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百鬼譚  作者: 忠腹 丹子
序章:求むもの
8/16

幕間譚:チ神女福音

 管理局の窓のない長い廊下を、1人の少女、陽葵が歩いている。左右には幾つかの扉が等間隔で設置されているが、相の説明によればそれら一部を除いては張りぼてであったり、中に入ると仕掛けられた仕掛けなどが発動するこのビルの防衛機構なのだと言う。封印している怪異の封印が解けた場合や、外部から敵対存在が侵入してきた際に、この迷宮に捕らえ、目的地には到達させないための一種の結界とも言える。


「えっと......」


 記憶を手繰り寄せる。本当であるなら新人である陽葵1人にさせる事は無いのだが、相は局長としての仕事が山積みで忙しく、他の局員たちも案内を任せられるような人も仕事に追われて暇な者が居ないらしく、残っているのは新人を任せるには不安が残る者達のようで、相は会議室への行き方だけを伝えて仕事に向かった。

 多分そろそろのはず、そう思った彼女は恐らく目的地であると目星をつけた部屋のドアノブに手をかける。


「お前、何してンだ?」


 ノブを回そうとした時、後ろからそんな声を掛けられる。

 外は雨なんて降っていないのに黄色いレインコートを着込み、黄色と赤色のツートンカラーの長い髪の毛によって左目を隠している。開けれた口からは鮫の様な歯が窺える。首には太い荒縄を巻いた、気怠けな目をした女性が振り向くと陽葵の事を見下ろしている。


「す、すみません......その、会議室を探していて、ここかなと思って......」

「何に謝ってンだお前......まぁ、いいや。事情は分かった。アタシも今から会議室に行く所だから連れてってやるよ。こっちだ」

「す、すみません。ありがとうございます......!」

「だから何に謝ってンだお前......」


 レインコートの女性は陽葵の歩調を見ながら、半歩先を進み案内する。彼女曰く、そう遠くは無いとのことで、道中互いに会話を交えながら会議室へと向かう。


「お前新入りだろ?」

「はい。今日が初めてです」

「ああ?! 今日初めてなのかよ。新人を1人で歩かせンなよ......いや、人手不足だからしゃぁねぇのか? しっかし、危ねえ所だったな。お前が入ろうとしてた部屋、中に居ンのヨーロッパから連れてこられた伯爵級の魔獣、その巣窟だからな。下手してたら死ンでたぜ、お前」


 その言葉に一瞬体が硬直する。魔獣なんて存在こそ実際には見たことないが、きっと普通の獣よりも、鋭利で巨大な牙や爪を持っているのだろうと言う想像は容易くできる。そんな存在が薄い扉を隔てた向こう側に居たことを考えると、体が身震いする。


「は、伯爵ですか?」


 何とか動揺を振り払おうと、そんな質問をする。


「その説明もされてねぇのか。あー、甲級とか乙級ってのは聞いたか?」

「はい。祓魔師や怪異などの、強さや危険度を示す等級だと言う事は聞いています」

「それなら話は早い。伯爵ってのは、ヨーロッパで使われてる等級の事だ。あっちじゃ下から騎士、総裁、伯爵、侯爵、公爵、君主、王の7つで分類されてンだ。あの部屋に居た魔獣は伯爵で、日本の等級に当てはめると丙級だな」

「そうなんですね......教えていただきありがとうございます」

「気にすンな。偉そうに教えちゃいるが、アタシも局の中じゃ新入りだからよ。新米同士仲良くしようぜ」


 そこまで言ったとき、レインコートの女性が思い出したように「あっ」と、声を出す。


「てか、まだ名乗ってなかったな。アタシャは奉黄(ほうき)レニってンだ」

「あ、確かにそうですね。わたしは猫屋敷陽葵と言います。よろしくお願い致します奉黄様」

「様!? 様って呼んだのかお前!? かてーってレベルじゃねぇぞ! なンかゾワゾワしたわ.....呼び捨てで構わねえよ。レニでな」


 そう言われてもレニは明らかに年上だ。恐らくは20歳前後。そんな年上の人物を下の名前で飛び捨てにする事なんて、陽葵には出来なかった。素直にその事を伝える。


「確かにアタシの年齢はお前より上だけどよ、アタシ自身は他人ほど大層な人生送ってねぇンだわ。アタシの20年なんて圧縮すれば、1年にも満たねぇだろうからよ。年齢と人生経験を合わせれば、実質タメだ」


 そんな事は無いだろう。陽葵はそう心の中で思ったが、それを口に出すことは何となく憚られた。その言葉に絡まった気配には、そう感じさせるだけの何かがあった。

 しかし、やはり呼び捨てと言うのは気が引ける。そこで陽葵は折衷案や妥協案とでも言うべき結論を出した。


「レニさん、でよろしいでしょうか......?」


 恐る恐るそういう。この状況であるならば、数多くの人が考え出す下の名前にさん付けをするという考え。恐らく最も安全と言える選択肢であろう。


「あー、まぁそれでいいや。仲を深めるには、こういう小さな第一歩が大事だからな。よろしくな陽葵」

「はい、よろしくお願いします......!」


 互いの自己紹介が終わった時に、レニが「ここだ」と言う。どうやら丁度、目指していた会議室に着いたようだ。彼女がドアノブを回し扉を開け、中に入っていく。陽葵もそれについていく。

 長方形の木製の机に、幾つかの椅子が置かれている。窓は無く、そのせいか少し圧迫感を感じるが、それを除けば変わったところは無い普通の会議室だ。

 レニは一番近くの席に着く。それは上座や下座を気にしてるわけではなく、ただ単に近いからだと言う理由からだ。


「いつまで突っ立ってンだ? アタシの横に来いよ」

「あ、分かりました。お隣失礼いします」


 2人は指導役である先輩局員が来るまで、主にレニが陽葵に質問を始めとする、話を投げかける形で時間を潰す。「お前堅いよな。いつもそンななのか?」とか、「終わったら一緒に飯喰い行こうぜ。近くにパンケーキが美味いカフェがあンだよ。金はアタシが出すからよ」と言ったような、他愛もない雑談だ。

 10分経ったか経っていないかと言う頃、会議室の扉を開け、そのドアの高さと紙一重の長身の男性が1人入ってくる。


「お前らか? 陽葵とレニってのは」


 パーマのかかった黒髪のオールバックに日焼けした褐色の肌、着崩した黒色のワイシャツ、肘まで捲った袖によって、鍛え上げられた筋肉質な腕が己の存在を誇示している。鷹の様な眼は金色に輝いており、その眼に宿る力や魅力と言うものに、陽葵は既視感を覚える。秋や相、楽々3人と同じ、視線は自分の眼を見ているはずなのに、自分の外面ではなく内面を見抜いてくるような、鳥肌が立つあの眼だ。


「は、はい。わたしが陽葵です」

「レニでーす。てかいつもの人じゃないの?」


 片手で顎髭を撫でながらその男性は話す。


「最近、魔竜騒動ってのがあったのは知ってるか? 局員はほぼ全員、それの後始末に充てられてる」

「へー。ンじゃおっさんは何? 外されたの?」


 明らかに局員として、さらには人生においての先輩であろう人物に対して「おっさん」と呼んだレニに対し、隣に居た陽葵はレニと男性を交互に顔を蒼白にさせながら見る。男性はそう呼ばれたことを気にしていないようで、その質問に答える。


「急に相の奴から、人手が足りないから新人の教育をしてくれって言われてな。急いで支局から来ただけだ」

「そーなンだ」

「ああ。んじゃ、始めるぞ。俺の名前は天槻 伊紀(あまつき かれき)だ。総局長と前任者からお前らに教えて欲しい事は言われてる」


 男性は2人に真空パック入れられた清潔な針と、2枚の和紙で作られた何も書かれてない真っ白な札を渡す。


「今からお前らには使鬼(しき)を2体作ってもらう」


 使鬼。最も知られた名前は式神。流派によってその呼び方は多種多様であり、識神や式鬼、職神、式王子がその代表例である。管理局では使鬼で統一されている。伊紀もその説明に続き、より詳しい話をする。


「使鬼の源流は中国の道士が使役していた()にあるとされる。これは自分の悪心と向かい合い、それを霊として呼び出し従えていたとされるものだ。その後日本に流れてきた鬼は形を変え、前鬼後鬼と呼ばれる一対の式神として発展していった」


 鬼とは自分の悪心から生まれた、言ってしまえば呪霊や悪霊の近縁種とも呼べる存在であり、例え従属させても基底にあるのは悪だ。主人から離反し、反旗を翻すものも中に居た。そこで日本の術者はそれに同じく道教の両儀の思想の取り入れた。両儀の解釈は様々あるが、今回の場合は陰と陽、悪と善とも言えるものだ。これらは拮抗することで均衡を保つものであり、陰や悪だけでも、陽や善だけでもいけない。相反しつつも片方が無ければ、もう片方も存在しない。自然の秩序やそのもの。これを利用することで悪心と善心から生み出された一対の存在によって、従者としての鬼を完成させ、式神としてあらゆる流派に広まった。しかしその誕生経緯から、一対、2体である事に意味がある。そのため何体を従えようとも、必ず6体や8体、10体、12体の様に両儀として成立できる数でなければ、遠からず創造主から使鬼ではなく、怪異として独立することだろう。


「使鬼は遅咲きの霊能力者にとっては、手頃に怪異を始めとする異常存在と戦える手段だ。勿論手練れでも使ってる奴は居る。それほどに信用されてる力と言う訳だ。やり方さえ理解すれば、霊能力未満、霊感程度の奴でも使える。だから管理局じゃ、一般局員から局長クラスまで幅広く使ってる奴が居る」

「おっさんも使ってンの?」

「俺は使ってない」


 そう言いながら、予備の針の入ったパックを2人に見える様に持ちながら、伊紀の説明は続く。


「この針で和紙に血を垂らしてもらう。血は一般的には穢れとされる。しかし、同時に神聖なものとしても扱われる。血は生命力、創造の象徴だ。古来、神の血からは数多くの神々が生まれた。そのため血液と言うのは極小の両儀とも言える。それを触媒として使鬼を形成することで、使鬼作成をより容易にさせ、創造主と使鬼の間により強い結びつき、縁を発生させるのが狙いだ」

「どうして縁を発生させるんですか?」

「善悪から作られた使鬼、その間に製作者が中庸(ちゅうよう)として介入するためだ」


 伊紀は部屋の電気を右手の人差し指で指差す。


「あれは光っているか?」

「え?」


 突然の質問に陽葵は間抜けな声を出してしまう。当然だ。この部屋に窓は無く、太陽光が入ってきていないのに明るいのは電気がついていて、そこから生じた光が部屋を照らしているからだ。目で確認しても間違いなく、聞くまでもなく光っている。


「は、はい。光ってます」

「それでは、そこの影は暗いか?」


 机の下、光が遮られたことで発生した影。当然だが机の下は暗い。


「暗いです」

「そうだ。照明は光っていて明るく、影は暗い。当然だ。かつてどこかの人間がそうであると定義して、俺たちにもそうであると刷り込まれているからだ。でなければ地球上の誰もが光や闇を認識できず、定義もしない」


 再び片手で顎髭を撫でながら伊紀は言う。


「悪心や善心もそうだ。これは悪の心である、これは善の心であると見定めるものが居なければ、この世には善悪の区別は無く、その2つが秩序無く入り乱れた混沌とした世界になっている。それは使鬼にも言える事だ。こっちは悪心から生まれた使鬼である、こっちは善心から生まれた使鬼である。誰かがそう中立の立場から定義しなければ、奴らは善と悪の個として存在できない。そう存在できなくなったら、使鬼は個として死ぬ。死ってのは悟りでも開いてない限り、避けたいものだ。そして一対の使鬼が自分たちで善悪の区別をつけ、2体で完結させないように強い結びつき、縁を得る事で間に無理矢理入り込み、使鬼にとって作成者は居なくてはいけない存在にする。そこに血を分け、この世に生み出してくれたと言う親にも似た立場を得る。これだけやれば叛逆やら裏切りにあって、殺されると言う事はまず起こらない」

「な、なるほどです。分かりました、ありがとうございます」

「ああ」


 その後も説明は続く。自分の悪心と善心を発見する方法。誰にでも大きい小さいはあるだろうが、悪行を犯してしまった、善行をしたと思う時はあるだろう。しかしそれは表層に現れた悪心善心の一端に過ぎない。人間の底の底、無意識の領域の淵で決して開かれることのない、鉄扉の向こう側に幽閉されているのが、本当のその人自身が持ち合わせている悪心と善心である。

 悪も善も度が過ぎれば狂気と言う点においては同じだ。そのどちらかの封印が解け、人間の表層に浮上したなら、ソレはもう人とは言えないだろう。悪心の渇望を満たすためにこの世全ての悪を行い、善心を満たすためにあらゆる手段を以て善を執行するだろう。その存在の前に悪人も善人も一般人もなく、ただ己の悪心善心に従い走る人を辞めた、我執の獣。そのために人は無意識のうちに、自分に流れる悪心と善心を制御し、その大部分を感知できない場所へと封印する。

 使鬼の形と言うのは、製作者が任意で決められるものでは無い。その姿形が決定づけられる道筋は、人格の形成に似ている。幼少期の経験や体験が人格形成の大きな要因となるように、使鬼とは意識的には関与できない、無意識に巣食う獣だ。自分だけの過去ではなく現在未来、血筋や生まれつき背負っていると言われる宿命すらも、使鬼を作り出す糧となるのだ。そのため時には醜悪な事もあれば、美麗な容姿の事もあるのだ。そして時には、作り出した後に形を変えるものも存在する。


「今からお前たちはその怪物と対面する。そして善と悪の怪物、その2体の力を同時に式札に移してもらう。全く同時にじゃなくてもいい。ただ時差があればあるほど、そいつらはお前らの制御下から離れる可能性が上がる。だからほぼ同時が好ましい」


 言うは易し行うは難しとはこの事だろう。固く閉ざされている扉を敢えて開け、その怪物をお目にかけようと言うのだ。しかも使鬼として支配下に置かねばならない。伊紀は「使鬼は遅咲きの霊能力者にとっては、手頃に怪異を始めとする異常存在と戦える手段だ」と言っていた。確かに用意するのは自分の血液と式札だけであり、後は自分の内を探索すれば良いのだ。しかし、伊紀は直接的には言っていなかったが、体が乗っ取られていると言う可能性を示唆していた。遅咲きの者にとってこれが手頃だと言うのならば、目の前に居る伊紀を始めとする秋や楽々、相と言った先達はどのような修羅の道を歩み、力を手に入れてきたと言うのか。そんな人達の前で陽葵は先日、救いたいと大口を叩いたのだ。今更引き返す気も無ければ、あの発言を撤回する気もない。ただ、自分の目標達成がどれほど大変なのか、それが少し分かった気がした。


「何かあったら俺が対処する。さぁ、後は説明の通りだ。始めろ」


 パックを開封し針で指の一本を刺し、血が式札に垂れる様にする。そう時間はかからず、血の雫が落ちて式札の中心に赤い点をつける。

 目を、閉じる。

 陽葵は先日の体験を思い出す。意識が自分の中へと入り込み、今まで知覚したことのない液体の流れに乗った際のことを。あの時は秋の一声で意識が戻ったが、今回の伊紀の説明を聞いていた時に何となく、あの流れに身を任せていればやがて、無意識の底に辿り着くだろうと何となく彼女は思った。

 そしてすぐに、同じことが身に起きた。不思議な体験だ。目を閉じていたなら普通なら視界は通っておらず、それ故に暗いはずだ。なのに気が付けば一面は赤色で、それらはどこかに向かって決して遅くは無い速度で流れている。苦しみは無く、恐れもない。不安に思うこともなぜかなく、むしろ心地いいとさえ思える。

 そう流れに身をゆだねてどれほど時間が経ったか。赤色だった視界が光に包まれ、目を瞑っているのに可笑しな表現だが、彼女は反射的に瞼を閉じた。


「......ここは?」


 恐る恐る目を開けると、そこは植物が豊かな世界だった。草花が生い茂り、巨木とも言える数多くの木々が周囲を覆い、そこから差す木漏れ日。全てが現実から乖離した幻想的な世界だ。

 周辺の状況が分かってきたころ、水のせせらぎが聞こえる事に気が付く。そして少し遅れて一陣の風が吹き、辺りの木の枝や髪の毛が靡く。その風は音の発生源の方に吹き、まるで彼女の背を押して行くことを促しているようだ。

 動物の気配を感じない、自然音だけが聞こえる静謐な森の中を進んでいく。数分歩くと、渓流が姿を現す。


「綺麗......」


 濁りは一切なく、川底の石と石の隙間まで見えるほどに透き通っている。けれど、やはりと言うべきか、生命の痕跡は見当たらない。上流の方に視線を動かせば、絶壁、とは言わなくとも大小さまざまな岩が折り重なり、急勾配を形成している。その上から小さな石が1つ、音を立てながら落ちてくる。

 招かれている。

 そう感じた後、行動に移すのは早かった。陽葵は坂を上っていく。水飛沫で濡れた岩の表面は滑りやすく、幾度となく足を取られそうになるが、その度に転ばぬようにと何とか踏ん張る。


「はぁ......はぁ......」


 肩を上下に動かし、苦しそうに息をする。それはそうだろう。この斜面は大の大人であっても、上るのには苦労するだろう。中には小さな滝の様な場所もあり、その横は手を使わなければ登れない場所もあった。

 そして今も、自分の身の丈ほどの岩をよじ登っている。それが幾つもあるのだ。子度の身から見れば、ほとんど崖だろう。更に隣を流れる渓流の水飛沫が、針の様に少女の顔を突き刺し、まともに目も開けていられない。ここ以外の道も無いかと探してみたが、出た結論はここが1番山頂に辿り着ける可能性が高いと言う事だ。他の場所はまさしく少女の目線からすれば、断崖絶壁と呼べる場所だったのだ。


「いてっ」


 何とか最後の岩を登ることが出来た時、手のひらに鋭い痛みが走る。見ると尖った小石が刺さっており、血が流れている。傷はそれだけではない。登攀に無我夢中で気が付かなかったが、手のひらには出血こそしてはいないが、数えきれないほどの擦り傷が出来ていて、爪も何枚か割れている。小石の痛みが発端となって、それらの痛みが遅れてやってくる。


「......」


 水の流れる音、草葉が風で擦れあう音、枝が軋む音。

 木漏れ日によって十分に明るいのに、自分以外にも周りに何もいない。暗所で1人蹲っているいるような孤独感が少女を襲う。

 明るい闇だ。

 闇と光、陰と陽。ここは人のうちにある両儀の空間。ここで彼女は改めてこの場所がどこかを認識した。

 無意識の底の底。堅牢な鉄扉によって意識から隔絶された、人のうちにある心域(しんいき)なのだと。


「助けないと」


 前を向き、そう呟き歩き出す。そこから少女が止まる事は無かった。

 きっと孤独は寂しいだろう。

 きっと孤独は虚しいだろう。

 きっと孤独は哀しいだろう。

 教えてあげなければいけない。あなたは独りでは無いのだと。


「......着いた」


 渓流の終わり、水の始める場所。湧泉がそこにはあった。そしてその泉の前には、小袖を着た1人の女性が立っている。陽葵が1歩、足を踏み出すとゆっくりとその女性は振り返る。年齢は10代後半と言った所だろうか。整った容姿に濡羽色と形容される美しい髪、スポットライトの様に木漏れ日は女性に降り注いでいる。それだけに注目すれば、状況と合わさる事によって宗教画で描かれる女神の様だとも思うだろう。しかしその全てを黒く塗りつぶす、異常があった。その両目と口が縫われているのだ。他の全てが神秘的で美しいが故に、その異常は一際目立つ。


『来タカ』


 陽葵の脳を直接揺さぶるノイズまみれの様な声。

 この女性は秋が魔竜の記憶に見た、あの少女の面影を感じさせる。しかしこちらは少女と言う程幼くは無い。陽葵の大人びた性格に影響され、形が変わったのか、それともこれが本来の姿で、陽葵は影響された側なのか。しかし、少なくとも今の姿形はあったかもしれない、彼の少女の未来の容姿なのだろう。

 女性はその場に腰を下ろす。陽葵はその隣まで行くと「失礼します」と言って、同じく地面に座る。


『ココハ良イ場所ダ。コノ静寂ト平和ヲ脅カスモノハ、何モ無イノダカラナ』


 この女性の面貌や言動は、陽葵に流れ込んできたと言う魔竜の呪力が少なくない影響を及ぼしているのだろう。


『ダガ、独リト言ウノハ寂シイモノダ。カツテハ、ソンナ事思ッタコト無カッタノダガナ』

「......わたしが居ます」


 魔竜には莫大な憎悪があった。そしてそれを原動力にして、復讐にひた走っていたあの存在に、孤独などと言うものを意識する余裕は無かった。ただ、復讐の完遂だけが己の存在意義であり意味だった。それより別れ陽葵に侵入した呪力が行きついた先は、この静寂な山だった。

 ここには憤怒を向ける先も無ければ、それを共有して風化する事を阻止する理解者も存在しなかった。永遠に光の差す、時間と言う概念のないこの山の中で、彼女はただ1人過ごしてきた。元々分流に過ぎない女性に、本流ほどの執着心は無く、孤独の時間は彼女に考えると言う時間を与えた。

 その結果、怒り恨み辛みしかしならなかった存在は、寂しいと言う感情を知った。知ってしまった。そして陽葵と言う存在を内から見続けた事で、激情の化身であった魔竜では無くなった。聖竜とまでは行かずとも、人の心を宿す竜へと変わった。ただ幾ら改心しようとも、魔竜の忘れ形見である宿業とでも言うべきものが消えるわけではない。


『......ハハッ。随分ト嬉シイ事ヲ言ッテクレル』


 魔竜の元となった少女は、生まれた時代が悪かったのだろう。もし現代日本に生まれていたならば、天寿を全うできるかどうかは置いておいて、少なくとも同郷の大人たちに剣で切り裂かれ、同種である人間に喰われるなどと言う末路になる事は無かっただろう。不運な事故や病気に見舞われなければ、恐らく人並みの生は謳歌できたことだろう。故に当時と言う時代に限れば、あの少女の憎悪は正当なものだったと言えなくもない。しかし魔竜最大の罪は、それを現代の者たちにも向け実行してしまった事だ。


『アレハ、彼女カラスレバ救イダッタンダ』


 彼女とは魔竜の事で、そしてアレとは現代の子供たちを誘致し、下位魔竜へと変容させたことなのだろう。陽葵は静かにその告解にも懺悔にも聞こえる、独白に耳を傾ける。


『彼女ガ招致スル子供ニハ共通点ガアッタ。7歳以下ト言イウノモアルガ、ソレデハナイ別ノモノ。家庭環境ニ問題ガアリ、親ト言ウモノヲ憎悪シテイルト言ウ事ダ』

「......」

『ソウ言ッタ子達ニ復讐ノ機会ヲヤル。憎悪ヲ増幅サセテ、ソノ矛先ヲ人類ニ向ケサセテダガナ。ダガ、ソレハ彼女カラ言ワセレバ、自分ナリノ救イダッタ......トハ言ッテモ、最後ノ方モウ見境無カッタガナ』


 陽葵は合点がいった。弟と可愛がっていた少年。仲が良ければ自然と、何故児童養護施設にやって来たのかと言う理由も多少は分かってしまう。その子は実の家族を恨み憎んでいた。そして誰よりも真の家族を望んでいた。それが魔竜のお眼鏡にかなったのだろう。そしてそれは、陽葵も同じようなものだった。施設の赤ちゃんポストに新生児の自分を入れた親の事を考え、捨てるくらいなら何故生んだのかと思い、怨恨の情を向けたこともあった。だが、様々な本を読んでいくうちに、きっと何か事情があったのだろうと自分を納得させた。しかしその怨みの種火は消える事無く、ずっと小さく燃え続けていたのだろう。だからこそ、魔竜に無意識の所で共感して、呪力を受け入れた。そしてやって呪力と言う薪が、種火にくべられた結果が目の前の女性なのかもしれない。そう陽葵は何となく、女性の話を聞きながら考える。


『魔竜ハナ、子供タチガソノ感情ヲ抱ク限リ、ソレガ呼ビ水トナッテ再発生スル怪異ダ』


 今回の魔竜は憎悪の化身であり、自らの復讐を成すと言う側面が強かった。それを確実なものとするために境遇が似ていて、この憎悪に共感する可能性の高い子供たちを下位魔竜の材料とした。その子にかつての自分を重ね、一種の救いや手助けとしていた。

 そして、子供が抱く負の感情を触媒に蘇った魔竜にはもう1つの性格、代弁者や代行者の様な物が付与される事だろう。再びの顕現がどれくらい先にになるかは分からない。だが魔竜の力は、その時の子供たちを取り巻く環境によって、大きく増減するのは間違いない。


『何千年振リダ、コンナニ話シタノハ......ダガ、誰カニ話ヲ聞イテモラウト言ウノハ、良イモノダ。ソンナ事モ、久シク忘レテイタ』

「良かったです。あなたが、そう感じれる様になるお力になれて」


 そう言って、陽葵は笑う。魔竜から分岐していた女性が、人並みの感性を得られた事に心の底から歓喜し、安堵しているように。魔竜は救われない、救えない。そういう存在として決定されてしまっているから。しかし分流として派生した女性は、本流ほどの強大な流れを持っていない。岩1つで流れに影響は出るだろうし、土砂で塞がってしまえば流れはそこで終わってしまう。

 この女性はそんな不安定な存在なのだ。だからこそ、誰かが安定した確固たるものとして確立させなければいけない。


『アナタ、カ......名ヲ名乗リタイ所ダガ、ソンナモノ疾ウノ昔ニ忘レテシマッテナ』

「それでは、新しい名前を考えませんか?」

『......新シイ名カ。アア、良イダロウ。タダ、私ニ名ヲ考エル才能ハ期待シナイ方ガ良イ。ナンテ言ッタッテ約千年ノ間、ソンナ事シテコナカッタンダカラナ』


 その言葉には説得力がある。例え才能があったとしても、したことが無ければそれが開花し、磨かれることも無いだろう。それは暗に、陽葵に名付けは任せると言っているようなものだ。


「そう、ですね......」


 唸り、捻る。名前とは重要だ。名はその存在を他と区別し、個として確立させるために必要不可欠なものだ。林檎をそう認識できるのは、あの実は林檎であると定めたものが居るためであり、当然ながらそう決められていなければ極端な話、雑草と同じ存在に成り下がる。

 特に女性の様な存在にとって、名前とはもっと特別な意味を持つ。この状態の彼女を的確に表現する言葉は無いが、似た言葉はある。幽霊、妖精、精霊、もしくは人工精霊、精神体。それらに共通する事は基本的に不可視と言う事だ。見えなければ、それだけその存在は不安定なものになる。なんせ観測者は少ないか、居ないかなのだから。

 そこで名前だ。名前を付ければ、見えずともそういう名前を持つ存在が居ると、認識したり感じたりする事は可能になる。故に女性やそれと同じようなものにとって、名と言うのは自分と言う不可視の超常存在を、多数の人に認識できるようにし、場合によってこの姿にて顕現するための触媒であり、主と己を繋ぐ楔のようなものになる。


「......夜刹(やせつ)なんてのはどうでしょうか?」

『ヤセツ?』

「はい。夜叉の夜に羅刹の刹で、夜刹です」

『フム。一応、理由ヲ聞コウ』

「えっと......わたし、本を読むのが好きなんです。そして好きな作家さんの中に、泉鏡花先生と言う方がいらっしゃるんです。先生の数ある作品の中に夜叉ヶ池と言うものがあって、池の主である龍神様の名前が白雪(しらゆき)と言うんです。最初は夜叉ヶ池と白雪様の名前を合わせて、少し読みも変えて夜雪(やせつ)を考えたのですが、少し安直すぎかなと思って......」

『捻リヲ加エタ結果、夜刹ニナッタト』

「は、はい......お気に召しませんでしたでしょうか......?」


 陽葵の脳内に女性の笑い声が反響する。縫われて動かない口や目も、どこか笑っている気がする。


『随分ト大層ナ名ヲ授ケラレタモノダ。1ツノ池ノ主ノ名前ニ、鬼神ノ一族ノ名前トハナ』

「い、嫌なら大丈夫です。他の名前を考えますから......」

『イヤ、別ニ構ワンサ。夜刹、今後ハソウ名乗ルトシヨウ。アリガトウ、陽葵』

「い、いえ。喜んでもらえたなら良かったです」


 そう胸をなでおろす。

 女性改め夜刹は正面の湧泉に向けていた顔を少し動かし、陽葵の方を見る。


『コチラノ話バカリニ付キ合ワセテシマッタナ。陽葵、要件ヲ言ウト良イ』


 そんな事を聞かずとも、陽葵がここに来た理由を夜刹は知っている。そしてなぜ力を欲しているのかと言うのも。ずっとうちから見続けてきたのだ。陽葵が言った事も言っていない事も、全て夜刹も認知している。しかしそう言う事を聞くならば本人の口から聞きたい、そう彼女は考えている。


「一緒に戦ってほしいんです。使鬼と言うものとして、わたしと一緒に」

『良イダロウ』


 けれど夜刹にとって、今はその一言だけで十分だった。魔竜から派生した本来ならただの濁流だったものは、1人の陽葵の心のフィルターを通ったことで、少なくとも濁った水ではなくなった。そして、この少女のためなら力を振るってもいいと感じた。

 可能性を見たのかもしれない。本流である魔竜が中途半端だけに終えた、救いと言う行為。この少女ならば、それをもっと完璧なものとして成し遂げられるかもしれないと。

 お前は、私にとっての希望の星だ。


『コノ夜刹、主ガ陽葵ノ刃トナリ盾トナロウ。ヨロシク頼ム』

「! ありがとうございます! こちらこそよろしくお―――――」


 誰かに崖から突き落とされた様な、浮遊感にも似た、突き放される感覚。実際はそんな事は無くとも、意識はそのように認識する。視界の端から赤が侵食してくる。


『ココマデカ』


 そう、ここは侵してはいけない心域。普通ならば数十年と言う生において、立ち入ることのない人のうちのある禁足地なのだ。もし例外によって入っても、長居して良い場所ではない。

 意識に反して戻ろうとする無意識。それは決して抗えない力。生あるものの防衛反応とも言うべき、正しい反応なのだ。


『最後ニ忠告ダ。私ハ好キニ使ウト良イ。タダ、モウ1ツハ』


 その言葉は最期まで紡がれる前に、視界は赤に染まる。

 逆流していく。

 手で液体をかき分けて戻ろうとしても、それは抵抗にもならず、圧倒的とも言える流れの前には児戯に過ぎない。

 もっと話したい。

 そう陽葵は心の中で思っていた。弟の様に可愛がり、仲の良かった少年が居た。しかし今はもう、家族と呼べる人は誰も残っていない。児童養護施設の職員たちには感謝しており、施設長の事は尊敬している。だが、家族と呼べるかと言われた場合、疑問が残る。施設が全てであった陽葵とは違い、職員たちには本当の家族や家庭があり、それらと比べると自分に向けられる情は1歩及ばないのではなかろうか、そんな引け目な思いが陽葵にはずっとあった。

 弟以外の子供たちにも慕ってもらっていたが、陽葵は1人の少年以外の1番にはなれなかった。他の子供たちから見れば、何人も居る年上の優しいお姉さんの1人止まりであり、そのお姉さんも家族と言う意味での姉では無かった。

 血の繋がった家族なんて、生まれてこの方見たことも無い。だからこそ、陽葵は夜刹に対して特別な感情を向けていた。自分の事を誰よりも知っていて、そして自分の血を分けた事で血縁とも言える関係を持った相手。今までで1番、本当に意味での家族に近しいあの女性と、もっと話して、もっと一緒に居たかった。

 しかし、どれほど頑張ろうとも意識は浮上していく。


「戻ったか」


 勢いよく目を開ける。脳が金槌で打たれているかのように痛く、目の奥に湯が煮立っているのかと思う程熱い。心の臓は誰かの手に鷲掴みにされ、高速で収縮されているかのように強く速く脈打っていて、痛みすら感じる。呼吸は荒く、空気が回らない。


「よくある事だ。安静にしてれば、すぐに落ち着く」


 声を出そうとしても出せない。体の操作権が自分を離れているようだと錯覚するが、頷くことは出来た。

 フルマラソンでも完走したのかと言う、倦怠感だけが全身を支配している。自分の内に触れると言うのはこうも体力を消耗するものなのかと、彼女は思う。

 目を隣に向けると、全身から大粒の汗を垂らすレニの姿があった。瞼を開けているので、意識は既に戻っているようだが、一見しただけで分かる。その疲労は陽葵の何倍もある。水の入ったバケツでも頭から被ったのかと思う程の汗を流し、それは地面のマットにも滴り落ちて、色濃くにじんでいる。僅かに窺える目に生気は宿っておらず、死んでいると言われても納得してしまいそうだ。

 話していたころの溌剌(はつらつ)さはそこには無かった。


「お前たちは極端だな。片方は重症で、片や軽症だ。普通なら、その間くらいなんだがな。まぁ、無い訳じゃない」


 そう言いながら幾つものスポーツドリンクやスナックバーを、2人の目の前に置いていく。


「動けるようになったら食べろ。本当にフルマラソンしたくらいのエネルギーを消費してる。その後に式札を確認してみろ」


 その一言に陽葵の肩が揺れる。偶然だろうか。


「......」


 伊紀の眼は爛々と金色(こんじき)に輝きを発しながら、2人を見てきている。その眼と自分の眼が合うと、全身が粟立つ。まるで、剝き出しの自分の精神を内柄から撫でられているかのような、錯覚。堪らず陽葵は目を逸らす。


「......あ」


 声が出る。それと同時に、体の操作権を得たような奇妙な感覚になる。離れていた魂や意思が、ようやく肉体と結合したような、そんな感覚。それと同時に感じていたなかった喉の渇きや、空腹感が徐々に感じられるようになる。視界がこちらに戻って10分後の事だ。

 陽葵はドリンクとスナックバーを口にする。こういうのは症状に出始めたら遅いと聞くが、この際気にはしていられない。


「ふぅ......」


 1Lのペットボトルに入ったドリンクを飲み干し、2本のスナックバーを食べきった所で落ち着き始める。レニも完全に戻ってきたようで、隣でスナックバーを一心不乱に喰らっている。陽葵よりも少し遅かったと言うのに、既に6本を完食し、2Lと半分をお腹に収めている。

 そこでやっと式札を確認する余裕が出てくる。


「これは......?」


 一滴しか垂らしていなかったはずの血が、明らかにその垂れた量よりも多い面積に広がり、形を成していた。人型にも似た形、その周りには、人型の後ろから広がっているような円形の幾何学模様が形成されている。それを持ち上げると余白が灰になるように零れ落ち、形代となる。

 もう1枚は、もっと奇妙なものだ。半月状とでも言うべきか。そのような型が作られており、中には無数の線で走り、何かが描かれている。形容するならば胎児。目と思わしき場所は唯一円が使われており、それは目開くと言う言葉でしか言い表せない目で、陽葵を見ている。そう思ったのも束の間、その目は円から線になる。閉じられたのだ。まるで親の顔を確認するためだけに、そうしていたかのように。

 やがて2枚目も余分な所が崩れ落ちる。


「早速実戦と言いたいところだが、そんな体力は残ってないだろう。今日はもう終わりだ。次の予定は追って連絡する」


 伊紀は立ち上がり、会議室から出ていく。


「はああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ......」


 レニが長い溜息を吐き、全身を脱力させて背もたれに凭れ掛かり、顔を天井に向ける。

 少しして、横目で陽葵を見る。


「......パンケーキ喰いに行くぞ」

「え? あ、は、はい」


 レニは今までの脱力が嘘だったかのような勢いで立ち上がり、陽葵の手を引いて廊下へと出る。

 歩きだったものが速足になり、やがて走り始め、レニは手を引いたまま全力疾走を始める。それは逃避なのかもしれない。恐らく彼女が行きついた心域、そしてそこに住まう存在は陽葵があったような存在ではなく、怪物だったのだろう。そしてあの表情から見るに、夜刹の様に穏便に済んだとは考えにくい。

 何があったのか陽葵には興味があった。しかし、それを聞いてしまえば彼女を余計に傷つけてしまう事に繋がる。それは、誰が許さないのではなく、陽葵自身が許さない。だからこそ、それが少しでも和らぐと選択肢があると言うのならば、その選択を少女は躊躇なく選ぶ。

 掴まれる手首にはレニの爪が少し食い込み、引かれる肩も痛い。急に走り始めたためか、横腹にも鈍痛を感じる。しかし、けれども、きっと彼女は今の自分よりも辛い体験をしたのだろう。ならばこの程度、陽葵にとって容認できるものだった。

 レニの言っていたカフェには、管理局から3分ほどの場所にあった。途中でレニ自身も疲れたのだろう、歩いて向かった。

 カフェの席に案内されてから、陽葵はレニのおすすめだと言うメニューを頼むことにした。


「失礼いたします」


 そうしてテーブルに置かれる食べ物はスフレパンケーキと言われるもの。生地にメレンゲが混ぜられているため、その厚みは通常パンケーキと言われて思い浮かぶものの数倍はある。その上に粉砂糖が雪の様に振りかけられ、周りにはいちごが添えられている。ソースは厳選されたいちごで作られたジャム。

 レニはそれをナイフで切り分ける事はせず、フォークを突き刺して食べると言うよりは、貪る。


「やっぱ美味いな、ここのパンケーキは! 特にジャムが最高だ!」

「そうですね。とても美味しいです」

「陽葵もそう思うか? いつでも奢ってやるからよ、喰いたくなったら言えよ」

「そ、そんな申し訳ないです」

「遠慮すンなよ! 金には困ってねぇンだ!」


 会議室での生気の感じられなかった目からは一変して、その目は輝いている。

 これは夏の記憶の1ページ。夏の日差しの様に鮮明で、セミの鳴き声の様に気が付けば呆気なく終わってしまうもの。

 この世界に足を踏み入れたのであれば、碌な末路に行きつく事は無い。多少の差異はあれど、それは悲劇として幕を閉じる。

 これはそんな物語の合間の平凡な日常。彼彼女らが紡ぐ幕間の記録。

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