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百鬼譚  作者: 忠腹 丹子
1章:殉ずるもの
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8話:確乎

 雨が降っている。水と、血と、泥と、砂利、そして肉片が混じった重く鈍く、酷く鼻を衝く鈍色の雨が。


「何人殺られた?」


 肌の白さを幾分が汚し、幾つかの傷を負った輔星が状況整理をしている管理局から派遣されてきた、黒スーツの女性局員に聞く。


「死者13名、重傷者18名、軽傷者多数、行方不明者5名となっています輔星様」


 行方不明と言っているが、死体が見つからない程に灰燼に化した者だ。

 池袋の戦いだけではなく、この征伐には日本に存在するほぼ全ての退魔組織から精鋭が送られてきた。その実力は組織によって呼称に差異はあれど、本山風に表すならば丙級以上の者たちで全員構成されている。

 祝宴の池袋支部の戦いに参戦にした人数は50人。重傷者の中には今後一切退魔を行えぬ者も居るだろう。50人中31人の腕利きの退魔師の損失は、無視できるものでは無い。


「他の所はどうなっている」

「はい。25箇所中未だ交戦中が4箇所、勝利14、撤退3、連絡が途絶え、現在後続部隊を派遣して調査に向かってる場所が4箇所です。撤退に関しては支部長を始めとする構成員の殺害には成功したものの、報復装置による被害甚大での退却となっています。そちらには後詰の隊を送り対処する手筈となっています」

「......そうか。情報提供感謝する。仕事に戻ってくれ」


 傍らの瓦礫に腰を掛け、残骸の山となった池袋の一角と、全身が石化し砕けた法螺蛟竜とその近く、不快な汚泥の雨の中で葡萄酒を呷る楽々に目をやる。

 楽々は呑み込まれた後、漆黒が支配する法螺蛟竜の体内から肉と皮を切り裂き、外へ脱してきてそのまま輔星たちと共に戦いへ加わり、勝利に大きく貢献した。

 そして今、蜈蚣と法螺蛟竜の戦いを思い出し、それによって自分に齎された悦を噛みしめ、薄ら笑みを浮かべながら時として神の血液と称されるはずの代物を、まるで黒々とした悪魔の血の様に幻視させながら赤ワインを口内で弄び、呑む。

 輔星の視線に気が付いた楽々は、グラスをくるくると回しながらやって来る。


「そんな陰惨な顔をしてどうしたんだい? 勝ったんだ、祝杯を挙げようじゃないか」


 もう片手に持ったワイン専用の鞄から、今呑んでいる葡萄酒とグラスを取り出す。


「1982年のボルドー産の赤ワインだよ。一時期は特級の格がつけられていた、希少品さ」

「そうか......遠慮しておく。生憎酒は好まない。それに、今はそういう気分でも無いのでな」

「何をそんなに落ち込んでるのさ」

「損失が大きすぎる。日本の最前線で戦っていた、実力者の大勢をこの戦いで失ってしまった。霊感の持ち主すら少ないと言うのに、霊能力と言える異能を持ち、一線級の実力を有するには只ならぬ才能と努力がいる。確かに厭魅師の国内最大勢力に甚大な被害を与える事には成功したが、それはこちらも同じだ。お前の様に酒を飲む気分にはなれない」


 その言葉に楽々は目を細め、口を三日月の様な笑みを浮かべながらグラスを傾ける。


「良いじゃないか」

「なんだと?」

「減れば減るほど、強い異常存在の依頼がボクのもとへやって来る。退魔師が減るのなんて、ボクにとって見れば利しかない」

「退魔師の減少は国の存亡に関わるんだぞ? お前は例え日本が無くなってもいいのか?」

「構わないよ。国の存続だとか、人間の繫栄だとか、ボクは興味がないんだよ。戦って戦って戦って、好敵手に出会い、生死をかけた戦いが出来るならボクは何だって良い。それには今の、本山に所属して祓魔師って肩書が丁度いいだけに過ぎない」

「......お前のその考えは危険だぞ......」

「自覚してるよ。でもね、君みたいな国が~って言う高尚な退魔師の方が少ないと思うけどね。まっそもそも君は政府側の存在だ。退魔師と言うよりも、軍人とか兵器って表現の方が正しいだろうしね。それなら、その気高い心意気も分かると言うものさ。傭兵と正規の軍人じゃ、心構えに差があっても仕方ないだろう? それに......」

「......それに?」

「去って行ったものに思いを馳せても時間の無駄だよ。ボクらは過去があるから生きているだけで、過去には生きていない。過去と言うのは遠ざかっていくもの、近づいてくる今や未来を考えた方が、ボクは楽しいけどね」

「お前の考えにも一理あるだろう。だが、それでも私は死んでいった者たちに思いを馳せる。人は2度死ぬ。1度目は肉体的に、2度目は忘れられた時だ。異常存在に立ち向かい果てていった勇者たちが、歴史に語られず、膨大な時の中にただただ埋もれていくのを私は良しとしない。せめて私だけでも、勇者たちの記憶を胸に刻んでおきたい。それが、過去に生きた者たちへの敬意であり、私なりの弔いだ」

「堅いねぇ。時代の最先端の武装をしてるのに、考えはまるで昔の武士みたいだ」

「余計なお世話だ」


 輔星が所属している所は研究所と退魔師の間では呼ばれている場所で、名前の通り科学と神秘を融合させ、異常存在に有効な兵器の制作研究を行っている施設。彼女はそこでの実働隊員の1人で、製造された新兵器などの試験運用なども行っており、今回の戦いでは試作型携帯用超電磁砲の他にも、同じく試作の振動剣や人工知能を搭載し、最適な攻撃を始めとする様々な補助を行う半自立大型二輪車などを武装として持ってきている。


「まっ君にそう言う考えがあるなら、これ以上は何も言わないよ。どんな思想もその人の自由だからね。ボクにとやかく言う権利は無いさ。それじゃ、ボクは帰るよ。お互い生きてたら、また会おうじゃないか」

「......そうだな。生きてたらまた会おう」


 軽く言うと楽々と、間を置いて静かに重い声で別れの言葉を発する輔星。常に死に触れ続けてきた2人には、それぞれの死生観があり、その違いが互いの声色に出ていた。

 去って行く楽々の背を暫く見つめていた輔星も、自らの残っている職務を全うするために動き始める。



 沖星島は雲一つのない空模様で、遮られる事のない日輪の陽が降り注いでいる。


「......」


 島内を疾走する影が1つ。秋だ。日那子と言う加減を必要とする人物が居なくなった事によって、その足は羽毛の様に軽やかで、風ですら彼女を捉えることは叶わず、警戒心の強い野生動物ですら、自分の目の前を通った事には気が付かない。

 木々の合間を駆け抜け、瞬きを6回もしないうちに森を脱し、集落へと辿り着く。


「......」


 既に式は打ってある。秋の視界にはどこかに導くように光の先が道にそって照らしだされており、それに従い只走る。

 式を打つ。時には式を放てや呪術とも言われることがあるが、要するに求め方、使い方の事である。1+1は2である。少なくとも現代日本にこの数式の答えを導き出せないのは少数派であるはずだ。証明がどうと言う難しい話は置いといて、1+1は2になるのを知っているのは、その式の求め方を知っているからであり、知らぬ者からすれば何故そうなるのか疑問に思われる。

 道具もそうだ。鋏、筆、包丁などなど、道具には適切な使い方がある。現代人に黒電話の使い方が分からない者も居る様に、そういった使用方法が分からない人からすれば、紙を容易に切り裂く鋏は魔法に映る。

 式神。これはそう言った方程式を用いて作られた神であると言う解釈もある。途中の式にどういった用途で使い、誰に従うのかと意味が込められ、それらを合計して作られた存在。

 秋が使ったのは眼を使った式だ。目と言う呪術媒体、見ると言う式、後をつけると言う結果。式の途中に他のものを含めたりもしたが、最も簡潔に言うべきなら秋が行った事はこの3つである。巫女には式を打った事が見つかる可能性もあったため、あの場で1番高齢であった人物に放ち、その縁を可視化する事で家を特定し、忍び込むことが目的だ。


「......」


 目的地へ向かっている途中、嗅ぎ慣れた臭いに足を止める。鼻腔にへばりつき、肺が重くなり、口には鉄の味が広がる。

 血だ。それもまだ比較的新しい血の臭い。様子を見る必要があると判断し、少し遠回りになってしまうが、秋は臭いの元へと進み始める。


「――――」


 人の話し声が聞こえる。常人どころか並程度の能力者では秋の隠形法を看破する事は不可能だが、そのような存在が居ないとも言い切れない。念のためにと物陰へと身を潜め、血の臭いが漂ってくる民家の方から聞こえる声に耳を立てる。


「尊様んご命令や。血はなるべく回収せんか。それから回収する時は血が劣化せんごつこれを混ぜろちゃ」


 宮崎訛りのある褐色肌の壮健な男性。年齢は40代手前と言った所だろう。秋は影から僅かに顔を出し、家の周辺の様子を見つつ、話を聞き漏らさないようにもする。


「誰がこんげこつをやったんやか」

「尊様は侵入者がおるって言いよったぞ」

「おじいなぁ」

「でも死んだら海神様ん所へ行って、また帰って来れっちゃね。不安に思う事は無え」

「それに神様も喜ぶちゃ」

「確かにな。今回は沢山やかぃな」


 何かの作業をしている島民たちはそんな会話を繰り広げている。

 その話の中には幾つか気になる単語があったが、秋はカタークスが動き出したことを察する。島民の言い方から察するに、今までは息を潜めながら活動していたのだろう。少なくとも、こうも大勢に知られる様な派手な事はしていなかったはずだ。

 何か狙いがあるのだろう。


「......」


 もう少し盗み聞きをしようかとも考えたが、カタークスがもっと大きな動きを起こす前に、ここで得られる断片的な情報よりも、長年ここに住み、島の歴史や事情に精通しているであろう人物の家に侵入した方が良いと判断し、この場から去ろうとする。

 視界の端に映った人影に気が付く、そちらを見る。


「ん~......聞こえないよ~、もっと近づけないの~?」

「無茶言うな。これが限界だ。それに俺には聞こえてる」


 沖星島を訪れている4人の大学生のうちの2人、一花と可怜だ。秋とは違う場所、森の茂みの中に潜り込み、そこで小声で会話しながら民家の様子を伺っている。


「しかし参ったな。こいつは血の臭いだ。何だ? 殺人でも起こったのか?」


 世界を旅する中で可怜はそれなりの修羅場を経験してきた。時には既に亡くなっている人の死体や、自分の近くで人が死んだり殺されたりする場面すら目撃してきた。そのためこのような緊急事態には態勢があるのだが、まさか平和とされる日本で濃厚な、吐き気を催す鉄の臭いを嗅ぐとは想定しておらず、嫌な汗が頬を滴る。


「え~? でも~、その割には慌ててないよ~?」

「そうだ。それが妙でよ、確信が持てないんだが......1つ仮説があるが、ここでする話でもない。2人に合流するぞ」

「は~い」

「......」


 あの4人は何かのきっかけでこの島に関する違和感や疑問を抱き、その解明にために動いているのだと秋は察した。

 愚かだ。蜈蚣と同じ事を秋は思った。しかし、それこそが人の性と言うべきなのであろう。人の好奇心や探求心は時として、その身に余るほどに溢れ、当人を溺死させてしまう。9つの命を持つ猫ですら、ただ1度の好奇心で死んでしまうとされるのだから、1つの命しか持たない人間にとって好奇心とは劇物だ。

 秋はこの島が平穏なままに終わるとは思っていない。だからこそ、無知のまま訳も分からずに朽ちるより、真実を知り果てた方が幸せなのかもしれない。そう考え、自分もすぐに再び行動する。

 秋に4人を護る気は微塵もない。仮にあるとすれば自分が彼女たちに助けられ恩義を感じた時か、自分の行動が偶然繋がり、間接的に護る事になった場合ぐらいだ。そもそも秋の警護対象は日那子だけであり、あの4人は対象ではなく、本来守護すべき日那子への危険因子にもなりかねないのだから。

 日那子を護ると言う使命を全うするためならば、秋は4人の命を見捨てる。


「......」


 数分もせずに目的の家へと辿り着く。表札には津星(つぼし)と彫られている。平屋建てで節々に歴史を感じ、集落の中では3本の指に入る大きさはある。玄関からは入らず、縁側の硝子戸が空いている事を確認し、そこから屋内へと上がり込む。

 耳を澄ましても物音は聞こえず、人の気配は感じない。秋は警戒は解かないものの、今は家には誰も居ないと考え物色を始める。とはいつ帰って来るか分からない今、悠長に全ての部屋を隈なく探す暇はない。目的は寝室と書斎、もしくはそれらに準ずる部屋だ。


「......」


 広いとは言っても、無限に部屋があるわけではない。精々10部屋と少し、探索する時間は無くとも自分が探す部屋か確認する時間はある。

 まず最初に見つけたのは寝室だ。非常に綺麗に畳まれた敷布団、小ぶりな座卓、和箪笥、押し入れなどがあり、一見しただけで非常に整理整頓されている事が分かる。


「......」


 その中で一つ、目を引くものがあった。畳まれた布団をそのまま敷いて使うなら、枕元にそれらは来る。茶褐絨で作られた桜花模様入りの軍帽と、その軍帽と同じ外装の日本刀である。肩章も一緒に置かれており、赤い縦線が2本入り、2つの星が並んでいる事から中尉だと分かる。

 元軍人か、或いは軍人だった身内が居るか居たのであろう。

 秋は次に座卓の上に置かれている帳面を開く。どうやら日記の様で、書き始めは今年の1月28日となっている。


2028年1月28日

 以前の日記帳を全て使い切ったため、新しいものを出した。前のものは今まで通り、書斎の本棚に入れて保管した。

 今日は―――――――――。


 次に秋は一番新しい日記から、重要そうな箇所を斜め読みで遡っていく。


2028年8月7日

 明日は4人のころうど様がやって来る。歓待の準備を万全に行い、来たる日に環多津香香神様の御座す宮に行ってもらう。


2028年7月31日

 来月の8日に、島民全員に尊様よりころうど様の来訪が告げられた。実に7か月ぶりのお越しであり、久しぶりに環多津香香神様に近しい尊き存在をお捧げすることが出来る。その7か月前以前は、もう5年6年前、かつて島から逃げた卑しい男を罰として環多津香香神様のもとへ送った。きっと環多津香香神様もお喜びになるであろう。


2028年3月3日

 本日の晩より、明日の明朝まで尊様は鉄漿撫之舞(かねぶのまい)を行う。例年通り神宮門前浜にて執り行う事が決定している。


 同じページには数枚の写真が挟まっている。どうやら尊がその鉄漿撫之舞を舞っている最中に、島民の誰かが撮った写真のようだ。


「......」


 不気味な程に大きく丸く、月下で踊る尊を見つめる満月の下、尊は上質な布で作られた薄い衣を申し分程度に羽織、片手には羽扇を持っている。写真によって変わるが水に浸かっているのは腰から踝の辺りで、海水を吸った衣は尊の白肌に張り付き、女性的な丸みや凹凸のある肉体、けれど程よく引き締まった身体をより強調させている。

 指先や髪先から垂れる水滴、濡れた五体が月明りに照らされ、真珠の様に輝いている。舞の始まりから終わりまでの一部始終が収められた写真、その表情に苦痛の色は一切ない。微笑みを浮かべる口からは僅かに、黒く染めた歯が垣間見え、目頭を蕩けさせ、捧げているこの舞に快楽を覚えているかのように顔を桜色にしている。

 天へ向け体を仰け反らせている1枚は、上半身は月と重なり、肉体と半ば同化している衣は役目を果たさず、胸部の隆起した肉の先の輪郭までもが鮮明に分かる。

 妖艶にさえ思える月下にて恍惚で舞う1人の女性。まるで神々居る世界から迷い込んでしまった女神の類が、故郷である神の世界を想い憂い、そちらに残してきた思い人に心を馳せながら舞っているかのようだ。


 秋と写真の尊の眼が合う。天上を見上げていた眼孔が突然動き、こちら側を見つめ、笑みを深くする。


『家に不法侵入とは、余り感心できな―――――――』


 写真を居合いにて十文字に斬る。それでも、写真の尊は話し続ける。


『素晴らしい剣技ですね。見えませんでした』

「......」

『お喋りは御嫌いでしょうか?』


 秋の聴覚が家のどこかの水場、否、恐らく全ての場所から何かの液体が流れ始める音を拾う。


『アレをしたのはあなたですかね? いや、そんな感じではございませんね』

「......」

『まぁ何でもいいのですが......供物は多い事に越したことはありませんからねぇ』

「......」

『ああ、もうお時間の様です。それではまた―――――』


 全ての写真が急激に風化を始め、すぐに自壊を始める。もうそれに何が写っていたのかすらも分からない。


「ぬかったな......」


 鼻を衝く腐敗臭、家中に響き渡る足音、震動によって(へり)から埃が零れ、柱が軋む。


「......」


 こうなってしまったら、すべき事は発見を遅らせる事だ。


「家人含めて」


 襖を、壁を破壊してソレはやって来た。人の外見をしているが、その眼は光を反射せず、口の端から体液を垂らす青鬼が数10、それを膨らませたような赤鬼が数体、そしてその群れの後方で控える1体の黒鬼。

 どこからやって来たのか部屋中を無数の蝿が飛び回り、秋の集中をかき乱す様にその羽を鳴らす。


「殲滅だ」



 沖星神社の拝殿の中。下着姿の尊が、自分の周りに写真だったものの残骸を置いたまま、「ふふ」と笑う。


「随分と凄まじい御方ですね。送った鬼たちの半分以上......もう全滅ですか。蜈蚣さん、私が送った戦力では少なすぎでしたでしょうか?」

「......」

「......蜈蚣さん?」


 蜈蚣もまたすぐに500を超える蠅を送り込み、視界を共有して敵の姿を確認しようと画策していた。しかし蟲の群れは現場に到達して、1秒も持たずに全滅した。その僅かな瞬間、蜈蚣は敵対者の顔を確認するのに成功した。故に驚愕し、尊へすぐに返事ができない。


「......少なくはない。相手が悪かっただけだ。あいつの実力なら、そこの白鬼以外の鬼を何百と送っても瞬殺するだろうな」

「それはそれは......随分と上等な御方がお越しになられたようで、嬉しい限りです。御父様もさぞ喜びになられることでしょう」

「だが妙だ。あいつは冷酷だが残酷ではない。お前の言っていたような一家惨殺をしないとは言わないが、殺るにしてももっと綺麗に殺るだろう。それに秋の奴は簡易的な式を使うことはあっても、同時に無数の式神やら従僕を使う事は無い」

「予期せぬ来訪者はまだ他にいらっしゃるのでしょう......」


 尊の顔から笑みが消える。元々黒かった瞳はより黒く、暗く、奈落の底の闇が雫となって彼女の眼に落ちて来たかのように、その眼光を染める。


「ええ、ええ、ええ。感じましたとも。倶に天を戴かない奴の卑しく、吐き気を催す悪臭が......」


 柱に亀裂が入り、その死を覚悟してしまいそうなほどに怨みの籠った声は彼女を中心に、島中に浸透していく。勘の鋭い動物の幾らかは咄嗟に恐怖から逃げる様に駆け出し、その中で特に臆病な個体は意識を刈り取られる。

 声の力とは末恐ろしいものである。古来より声や言葉には霊力や魔力、呪力などと言った超自然的な力が宿ると信じられてきた。その例を挙げればきりは無く言挙げ、祝詞、真言、セイレーンの歌声など、日本ではそれらを一括して言霊と言う事もある。人に対して「死ね」や「殺す」と言う言葉は、最も原始的で簡単な呪いだ。

 尊の言葉の力は常軌を逸していると言っても過言ではない。不俱戴天の相手、そんな抽象的な表現は本来1人で消化される恨み辛みの言葉でしかないが、彼女の強すぎる言霊はそんな独り言ですら強力な呪いとしての効力を発揮してしまう。


「......秋も恐ろしいが、俺は......」


 大粒の冷や汗は流しながら、尊を見る。


「お前のその怨念の方が恐ろしいものだ」


 そう呟く。

『人物名簿』

天槻 伊紀(あまつき かれき)

性別:男性

年齢:不詳

身長:193cm

体重:135㎏

誕生日:不詳

出身地:不詳

所属:怪異物管理局

等級:局員。役職不詳

趣味:ギター弾き。宅飲み。食べ歩き。

ノーギアベンチプレス:不詳

好きな食べ物:豆腐田楽。わらび餅。抹茶菓子

嫌いな食べ物:スナック菓子


 一人称『俺』。パーマをかけたオールバックの黒髪、程よく日焼けした肌、猛禽類を彷彿とさせる金色の瞳。着崩した黒のワイシャツをよく着ており、下も同色のテーラードパンツ。顎鬚を少し生やしている。面貌だけなら30代後半から40半ば程。


 東京局が人員不足のため、ある支局から相が招集した人物。『陽葵』は『伊紀』を一目見た時、秋や相、楽々と同じ感覚を覚え、少なくとも3人と同等の強さはあるのではないかと思ってるが、真相は不明。ただ服を着ていても分かるほどに鍛え上げられている筋骨を見て、弱いと思う者は居ないだろう。


 相は当然として秋、月、楽々とも面識を持つ。全員と仕事を共にしたことがあり、その際に楽々に目をつけられ、相手にするのが面倒と言う理由で避けている。秋と月とは会えば軽く挨拶と話すくらいの、なんてことない間柄。相からは絶対の信頼を寄せられ、無茶な仕事を任されることも多々あるが、給料や手当はちゃんとしているので不満には思っておらず、それどころか一緒に飲みに行くくらいには親睦がある。

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