらいには魅力的に見えます……」


「ありがとう。だが俺の本質は無だ。およそ感情という物が無い。DⅡ部隊として脳内に異物に埋め込まれたのが原因だとは思ったが、どうやらこれが俺の性質らしい」


 感情が無い……。身体能力を底上げする代わりに感情と呼べる物が欠落してしまったDⅡ部隊。私はその生き残りと思しき人間に出会った事がある。だが彼女には喜怒哀楽はちゃんとあった。普通の人間よりも激しいくらいに。元チャイルドルジャーでも、ちゃんと感情は戻ってきているのだ。


「ザナリア様だって……悲しい時くらいあるでしょう? 嬉しい時だって……。お嬢様と庭を見ていた時、何を思っていたんですか? ちゃんとザナリア様、笑ってたじゃないですか」


「彼女を悲しませないようにと務めた結果だ。感情が無いというのは適格ではないな。この歳になって……俺は自分の感情をコントロール出来ないんだ」


 ……は?


 何言ってんだコイツ


「……少尉の裸を見た時もそうだ。俺は……成すすべも無く鼻血を垂らしてしまった。みっともないと分かっているのに、そうせざるを得なかったのだ。こんな未熟な俺は……」


「ザナリア様、馬鹿じゃないんですか?」


「んな!?」


 なんてこった……この人……ただの世間知らず!

 幼いころに地獄を見過ぎたせいか? 感情をコントロール出来て当たり前だと思い込んでいるんだ。そんな事が出来る人間がいるなら出会ってみたい。そしてそんな人間は存在しない。いたとしたら……それこそ、その人間には感情という物は備わっていないんだろう。


「……安心してください。ザナリア様にはちゃんと感情はあります。私に……好きだって言われて……どう思いましたか?」


「……もう、名前で呼べなくなってしまった。呼ぼうとしても、口から出てこない」


「呼んでください。口から出すだけでいいです。私はここから動きませんので」


 するとプイっとザナリア様は顔を背けてしまった。

 今すぐにリリーを呼び出して、恋愛という物を語らせたい。それを延々とザナリア様に聞いてもらいたい。勿論、ただの嫌がらせだ。リリーには申し訳ないが。


「分かりました。ザナリア様。感情という物が知りたいのなら、私が教えてあげます。これでもかというくらいに、ザナリア様には……恋愛という物を楽しんで頂きます!」


「何を言っているんだ、少尉……」


「というわけでザナリア様、貴方は明日から……メイドとしてお嬢様に仕えるのです!」


「何を言っているんだ?! 少尉!」


 その長い黒髪は何のためにあるんだ。そう、可愛い清純派メイドになるためだ!


 

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