花火大会
「なあ、そういえばアレって明日じゃねーか?」
「アレ?」
暁の皆でリビングでくつろいでいる時、不意に翼が思い出すような声を上げた。
その声に聞き返したのは私だったが、全員気になっているようで、私含め5つの視線が翼に向いている。
「おう、花火大会!」
季節は夏。
時は夏休み。
そんな時期に大抵の人が楽しみにしているイベントと言えば、夏祭りか海水浴なのではないだろうか。
そして私たち暁もそれを楽しみにしている人の中の1人で、毎年この時期が来ると皆で近所の花火大会へと出かけていた。
***
「わあ!今年も出店が一杯だねー!」
翌日になり、迎えた花火大会当日。
会場の神社へと来ている私たちの目の前には大勢の人と多くの出店。
その様子に、人混みが嫌いだと言われてしまえばそれまでだが、私にとってはそれすらも花火大会の醍醐味の様な気がして、私の胸をワクワクさせるには十分だった。
「美月、落ち着け。逸れる」
そうして私が目を輝かせながら会場中を見渡していると、朔弥に呆れたような視線を向けられた。
朔弥は私と同い年なはずなのに、時々私に凄く年下の人を見るような視線を送ってくる時がある。
「逸れないよ!子供じゃないんだから!」
年下のように扱わないでと、朔弥のことを恨みがましく睨む。
すると、そんな私の視線に気づいた朔弥は、一度私の方に顔を向けた後、何食わぬ顔で私から視線を逸らしていて。
その姿は、私の主張など興味すら無く、どうでも良いといった様だった。
つまり、無視されたのだ。
そんな態度にもまた怒りが込み上げて来て、完全に拗ねた私は口を尖らせる。
「美月、拗ねるな。ほら、何が食べたい?」
すると、私たちの会話の一部始終を聞いていた修介が苦笑いを浮かべながら私を宥めてきた。
「……かき氷」
どんなに怒っていても食欲とは正常に働くようで、私は拗ねている表情をそのままに小さく食べたい物のアピールをした。
修介にはそんな私の捻くれた感情なんてお見通しなのだろう。
その証拠に仕方なさげに眉を下げた後、私の頭を二度ポンポンと叩くとかき氷を買いに行ってくれた。
そんな修介から逸れないようにと後を追って行けば、その先で買ったかき氷を私に渡してくれた。
「……美味しい」
「そっか」
美味しいと言った私に軽く微笑んだ修介の顔を見ていたら、何だか怒っていたのもバカらしくなり、私も修介に笑顔を向ける。
「なー美月。コレ、界のお面にどうよ」
そうして私が修介に買ってもらったかき氷を食べていると、不意に翼から声がかかり、「コレ」と言われて何かとも思いながら振り向くと。
翼が指を指していた先には子供たちが大好きな、アンパンをモチーフにした国民的キャラクターのお面が。
そしてそのお面を指している翼は、イタズラが成功した子供の様な顔をしていて。
(いや、翼それは……)
ダメだよと言いかけてふと思う。
高身長でオシャレな界がこのお面を着けているところを想像したら、何だかそれだけで面白くなってきた。
「翼、そのお面良いと思う!」
「だろ?なら早いとこ飯買って界のとこ行くか!」
「うん!」
いつもだったら私はこんな悪乗りなんてしないのに、お祭りの雰囲気も相まってか、翼の案に乗ってしまった。
以前、界がexpressersとして売れるようになってから初めて皆でこの花火大会に来たことがある。
事前に今年もお祭りに参加する話を皆でしていた時、界は「俺はベーシストだから大丈夫だろ」と言っていたので、それを信じて会場に入ったら信じられないくらいの人に囲まれて大パニックになったことがあった。
それ以来、界は会場に入る時には必ずお祭りで売られているお面をしっかり被ってから会場に入るようになったのだが。
界はそういうところに無頓着というか、関心が無いというか。
それ故に、いつも翼が悪ふざけで買ってくるお面を何の抵抗もなしに被るので、多分今日も何も言わないのだろう。
「おいおい、2人とも。なーにニヤニヤしてんだよー」
翼と2人で購入したお面を見ながら、これを被った界を想像して笑い合っていると、突然後ろからダルそうな声がかかった。
その声に、悪巧みをしていたこともあって、ビクッと肩を震わせる。
そうして、声のした方へと振り向けば、そこには呆れた様子の春樹の姿が。
「に、ニヤニヤなんかしてないよ!」
それに酷く動揺した私は、思わず視線を逸らしてしまった。
動揺で揺れた声に、咄嗟に逸らされた視線。
嘘を吐いているのは、誰の目にも明らかだった。
それも、特に鋭い春樹相手となっては、こんな噓隠し通せる方が無理というものだろう。
「嘘ついてんじゃねーよ」
当たり前にあっさりと破られた私の嘘は、春樹のデコピンと共に返ってきた。
普段ダルそうにしているのに、こういう時の力は強いってどういうことだ。
「痛い!酷い!絶対赤くなった!」
「わりーわりー」
割と本気で痛い私の額は少し熱を持っていて。
これは絶対に赤くなったやつだと、春樹に抗議の声を上げる。
だけど、私のそんな姿が面白いのか、私が額を抑えながら痛がっている様子を見る春樹は
楽し気に笑っている。
「絶対悪いって思ってないじゃん。ねえ翼、私のおでこ赤くなってる?」
「ん?あー、少し赤くなってるな。あそこに売ってるラムネ買ってやるからソレで冷やせよ」
「うん。ありがとう」
春樹に聞いたところでどうせ揶揄うような言葉が返ってくるに決まっていると高を括った私は、側にいた翼に赤くなっているか尋ねた。
そうして翼に見てもらったところ、どうやら本当に赤くなっていたようで、どれだけ強くデコピンをしたんだと、春樹のことを少し恨みをこめて睨む。
だけど、翼がラムネを買ってくれると言うので、気にすることを止めた私は、あっさりと翼に着いて行った。
「おっちゃん、ラムネ1つくれ」
「1つで250円だよ」
「ほらよ」
「250円ちょうどね。はい、ラムネ」
「ありがと」
丁度近くにあったラムネを売っている屋台まで行くと、翼はラムネを買ってくれた。
「美月、ほら。これで冷やせ」
「うん、ありがとう」
そう言って手渡されたラムネはキンキンに冷やされていて、それを額に当てると、このうだるような暑さには程よい良い冷たさが気持ち良かった。
「美月、翼。夕飯買えたか?」
「修介。私はまだ買えてないよ」
「俺も」
私が翼に買ってもらったラムネで額を冷やしていると、次に声を掛けてきたのは修介だった。
今日の夕ご飯はここで買った食べ物がそのままご飯になるので、修介は全員分の食べ物を買って歩いてくれていたんだろう。
その証拠に、彼の両手には色々と入っていそうなビニール袋が二つ。
「そっか、取り敢えず焼きそばとたこ焼きとお好み焼きは買ったから、他に食べたいものがあったら買ってきな」
「わかった」
*
「美月は何が食べたいんだ?」
「えっとね、あんず飴と綿あめ!あっ、あとアメリカンドッグも食べたい!」
「そっか、なら買いに行くか」
「うん!」
修介から夕ご飯のラインナップを聞いた翼は、もう欲しものは無いと言うと、修介からビニール袋を受け取って界が待っている公園へと向かって行った。
そして私たちはというと、他にも買いたい物がある私に修介が付き合ってくれて、屋台を巡っている最中で。
そうして修介と一緒に目当ての屋台を目指して歩いていると、さっきよりも幾らか人が増えたらしく、なかなか身動きがとれない。
それでもどうにか歩いていたら、向かいからやってきた高校生らしい集団がどうやら会話に夢中になっているようで、すれ違いざまにぶつかってしまった。
それによって開いた修介との距離。
なんとかして修介の元まで辿り着こうとするが、如何せん人が多い。
私の身体は、私の小さな抵抗など嘲笑うように、人の波に流されていってしまった。
「美月!」
ドンドンと離れていく修介との距離に、修介が焦って私の方へと手を伸ばす。
それをなんとか掴むと、修介は私の手を絶対に離さないといった様に、ギュッと掴んで私の身体を引き寄せてくれた。
すると修介は、どう頑張っても簡単に流されてしまう私の身体を人の波から守るように腕の中に閉じ込めて周りを見回し。
「一旦端に行こう」
そう言って、しっかりと掴んだ状態で私の腕を引くと、人の少ない方向へと歩き出した。
そして、ようやく人混みをかき分けて辿り着いた人気のない場所に着なりスマートフォンを取り出した修介は、きっと今の状況を他の暁のメンバーに伝えているのだろう。
「美月、このまま端を歩いてお前がさっき言ってた物を買いに行こうな」
こんな状況になってもなお、私の希望を叶えてくれようとする修介に、私は何だか情けなくなってしまった。
今も昔もずっとそうだ。
この人は、この優しい人は……。
それに比べて私は、あの時から何か変われているのだろうか。
「美月?どうした、気分でも悪いか?」
なかなか答えない私を不思議に思ったのだろう。
修介は私の顔を覗き込むと、落ち込んだ様な表情をしている私に気分が悪いのかと心配してくれた。
だけど、今の私にとっては、その優しさが更に私の情けなさを増幅させた。
「……修介、ごめんね」
「ん?ああ、大丈夫だよ。さっき皆に連絡しておいたから心配するな」
修介には私の「ごめんね」が今のこの状況のことに対して言ったものだと思ったのだろう。
その証拠に、返ってきた言葉は今の状況についてのものだった。
「それもそうだけど、今も昔も修介には我慢させてばっかりだから」
まさか私が先程放った「ごめんね」がそれについてだったとは思わなかったのだろう。
私の『昔』という単語に、修介の澄んだ綺麗なライムグリーンの瞳が大きく見開かれた。
私の言いたかった事の意味に気が付いた修介に、どんな顔を向けて良いのか分からず、頭がどんどん下がってくのを感じる。
「……まあ、確かに辛くなかったって言ったら嘘になるな」
そして、完全に俯いた私の頭上から降ってきたのは、苦しくて、悲しくて、悲痛な色の言葉。
修介が辛い思いをしたのは自分のせいでもあるというのに、勝手にも胸が苦しくなって弾かれたように顔を上げた。
だけど、その先に待っていた修介の表情は私の予想と遥かに異なっていて。
悲痛な色をしていると思っていたそれは、反対に全てを包み込むような優しさを帯びていた。
「でもな、美月が暁を大切にしてる様に俺も皆が大切なんだ」
「だから、今も昔もお前らと一緒にいることが嫌だと思ったことなんて一度もないよ」
そうして放たれたあまりにも真っ直ぐな修介の言葉に、私はなんだか泣きそうになってしまった。
「あの人も言ってただろ?“人は鏡だ”って。笑って、美月」
やっぱり修介はどこまでも優しくて、私は改めてこの人の仲間で、いや“家族”で良かったと思った。
「うん……!」
そうしてようやく笑顔が戻った私に、修介が満足そうに顔を綻ばせた。
(そうだ、何で忘れてたんだろう)
『人は鏡だ』
頭の中であの人がそう言ってくれた声が反響する。
(ありがとう、修介)
(思い出させてくれて)
その後、私たちはお目当ての食べ物を買い、皆が待っている人気の無い公園へと戻った。
*
「遅くなってごめんね」
「2人とも遅―よ」
公園に戻ると、既に皆はベンチに座って食べ始めていて。
そんな皆の姿を見て遅かったと謝ると、翼が先程修介が買ったであろう焼きそばを啜りながら声を放ってきた。
こうして私たちが悠々と食事をしているこの公園は、数年前に見つけた場所で。
少し薄暗いが故、近所の人でもあまり寄り付かない様な公園だ。
だからこそ逆に私たちには都合がよく、この公園を見つけた時から毎年この公園を使わせてもらっている。
毎年毎年、奇跡的に他に利用する者がいないこの公園は、元々の薄暗さも相まって、より一層花火を綺麗に見ることが出来る最高の穴場スポットだ。
「ごめんね、人が多くてなかなか動けなかったんだ」
私たちに「遅い」と言ってきた翼にそう声を掛けながら、私は朔弥の隣に、修介は界の隣に座る。
「これ、お前の分」
翼と話しながら私がベンチに座ると、その座ったタイミングで隣から朔弥の腕が伸びて来て、私の分の焼きそばを渡してくれた。
「ありがとう。はい、あんず飴」
「ん、ありがと」
焼きそばをくれた朔弥とあんず飴を交換すると、私も焼きそばを食べ始める。
(……花火まではもう少しかかりそうだなあ)
そんな事を考えながら夜空を見上げていると、ふと、ある事を思い出す。
「あ、界。お面どうしたの?」
ここに来る前、翼と一緒に悪巧みをしていたことを思い出し、界に尋ねる。
界が今ご飯を食べているということは、きっともうお祭りの会場には行ったのだろう。
そう思ったが故に尋ねたのだが、そんな私の質問に本人の界と私と、一緒に悪巧みをしていた翼と、それを見ていた春樹が三者三様の反応を見せた。
界は、まあ……、予想通りの無表情で、翼は楽し気に笑い、春樹は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。
そんな3人の、というより2人の様子が、私には意外で首を傾げた。
春樹はこういった“悪戯”をする事に関しては、翼と同じくらい全力で楽しむのが通常なのに、その表情はどういう意味なのだろうかと不思議に思う。
「あの後、あのお面を持って速攻で界に渡しに行ったら、アレを何の抵抗もなく被って「買ってくる」って言って祭りの方に向かったんだよ」
私が首を傾げていると、翼がその表情の理由を話し始めたのだが。
表情だけでなく、その口調からも心底楽しかっただろうことが伺える。
「界があのお面被って会場を歩く姿が見たくて、朔弥に場所取り頼んで界の後に着いて行ったら、もうスゲー注目浴びるんだよ」
国民的キャラクターのお面を被った高身長でスタイルの良い男と、それを楽し気に見るイケメンの男。
……あの会場に私がいたら、その奇妙さに振り返ったことはまず間違いないだろう。
そんな2人の様子がいとも簡単に想像できて、私は思わず苦笑いを浮かべた。
苦笑いを浮かべながらこの話の中心人物と言っても過言ではない界をチラリと見てみると、そんなことなど全く気にしていないようで、黙々とお好み焼きを食べ進めていた。
「で、俺がその様子を遠くから見てたら、翼がでっけー声で叫んできやがってよー。本当、いい迷惑だったわー」
どうやら、そんな周りの注目をふんだんにに集めている奇妙な男2人組とは関わりたくないとばかりに、完全に他人を決め込んだ状態でその様子を見ていたらしい春樹に気付いた翼が、大声で“わざと”声を掛けたそうだ。
そのお陰で、晴れて春樹も変人の仲間入りとなり、そうした3人はそれはもう目立っていたらしい。
「……やっぱり、皆でいると楽しいな」
「そうだな」
今までの馬鹿みたいな件全てが私にとっては愛おしく。
未だあの時のアレはあーだこーだと話している春樹と翼の声をバックに、しみじみと独り言とも取れる言葉を紡ぐと、そんな私の言葉に皆が返してくれた。
勿論、いつの間にか話を止めていたらしい春樹と翼も。
そして、その後訪れた少しの静寂。
それは、決して嫌なものでは無く、穏やかな色を含んだ温かな空気だった。
そして、その瞬間。
「っ!花火だ……」
空気が震えるような大きな音と共に、暗闇に染まった空に咲いた大輪の花。
すると、その音を皮切りに次々と真っ黒なキャンバスに色とりどりの花々が咲き誇っていく。
その間、誰一人口を開く者など居らず、ただただ黙って空を見上げていた。
「また来年も皆で来れるといいな」
私の目の前に次々と打ちあがる花火たちがあまりにも綺麗で。
情緒的になっていた私の心が、気付けば声を漏らしていた。
「絶対来れるだろ」
そんな、花火の音に掻き消されたかと思った私の独り言は、隣に座る朔弥には聞こえていたらしい。
私の少しの寂しさを帯びた声は、明日の命も分からない様な、こんなご時世にも関わらず放たれた『絶対』という朔弥の力強い言葉によって上塗りされた。
「絶対にまた全員で来るぞ」
今度はしっかりと私の目を見て放ったその声は、花火の大きな音にも負けず、しっかりと私の耳に届いた。
「……うん」
そしてそれに応えるようにと、私も朔弥の目を真っ直ぐ見て声を放てば。
「だな!」
「そうだな」
「おー」
「ああ」
朔弥にしか届いていなかったと思っていた私の声は、どうやら皆にも聞こえていたようで。
朔弥越しに皆の顔が私の方に向いているのが見えた。
どんなに小さな声でも暁の皆は絶対に気付いてくれる。
そのことに嬉しくなって、私の口元には自然と笑みが浮かんでいた。
そして、皆で誓いを立てた後にもう一度見上げた花火は、今まで見たどんなそれより綺麗だった。




