第08話 勝利
目の前にせまった剣先。
ベアトリクスさんが僕にいろいろ魔法をかけている。
『あなたに”守備力向上”が・・・』『あなたに”速度向上”が・・・』
と脳内アナウンスが次々と告げる。どうやらバフ系の魔法を使ってくれているようだ。
アナウンスを聞き終えるのを待たずにYESと答える。
メイドさんも何かネフィスさんに叫んでいる。彼女には”意思疎通”を使っていないので僕にはわからないが、
『”攻撃力低下”を習得しました。』『”速度低下”を習得しました。』『”筋力低下”を習得しました。』
とこちらも脳内アナウンスが聞こえたのでどうやらデバフ系の魔法をネフィスさんにかけてくれたらしい。
だが、それにひるむこともなく
「V"TX*6a,sd!」
何か叫びながらネフィスさんが僕に剣を振る。
太刀筋なんて僕にはわからないが、僕の右肩目掛けて袈裟懸けで一刀両断しようとしているようだ。
イチかバチか!
僕は右の手のひらを振り下ろされる剣の前に差し出した。
僕の手のひらに当たるか当たらないかの寸前に”格納”魔法を発動すると、僕の右手から血しぶきが上がると同時にネフィスさんの剣が消える。
ネフィスさんは手元が空になったのに気付くと再び空間から何か出そうとしているようだ。
付き合いきれるか!
僕は自分の格納空間で一番大きいベッドを彼女の真上に戻す。
彼女も自分の上から何か降りてきているのには気づいたようだが、取り出そうとしたのが短刀だったためか、ベッドを切りきるには至らず、そのまま彼女はベッドの下敷きになる。
ベッドを切ることに集中したためか防御もろくに取れなかったようで、頭からゴツンという鈍い音もたてて倒れる。
横になったままピクリとも動かず上から彼女を押さえつけているベッドを払いのける様子もない。
おそるおそるネフィスさんに近づくと白目をむいており、どうやら気を失っているようだ。
美人なだけに白目が残念でならない。
危険が去ったと実感でき、ようやくその場に座り込む。
じくじくと痛む右の手のひらを見ると、小指の付け根から親指の根元に当たる箇所が一直線に裂けていて血がだらだらと流れている。深さは1mmから3mmほどだ。
メイドさんが僕に近づくといまだに血を噴き出している僕の右手にふれる。
『あなたに”治癒”が使用されました。許可しますか?<YES/NO>』
許可しないわけないだろ。YESっと。
すると血が止まり。傷口も何かの逆再生のように消える。
『”治癒”魔法を習得しました。』
ついでにと言わんばかりに脳内アナウンスがスキル取得を告げる。
「EAcF-$pERf」
メイドさんが僕に何を言ってるかわからないので、”意思疎通”。
このメイドさんも何か察したようで、改めて説明してくれた。
「流れた血は戻っておりません。」
ああ、床に流れた血はそのままだから、そういうことだろうね。
「いや、治してもらえただけでも助かる。ありがとう。」
そう話すと一瞬驚いたような顔をしたが、一礼して下がっていった。
代わりに僕の横に来たのはベアトリクスさん。
うつむいたまま、体がプルプルと震えている。
顔が見えないので感情がわからない。
考えられるものとしては・・・
1.ネフィスさんの暴走を止められなくて主として申し訳ない気持ち
⇒一般的に考えるとこれだ。ふるえているのは謝り慣れていないからかもしれない。
2.バフやデバフで補助したのに傷を負った戦闘慣れしてない僕に対する怒り ないしは 失望
⇒これもこれとしてある。
レベル1だけど魔法が使えるというポジティブな話の後のこの醜態だからな。
「すばらしいです!」
顔をあげたベアトリクスさんは感動の表情で僕を見る。
どちらでもなかったらしい。
「レベル1でありながらレベル20のネフィスに勝つとは!」
「いえ、勝つと言っても傷を負いましたし。」
「”治癒”で治せるかすり傷でしょう?完勝と言っても良いですわ。」
釈然とはしないが、勝ちは勝ちか。
「勝ちですか・・・」
「はい、勝ちです。」
そうベアトリクスさんが僕の勝ちを宣言すると同時に
『ネフィス・ラーンに勝利しました。』
『戦闘経験がレベルアップの規定回数を満たしました。』
『戦闘経験がレベルアップの規定回数を満たしました。』
『戦闘経験がレベルアップの規定回数を満たしました。』
『戦闘経験がレベルアップの規定回数を満たしました。』
『戦闘経験がレベルアップの規定回数を満たしました。』
『戦闘経験がレベルアップの規定回数を満たしました。』
と立て続けに脳内アナウンスでレベルアップが告げられる。
”鑑定”魔法で僕のステータスを見ると・・・
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【恩田 拓斗】
種族:人間 性別:男 年齢:15歳 職業:高校生
状態:安堵 所持金:¥8,250
所属1:恩田家
所属2:私立宇月高校1年A組
Lv:7/--- 6UP
HP:640/---
MP:640/---
魔法:
《鑑定》 Lv:7/--- (247/640) STAY
《意思疎通》 Lv:2/--- (0/20) 1UP
《格納空間》 Lv:5/--- (115/160) STAY
《治癒》 Lv:1/--- (0/10) NEW!
《召喚》 Lv:1/--- (0/10) NEW!
《守備力向上》 Lv:1/--- (0/10) NEW!
《速度向上》 Lv:1/--- (0/10) NEW!
《筋力低下》 Lv:1/--- (0/10) NEW!
《攻撃力低下》 Lv:1/--- (0/10) NEW!
《速度低下》 Lv:1/--- (0/10) NEW!
罪歴:なし 業:-1
備考:異世界転移経験あり(3回)
***他の情報はレベル不足のため表示されません。***
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魔法の数が倍以上に増えていることにも驚きだが、HPとMPの数値がとんでもないことになってる。
指数関数的に増えてないか?これ。
ベアトリクスさんやネフィスさんよりも多い。
とはいえ、強くなったという自覚はまったくわかない。
とりあえず、ネフィスさんの上にのしかかっているベッドを”格納”する。
横の板に思いきり切り付けられた跡がついてしまったが、これぐらいなら使っても壊れないだろう。
僕を治癒してくれたメイドさんが、ネフィスさんをひきづって部屋を出ていく。
脚のほうをつかんでいるので、顔で床をふいているようになっているが、メイドさんは気にした様子もない。
ネフィスさんは気を失ったままなのでなされるままだ。
ベアトリクスさんに仕える同僚に対してひどい仕打ちだと思わなくもないが、そもそも静止を振り切って部屋に突っ込んできたのはネフィスさんなので、やさしくする道理もないか。
すると再びそとで声がする。
メイドさんの制止する声と何か咎めるような口調の異国の言葉が聞こえるが、姿が見えないと”意思疎通”は使えないようだ。
「どうやら先ほどの騒ぎで寮監が来てしまったようです。」
とベアトリクスさんが何事もなかったかのように伝える。
「寮監?」
「はい、ここは私共が生活している女子寮ですので。」
「女子寮?」
「はい。」
いや、てことは・・・
「ちなみにネフィスさんは何と言いながら僕に切りかかってきてたんですか?」
「”何故、男がここにいる!”だったかしら。うふふ、私がお呼びしたのですからここにおられても不思議ではないのに。」
「ネフィスさんは前回僕を殺そうとしましたよね。同じ理由で切りかかって来たのでは?」
「いえ、ネフィスにはちゃんと説明しましたわ。対抗戦は私に考えがあるので手出し禁止って。」
ネフィスさんが僕に切りかかってきた理由は前回と違うらしい。
手段はともかくとして、ネフィスさんはベアトリクスさんが対抗戦とやらで恥をかいたり、ベアトリクスさんの部屋に男性が入っていたことであらぬ風評が立たないように動こうとしたのだろう。
斬ってなんとかしようとしているところに脳筋要素を多分に感じるが、何も考えてないわけではなさそうだ。
とはいえ、外の音がだんだん大きくなってきた。
他の人も寄ってきたのかもしれない。
「そうですか。女子寮に男性がいるのはまずいでしょうから、私を戻していただけますか。」
「そうですわね。また改めてお話させてください。」
「次回は女子寮でないところがいいですね。」
「そうですか?余計な人間が入らないので自室だといろいろ都合がよいのですが。」
「男性がいるのはよくないでしょう。」
「サナとサヤがいますから問題ないです。」
サナとサヤってのはさっきのメイドさんたちかな。
「わたしが落ち着かないので女子寮はご勘弁ください。」
「そうですか、残念ですわ。ではまた・・・」
あまり残念でもなさそうな口調でそういうとベアトリクスさんは何事か唱える。
こればっかりは”意思疎通”してても日本語化はされないようだ。
周辺がゆっくりと光はじめ、僕はその光に包まれた。
◇◇◇◇◇
「拓斗、何しているの?ご飯って言ってるでしょ。」
部屋に戻り、ベッドや箪笥などをあわてて戻し終えるのと、母さんがドアを開けるのは同時だった。
ベッドに向けて手を伸ばしている僕を見て、何か言いかけたが、
「早くきなさい。」
そう言ってキッチンに戻っていく。
間に合った。
とほっとしたのも束の間、僕は新たな問題を抱えていることに気づく。
それは”格納空間”の一番下に表示されているひと振りの武器。
そう、ネフィスさんの刀だ。
「持ってきちゃってますな・・・」