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空笑い 夫の瞳は 厳冬を見る

 今日は、早く帰って来ると言っていたのに、主人の尚輔は帰って来ない。結局、息子たちと、先に、クリスマスイブのご馳走を食べる事になった。

「パパ、今日も遅いの?」 三歳の大輔が、待ちくたびれて眠そうにしている。

「うん、そうみたいね。先に寝ましょう。いつまでも起きていると、サンタさんが来てくれないわよ」

 もう、九時になるというのに、まだ帰ってこない。私は、少し心配になってきた。

 今月は、本当にいろいろとあった。

 父が誘拐されたと聞いた時は、心配もあったけど、正直、心はわくわくしていた。

 専業主婦で、乳飲み子を抱えていると、毎日に刺激がなくて、退屈な日々。そんな時に、義母から、父の誘拐と、ヤクザが私たちを誘拐に来るかも知れないと、連絡を貰った。

 それを聞いた瞬間は、怖さと父への心配とで、押しつぶされそうだったけど、「宅配便を装って、誘拐に来るかもしれないから、絶対に不用意に扉を開けたりしないで」と言われ、身体が興奮してしまっていた。まるでサスペンスドラマに巻き込まれた様で、こんな時なのに、心がわくわくして、昂奮していた。

 でも、その後、義母は、意識不明の重態になり、父も母が亡くなった時の様に、すっかり元気をなくしているのを見て、わくわくしていた自分を、物凄く反省した。

 そして、その頃から、主人も、可笑しくなっていった。

 休みの日は、二人の子供と、一日中、夢中になって遊んでいたのに、休みの日にも、仕事だと、出かけていく様になり、時々、ぼうっと、独りで物思いにふけるようになった。

 主人がいると、何時も笑顔に溢れて幸せな気になれるのに、今はそんな気になれない。

 尚輔は、ああいう性格だから、私達家族の前では、必死に明るく振舞っているけど、私には分る。何か深刻に悩んでいるのは間違いない。

 大輔と添い寝しながら、そんなことを考えてると、台所で、私の携帯が鳴り始めた。

 主人に何かあったのかもしれない。急いで、大輔の布団から抜け出して、電話に出た。

 電話は、主人からではなく、父からだった。

「夕実、裕子が目を覚ました。一瞬だったが『あなた』と呼んでくれたんだ。先生も、近い内に目を覚ますだろうって……」

「本当? それは良かった。だから、言ったでしょう。お義母さんは必ず帰って来るって」

「ああ、本当にそうだ。先生から、諦める様に言われ、このまま一生目を覚まさないと覚悟を決めていたのに、神様はいたよ。長い間、心配を掛けた」

 父の嬉しそうな声で、また明るい兆しが見えてきた気がして、私も嬉しくなった。

「明日は無理だけど、主人が非番の日に、お見舞いにいくね」

「それは、大変だし、いいよ。まだはっきりと目覚めた訳じゃないし、その時、改めて連絡するから……」

 その時、玄関のドアが開いた様な音がし、「只今」と尚輔の声がした。

「尚輔が帰ってきたみたい」

「そうか、じゃあ。またな」 少し残念そうにして、父は電話を切った。

 私は、直ぐに玄関に駆け付け、主人にその話をするつもりだった。

「悪い、密告のあったアリーナの騒乱を企てた男の一人が逃走して、その犯人確保で、こんな時間まで掛ってしまった。大輔は?」

「仕事なら、仕方ないわ。大輔は、さっきまで起きて、あなたの帰りを待っていたけど、さっき眠ったところ」

「そうか」 主人は気づいていないみたいだけど、『そうか』と思わず口にする時は、かなり深刻な悩みを抱えている時。単に仕事で、遅くなっただけでない、何かがある。

 私は、義母が目を覚ましたと伝える事ができなくなってしまった。

 尚輔は、何時もの様に、大輔の寝顔を確認して、服を着替えて、パジャマ姿で、遅い夕食を食べ始めた。

 私が、お弁当箱を洗っい終えて、どう切り出そうかと悩みながら、食卓の席に着くと、尚輔が話し始めた。

「なあ、万一だが、俺が殉職することになったら、どうする?」

 そんなの嫌に決まってる。でも、かなり危険な事に首を突っ込んでるということらしい。

「父の許に戻ってお世話になる。刑事と結婚すると、決めた時から、覚悟してるもの。あなたの好きにすれば良い。お父さんの事件の件でしょう?」

「気づいてたのか?」

「私だって、刑事の妻よ。お義父さんに何かを頼まれて、調べ始めた事位、分ってるわ。あなたの好きにしなさい。自分を曲げて、尚輔らしくなくなる方が、私は嫌だから……」

「夕実」 主人がいきなり立ち上り、私に抱きついてきた。

「ちょっと、何を考えてるの?」

「夕実、愛してる。今日はクリスマスイブだろう」

「ちょっと……」

 結局、主人は、御風呂にも入らず、そのまま私を寝室につれていって、抱きいて来た。

 その日は、子供達に、クリスマスプレゼントを置かなければならないのに、何回も、夫婦の営みをしてしまった。

 そして、御風呂から出て来た尚輔に、義母が目を覚ましたらしいことを伝えると、また「そうか」とだけ言って、布団に横になった。

 もう、心がすっきりと決まったと思ったのに、まだ何かを真剣に悩んでいるらしい。

「私は、あなたの決めた事なら、それに従う。あなたの好きな様にすればいいから」

 そういって、その日は手を繋いだまま、眠りに落ちた。



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