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第十一話

《マリーダ・ゴドウィック お嬢様》


 アリアが居ない屋敷は、何処か不思議と静かに感じる。別にアリアは普段から賑やかにしてるわけではないのだけど、彼女が居ないだけで何処か寂しい。

 本日の習い事も早々に教師全員論破して終わってしまった。こうなると、あとは暇な時間が続いてしまう。リリーは「お疲れ様でしたっ!」とお菓子を作ってくれて、おしゃべりもしてくれるけれど……なんだろう、いつから私の中でアリアがこんなに大きな存在になっていたんだろうか。


 リリーと共に私の部屋でお茶を嗜む。窓のカーテンが優しく揺れて、気持ちい風が入ってくる。今日も穏やかで平和な日だ、と実感させてくれる。でも……


「お嬢様……なんか元気ないですね」


「んー……そう……?」


「もしかして、アリアさんが居ないと寂しいとか……」


 ピンポイントで言い当てられた。思わずお菓子を摘まむ手を一瞬止めてしまったから、リリーに図星だとバレてしまう。リリーは「やっぱり」とちょっと意地悪な笑顔に。


「お二人は長いんですか? いつから一緒に?」


「そんなに……アリアがここに来たのは三年前くらいかしら」


「へえ」


「お父様が突然連れてきたのよ。警備が不安だから逸材を持ってきた、とかなんとか……」


「警備って……総督の周りに凄い人たくさん居るじゃないですか。巨大怪獣出てきても撃退出来るんじゃないかってくらいの……」


 そう、問題はその巨大怪獣が身内で、とんでもなく我儘だったって事。要は私が巨大怪獣だ。アリアが来るまで、私はクレイン以外の人間を回りに置きたがらなかった。お父様の部下の軍人はみんな怖い顔してるし、なによりクレインと二人の時間が好きだったから。


 だからアリアが来た時、内心「えぇ……」と思ってしまったのだ。ただでさえ美人。本人は認めてないけど、アリアは絶対美人と言える。見た目だけではない、その立ち振る舞いを見ていて素直に思った事だ。こんな素敵な女性が傍にいたら、クレインを取られるのでは……と思っていたのかもしれない。だから男装させた。我ながら子供みたいな安易な考えだったと思う。そして今でも私は子供のままなんだろう。もう二十歳にもなるのに、お屋敷に籠って習い事だなんて。


「……お嬢様、本当に寂しいんですね。だったら、ちょっと遊びに行っちゃいますかっ!」


「温泉? まだ日も高いわよ」


「いえいえ、隣町ですよ。リヒタルゼンに。アリアさん、そこに居るんですよね?」


 甘いお菓子を摘まみながら、しばし考察。アリアは一般人として、私の服を着てリヒタルゼンで休暇を楽しんでいる。そんな時、もし私が目の前に現れたら……


「嫌よ、アリアの休暇が台無しになっちゃう。普段世話妬いてる箱入り娘に休暇の日にも付きまとわれるって……相当なストレスよ」


「お嬢様……自分の事、ちょっと卑下しすぎでは……」


「間違ってないでしょ。リリーだって、せっかくのお休みの日、お母さんと一緒に買い物してる最中に私と出会っちゃったらどうする? 親子水入らずの時間が台無しに……」


「そ、そんな事ないですけど……うーん、お嬢様がそう言われるのなら……」


 それよりも気になるのは、アリアの……あの目のクマだ。眠れなかったと言っていたが、何故突然そんな不眠症に陥っているんだろう。ザナリア様と何かあった? でもあの後、二人とも別に普通だったし……。


「ぁっ! じゃあ変装して行きませんか? アリアさんにバレないように、コッソリと……」


「リリー、アリアのプライベートな時間を覗きたい趣味でもあるの? いいからほっときなさいよ、今日くらい。ただでさえ軍人って休み無いんだから」


 残念そうにしょんぼりするリリー。どこまでアリア大好きなんだ、と思ったが、それは人の事は言えない。私だってアリアが居ないというだけで、こんな気分に陥っているのだから。


 するとまるでタイミングを見計らったかのように、ちょうど私とリリーの会話が途切れた所で部屋が扉がノックされた。入ってきたのは当然というか、クレイン……ではなく、パンダ中尉。


「失礼します、お嬢様」


「あら、パンダ中尉。どうしたの? ブラッシングの時間かしら」


「お嬢様にして頂けるなら至極光栄であります。しかし違うのです。失礼ながら、お二人の会話は聞こえてしまいました。パンダの驚異的な聴力でっ……!」


 え、パンダってそんなに耳いいの?


「パンダは耳で物を見ると言われる程、細かい音を聞き分ける事が出来ます。まあ、そんな豆知識はおいといて……。お嬢様、私を隣町に送って頂けませんか」


「……一人で帰れば?」


「それはあんまりのお言葉。しかし私はもう結構な歳のパンダ……。一人で帰路につくのは寂しいのです」


 なんて見え見えの優しさだろう。というか、そこまで私をリヒタルゼンに連れて行きたいのか、この二人は。まあ、でも確かに退屈だし、アリアに見つからなければいいわけだし……。リヒタルゼンは……ここ、マリスフォルスよりも大きな街だ。そうそう鉢合わせたりしないだろう。


「分かったわ。じゃあ……着替えるから待ってて」


「「はい!」」


 なんか物凄く元気いいな、君達。




 ※




「……リリー、貴方……何その恰好」


「ふふ、変装ですよ、変装。アリアさんに見つかったら不味いですからねっ」


 リリーはロングコートにスカーフ、それに深々と帽子をかぶって……でも眼鏡はいつも通りだ。眼鏡でバレそう。

 私とパンダ中尉、それにリリーは軍の公用車でリヒタルゼンに向かっていた。公用車と言っても乗り心地は最悪。お尻痛い。これなら馬車の方が肉体的にも精神的にも優しいが、いかんせん、遅い。馬車が主流だったころは無茶苦茶走らせていただろうけど、今はもう馬車なんて娯楽化した乗り物。ゆっくり目的地に、馬の蹄を感じながら向かうのを楽しむ為の物。


「もうじき到着です、お嬢様。それにしても……お嬢様は可愛らしい恰好で惚れ惚れしますな」


「お上手ね、パンダ中尉。子供っぽいって言ってくれていいのよ」


「いえいえ、お嬢様はご自分をよく分かっていらっしゃる。人には役割という物がありますから。我々のような軍人には、お嬢様のような方がいらしてくれるだけで……」


 最後までいいかけて、口を塞ぐパンダ中尉。要は頭のめでたい箱入り娘を見れば、今は平和だと実感出来る、そういう事。実際、私の頭は相当にめでたい。いつまでもあの屋敷で、習い事を延々と熟しているだけなのだから。同世代の人間なら、とっくに働いて……、人によっては既に子供も居たりして、家庭を切り盛りしてて……


「おっと、到着したようですな」


 公用車が止まり、パンダ中尉は先に降りて私へと手を差し伸べてくれる。私はそのモフモフでぷにぷにな肉球を掴み、リヒタルゼンの大地を踏みしめた。マリスフォルスとは打って変わって、カラフルで賑やかな街。そして匂いが都会だ。どこかしらから色々な料理、主に肉料理のいい香りが漂ってくる。


「ちょうど昼時ですからな、何かお食事でも?」


「ええ、そうね。リリーは何食べたい?」


「うーん、そうですねぇ……とりあえず冷たい物……」


 ロングコートに身を包むリリーは早くも額に汗を浮かばせていた。とりあえずそれ脱いだらどうだろうか。これだけ人が多ければ、アリアを見つける事も見つかる事も難しいだろうに。


 そのまま大通りを三人で歩いていると、露店の商人から声を掛けられた。どうやら宝石商らしい。様々な鉱石の加工品が店先に並んでいる。


「可愛いお嬢さん! どう? 珍しい鉱石揃ってるよーっ、どれか買ってくれたら、デートしてあげよう!」


「ごめんなさい、綺麗でとても興味を引かれたのだけど……デートはしたくないから買わないわ。じゃ」


「あぁ! ごめんってば! 冗談! デートはいいからもうちょっと見てって!」


 仕方ないな……と私とリリーは露店の商品を右から左へと視線を流していく。すると青い、綺麗な石が目に留まった。


「これ、綺麗ね」


「お、それはついさっきも売れた人気商品だよ! お嬢さん可愛いから……二千万ドーラ(余裕で家買えるくらいの金)でいいよ!」


「はい」


 ポン、と商人の手へマリスフォルス総督直筆サイン入りの小切手を手渡す私。しっかり二千ドーラと

書いてあげた。すると商人はガクガクと震え始め……


「え、レイバール……ご、ごめ……ごめんなさい……」


 ブルブルと涙目で小切手を返してくる商人。別にいいのに。この宝石の価値を決めたのは私だ。私が払うと決めたのだから。


 しかしパンダ中尉は溜息を吐きつつ、小切手をとりあげ三万ドーラほどを代わりに商人へと。


「ささ、お嬢様、お昼は私のおすすめのレストランをご馳走致しますぞ。こちらへ……」


 震える商人を尻目に、パンダ中尉の案内でレストランへと向かう私達。その途中、リリーが何か見つけた様で……


「あれ? あそこに歩いてるの……アリアさんじゃないんですか?」


「え?」


「隣の髪の長い軍服の人は……ザナリア様……?」


 ザナリア様、と言われただけで私の胸が一瞬跳ねる。二人は一緒に居たのか。


「ほら、お嬢様、あそこ……って……」


「どこ? あぁ、ほんとだ。でも声かけちゃ駄目よ、リリー……って……」


 アリアとザナリア様。二人は並んで歩いていた。人が行き交う中、一瞬だけアリアの表情が見て取れた。とても楽しそうで……どこか寂しそうな表情。いや、寂しいんじゃない、あれは……戸惑い? 


 リリーと私はそんなアリアの表情を見て、一瞬で理解してしまった。アリアのあんな顔を見た事無いから、そう思い込んでしまっただけかもしれない。でも私達二人は、同じ印象を持ってしまった。


「アリアさん……ザナリア様に……」


「恋してる……?」





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