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境界人の活路  作者: ぴのもどき
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「森の中で」 ~002~

くどい表現や、改行の見にくさなど何かあればお気軽にご感想をください。


 ここはどこだろうか。うっすらと意識が戻り始める。体を包む温かく優しい光に背中がひんやり冷たかった。風は木々を撫でながら通り抜けている。

深く息を吸うと、鮮やかな澄んだ空気に満たされた。せせらぎと枝葉が揺れて聞こえるリズムに、ばらばらに響く鳥の鳴き声は音楽みたいだ。0.2倍速の世界。鳥でさえ麗らかな雰囲気に流されまったりと飛ぶだろう。全てのものがこの空気に取り込まれ平和な世界で生きている。



 「カサカサ」首筋をくすぐられる。急いで立ち上がり、二度三度首を叩いた。アリほどの虫がポロリと落ちる。虫はしばらくばたついていたが、何事もなかったようにそそくさと去っていった。これだから虫は嫌いなんだ。勝手に人の家や服の中に入ってくるやつらは不法侵入のスペシャリストである。


 首筋をさするとパサッとした。なびくほどに長い髪で、肩口まで流れた髪は淡い紫色をしている。え、一瞬固まった。服はひざ下まである黒のロングコートに、ステンドグラスみたいに青、水色、紫、黄緑で彩られた薔薇とツタの装飾が眩く輝いている。裏地は深い青色。紫のシャツはネックラインが紐で締め上げられている。腰に黒い刀を携えており、刀の柄のところに水色の布が巻き付けられている。ズボンは黒で茶色いブーツを履いていた。


 紫の髪、青い薔薇のコート、黒い刀、知っている。まさか、そんなはずはない。僕のVERTEXのキャラクターそっくりなのだ。果然、頬はふっくらとツルツルで、手にも幼さがあった。僕の知る僕がどこにもいないのである。途端にグツグツと溢れ出る焦燥感に襲われた。どんどん大きくなるにつれて、言い表せない孤独に覆われる。このままでは爆発する。助けを求め辺りを見渡した。誰か。誰かいないのか。


 声なき悲鳴は辺りの木々に塞がれていた。ここは一体どこなのか。そんな焦りや、森の持つ不気味さなど、澄み渡る深緑が零す光に打ち消されそうだった。それほどまでに綺麗で目を奪われた。まるで陽を濾す、枝葉のフィルターみたいだ。すぐ側には小川がキラキラ流れている。川には深緑がくっきりとうつり、そう描かれたガラスみたいだ。


 川を覗けば可愛らしい男の子と目があった。わざと女っぽく髪を束ねてみると、思いのほか多い毛量にこりゃ校則違反だなと笑うと男の子もシワのない顔で力なく笑った。小川の水は冷たくて、一口飲めばゴクリゴクリと喉を鳴らした。矢継ぎ早に、ポケットを探るが当然スマホなんてなかった。仕方なく、早々に切り上げ小川沿いに進んでみることにした。


 歩きながら何故こんなところにいるのかを考えていた。―――所謂、異世界転生というやつだろうか―――今日、異世界に転生する話は人気である。剣や魔法の世界なんて誰だって憧れるだろう。そして転生した直後はこう言うのが最近の転生モノのお決まりである。

 だから僕も言っておく。習わしには従う主義なのだ。やっぱり、頬をつねってみたが痛くなかった。


 ゲームのやりすぎでおかしな夢を見ているに違いない。きっとそうだ。どうせ夢なのだ。楽しめばいいさ。今の僕には何でもできるような何にでもなれるような判然としない無敵感があった。腕試しに刀を力任せに振ると、風を切る気持ちいい音がした。

それでも拭いきれない現実感に、それを受け入れようとしている薄気味悪さが僕の中にずしりと淀んだ。


 ふと森の中に、明るくなんだか得も言えない異様さを放つ場所があった。いくらかの木が倒れているだけだったが、一帯が大きな足にでも踏み荒らされたような残忍さがある。そして、熊みたいな動物の頭部が木に突き刺さっているのである。


 頬がふつふつと火照り、汗が滲む。全身が緊急避難警報を発していた。

でも、このまま小川沿いをただ歩くよりは幾分かましではないか。もう一人の僕が囁く。大丈夫だと。妙にシンとしている空気に背中を押され、茂みの中を分け入っていく。ザッザッ、足音が響く。ここに獲物がいますよと言わんばかりに。チラッと見るだけだ。見たらすぐ帰る。近づくに連れて早くなる足と一緒に鼓動も少しだけ早足になっていた。


床には梢が広がり足の踏み場もないほどだった。突き刺さった動物の死骸は頭だけで、口から幹が貫通していた。ポタリと幹から血が流れる。死骸からは独特の異臭はなく蛆が沸いている様子もなく、死んで間もないことが分かった。


木は根から引き剥がされ、今にも折れそうなほどエビのように反り返っている。横たわる倒木の断面は酷く荒れていて強引に折られており、至るところに大きい爪痕が刻まれていた。きめ細かい傷口は異様に深く、抜き取られたみたいだった。


 恐る恐る爪痕をなぞると、滑らかな断面に手が入り込んだ。深すぎる。まるで真実の口のように、その傷に食べられそうで慌てて手を引き抜いた。ゾワゾワ。体中を駆け巡る。指先や足先まで行き場を失っても、ワサワサと暴れる。それに飲み込まれないように、必死だった。

そんな僕を嘲笑しているのだろうか。一段と生々しくなった傷口は、弱った獲物を飲み込むように、僕を見つめている。


 肌をかすめてた風は木々を煽り、せせら笑うようにざわめきだす。たまらず傷口から逃げるように倒木を見た。倒れているにもかかわらず、どの木にも妙な生命力を感じた。活気に満ちた色をして、まだ息をしているように思えるのに、無機質なまでに物なのだ。まるでブリキ人形だ。次はお前の番だ。食われてしまえ。食べられてしまえ。殺されてしまえ。殺されろ。死骸の口から零れる悲鳴が風に乗せて囁いて聞こえる。


そのときだった。


「パキッ」


後ろから音がした。反射的に振り向く。同時に鼓動は一気にトップスピードまで跳ね上がり、激しく脈を打つ。何かいる。鬱蒼とした茂みの中から気配だけがコツコツと近づいてくるのを感じた。


「パキッ、パチン」


次第に大きくなる音につられて、急いで刀を引きずり出す。


「パキッ」


音が止む。目の前だ。茂みからは大きい目玉がこちらを見つめている。

鼻から黄色い液が垂れ、落ちるたびに地面をバターのように溶かしてジュージュー鳴る。パキリ、パキリと鋭い爪で木片を踏み潰しながら、両肩を揺らし一歩、また一歩と近づいてくる。そのたびに燻る悪臭は、どんどん濃くなっていく。

半分は飛び出ているだろう眼球はギョロリと動き、ツルツルで透明な白い体には血管が透けて見えていた。狼のような獣で2mはある。かすれた唸り声に、フシュ―と音を立てながら熱を帯びた息を吐き、真っすぐとこちらを見定めていた。ジロりと目が動く音が聞こえる。


 僕はヤツの爪に、目に、背中に、目を奪われる。目だけじゃない。体も凍ったように動かないのだ。カタカタカタ、刀は小刻みに揺れる。あまりに弱弱しい威嚇だった。でも、立っているだけで、握っているだけで、そこにいるだけで精一杯なのだ。


 次の瞬間、ヤツは声を上げ走り出した。




心臓はドクンと動き、その瞬間体は何かに乗っ取られる。駆られるように我先に踵を返し、走り出す。緊張の糸で支えられてたはずの身震いは消えている。僕の体は足についていくので精いっぱいだ。


ビュン!バアン!空を裂く音に続いて破裂音がする。後ろ髪が巻き上がり、広がる土埃と木片交じりの突風が背中を押された。煽られ一層存在感の増す何かが全身を駆ける。無我夢中で走る。木々を避け、草を踏み、めちゃくちゃな操り人形みたいに走り続ける。足より前に体が、体より前に手が、僕の先を行く。




 もう、何百メートル走っただろうか。酷く口の中は乾き、喉も痛かった。息を吸うたびにヒリヒリと痛む。あまりの痛みに堪らず唾を飲もうとするが、空気を飲み込むだけだった。ゴクン。喉から胸に痛みに広がる。大蛇が喉を通り過ぎたみたいだ。

痛みで少し体制を崩した。その一瞬、何かは緩んだ体に鞭を打つ。走れ。走れ。走れ。死にたいのか。僕はそれに救いを求めた。それしか信じるものがなかった。だから力いっぱい走り続けた。


気のすむまで走っていたらヤツの姿はもうどこにもいなくなっていた。強張った力が薄れていくなかで、体は落ち着こうと必死に息をする。死ぬかと思った。間違いなく死んでいた。追いかけてこなかったのはラッキーだった。もとより威嚇行動だったのかもしれない。


 体が落ち着きを取り戻すころには、疲れ切ってその場に腰を下ろしていた。手足はブルブルと今だに震えていた。これが余震というやつだろうか。流石地震大国出身者である。くだらないギャグに鼻で笑った。


しかしながら状況は最悪のままだった。あのまま川沿いを進んでいれば飲み水にも困らなかっただろうし、下れば人里があったかもしれない。それでも今すぐには戻る気になれなかった。森の奥深くまで迷い込んでなければいいのだけど。この森に奥なんて概念があればね。


今は何にするにしたって自分の現在地を知りたい。憎たらしいほどに高く育った杉みたいな木、こいつらに登るしかないのだろうか。何もそんなに育つ必要はないだろうとなじりながら、せめてもの思いでパンチした。


 起きたら夢占いでもしてやろうか。検索ワードは決まっている。獣 追いかけられる 夢だ。何故こんな思いをしなければならないのか。これが何かの暗示だというのなら間違いなくあの獣は定期試験である。そして逃げ切れたのだから、今回の定期試験も赤点を回避する未来の暗示なのだ。それでも、やりきれない敗北感にムシャクシャした。こんな木登ってやるさ。もう定期試験に追いかけられるのも、この夢のシナリオ通りに進むのもうんざりだ。どうにか登る方法を模索しながら、重い腰を上げた。


途中、木にとぐろを巻く蔓を見つけた。程よい太さで、がっちりと張り付いており剥がすことはできなかった。これなら僕の体重を支えることができるだろう。おもむろに刀を取り出し、刃こぼれしないように狙いをつけた。当てただけの刃は進み、蔓を切ってしまった。まるで豆腐みたいだ。あまりに切れるものだから興味本位で腕に刃を当ててみるも、少しチクッとくるだけだった。


 それから、蔓で足縄作った。上着を床に放り投げ、木にがっちりとつかまり尺取虫みたいに登った。枝が伸び始めるところからは、かえって足縄が邪魔だったので外した。帰りは滑ればいいさ。


 木漏れ日から顔を出せば、すぐ目の前に草原が広がっていた。壮大にどこまでも続く草原の奥には山々が鎮座しており、秋晴れで綿あめみたいな雲が浮かんでいた。

草原の真ん中には一本の砂利道があり、ずっと続いている。明らかに人の手が加えらているようだ。すぐ近くに出口があったのか。案外入り口付近でグルグルしていたのかもしれない。道なりに進めば人里があるだろうと考え、さっさとこの森を後にした。


お読みいただきありがとうございます。

1話と2話だけ書いていたので投稿が早いですが、3話はこれから考えます。

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