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見える彼 と 見えない彼女  作者: 神﨑なおはる
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第27話『適材適所』

 その巫女は、黒い髪を綺麗に梳き後ろで束ねていた。表情は波紋のない湖のように、ただ静かだった。

 不機嫌さも滲まず、さっきまでボサボサだった髪もない。

 学校で小テストが散々で放課後に俺のところに情けない顔で駆け寄ってくる姿なんて想像も付かない。

 だから俺は全力で言いたい。


 誰だ、お前は!


 いや、才明寺であることはわかってる。アイツに双子の姉妹がいないのであればあれは間違いなく才明寺稀そのものだ。

 なんだ、アイツ、ここでバイトでもしてんのか。……あれ、ウチの学校ってバイトって許可出てたか?

 才明寺の巫女装束に混乱して思考が明後日の方向へ進み始めた頃、本殿近くにいた親子は宮司と才明寺に伴われて本殿の前にある拝殿へと進んでいく。

 何だか見てはいけないものを見てしまった気がするが、気になってしまい俺は一行が拝殿へと消えてしまったタイミングで石灯篭の影から出て拝殿へ近づく。

 拝殿の扉は大きく開かれておりお祓いの様子が外からも見えるようになっていたので、参道横に設置されていた絵馬掛け処の後ろへ移動する。そこからなら拝殿の中が見えた。

 傍から見ると、きっと祈祷の様子を覗き見る怪しいヤツなのだが、幸い他の参拝客は今のところいない。神社の人に見咎められることもないだろう。

 俺は掛けられた絵馬を見ている振りをしながら、祈祷が始まるのを待つ。


 拝殿の中は間接照明のような淡い明るさがあったけれど、神社周囲の建物から落ちてきている影のせいで、その淡さが拝殿内部の暗さを引き立たせた。

 内部は広い部屋になっていて、扉近くには脚を交差して広げ座る部分に布が張られているタイプの椅子、床机(しょうぎ)という名前だったか、キャンプとか外で重宝するタイプの折り畳椅子が、いくつも並んでいて、部屋の真ん中の椅子に先程の親子が並んで座っていた。彼らの顔はこっちから確認はできず、外には背を向けて座っていた。

 何時頃から始めるのだろうか。

 俺がスマホで時間を確認しようとすると、ドンと太鼓を叩くような音が聞こえ俺は視線は拝殿に戻した。

 此処からは太鼓が見えないが、誰かが叩いたのだろう。

 手前の方から宮司がゆっくりと拝殿内の中央までやってくると、親子に向かって何か言った。いや、唱える、という方が正しいのか。祝詞だろうか。ちゃんと聞き取れないが、何か言葉が聞こえる。親子たちは頭を下げてそれを聞いている。

 才明寺は何処へ行ったのか。

 そう思ってすぐに才明寺も手前から現れるが、手には長い棒に白い紙がいくつも付いている道具、大麻(おおぬさ)を持ってやってくる。

 そしてその大麻を持つと、親子に向かって振る。

 ああいうのって巫女がやるものなのか? 普通、宮司とか祈祷を上げてる人がやるものじゃあないのか? ぶっちゃけ、神社の作法とか祈祷の流れとかよく知らないから何とも言えないけど。

 俺が首を傾げて訝しんでいると、才明寺が大麻を振るう前で、娘の身体から光が登る。まるでグラスに注がれた炭酸水の水泡が上へ上がっていくように、光は娘の身体から宙を舞い泡が始めるように弾けて消えていく。拝殿内が薄暗いから、その光の美しさは俺の目にも届いた。


 本当に綺麗な光景だ。

 才明寺が大麻を降り続けている間、光は止めどなく登っては消えていった。

 祝詞が終わると、才明寺も大麻を下ろしてその場から下がる。

 その後も祈祷は暫く続いたが、祈祷が終わり親子が拝殿から出てきた時には娘の身体に巻きついていた青い蔦は消え去っており、彼女の表情も明るさが戻っていた。

 拝殿に入る前と出てからでは明らかに表情が違う娘の様子に、父と母も喜んでおり何度も宮司に感謝していた。勿論、娘もだ。

 その様子に俺は改めて才明寺の力の凄さを実感する。

 俺も助けられた一人なのだ。あの親子の気持ちに同調してしまう。

 きっと藁にも縋るような気持ちで、この神社に来たのだろう。お祓いなんて、そんな非科学的なもので可能性があるなら、と。


「……ん?」


 そんなことを考えていたとき、ふと、そもそも何故此処に才明寺がいるのかということを考えてしまう。

 才明寺は自身の持つ力には無自覚なはずだ。何より、アイツは『常人に見えないもの』が当然見えていない。アイツの目は間違いなく常人そのものなのだから。

 じゃあどうして此処で、巫女のバイト、かどうかはわからないが、巫女の真似事をしているんだ?

 アイツの力が必要としている人たちに使われているのは理に適っているが、自分の力を知らないアイツが何故此処にいるのかが全くわからない。

 俺は、何故、の理由を考えながら宮司の後ろに控えていた才明寺を見る。

 アイツは最初同様、とても静かに佇んでいた。

 だけど、親子が何度も何度も感謝の言葉を口にするのを聞きながら、一瞬だけ、眉を顰めたのだ。

 その表情の歪みは、目の前に状況に対して『不快感』を示しているようにも見えた。

 どうして?

 親子はあんなにも喜んでいるのに。


「才明寺?」

 俺は思わず彼女の名を呼んでしまった。まあ、距離が遠いから聞こえているはずもない。当然彼女は俺の方を向くことはなかった。

 だけど彼女にとって親子の感謝は居心地の悪いものだったのか、彼女は顔を伏せたまま彼らを見たくないと視線を彷徨わせ、そして、絵馬掛け処の傍に立っている参拝者の存在に気が付く。

 そしてその参拝者が俺であることに気がつき、彼女はそれまで装っていた『静かな巫女』が瞬く間に剥がれ落ち、俺を見つめて思わず口をあんぐりと開けてしまう。


 あー、いつもの才明寺だ。


 その巫女として決してしてはならんような表情で硬直する才明寺に、俺は軽く手を振ってみせると才明寺はわなわなと震えた。

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