第13話 召喚(4回目)⇒即終了
僕が少し固まっている間に、その若い男の姿は視界から消えた。
「あんなにゆっくり歩いてたのにいつの間に?…………」
僕がひとりごちると同時に足元が光りだす。
「こんな時に!」
◇◇◇◇◇
光が収まると、足元に絨毯がしかれている見たことのない部屋だった。
すぐそばにベアトリクスさんとネフィスさんが立って僕を見ていた。
その奥の壁際にはサナさんとサヤさんのメイドコンビが控えている。
素早く”言語理解”をこの場の全員にかける。
「ご無沙汰しておりますわね。」
とベアトリクスさんが軽くスカートをつまみ上げながらカーテシーをする。
ネフィスさんは”言語理解”の魔法に少しとまどった表情を見せたが僕を見つめたままだ。
「すまない。ちょっと今は都合が悪い。」
僕がそう言うとベアトリクスさんは口に手をあて、
「失礼しました。今の時間であれば都合がよいかと。」
まるで前回呼んだ時間に合わせたようなことを言う。
腕時計を見ると、確かにそんな時間だ。昨日この時間に家にいたのは委員会の仕事をすっぽかしたからだな。
「前回と同じ時間ですか?」
「ええ、こちらでは夕食後の時間ですから。」
どうやら昨日は向こうの都合の良い時間に呼び出したらしい。
こっちの都合が悪かったらどうするんや。
「そうですか。申し訳ないですが今日はまだ外出中で家に戻ってないのです。用事はまた今度にしてもらえませんか。」
男のことが気になるし、ネフィスさんの剣のこともあるので早々に帰りたいと告げる。
「そうでしたか。わかりましたわ。」
ベアトリクスさんは少し残念そうに言うと何事かつぶやき始める。
すると、横にいたネフィスさんが慌てて僕に、
「先日はすまなかった。無礼を承知で頼むが私の剣を返してもらえないだろうか。」
と頭を下げながら頼んできた。
やはりそう来るか。
返すのはやぶさかではない。
さらに”必要とあれば土下座も辞さない”とばかりの顔つきをした美人に頼まれると断りづらい。
ただ、短剣の効果がなくなってしまったのでそこを説明するか・・・
しょうがない。正直に話して素直に謝ろう。
そう判断し、僕は無言で”格納空間”からむき身の二振りを取り出すと、ネフィスさんの足元に投げる。
足元が光りだしているので、危なくない程度に少しネフィスさんから離れた所に投げた。
大事なものを粗末に扱ったと怒られるかなと思ったが、そんな様子もなく、
「ありがとう。」
と”格納空間”から取り出した鞘に納めながら感謝の言葉を述べるネフィスさん。
返される間際だが、先に謝っておいた方が良いだろう。
「申し訳ないが、短剣の効果はなくなってしまいました。」
「効果?効果とは何の効果だ?」
とキョトンとした表情で聞き返してきた。
ありゃ?これはそもそも持ち主も知らなかったパターンか?
「”鑑定”したら”聖”と表示が出たのだが違うのか?」
と伝えると、短剣をまじまじと見ながら
「・・・これを私にくれた人に聞いてみる。」
とネフィスさんは答えた。
「そうしてください。可能であればもう一度効果を付与してもらうと良い。」
「ありがとう。感謝する。」
ネフィスさんは、二振りの剣を胸に抱きしめながらもう一度感謝の言葉を述べた。
どうやら思い入れのある剣だったようだ。そんな大事なら普段使いするなし。
「それで・・・タクト様はいつ頃であればご都合がよろしいですか?」
とそれまで唱えていた魔法を中断して、ベアトリクスさんが聞いてきた。
なぜか少し機嫌が悪そうだ。
何か怒らせるようなことをしただろうか・・・
全くわからん。
わからないけど、答えないのはさらにまずいことだけはわかる。
「明日だったらこの時間で・」
「なるべく早い時間が良いのですけど。」
かぶせるように前倒しを要求された。
何か急ぐ用事もあったのかもしれない。こっちの都合で戻してもらうのだから、調整するか。
「では、3時間後ぐらいに呼んでもらえますか。」
帰って、ご飯食べて、風呂入ればそんなもんだろう。
宿題とかは召喚から戻ってからかな。
一応入浴中に呼ばれても大丈夫なように着替えを一組”格納空間”に仕舞っておこう。
魔法の続きを唱え始めていて、3時間後と答えた僕に首を縦にふることで答えるベアトリクスさんを見ながら僕は戻った。
◇◇◇◇◇
駅前に戻されたが、やはり先ほどの男性はいない。
少し回ってみたが、どこかに行ってしまったようだ。
仕方がないので家に戻る。
風呂に入り、飯を食いながらも心ここにあらずだった。
早めに召喚される可能性を考慮し、どちらもさっさとすませて部屋に戻る。
自分の行動範囲に危険な人間がいるというのは気持ちが悪い。
なぜ気持ちが悪いのか。
自分も含めた周囲の人に危害が及ぶ可能性が高いからだ。
”鑑定”がなければ、僕はそれを知らずにすんだかもしれない。
”鑑定”があっても、育てなければ殺人者が近くにいるなんて想像することもなかっただろう。
だが、知ってしまった。
一昨日も今日もあの駅周辺にいたということは、あの周辺があの殺人者の生活範囲と言うことだろう。
21歳の大学3年生。
別に殺人を犯したら大学生になってはいけないというわけではない。
だが殺人を犯して罪を償ったのであれば、服役期間を考えるともう少し年齢は上のはずだ。
ということはあの男は罪を償うことなく、のうのうと日常生活を送っているのだ。
そう考えると背筋がぞっとした。
知ってしまったが故の恐怖感や不安なのだろう。
その時、ドアがノックされる。
「どうぞ。」
そういうとすぐに伊緒姉さんが携帯片手に入って来た。
「どうしたの?」
「あんた、今日図書委員で粟崎先輩と一緒だったんでしょ。」
「そうだけど?」
「今日何か言ってた?どこと寄るとか。」
「ああ、塾寄るって。」
「それ以外よ。」
「別に聞いてないよ。なんでそんなこと聞くの?」
「粟崎先輩のお母さんから電話あったんだけど、まだ帰ってきてないんだって。」
姉さんがそう答えた次の瞬間、僕は家から飛び出していた。




