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百鬼譚  作者: 忠腹 丹子
序章:求むもの
4/16

4話:連綿は絶えず

 懐から取り出した蛙の面を着ける。

 それが戦いの合図となった。叫びがこだまする。直後、秋の視界は反転する。天であった場所には地が、地があった場所には天がではなく。


「なるほど......地面ごと(・・・・)私を攫ったか」


 地が天となったのだ。下位魔竜たちは秋自身には己の力が通じない事が伝わっていた様で、ならばと地面と天を反転させたのだ。当然それは秋が定めた境界内のさらに極々一部に限られるが、強力無比な攻撃には変わりない。しかし秋は慌てない。


「お前達への認識を改める必要があるな。個々では戊から丁だが、数次第では局地的ではあるが世界そのものに干渉する......この数だと乙級下位って所か」


 目を凝らし、1体に標的を定める。膝を曲げたかと思えば瞬きが終わるよりも前に、下位魔竜の中心に居た個体に肉迫し首を斬り落とす。さらに周りが反応するよりも早く、下位魔竜の間を一陣の風を吹き抜ける。それと同時に世界に干渉していた力が弱まり、天地が戻る。


「私の眼もお前達と同じ特別製だ。視えなくても良いものまで視えてしまう。お前達の視線の色はどす黒い赤色、その中で最も色が濃い視線を出してる奴らを斬った。これでお前達が、世界に影響を及ぼす事は不可能となった」


 魔竜たちはその言葉を理解してか知らずか、或いは突然首を斬られ、地に落ちていく仲間達の姿に驚いてか動きを止める。それは秋の前では、あまりにも致命的な隙である事を知らずに。再び風を吹く。魔竜たちの眼では追いきれないほど速く、烈風の如き激しさと鋭さを持った刃のもとに、魔竜の背を飛び移りながら撫で斬りにしていく。その一刀一刀は必殺の一撃。斬られ浄化された魔竜は魂を手放し、地面に落下する。

 それでも魔竜は絶叫する。


「残り20人」


 蛇の胴体で巻きつこうとするもの、咄嗟に噛みつこうとするもの、焦りからか意味のない魔眼の視線を向けるもの。だがそのどれをもってしても、風を止める事は叶わなかった。最初のもの尾から頭部にかけて切り裂かれ、次のものは口の中に刺突を受けそのまま上に刃を振るわれた事で頭部が割れ、見てきたものは頭を横一閃に切断されて浄化された。一方的な戦いだった。白刃に光が反射し、それが眼に映ったかと思えば視界を暗転するのだ。

 秋が自分の横を通り過ぎたと理解するのは、自らの首が切り落とされた後だ。苦悶の表情を浮かべ叫ぶ魔竜達が最期に見るのは、陽光の如く白く穢れのない、闇を照らす太陽の使者とも言える者の残光だ。


「あの世でゆっくり休め」


 最後の1体が首を無くして地に落ちる。

 空を覆い隠すほど居た下位魔竜たちの中に今や動くものは居ない。皆が皆苦悶の表情ではなく、何かから解放された安堵の表情で地に臥せている。


「......来たか」


 重たいものが落ちる音が背後からする。秋は髪をかき上げ、ゆっくりと振り返る。


「妙だと思っていたんだ。幾ら1000年クラスの怪異が作り出した眷属だとしても、簡単に土地に影響を及ぼすなんて考え難いとな。土地には神が宿る。普通ならその鎮守神が穢れを妨げ返すはずだ。あの程度の怪異でどうにか出来るほど鎮守神は脆弱な存在じゃない」


 それは秋の言挙げも同様だ。土地に対する言葉は本来ならそこの鎮守神が何かしらの反応を示すはずなのだが、何もなくすんなりと受け入れられたのだ。

 その答えが秋の後ろの正面に巨大なナニカとして倒れていた。元がなんであるか判別が出来ない状態であるが、秋はそれがこの地の鎮守神である事を理解し、神殺しをしたであろう存在を見やる。

 その竜は人間的な部位を数多く残していた。伸ばされた首と胴体と腕、人体を改造する事で長い尻尾、鱗ではなく人間の皮膚を有する竜のようなナニカだ。頭部はその図体に合うように大きくなっており、目と口は縫われている。人間を人間のまま無理矢理竜と言う形に鋳造したような、悍ましい存在がそこには居た。


「......お前も元人間か。伝わってくるぞ、お前の1000年と言う年月で研ぎ澄まされた憎悪怨根憤怒の念。なぜそこまで憎しみ恨む? お前の怒りは1000年の年月をもってしても、鎮まることの無いものなのか? お前は何にその感情を向けている?」

「......」

「教えてくれよ、お前の因縁を」


 何も答えず動かない。しかし魔竜の近くから景色が変わり始める。それは在りし日の情景、千古の光景。

 秋の頬を大粒の汗が滴り地面に垂れる。周囲の風景は一変し、草木は枯れ果て、地面には無数の割れ目が走っている。これは1000年以上も昔にこの地を襲った大旱魃による飢饉を、魔竜が己の力を使って当時の記憶をこの土地に上塗りしたのだ。


「......付いて来いと言うことか」

「......」


 いつの間にか少し離れた正面には1人の少女が立っていた。汚れと傷の酷い小袖を来た農民の少女はジッと秋を見ていたかと思うと、方向を変え歩き始める。秋は黙って付いていく。

 道端に倒れていた人のもとに何人もの村人を集まり、何か話し合いをしている。暫くすると各々が持ち寄った刃物を取り出し、死体の四肢を切り取って持ち帰って行く。そこからさらに離れた場所ではお墓と思しき場所を掘り起こし、ミイラ或いは腐敗しかけている骸を盗み出している人間も居る。


「時代か」


 その光景を見ても秋は驚愕もしなければ嫌悪もしない。時代、この口を覆いたる状況は秋にとっては、その一言で納得できることだった。時代さえ遡ればどこのどんな場所でさえ行われてきた行為だ。戦争、飢饉、食糧不足と言った緊急事態下において生存目的のための食人と言うのはさして珍しい事では無いのだ。特に今見ている大飢饉の際の食人行為の記録は日本各地で残っている。その事を知っている秋にとって、この惨状とも言える状況は「時代」の一言で片付く問題であった。と言え知識として知っていると、実際に見るのは違うものであるのだが。

 やがて少女は一際大きな竪穴式住居の前で止まる。少女に視線で中を見るように促された秋は黙って従う。


「......なるほど。道理で子供を見なかった訳だ」


 中では食べ物の売買が行われていた。食糧の対価に支払われていたのは老人と幼い子供だ。1人差し出すと捌かれた1家族分の肉を手渡される。それが人肉である事は明白だ。自分で人間を屠殺するほど非情にはなれないが、処理されて肉となったものを食べるのには抵抗が薄いのだろう。肉を渡された住民は嬉々としてそれを我が家に持ち帰って行く。差し出された老人と子供たちは一定数以上になると、どこは別の場所に連れていかれる。

 子供たちの心は主に2種類に分かれている。家族のためならばと自ら立候補し覚悟を決めている子供と、何が何だか分からず不安に駆れている子供だ。そんな集団の中に1人、異質な存在が居る事に秋は気付いた。


「あれは......お前か」


 それは目の前に居る、ここまで案内してくれた少女と全く同じ子だ。その少女の目には自己犠牲の覚悟や、不安の色は宿っていなかった。彼女はこの中で唯一、深く冷たく静かにけれど激しい憎悪の火を燃やしていた。

 少女が居た集団もそう時間はかからずに移動となった。場所は山の麓。そこで神職と思しき人物複数名が、子供たちに簡単な禊を行い、祝詞と言うよりももっと切実な祈りと懺悔の言葉を挙げる。

 儀式を滞りなく進み、最後の締めくくりとなる。子供たちを囲っていた男衆が剣を抜き、その白刃を赤に染め上げる。なるべく恐怖と痛みを感じぬように、情け容赦なく刀を振るう姿は死神だ。死神の群れが子供の命を刈り取って行く。覚悟を決めていた居ないにかかわらず、阿鼻叫喚の様相を呈する寸前で残るは1人のあの少女とだけになった。


「......」


 少女に恐怖は無かった。あったのは子供が抱くには余りにも深く重く激しい憎悪であり、その念は剣が振り落とされたと同時に最高潮へ至った。剣は容易く少女の首を斬り落とす。しかし呪詛を孕んだ視線だけは死してなお輝きを失わず、自分の首を落としたものを、その周りに居る男衆を、神職を、長老を、村を、この土地に決して枯れることの無い憎悪の根を流れた血液と落ちた首を種に下ろしたのだ。

 景色は戻る。人々は消え、魔竜が浮遊しながら静かに秋を見下ろしている。


「かつての村民たちの願いは届いたわけだ。彼らは子供を殺し喰らう自分達の罪を山の神に告げ、不運な子供たちがあの世では幸せに過ごせる様に山の神に願い、新たな神として祀り上げる事で後世に残そうとした。空寺と言う村の名前も元は喰児から来てるんだろう」

「......」

「お前、山の神を喰らったな?」


 相変わらず魔竜は何も答えず、ただじっと秋を縫われた目で見据えている。しかしこの沈黙には肯定の空気が感じ取られた。


「それなら納得がいく。元々の鎮守神を糧にしたのであれば、お前がこの土地に影響を与えるのは容易いだろう。そしてお前は目を縫い口を噤み山の神を変わったことが気付かれぬように、災いのもとを封じて今までの山の神通り振る舞って1000年と言う年月を過ごしてきた」

「......」

「目を潰してお前は心の瞳で何を見て、何を感じ、何を悟った? 言わなくても何となく分かる。お前は自分のうちにしか目をやらなかった。自分の憎悪の炎だけを見て、より一層憤怒を強め、復讐をより強固なものとしたのだろう。笑わせる。自ら瞳を封じのであれば、普通は心眼にでも目覚めると言うのにな。人の感覚器官は外部情報を取り込むものだ。目はその中で最も情報を取り込み、目が見えないのであればそれを補いために他の箇所は発達する。お前が選んだのは進歩でも無ければ退化でもない。停滞と言う最低最悪の選択をしたんだよ。お前の肉体は神に至ったかもしれないが、その精神は1000年前の今際の少女のままだ」

『ナゼダ』


 脳を直接刺激するかすれた声は続ける。


『オ前ノ因縁ヲ見タ。ダカラ子供ラト同ジヨウニ、私ノ因縁ヲ見セタ。ナノニ何故、オ前ハソチラ側ニ立ツ?』

「やっと喋ったかと思えばそんな事か。簡単な事だ。私はお前とは違い、己の因縁に盲目になることなく、この双眼で人の世を見て来たんだ。その結論は今の私の立っている場所が物語っているだろう?」

「......」

「それに子供たちか。アレがお前にとっての救い方だったのか? あの苦悶の顔を見なかったのか? あの悲鳴を聞かなかったのか? それにそこに転がってる神、お前と共に殺された子供が成った存在だろう? 子供にはお前なりの救いを施したのに、あの神にはしなかったのか?」


 魔竜が全身を大きく震わせる。そして今まで鳴りを潜めていた、吐き気を催す殺気と憤怒が全身から溢れる。秋の全身を軽度の火傷をした時の様な痛みが襲う。


「お前の過去には同情する。憐憫の情を向けよう。だがお前が行ってきた所業の数々は目に余る。神話の時代に制定されし国津罪(くにつつみ)、それを犯したお前には本来ならば浄化すら生温い」


 秋は初めて構えを取る。右足を大きく後ろに引き体を右斜めに向け、右脇に取り切先を後ろに下げる。剣道において脇構えと称される型だ。

 蛙の面に罅が入り、破片が粉雪のように落ちていく。顎から始まった罅は両の目の穴に至り、右目を隠していた部位が大きく欠損する。

 魔竜の正面からルービックキューブを滅茶苦茶に回すように、地面が旋回し秋に迫る。しかしそれは秋の眼前で透明な壁に衝突したように止まり、左右に分かたれる。直後、秋の右目から血涙が垂れる。

 魔竜は間髪入れずに縫われていた口を強引に開口して驀進する。


「私は......お前の天敵だ」


 秋と魔竜、血に濡れ尚清浄さを失わぬ白刃と1000年の憎悪に染まった歯牙が交差する。

 左肩から右下腹部かけて袈裟斬りされたかの鋭い傷が走り、そこから夥しい量の血液が溢れる。その背後で魔竜は静かに地に落ちる。


「我レ......悪竜ト成テ......此ノ地ノ命ヲ断テ......」


 魔竜の頭が土煙をあげながら落ちる。だが首から上がなくなろうとも、口が動いて呪言が発する。


「此ノ所ニ住テ......王ヲ生ム......」


 頭部の無くなった体が躍動し、猛然と秋へ肉薄する。目に見えて分かるほどに筋肉は肥大化し、人間の皮膚が強靭な鱗へと変容していく。爪が人間の柔らかい体を豆腐のように切り裂くまでに成長する。


「浄化すら拒絶する憎悪か」


 刀を振るうとまず手首が落ち、次に前腕が肩が断たれる。


「1000年と言う月日をうちに見るだけに注ぐのではなく、外を見ていればお前の精神は神の域に到達しただろう。そうすれば負の感情なぞに振り回されない、超越者になれた」


 縦に一刀両断され、今度こそ胴体は動かなくなった。頭部は切断面から溢れ土に染み込んでいく血を使い、この土地とより強い結びつきを得ようとしている。もしそれば成ってしまえば、この周辺一帯が怪異となり果て浄化は困難を極める。

 土地の浄化は複数の退魔士が何年何十年と時間をかけて行うもので、そうなった場所は大抵の場合本来の主である怪異が生み出し、集めた魑魅魍魎が跋扈する異界を形成してしまう。そう言った土地を祓魔師は禁呪地(きんじゅち)と呼び、その中に存在する等級が1番上の怪異の1個上の等級がつけられる。


「......」


 秋は魔竜の額に自作の木の枝が描かれた霊符を貼り付ける。その直後、眠るように瞼を下ろして微動だにしなくなる。

 浄睡符(じょうすいふ)と名付けられたこの霊符は、弱い或いは弱った怪異を眠るように浄化するものだ。描かれている枝は、かつて眠りの神ヒュプノスの角から零れ落ちたと言われる特殊な液体で描かれている。その効力は絶大で、どんな負の感情から生じた怪異でもこの符で浄化されるときは快楽に満ち溢れ、この一瞬の時だけは安らぎで心が満たされる。次に現れた時はその記憶は忘れ去られてしまうが、長年救われる事の無かった怪異のために、偽善や自己満と言われようともこの霊符を使ってきた。

 施しなんてのは独り善がりで十分だ。

 定めた境界を足で消し、刀に付いた血潮を振るい落としてから納刀する。


「急いできたんだけどねぇ......もう終わっちゃったか。どうだった? 魔竜との戦い」

「普通の祓魔師なら太刀打ちできないだろうな。私が知ってる中で対抗でき、尚且つ浄化できるのは......私と楽々、お前を含めて国内だと7人か」

「それほどの怪異だったか......僕も秋について空寺に来るべきだったよ。嗚呼......惜しいことをした......」


 楽々は両手で顔を抑え、大きく後ろにのけぞる。想像を超える怪異と戦えたかもしれないという歓喜と、その絶好の機会を逃したという嘆息が混じった声。手からはみ出した口は、鋭利な刃物で切ったように薄く鋭い狂気の笑みを浮かべている。

 相は雑草の除去に生き甲斐を感じている者も居るだろう、そう言った輩は祓魔師も同じだと述べていた。楽々は怪異との戦いに悦楽を求め、それから生じる快楽の中毒者なのだろう。彼女はあったかもしれない戦いに思いを馳せ、狂気混じりの恍惚の表情を浮かべている。


「......お前が欲してる戦いは、思ったより速く訪れるかもしれんぞ」

「......それは本当かい?」


 瞳に宿る光がより獰猛なものとなる。手の隙間からは潜み隠れ、獲物の喉元を嚙み千切らんとする肉食獣の様に僅かに開いた口が垣間見える。しかしその声色は興奮しているとも、冷静ともとれる奇怪なものだ。


「殆ど勘だがな」

「それでも構わないさ。何もなく勘が働いた訳じゃないだろう?」

「魔竜の出現で幾つか引っかかる事があってな。後で調べれば分かるだろうが、魔竜が子供を攫い始めたのは数年前からだろう。そしてその神隠しが露呈しないように、慎重に動いていた。祓魔師の網に、今回の事件までかからなかった事からも、それは分かるだろう。だからだ。何故急に今までの臆病にも思えるほどの用心深い行動から、すぐに監視網に引っかかるようなこ事をしたんだ?」

「うーん......バレても問題ない......って思った訳じゃなさそうだよねぇ。今までのようにゆっくり眷属を増やしていけば、何か事故でも起きない限り少なくとも1年以上はやり過ごせてはず。少しでも勝率を高めたければ、知恵ある怪異はそうするだろうね。単純に我慢の限界だったとか? 1000年も溜め続けてきたんだ。そうなってもおかしくはないんじゃないかな?」

「いや、それは考えにくい」


 秋はゆっくりと魔竜の亡骸に近づいていく。思い出すのは1000年以上前この地を襲った大旱魃による発生した飢饉、その一部始終。今回の怪異が人であった時の記憶をもとに作成された、在りし日の情景。それを見た時、秋は当時の少女の気持ちも断片的ではあるが流れてきたのだ。


「この怪異の精神は確かに1000年前の少女のままだった。しかしあの少女は、自身の憎悪を律するだけの強かさも持ち合わせていた。それは怪異へ成り果てた時も同じだった」

「随分もったいぶった言い方をするね。要するに君は、今回の魔竜騒動には、起爆剤を仕掛け、糸を引いてる存在が居ると言いたいんだろう?」

「そうだ。水面下に慎重に動いていた魔竜を水上に釣り上げた存在が居る」


 魔竜は恐らく日本全土に大旱魃と飢饉を発生させ、子供は魔竜にそれ以外の人間は餓鬼にすることで復讐し、遺恨を晴らすために行動していたはずだ。自分の因縁に従い行動する、それが怪異の在り方なのだから。しかし秋は最も引っかかっている場所は、魔竜の最後の言葉にあった。


「魔竜の目標は最期別の物に変容していた」

「別のもの?」

「王を生む。魔竜は最期の瞬間、そう言っていた。途中までは間違いなく......いや、もしかしたら拮抗していたのかもしれない。自分の因縁である復讐と、第三者の介入によって植え付けられた王を生むと言う意思。そして最後の最後、浄化される寸前介入された意思が勝り、あのような事を言ったのかもしれない。最初にも言った通りこれは勘だ。推測ですらない」

「だけれど見たんだろう? その眼で。なら信じるに値するというものだよ。まぁ、それに関しては事後調査で判明することもあるだろうしね」


 周りでは駆け付けた管理局の局員たちが、怪異の回収を始めとした事後処理を行っていく。集落1つが消えたのだ。怪異となり浄化された住人を元に戻す事は不可能であり、関係を持っている外部の一般人にも相応の処理が施される。

 児童連続失踪事件は一応の解決を見た。この一連の騒動は表向きでは未解決事件や怪奇事件、神隠しと称され暫くお茶の間を騒がし、定期的にオカルト系の番組で取りざたされることだろう。集落の住人と繋がりのある者には管理局が相応の処理を実施し、失踪した子供たちの家族は永遠に帰る事の無い我が子を待つことになる。その悲嘆が新たな怪異を生み出す源となる。それは今まで祓魔師が続けてきた怪異との歴史の一端であり、これからも続く悲劇の連鎖だ。


「......」


 秋は懐から取り出した陽葵と弟のツーショット写真を取り出し、下位魔竜の顔と比較していく。瘦せこけてはいるが、よく見れば人間だった頃の名残が全員に見られるからだ。10人20人30人と見比べていく。時間にして10分と少しで照合は終える。


「......居ない?」


 だが下位魔竜の中に、陽葵の弟の名残りを残している者はいなかった。もう1度見ても結果は同じだ。この中に弟は居らず、今まで封印浄化した魔竜の中にも存在しない。

 この集落の進行対象である山を見る。

 山岳信仰には幾つかの形態がある。空寺の信仰形態は山頂より流れ、麓の住民たちに生活用水を恵む水源を天へと昇る竜に見立てた竜神信仰。そしてその竜が山に集った死者の霊を護り天界へと導き、祖霊が後に神霊となって住民たちを庇護してくれるという独自の形態を持っている。

 鎮守神である竜神はすでにいない。しかしまだ死霊と神霊を見るには至っていない。

 秋は山にはまだ何かある、そう判断し歩き始める。

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