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【辺境お嬢視点】
「先程は失礼いたしました」
父に対応してもらい次に男と会ったのは1時間後だった。泥塗れだった男はシャワーを浴び汚れを洗い流して、父様の新年用にと揃えたばかりの服を着ていた。
父様と同じくらいの背丈で似た体格だと思ったのだが、鍛えているからなのか首や肩周りが少しだけ苦しそうだ。
応接間のソファに座り、使用人が準備したお茶と軽食を前に不機嫌な顔をしている。金髪に碧眼という本の中の王子そのものの配色と綺麗な顔立ちな分、不機嫌だと冷たい雰囲気が増して周りが凍りそうだ。
実際にお茶を運んで来た使用人はドアを開け一歩踏み込むと同時に固まった。王子に見惚れたわけではなく凍りつきそうな恐怖にだ。
押していたワゴンを預かり厨房に戻る様にと声を掛けて使用人を退出させ、テーブルにお茶や軽食を並べたのは私である。
「ジーラ家家長ビンタスの娘のシーランです」
「イットドーマの王の3番目の息子のシタンだ。王族でなく国の交渉人として扱って欲しい」
不機嫌は変わらないがしっかり返答する態度に、私は少しだけホッとした。
さっきの態度が王族へ向けるものでは無かったと理解して反省している。謝っても怒鳴り返されるか無視されるかもって思ったら‥身分を盾にする人ではないみたいだ。
玄関での攻防戦はあの後直ぐに終着した。攻防戦と言っても男はドアを無理矢理開けるといった乱暴な事はしなかったので、単に扉越しの応答合戦が行われただけなのだが。
泥塗れの男が王都からやってきた第3王子だと分かった時は焦った。
暴漢退治のつもりで集まった使用人達の間にも不安が走る。それぞれが自分の担当業務に関わるあり合わせの武器(庭先で使う鍬などの農具やモップや箒などの清掃用具、肉切包丁やフライパンにお玉などの調理器具)を手にして、ドアから距離を取りオロオロとお互いの顔を見合わせていた。
そんな屋敷内の気不味い雰囲気を壊したのは、ドア向こうから聞こえた父様の声だった。
呼んだのになかなか現れないと思っていたら、外出していたらしかった。
「あれ?君どうしたの?おー、見事に泥だらけだね。
おーい、お客様が来てる‥よ?」
父様は惚けた口調でガチャっとドアを開き、武器を手にして集まっている私達の姿に一瞬だけ驚いた顔になり、直ぐにいつもの柔和な表情に戻ると使用人達へ指示を出した。
「えーと、後ろの彼をシャワー室に通してくれないかな」
父様のその声に、武器を背に隠した使用人達はバタバタとお客様を迎える準備に奔走したのだった。
そして今に至る。
王子曰く、森に入って2週間が過ぎた頃に大型の魔獣の群と遭遇したそうだ。
魔獣との戦闘で隊と分断され従者達と逸れ、戦闘時に逃げ出した馬も見つからないまま野営を重ねながら歩き続け、漸く森の出口が見えて安堵した所を泥濘で転び、泥塗れとなったがどうにか沼地を抜け森を出て‥この屋敷に辿り着いたんだそう。
我が家を一番に訪ねたのは、集落の中で一番大きな屋敷だったからとの事だった。
あの森はスンクの若者なら魔獣に会わず10日程で抜ける事が出来る場所だ。獣道を熟知しているので、スンク側の森の付近に広がる大きな沼地は通らない。
泥だらけになっていたから、きっと森側から、つまり王都方面から来たんだろう事は分かっていた。
多分地図だけ見て最短距離ってだけで直進して来たのだろう。そして、スンクの者なら絶対に避ける魔獣のテリトリー内に入ってしまい、戦闘をして森を抜け出して来たって事だ。
魔獣は魔獣を呼ぶから、生き延びるにはまず魔獣と会わない事だと言われている。
やっぱり出会った時の印象は間違ってない。この人、本の中の柔なイメージの王子とは違って、かなりの手練れなんだわ。
ちなみに従者達はさっき、王子に遅れる事20分くらいで我が家に到着している。魔獣と出会ってから数日で森を抜けて、その上一人も欠けていないそうだから、彼らもかなり優秀な者達ばかりと分かる。
同じく泥だらけだったので、彼らにもシャワーを浴びて着替えてもらっているところだ。どうやら王子と同じ様に森の泥濘にダイブしてしまい、荷物も泥に塗れてしまった様だった。
とりあえず貴重品だけは回収して持って来たと王子に話していたので、王子と同じ様に父様の服を着る事になるだろう。
いや王子よりも体格的に恵まれた彼らに父様の服は無理そうだから、父様より大柄な庭師のジョンや厨房メンバーの服を借りなくてはならないかもしれない。
「で、単刀直入に訊くが隣国との話はどこまで進んでいるんだ?」
王子の言葉に私は、父様にまだ二通目について伝えていないという事を思い出した。
読んでいただきありがとうございました。