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百鬼譚  作者: 忠腹 丹子
1章:殉ずるもの
15/16

7話:思念

「......」


 時は遡り、秋と日那子がまだ港の様子を伺って居た頃。月は野兎の様な速さで木々の合間を駆け抜け、沖星島唯一の山の山頂を目指していた。標高は目算で300mから400mと言った所。その一切人の手が入っていない急斜面を余裕のある顔で月は走り、すぐに頂上へと辿り着く。

 山頂は直径30mと少しほどで、植物が疎らなため島を一望する事が出来る。


「......静か、ですね」


 そう言葉を零してしまう程に山は静寂に包まれていた。山頂もそうだがここに来るまでの道中も、蝉の鳴き声はおろか鳥の囀りは始めとする、動物の存在を示唆する痕跡も無かった。いや、厳密には頂に近づけば近づくほど、動物の存在は少なくなっていき、中腹辺りからは全くなくなった。

 まるで、深山を避けるかのように。


「......」


 3度深呼吸を行い調査を始める。とは言え一見して不可解な箇所は一か所、山頂の中心に誰かが置いたであろう祭壇だ。木製のそれは風化が進み、辛うじて祭壇であろうと言うのが分かるだけだ。

 残骸を漁ると数枚のお皿と徳利と御猪口、種類までは分からないが魚の骨が数匹分。それから地面の砂利に混じって黒く変色したお米が幾つか見つかる。

 骨の1つはすぐに分かった。その特異な形状と言うのもあるが、月が比較的見慣れたものである事が大きかった。鬼鰧の骨が綺麗に残っている。

 これらを見て何の目的のための場所か分からない月ではない。山神への供え物だ。しかし、疑問がある。


「......」


 かつて祭壇を形作っていたであろう木片は、触ったり持ち上げようとすると崩壊してしまう。これは何年もの間放置され、管理されていない事を意味する。

 最後にいつ祭礼が行われたのかは分からない。しかしこの島では山神に対する信仰が薄れている、或いはない事はこの有様から察せれる。


「でも、どうして......?」


 長い年月を経て信仰が徐々に薄れ、やがて無くなるのなら理解できる。だがこの様のように急に祭りが無くなり、崇拝されなくなる事なぞ月は聞いたことがない。まるで元々信じられている訳では無かったが、数年以上前に誰かがいきなり個人的に儀式を行ったかのような。そんな気が月はするのだ。

 もしそれが6年前であったならば? ここで山神へ供物を送ったのが日那子の父親であったならば? どういった意図で? 目的は? 何故島民の誰も信じていない神へ捧げものを?


「何かを成すためには供物を捧げ願ったのでしょうか......しかし、それなら島の神社の祭神である山幸彦様で十分のはずでは......? 何故居るかも分からない山神様に捧げものを......いや、その前提が間違ってるとしたら......」


 沖星神社は祭神に天津日高彦火火出見命を名乗っているだけで、実態はあちらが偽り。何もないのかもしれない。そして本当の神はこの山に宿る、もしくは宿っていた山神であり、祭壇に供物を捧げたのが日那子の父親だとした場合、何かで本来の神を知り、何もない神社よりも、もしかしたら居るかもしれない山の頂で願った。それなら多少は納得がいくと月は考える。

 しかし全ては仮説に仮説を重ねた妄想。確証は何もない。


「これは......」


 地面から僅かに出ていたナニカの周囲を手で掘り、それを取り出す。貝殻だ。触っただけで分かるほどに硬く、先端は黒曜石の様に黒く鋭い。

 月は聞いたことがあった。浜辺で自分の心情にあった形の貝殻を見つけて広い、それに願い祭ると言う祈願の仕方を。埋まっていた貝の種類は月は知らず、21年間生きていて1度も見たことも無い。

 だが分かる事もある。この儀式を行った人物の、何かを絶対に成し遂げると言う強固な意志。最早、その誰かの怨念にも似た意思が込められたことで一種の呪物と化しているこの貝殻。


「......」


 その黒い貝殻を腰につけた巾着に入れようとする。


『―――――』


 声が聞こえる。月は咄嗟に背負っていた弓を矢を番えながら構え、周囲を警戒する。

 やけに風が冷たい。まるで雨が降る前に人の肌を撫でるあの風。


「ッ――――」


 直後。頭上から月へ目掛け、見えない巨大な風で作られた金槌を、誰かが振り下ろしたかのような強風が吹き荒れる。普段から足腰を鍛え、生半可な圧では屈しない体を作っている月ですら思わず片膝をつき、密閉された空間で大量のスーパーボールを箱から投げた時の様に、荒れ狂う砂利が彼女に襲い掛かり目を細める。風の音は耳元で金管楽器のユーフォニアムを乱雑に吹かれているようで、鼓膜どころか臓器の1つ1つから髪の毛の先に至るまでが震える。

 それはまるで慟哭。願い叶わず、道半ばで朽ちた何者かの嘆きと哀しみが齎す絶叫と、その心情を現したかのような現象。


『―ネ――』


 雑音と音割れの酷い拡声器を使っているかのような声。


『―ネ―ダ―』


 月は邪魔な音が多い中、その声が何を言っているのか聞き取るために集中する。


『―ネンダ』


 聴覚を研ぎ澄まさせる。刃物を砥石で研ぐときの様に、より鋭敏に、より敏感に。


『ムネンダ』


 その声を聞いた瞬間、全身が粟立つのを感じた直後、反射的に月は後ろへ跳ぶ。怨恨、憤怒、畏怖、そして懺悔の混じった怨嗟の声。

 砂利を含んだ黒風が先ほどまで月が居た場所の目の前で形を成していく。


『怨ミハ晴ラサナケレバイケナイ』


 ソレは人の体に牛の顔をしている。しかし黒い風と混じった砂利で作られた肉体は酷く不鮮明で、「そうであろう」としか言えず、その姿形をしていると確信は出来ない。


『怒リハ鎮メナケレバイケナイ』


 月と同等だった体躯は見る見るうちに大きくなっていき、今では4倍ほどある。


『恐レハ克服シナケレバイケナイ』

「......」


 ソレは正面から月を見据え、まるで誰かに言い聞かせるかのように話す。その対象は月の様もであれば、自身の様にも、そしてここには居ない誰かに言っている様にも聞こえる。


『悔イハ改メナケレバイケナイ』


 体を成し、山頂を包んでいる2つの風の強さがさらに増し、混じっている砂利同士がぶつかり爆竹の破裂音の様に聞こえる。

 ソレは両手を自らの顔に持ってきて目を覆う。


『無念ダ。私......イヤ、我......最早、自己ガ何デアルカスラ定カデハナイ、己ニソレラヲ成シ力ナゾ残サレテハイナイ』

「......」

『ダガ、分カル事モアル! コノ身ノ奥底デ岩漿ノ様ニ煮エ滾ル怒リ! 怨ミ! 恐レ! 悔イ! ソレラヲ払拭シロト訴エテクル声!』


 これは、私1人で対処できる存在ではない。

 月は既に目の前の存在について、そう結論付けていた。だが諦める気は無い。一瞬、山頂を覆う半円状の石礫が高速で飛び交う風の結界を見て、あれを強行突破するのは自分の肉体強度では不可能だとすぐさま判断する。


『足リヌ......コノ様ナ不完全ナ顕現デハ......!』


 全身の力を抜き、海中で揺れる海藻の様に左右にゆらりゆらりと月は体を動かすと同時に、体から力だけではなく僅かに抱いて畏怖をも追い出し、目の前の存在の一挙手一投足を見逃さぬように据える。

 普通に戦っては月が勝てる相手ではない。故に判断を鈍らす恐怖もいらなければ、緊張も必要ではない。その2つがあれば、負傷を最低限に抑えながら戦う事が出来るであろうが、そんな様な戦い方で勝てるほど月とアレの戦力差は拮抗していない。


「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ......」

『ソノ身体、貰ウゾ』


 風の怪物の後ろから、獲物に飛び掛かる蛇の如く烈風と礫の散弾が月へ目掛け飛来する。そしてそれを皮切りに、全方向から数十にも及ぶ同様の攻撃が襲い掛かる。しかし月はその悉くを回避していく。極限までに脱力した身体は、風に靡く柳の葉の様に相手の攻撃を受け流す。とは言え、月は人間である事に変わりはない。どれほど力を抜こうが、どれほど自分が柳や空を舞う葉であると言い聞かせ、自己暗示をかけ、精巧な想像をしようが生物であり、人である事実は不変だ。


「......」


 人間である彼女が出来るのは、人間の範囲での模倣。細胞や質力に骨格などが変わる事は絶対になく、事実顔や手と言った露出している部位には1つ1つは小さいが、傷が増えていっており、衣服も徐々に損傷していく。

 本来なら危機回避による反射によって目を瞑り、顔をしかめ、蓄積する痛みに呻きの1つでも上げたいところだが、そうしてしまえば多少とは言え力みが生じてしまい、結果より致命的な負傷に繋がる。その事を理解している月は油断したら顔を出してしまいそうな本能を、過酷な修行による慣れと理性によって力尽くで封じ込める。

 恐怖と緊張をもし抱いていたなれば、俄かに強張る筋肉によってこうも上手く攻撃を避けれなかったことだろう。


『何故ダ!』


 風を自在に操る力は間違いなく強力だ。だが、奴はその適切な使い方を知らない。自己すら定かではない存在、恐らく依代自体は以前よりもあったのであろうがそれ自体の能力は平凡であったのだろう。故に強大すぎる力の振るい方を知らず、杜撰な攻撃ばかりになってしまう。

 反対に月には研鑽し続けてきた技術がある。秋についていくことで数多の格上と戦い、無数の修羅場を潜り抜け、生還し、その度に研ぎ澄まされてきた心技体。

 月が避ければ避けるほど、敵対者の攻撃は大雑把になっていく。しかし月の限界も近い。傷は既に擦り傷どころではなく無くなり、流れる血が風に攫われ山頂を濡らしている。衣服も所々破け、出血している肌が伺える。


『ヌウアアアアアッ!!!』


 咆哮と共に今までの最大の攻撃が放たれる。それは散弾と言うよりも、猛風の大砲だ。しかも中には礫どころか拳大ほどの石も混じり、当たれば只では済まない事は一目瞭然。

 けれどそれは今までで最大の隙でもあった。月は左足を真横に伸ばし、右足は曲げる事で地面すれすれまで姿勢を落とし、弓に矢を番える。

 左耳が掠めた石によって吹き飛び、顔の皮膚も削れ抉れる。そこを起点とした激痛が全身を駆け抜けるはずだが、月はそのような痛みを感じない程に集中していた。


「八幡!」


 掛け声と共に放たれた桑の矢は風を突き破りながら、あの存在の人で言う所の心臓を射抜く。

 本来ならば風と砂利によって形作られたあの存在に、矢による攻撃など致命傷どころか、かすり傷の一つもつけられはしない。しかし、それは通常の矢であった場合だ。


『ソンナ、馬鹿......ナ......』


 弱まっていく風に従い、小石などが地面に落ち始め自壊を始める。

 退魔の力を宿す弓から放たれた破魔の矢。しかも弓矢神八幡の名による祝福が付与された一撃は、そんな存在に対しても必殺の一撃となる。

 風は嘆く。再び道半ばにて朽ちる己の弱さと宿命に。


『......奴ラヲ......討タナケレバイケヌト言イウノニ......』


 最早半身は失せ、山頂を覆っていた風の結界もない。

 朽ち果てようかと言う間際、既に牛の頭部の形ではなくなり、人の様な丸みを帯びた顔に瞳が宿る。それはまごうことなき人の眼だ。

 その眼に光は無い。死人の、と言う訳ではなく計り知れない絶望に打ちひしがれた事で、精魂尽き果て、自身が立ち向かうものは己ではどうにもならないと諦観しきってしまっているようで。けれど、例えそうであっても自分には藻掻き、足掻き、絶望を克服するしかないとも悟り、不屈の意思が宿った混沌とした眼。


『果タサナ......ケレバ......イケ、ナイ......ノダ......』


 そう言い残して、風を模っていた要素の全ては完全に崩れる。それと同時に月も片膝をつき、最も出血の激しい左の側頭部を左手で抑える。

 絶えず垂れる血液によって、足元の砂利や土は徐々に赤く染まっていく。

 損傷面が広いだけで、傷自体はそれほど深くはない。月は触診してそう判断する。

 実際、骨には至っておらず、左の耳介が無くなっただけで鼓膜までは失ってはいない。傷の面積と頭の負傷は傷の深さに関係なく、多量に出血しやすいと言う特性上にこうなっているだけだ。

 一度の瞑目と深い呼吸。息を吐き終わるとともに、一息で流血の酷い左側頭部を始めとする両の手足や、胴体の経穴を指で衝く。点穴と呼ばれるこの技術は、局所的に身体機能を低下もしくは封じる事で、今回の様に止血や毒の侵攻などを遅らせる応急処置が可能だ。

 月は弱くはない。実力だけで言えば自らの等級である戊級どころか、1つ上の丁級の祓魔師を含めても屈指と言える。試合ではなく果し合いならば、重量級の世界王者であろうと彼女の前に膝をつくであろう。

 弱くはない。だが、その強さは秋についていくには弱すぎる。死に物狂いで修練をしようとも、努力だけでは到達できない高みである己の師。故に彼女は足りない技術を、身命を賭してでもと言う心で補う。皮膚を裂き、肉を削り、骨を断たせ、血反吐を吐きながら、格上に喰らいつく。それが彼女が秋についていくために見出した戦い方であった。


「......」


 今出来る範囲の手当を済ませた月は立ち上がり、周囲を見る。

 妙だ、月はそう感じた。あれほどの暴風が吹き荒れていたと言うのに、山頂はいたって平常。特に顕著なのが少し触れただけで崩れてしまう、祭壇の跡が壊れる事無く残ってる事だ。地面にも、風が吹いた形跡などもない。

 何もなかったかのような。だが、月の肉体に刻まれた傷と痛みが、あれは実際に起こった事象であると証明している。

 神奈備。神や精霊が宿り、祀られる山や森などを言う。そこでは人間の住む世界と神々の住む神域の間にある場所でもあり、現世と異界の境が曖昧になってしまう。そういった所に立ち入った人々は時にこの世から姿を消し、それを神隠しと呼ぶ。期間の長い短い、もしくは二度と帰ってこないなどは個人差があるが、月の身に起こった事は短時間の神隠しであった。

 風の化身は自身で言ったようにあれは半端な顕現であり、現世に降り立てるほどの存在ではない。そこで影響力がまだ僅かに残る山頂を神域として、この世から隔絶し、怨念を依代とすることで限定的な降臨を可能とした。そして月を倒し、その肉体に宿る事で現世に行こうと、無意識の内に考えあの事象を発生させるに至ったと言うのが真相だ。


「......」


 日焼けをした日の夜の時の様な痛みこそあれど、随分と楽になった体。3度深呼吸をしてから、あの存在が消えた地点に近づき、落ちているものを拾う。

 数珠だ。深海の様にただ青いのではなく、濃く深く、見るものを呑み込んでしまいそうな色の珠と、陽に照らされた砂の様な色をしていて、見ていると不思議と喉の渇きを覚える。そんな2色の珠で作られている数珠。

 月はそれを空の巾着の中に入れ、急ぎ下山を開始する。



 3人が現在の拠点としている洞窟。そこに辿り着いた月は持ってきていた荷物の中から、適切な道具を取り出して手当を行う。鏡を使わなければ見えない場所は鏡で確認し、傷口をペットボトルの水で洗い、消毒液を含ませた綿紗で優しく叩いて消毒をする。その際に沁みて痛みを伴う事もあるが、月にとっては今更である。

 何十枚もの綿紗が赤色で染まってしまったが、出血は緩やかになり創傷やその周囲についていた血液や汚れも取り除くことが出来た。次に持ち合わせの創傷被覆材で覆える箇所はこれを使うが、左側頭部には軟膏を厚めに塗りその上に綿紗で蓋をして、包帯で固定しようとする。


「何があった月?」


 包帯を巻こうかとしていた時だ。不意に声をかけられ、そちらを見ると師匠である秋と、月の状態に顔を青くしている日那子の姿があった。


「月ちゃん!?」

「御心配には及びません。今後の活動にも支障はありませんので」

「そうか。余り無理はするな......と言いたいところだが、こっちも予想外の事があってな。そうも言えない状況だ」


 秋は包帯を手に取る。


「前を向いてろ。私が巻こう」

「い、いえ。先生の手を煩わせる訳にはいきません」

「怪我人が遠慮するな。手当されながら、何があった話してみろ」

「......承知致しました」


 月の後ろに座った秋は慣れた手つきで、保護綿紗を固定するために包帯を巻き始める。月は一瞬の間を置いて、主に山頂での出来事を中心として、他にも得た情報などを共有する。


「そしてこれが、その数珠です」

「! それ!」


 日那子が数珠を見てすぐに反応して、顔を近づけてまじまじと眺める。


「何か心当たりがあるのか?」

「はい......これ、お父さんが大事に持っていた数珠です。間違いありません!」

「なるほどな......少し良いか?」


 了承を貰い、月の手から数珠を取って注視する。「ふむ......」と呟き、感謝の言葉を伝えてから今度は日那子へと渡す。


「どんな経緯で、父親がこれを手に入れたのか分かるか?」

「お母さんの形見だと言っていました」

「母親の形見か......」

「先生、何か思い当たるものがあるんですか?」

「ああ。これは恐らくだが潮満瓊(しおみつたま)潮涸瓊(しおひのたま)を模して作られた、劣化版だ」


 潮満瓊と潮涸瓊。弟である山幸彦と兄である海幸彦の兄弟神は古事記において、互いの狩りと漁の役目を一時的に道具一式と共に交換する。しかし山幸彦、古事記においては火遠理命(ほおりのみこと)と記される神は海幸彦、火照命(ほでりのみこと)が大事にしていた釣り針を無くしてしまう。それに激怒した火照命に謝罪として、自分の十拳剣から1000の針を作り、それを渡すが愛着には敵わず、海幸彦は受け取らず、無くした釣り針を探してくるように言う。

 困った山幸彦が海辺で泣いていると潮流の神がやって来て、海を統べる神が住まう綿津見神宮(わたつみのかみのみや)に行く事を勧める。何の手立ても無かった火遠理命は喜び、その勧めに従って海神宮へ行って、絶世の美女である木花咲耶姫(このはさくやひめ)には劣るものの、非常に容姿が優れた美女であり、綿津見の愛娘である豊玉毘売命(とよたまぶめ)と出会い、この女神を娶る事となる。

 そうして3年もの間、海神宮に来た理由をも忘れて幸せに暮らしていたが、ある日釣り針の事思い出して溜息をしてしまう。その理由を聞いて知った綿津見は、全ての魚を呼び集め、鯛に引っかかっていた針を見つけ、針と一緒に2つの珠を渡し、呪文を教えた。

 地上に戻りすぐに呪いを籠めた釣り針を返し、その後両者は畑を作った。だが海、延いては水そのもの支配する綿津見の寵愛によって火遠理命は豊かになっても、火照命は水に嫌われどんどんと貧しくなっていった。そして乱心を起こした火照命は火遠理命を襲うものの、洪水を起こす潮満瓊の力によって溺れさせられ、乾きを発生させる潮涸瓊によって2つの苦を味わった火照命は火遠理命に服従したと言う。


「え......全面的に山幸彦って言うのが悪いがするんですけど......」


 潮満瓊と潮涸瓊の知識が全くなかった日那子は、秋から上記の説明をより簡潔にした内容のものを教えてもらい、第一声がそれだった。


「神と言うのは全員が清廉潔白と言う訳ではない。むしろ、そうではない者の方が多いだろう」

「なるほどぉ......」

「取り合えず、今の所見つかった父親に関係する唯一の物品だ。日那子が持っておけ」

「はい!」


 風の化物に関しては実際に秋は見ていないため、確信は無かったが凡その見当はついていた。しかしそれを言うべき時ではないと判断し、今度は月にこちらであった事などを伝えていく。


「絶滅主義者がですか......」


 カタークスの名は月も知っている。実際に会った事は無いが、秋は始め、交友のある同業者から悪名を耳にするのは珍しい事ではない。

 月が引っかかったのはカタークスとの約束だ。それを察したのだろう、秋は日那子に声をかける。


「日那子、その数珠は欲しいか?」

「え? ......あっ」


 彼女もそこで、先ほどの魔術師との会話を思い出す。カタークスは外来の痕跡や物品があれば、こちらに渡せて言い、秋は同意した。そしてこの数珠の所縁は不明だが、奴が求める物である可能性があり、万が一に備えるならば何も考えず渡すのが安全策だ。

 本当の所は欲しいと日那子は思っている。唯一の血縁者の父親どころか、自分を生んですぐに亡くなってしまった母親にも所縁のある品だ。手放したい訳がない。しかし、カタークスと向き合った時に感じた死と言う感覚と、自分の我儘で秋と月に迷惑が掛かってしまう。

 彼女はそう考え、言葉にする。


「......秋さんや月ちゃんに迷惑が掛かるなら―――」

「そんな事が聞きたいわけじゃない。お前の本心を言え。私の役目の1つは護衛だ。先日言ったように、安全を取る場合はこっちから提案する事もあるが、依頼人の意向を無下にはしない。強い意志があるなら、私たちをそれに従う。結果、窮地に陥っても依頼人である日那子、お前を護るのが私たちの仕事だ」


 そう言う秋の眼は雪解け水の様で、表情は正しく氷だ。けれど、その言の葉には日那子を思う確かな温もりがある。


「......欲しい、です」


 秋の表情は変わらない。日本刀の姿や地金、刃文が変化しないように。けれど、刀は時として光の当たり加減によってその表情を変える。

 日那子は一瞬、秋が微笑んだ様に見えた。瞬きもせずに、その表情では無くなっていた事から、自分の幻視だと理解はしたが、そのような雰囲気が纏っている様に感じたのだ。


「分かった。月、夜まで休め。闇夜に乗じて動くぞ」

「畏まりました」

「日那子も洞窟で待っていてくれ。時間が限られいる今、私1人で動いた方が速い」

「分かりました!」


 外来の遺物ではなくとも、日那子の持つ数珠には何かしらの超常的な力が宿っているのは間違いない。それを知られれば、カタークス達が動くのは目に見ている。そうなる前に出来る限りの情報収集を行うには、秋は自分で1人で動くのが最も効率的だと判断した。


「胸騒ぎがする」

「先生、どうされました?」

「......休めと言ったが、何かあるかもしれん。日那子を頼んだぞ」

「お任せください。この身命にかけても御守り致します」

『人物名簿』

奉黄(ほうき) レニ

性別:女性

年齢:20歳

身長:166㎝

体重:66㎏

誕生日:12月13日

出身地:不詳

所属:怪異物管理局

等級:局員見習い

趣味:喫茶店巡り

ノーギアベンチプレス:未測定

好きな食べ物:ジャム。クラッカー。パンケーキ。紅茶。陽葵の料理

嫌いな食べ物:赤ワイン。無酵母パン


 一人称『アタシ』。『陽葵』と同時期に管理局に入局した新人。常に黄色のレインコート着ており、長い黄色と赤色のツートンカラー髪の毛によって片目が隠れている。


 誰にでも敬語の『陽葵』とは対照的に、まるで礼儀とは何かを知らぬかのように、如何に目上の相手であろうが、友人に話しかけるような軽い口調で話す。幸いな事に管理局にはそれで目くじらを立てる人物が居ないため、何とかなっている。


 甘い物に目が無く、特にパンケーキとジャムを大好物としており、朝昼晩全てジャムを塗りたくったパンケーキの時もある。暇さえあれば喫茶店を巡り、角砂糖を10個近く入れた紅茶片手にパンケーキを貪っている。唯一の同期である『陽葵』によく絡み、趣味に連れまわしている。


 ただ『レニ』の食生活を知った『陽葵』が、それでは体を壊すと心配し、たまに『陽葵』が作る、栄養と色味が考えられたお弁当や晩御飯などの料理を食べる事もある。味も十分美味しいようで、お弁当や料理がある日は食べるのを楽しみに頑張ってたりする。

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