第07話 召喚(3回目)
業が下がったのを確認した帰り道。
他にも変更する要因があるのかといろいろ試してみた。
赤信号を無視して渡ってみたり、
たくさんの荷物を持ったおばあさんに「少し持ちましょうか。」と声をかけたり・・・断られたけど。
おばあさんの鑑定結果が”状態:疲労困憊”だったから声をかけたのに、声をかけたとたんに”状態:不信不安”に変わったのには萎えた。
見知らぬ高校生が突然声をかけてくるのは不自然なのか?
僕自身は普通の外見だと思っていたけど、実は怪しいのか?
たまたまあのおばあさんがそういうメンタル状態だったのか?
パラメータ以外にもいろいろ確認したいことができた。鑑定でこういうのもわからないかな・・・
試した結果はどちらも業に変化なし。
実際荷物を持ってあげてたら変わったかもしれない。
だが、不信感を持たれた人にさらに絡むのも不自然だし、状態がさらに悪化すると僕が精神的に耐えられない。
帰宅すると母さんがもう帰っていた。
うちは共働きなのでたいてい僕か姉さんが朝鍵を閉めて夕方開ける係なので珍しい。
仕事は?と聞くと今日は午後半休らしい。
たまにある休日出勤の代わりだそうだ。
時間もあるので今日の夕食は普段できない煮込み系だそうだ。
「手伝おうか?」そう聞く僕に「熱でもあるの?」とひどいことを言う母さん。
「もう仕込みは終わってて煮込んでるだけだから大丈夫よ。邪魔だから宿題か勉強でもして待ってなさい。」
と部屋に追いやられてしまった。
家の手伝いごときで 業 が変わるとも思えないが、何事も検証だ。
というよりも下がってしまった 業 を初期値の0には戻しておきたい。
部屋に戻ると荷物を机の上に置く。
”格納空間”から学校の荷物を出すのは後でも良いだろう。それどころか・・・
本棚、衣装箪笥、ベッドに次々と右手をあて”格納空間”にしまってみる。
部屋がすっきりした。
枠を確認すると”本棚:126冊入り”、”衣装ダンス:56着入り”、”ベッド:布団付き”のように吹き出しで簡単に中身を表示している。
ファイルも1冊扱いだったり、靴下や下着も1着扱いだったり、枕も入ってるはずなのに表示されてなかったりとおおざっぱではあるが、保管することができるようだ。
さらにはどれも1枠というのがありがたい。
ついでとばかりにカーペットと机と椅子を残して全て”格納空間”にしまう。
ベッドが置いてあった後などにホコリが目立ったので、掃除機を持ってきて掃除する。
この能力は便利かもしれない。人には見せられないけど。
掃除機を戻すついでに母さんにご飯の時間を聞くとあと10分ほどと答えが来た。
残り10分ほどの間、新たな実験をすることにする。
すっきりした机の上でタブレットを起動し、動画配信サービスに繋ぐ。
複数表示されるサムネの中から、外国語でしゃべっていそうな動画を選択し、再生する。
金髪碧眼のきれいなお姉さんがしゃべりはじめたので”意思疎通”魔法を発動。
『魔法 ”意思疎通” の発動に失敗しました。』
動画ではダメか。外国語をしゃべっていれば良いというわけでもないらしい。
その場に居合わせないとだめなのか?
そう考えていると、動画の右にその動画配信者が今リアルタイムで配信しているページへのリンクがあった。
録画したものではなく、いままさに話している場合はどうなるのか。
さっそくリンク先に向かう。
先ほどまでを同じ背景で同じ女性が出てくる。さっきと違うのは”Live”の文字が出ているか出てないかくらいだ。
”意思疎通”魔法を発動。
「・・・ソコデ私ワ思ッタワケ。配信スルニアタッテ私ノ・・・」
リアルタイムだと効いた。
自分のステータスを確認するとちゃんと”意思疎通”魔法の実行回数が増えている。
次々とLive動画に切り替えて”意思疎通”を繰り返す。
『”意思疎通”の実行回数がレベルアップの規定回数を満たしました。』
の脳内アナウンス。
「拓斗、ごはんよ~。」
と呼ぶ母親の声がほぼ同時にひびく。
そして僕の足元が光輝くのもそれと同時だった。
◇◇◇◇◇
光が収まると、目の前にはベアトリクスさんが立っていた。
前回より僕に近い。
というか、前回と違う場所だ。
部屋?なのかな。
5メートル四方ほどの大きな部屋だ。
壁の1つには大きな窓があり、カーテンがかかっている。
時間はわからないが、部屋の中に灯りがともされているので日没後のようだ。
部屋は全体的に白で統一されていて、窓の近くには丸テーブルと椅子が2脚用意されている。
他の3つの壁の真ん中にはいずれも扉があり、廊下か別の部屋につながっているようだった。
僕とベアトリクスさんのほかには2人。
どちらも知らない顔で、僕を殺そうとした銀髪のネフィスさんとは別人だった。
2人はメイドの格好をしてベアトリクスさんの左右に控えている。
2人の1人はカップとポットが乗ったトレイを手にしていた。
だが、もう1人はメイドに似つかわしくなく、剣を携えていた。
抜刀はしていないけど、全く安心できない。
ベアトリクスさんが軽く手をかざすと、
『あなたに対して”意思疎通”が使用されました。許可しますか?<YES/NO>』
と脳内アナウンスがあり、いつものように了承する。
「やはり、私が召喚すると必ずあなたが呼ばれるようですね。」
”意思疎通”のレベルが上がったおかげか、片言感が少し減ったようだ。
だが、安心はできない。
「何故、剣を?」
とベアトリクスさんの隣にいるメイドさんに目をやると、
「失礼しました。あなた以外の方が召喚されてしまう可能性が残っていたので。」
「なるほど。」
ベアトリクスさんが手をあげると、剣を持っていたメイドさんが、一礼して窓に対して右側の扉から出ていく。ちらりと向こう側が見えたが、そこもここと同じような部屋だった。
「お詫びのことで呼ばれたのですか?」
「それもありますが、少しお願いがありまして。」
「お願い?」
と聞き返すとベアトリクスさんがにこりと微笑み、
「まずは座ってお話しましょう。」
とテーブルを勧められた。
勧められるままに椅子に座る。
2脚あるのは僕とベアトリクスさん用のようだ。
「J}-|#6^4t!.H74{H_B」
メイドさんが聞き取れない言葉を話し、ベアトリクスさんと僕に飲み物を注ぐ。
さっそくメイドさんに”意思疎通”の魔法を使う。するとメイドさんは少し驚いたような顔をして僕を見ると、
「こちら紅茶になります。ミルクと砂糖になります。」
とあらためて説明してくれた。
紅茶とミルクと砂糖と言われたが、僕の知ってる紅茶よりも紅いし、ミルクと砂糖も白くなく薄茶色だ。
砂糖は精製されてないのかもしれないが・・・
ちなみに鑑定すると文字化けしてしまった。同じものではないようだ。
と少しためらっているとベアトリクスさんが、砂糖とミルクを入れ、かきまぜたものを口にし、微笑んだ。毒など入っていませんよ。ということなのだろう。
「失礼しました。私の知っている砂糖やミルクと違ったので・・・」
ためらいながらも同じように砂糖とミルクを入れ、かきまぜて口にする。
知らない味だが、飲めなくはない。
ひょっとしたら東南アジアとか東欧のなじみのない場所にはこんな飲み物もあるかもしれない。
砂糖と呼ばれたものも一応甘味はあるようだ。
「それでお願いと言うのは?」
とベアトリクスさんに聞く。僕とて暇ではない。
それに食事の直前に呼ばれたのでなかなか来ない僕を呼びに母さんが部屋に来るかもしれない。
そうなると机と椅子とカーペットしかない僕の部屋を見てびっくりするはずだ。
「実はわたくし、この国の第一王子の婚約者候補なのです。」
うん、知ってる。無言でうなづく。
「候補者の学生時代の成績や行動を総合判断されて婚約者が決まります。」
うん。そんなものだろうね。
「別に婚約者になりたいわけではないのですが、他より劣っているので選ばれなかったというのも気に入りませんので・・・。召喚術で呼び出すものにもそれなりの能力であってほしいのです。」
「なるほど。」
「最初はレベル1でしたが、どうやら私があなたに使用した魔法を覚えて使いこなされているご様子。」
ん?なんで僕が魔法を使えるようになったって知ってる?
ああ、今メイドさんに使用したからだな。
何をしゃべってるか知りたいからって使ったのだけどうかつだったか。
「戦闘には向きませんが、意思疎通ができるというのはなかなかポイント高いです。あと、先にお呼びした際に私の護衛が剣を抜いたにも関わらず、こうして会話に応じてくださる知性の広さ。」
単純に美人を詰問するほどの度胸がないだけなのだが、なかなかのプラス評価である。
「あなたに攻撃されたわけではありませんし。それに逃げられたのは、あなたが召喚を解除してくれたおかげですよ。」
「とはいえ、あれの主人である私の落ち度です。」
「結果何もなかったのだから、気にしなくてもいいですよ。」
弱腰外交の国で育ってるからね。それぐらいは許します。それよりも・・・
「ちなみにあの護衛の方は?」
「用事を言いつけて、外出させてます。あと30分は戻りません。」
「説得されたわけではないんですか?」
と質問されたところで外が騒がしくなった。
扉の向こうで声が聞こえる。
声を聞いたベアトリクスさんが、「えっ、そんな早く?!」と驚いた表情を見せたのと同時に、
扉が開き、腰に先ほど剣をしまいに戻ったメイドさんを引きずったまま、ベアトリクスさんの護衛のネフィスさんが入って来た。
ネフィスさんは僕の姿を見ると、先ほどと同じように抜刀して襲い掛かってくる。
やっぱり駄目じゃん。この人を説得できたから僕を呼んだわけではないらしい。
さっきと同じように召喚解除してくれ。とばかりにベアトリクスさんを見ると意図を察してくれたようで、瞬時に手元に何かを魔法陣のようなものを浮かび上がらせる。
だがネフィスさんが腰をつかんでいたメイドさんを僕とベアトリクスさんの間に投げると慌てた表情をして解除した。えっ、ひょっとして直線上に誰かいると駄目なの?
『召喚魔法を習得しました。』
いや、今そんなアナウンスいらないから。
間近にせまった剣先を見ながら僕はそう突っ込んでいた。