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 それから、朔月が部隊に馴染むのは早かった。

 そもそも嫌われていたわけではなく、とっつきにくいと遠巻きにしていただけだ。王都出身でいいとこの坊ちゃんで顔もイケメン、と多少のやっかみはあったが。

 しかしビスケットの一件で彼の意外に素直(かつ天然)な中身を知って、壁が無くなった。

 最近では、男たちで朔月の歓迎会(今さらではあるが)と称して、非番の前の日に飲みに行くこともある。


 朔月が部隊に馴染む一方、別の方でも動きがあった。

 女性陣たちの朔月へのアプローチが始まったのだ。女性達も、最初はとっつきづらかった朔月の雰囲気が柔らかくなったことに気づいたのだろう。

 今ならいけると、詰所に顔を出すどころか、直接朔月に話しかける者まで出てきた。

 もっとも、当の本人はといえば、そんな女性たちの前では最初の頃と同じように硬く冷たい態度を取る。部隊の皆の前では、少しずつだが笑顔を見せるようになってきたのに。どうやら打ち解けたのは部隊の男共とだけらしい。……私は一応女ですが?という言葉は飲み込んだ。


 緋花はおそらく、女とみなされていない。男勝りな性格もさながら、容姿だって、短く切った髪に薄い胸、鍛えた腕と腹筋、普通の女性より高い背と、隊服を着ていると、男と間違われることもある。

 それに、訓練中や任務中は、男も女も関係なくなる。ただの仲間、上司と部下である。男女の云々など言ってられない、命を預ける者として信用し、信頼しなければならないのだ。

 それは第六部隊の一員としてはとても嬉しく誇らしい一方で、(一応)女性として、ほんのわずかに虚しくもあった。




 ある日のことだ。

 部隊の年少組の一人、山吹が休憩室に飛び込んできた。


「なあなあ聞いたか!? 救護の朱華はねずさんが隊長に告白したって!!」


 噂好きのムードメーカーで明るい彼の報告に、皆、目を剥いた。


「はあ!? マジか!!」

「あの天使が!?」


 基地の救護班に所属する朱華は、基地内で男性人気の一、二位を争う女性だ。愛らしい容姿に桃色がかった白い羽を持ち、おっとりとした優しい性格の彼女は、救護の天使と密かに呼ばれていた。

 彼女の手当てを受けたいがため、大したことのない怪我でも救護室に行って、その度に室長に追い返される手合いも多い。

 そんな朱華が、隊長――朔月に告白した。

 何でも、朱華が基地員の男性たちに絡まれている所を朔月が助けたらしい。颯爽と助けて救護室まで送った後、礼も受け取らずに去っていった朔月に一目惚れしたわけである。


「朱華ちゃんかぁ……」

「まあ、隊長なら仕方ないよなあ、俺らなんか敵わないわなぁ……」


 くっ、と目を腕で押さえたのは、緋花の同期の青葉だ。どうやら朱華に思いを寄せていたようだ。


「あ、でも、朱華さん振られたらしい」

「はあ!!?? マジか!!!」

「あの天使を!?」


 山吹の報告の続きに、悲鳴が上がる。


「どんだけ理想高いんだ、隊長!?」

「朱華ちゃんで駄目ならどんな女性ならいいんだよ!?」


 ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる男たちを、緋花は呆れた目で見やる。その隣で、青葉は若干復活していた。「はっ! 今なら朱華ちゃんを慰めれば俺にもチャンスが…!?」とみみっちい計画を立てているので、肘でわき腹を突いてやった。


「いてっ! 何すんだよ緋花!」

「そんなことしても、朱華さんによけいに嫌われるだけだって」

「なっ……お、お前に恋愛わかるのかよ!」

「朱華さんのタイプが隊長って時点で察せ」

「ぐうっ……」


 クールな隊長と、お調子者の青葉では全然違う。指摘した緋花に青葉は「でもさ、吊り橋効果とかあるだろ」と悔し紛れに言った。二人でこそこそと話していると、山吹が追加の報告をする。


「いやー、隊長、王都に『許嫁』がいるんだってさ。だから誰とも付き合えないって」

「……おお」

「マジか……さっすが『黒羽』の御曹司……」


 さすがいいとこの坊ちゃんは違う、と皆感心したような諦めたような息を零す。そんな中、青葉がぽんと緋花の肩を叩いた。


「何?」

「いや、ドンマイ。玉の輿計画、残念だったな」

「うるさい」


 もう一度、今度は強めに肘で突いて、緋花は青葉を悶絶させた。


 ……まあ、そうか。婚約者くらいいるか。

 あの年で、あの家柄で、あの見た目で、相手がいないわけがない。


 なのに。


 朔月が初めて見せた笑顔が脳裏を横切って。

 胸の奥の裏側を、ぎゅっと抓られたような痛みがして、緋花は顔を顰めた。




***




「――緋花」


 少しいいか、と訓練の休憩中に声を掛けてきたのは朔月だ。

 皆がぞろぞろと水を浴びに水場に向かっている途中、足を止めて緋花は振り返る。


「はい、何でしょうか」


 今日は二人でペアを作り、別のペアと戦う、模擬戦闘の訓練だった。

 何か注意されることがあっただろうか、一緒に組んだ青葉にちょっと無理をさせたかもしれない――とつらつら考えていると、朔月は淡々と問いかけてくる。


「最近、私と組まないのはなぜだ?」

「はい?」

「このひと月、お前に避けられている気がするのは気のせいか?」

「……あー……」


 図星だった。たしかに、緋花は朔月を避けている。

 以前は、朔月の世話役ということもあり、こうした訓練では毎回組むようにしていた。打ち解けてからも、互いの癖が分かっていることもあり、ペアを組むことが多かったのだ。

 しかし、緋花は最近――正確には、朔月に許嫁がいるとわかってから、意図的に別の者と組むようにしていた。

 何となく、気まずかったのだ。

 結婚相手のいる男性に、一応は女性の自分があまり近づかない方がいいのでは、と自分でもらしくは無いが、気遣ったまでだ。


「……気のせいですよ、隊長。私ばかりと組んでいたら訓練にはなりません。部隊の皆の癖を知っておいた方がいいでしょう?」

「それは分かっている。そのことを差し引いても、お前は俺を避けているだろう」


 俺、と朔月が言うのは珍しい。眇められた黒い目は普段はどんな感情も殺しているくせに、今は戸惑いと、そしてかすかな怒りがある。

 緋花は頬を掻き、軽く冗談交じりに言う。


「あはは、すみません。あんまり隊長に構い過ぎると、基地の女性陣が怖いもので。ああ、それに婚約者もいるんでしょう? こっちも一応気を遣ってるんですって」

「……お前は、そういうのとは違うだろう」


 朔月がぼそりと言う。


「余計な気を回すな。任務に支障が出る。……以上だ」

「……」


 ざくり、と胸の裏側を削られたような気がした。

 

 ――そういうのとは、違う。


 ――余計な気を回すな。


 うん、まあ、知っていた。

 女性として見られていないことくらい。

 自分と隊長の間には、恋愛感情なんて芽生えない。そんなもの、邪魔なだけだ。


 ただ、こうして本人から直接突きつけられるのは、少し、きつかった。

 緋花は「ですよね、申し訳ありません」と謝る。女性の部分を残す己の心の弱さを、自分で抓って叩き直してやりたかった。


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