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【第3王子視点】
「殿下。例の民を名乗る怪文書が届いたのですが、破棄でいいですか?」
王城内の第三政務室で投函箱の中身を確認するのは、第3王子である俺シタンに任された業務だ。
魔法の使える者のみで編成された特殊軍に所属していて、普段は城の外にある軍専用の寮で生活をしているのだが、週に一回はこうした業務を行う為に側近3人を連れて城へと戻っている。
「怪文書?」
「ええ、2年くらい前に届いたという例の辺境の独立宣言の」
「ああ、あれか。
一応中を確認だけして破棄で」
3年前に始まった投函箱の設置。1ヶ月に2回だけ決まった日時に城の門の前に置かれる箱には、国民が自分達では手に負えなくて国王に直接訴えたい事を書くようになっている。
直ぐに対応が求められる切実なものもあって強く必要性を感じる部分もあるが、実際には家族への愚痴や偶に王族と直接繋がりたい貴族からの御機嫌伺いなどの内容が書かれた手紙の方が事が多いので、王に見せる前に仕分けが必要となっていた。
『浮気した夫から妻との仲裁を願う訴え』に疲労感に包まれたのは先月の事だ。
それでも、母方の曽祖父が行った『一地区一学校』という制度が普及してイットドーマ王国の識字率が上がった証拠だと思って、全部に目を通す事にしている。
ちなみにその夫婦の元には二人の仲人をした者を向かわせる手配をした。が、仲人が向かった時には訴えは何だったのかと言うくらいに仲睦まじい状態だったと言うから、犬も食わないってやつに振り回されただけに終わったという虚しさだけが残った。
そんな訴えを入れるのはやめて欲しい。
全部に目を通して対処するこっちの身にもなってくれ。
「あの、殿下。
これ破棄しちゃまずいかもです」
俺の幼馴染であり側近の一人であるマシが言いにくそうに、さっきの怪文書を渡してきた。
「は?放置するなら半年後に隣国との交流を開始するだと」
あの場所は王都から遠いとはいえ、森を伐採されると王都へ侵攻しやすい地形でもある。
あの地を隣国に奪われ砦を建てられでもしたら、侵攻されずとも今後の隣国との交渉に不利になるだろう。
悪戯にしては気になる。
前の独立宣言の手紙から二年経っての行動も、こちらの出方を待っていた様に思える。
「マシ、父上に時間を割いて貰えるか直ぐに確認してくれ」
直ぐに設けられた王との話し合いの結果、翌日俺は辺境の地スンクに向かう事になった。
なんせ辺境。
片道ニヶ月の距離というスンクから投函箱に届くまでに、既に同じ時間が過ぎているわけだ。
整備されていない不慣れな道のりを進む事になる。二ヶ月では足りず、到着前に勝手に隣国との交渉が行われてしまう可能性があった。
遅れを取ることは絶対に許されない。
同行者を軍部に所属している俺や側近達を含め野営に慣れている少人数に絞り、時間の掛かる馬車は避けて馬で移動する事になった。途中に馬を替える余裕はないだろうから、王国で優秀な軍馬を手配してある。
スンクの住民を名乗る者が本当にその地に存在するのかという事、それ自体に半信半疑の者も少なからず居る。だが実際にこの目で確かめなくては何も言えない。とにかく急がなくては。
約半世紀も前の王の時代に我が国に統合された小国スンクは、その地を管理していた王弟が亡くなったと同時期に消滅したと史実には記されている。
その王弟とスンクの住民の史実を題材にした歌劇『王弟と共に去りぬ』は伝統ある王家の劇場で年末に必ず上演されるタイトルの一つだ。
「王弟はスンクの住民に愛された立派な王族だった。お前もそんな王族であれ」と兄上達と共に毎年観賞させられていたので、俺は劇のセリフや照明の変化まで覚えている。
スンクから届いたという前の文書にはその史実とは異なる『400年前に消滅とされた経緯』と『放置されていた450年間の記録と現状』そして『スンクがイットドーマ王国にとって必要ならば直ぐに対応をして欲しい。不要ならば独立する』との旨が書かれていたそうだ。
だが2年前は投函箱が設置されたばかりで、その内容のあまりの荒唐無稽さや無礼さに、単なる悪戯とされ破棄されたのだった。
半年前までは第2王子の仕事だった投函箱の中身の確認。
俺の知る前の怪文書の内容は、引き継ぎ時に兄の側近から大まかに聞かされたものだ。それも引き継ぎに来た側近が「あ、そう言えば」とスンクからの手紙について思い出さなければ知らなかった話で、知らなければ俺は二通目の手紙を気に掛ける事も無かったかもしれない。
今回の手紙には、やけに現実的な今後の行動が書かれていた。前回の手紙の様に悪戯だと処分されて悪戯ではなかった場合、王国が受ける被害は相当なものとなる。
俺は気を引き締めて、辺境へ向かった。
読んでいただきありがとうございました。