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  作者: 青
第1章
7/12

最後の1人

「ねえ!聞いて、2人とも!」


今は学校のお昼休み。

いつもの通り私と花蓮と飛鳥3人でお昼ご飯を食べようと、修介に作ってもらったお弁当を広げていると、突如飛鳥が自分のスマートフォンを片手に大きな声を上げた。


「どうしたの、飛鳥?珍しくテンション高いね」


いつもは暴走する花蓮を冷静に諌めている飛鳥がこうして興奮したような声を出すのは珍しい。

そんな飛鳥の様子に呆気にとられながらも何があったのかと尋ねると、普段よりも数倍熱の籠った飛鳥の瞳が私へと向けられた。


「それがさ、『expressers』が今日近くのライブハウスでゲリラライブをやるらしいの!」

「えぇ!それ凄いねぇ~!」


飛鳥によれば、どうやら今そのアーティストの公式SNSを確認したところ、そのような情報が書かれていたらしい。

そして、その飛鳥からの情報に前のめりに食いついたのは花蓮で、その話し方はいつもの独特なものであるものの、気持ちの高ぶりが見て取れる。

そんな2人が話している『expressers』とは、今若者からの絶大な人気を誇っているロックバンドだ。


「そうなの!でさ、2人とも一緒に行かない?」

「私は全然良いよ。それより、飛鳥ってexpressersのファンだったんだね。知らなかったよ」


飛鳥がこうして私たちを誘う自体珍しい事だし、何より私も人気絶頂中の彼らの曲を生で聞いてみたい。

もちろん良いと快諾するが。


「ごめんねぇ~。私今日予定あるんだぁ~」


どうやら、今日は予定があって一緒に行くことが出来ないらしい花蓮は、眉を下げながら申し訳なさげに言葉を紡いだ。


「そっか、それなら仕方ないね」

「あぁ~!私もexpressersのゲリラライブ見たぃ~!」


そんな花蓮はexpressersのライブにいけない事が相当悔しいようで、「悔しぃ~!」と言いながら机をバンバンと叩いていた。



放課後、例のexpressersのゲリラライブが行われるというライブハウスに飛鳥と行くと、流石大人気バンドのライブということもあり、店内は多くの人でごった返していた。


「凄い人だね」

「ゲリラライブなのにこの人の数、流石expressers!」

「飛鳥、凄くテンション高いね」

「デビュー当時から応援してるからね!そりゃあテンションも上がるよ!」


既に来ていた人たちがステージ前から順に集まっていたうえ、その人達も飛鳥に負けず劣らずのハイテンション振りで。

それ故に既に騒ぎ出してしまっているので、仕方ないから後ろの方で参加しようと、壁際の中央付近を確保した私たち。

未だ始まる様子はないのに、集まった多くの人による熱気で、この場所だけ温度が高まっているように感じた。


「あ、もうすぐ始まるみたいだよ」

「すっごく楽しみ!」


突如として消えたライブハウス内の照明と、点いたステージ上のスポットライト。

すると、それを合図に会場中から歓声が沸き起こる。

そして登場したexpressersのメンバー。

彼らが姿を見せ、少しの静寂の後に始まったライブは文字通り、凄まじい熱気に包まれた。

彼らから放たれる音の渦が。

観客を煽る声が。

その全てが凄くて、私には初めての体験で。

完全にこの場の空気を彼らが支配していることが身に染みて感じた。



「凄い良かったー!」

「そうだね。私も圧倒されちゃったよ」


2人でつい先程のexpressersのライブについて言いながら最寄りの駅まで歩いていると、不意に私のスマートフォンがメッセージの受信を伝えた。

飛鳥に断りを入れてメッセージを確認すると、それは最近何かと忙しそうにしているあの人物からのもので。


『さっきのライブ、見に来てただろ?今控え室にいるからおいで』


まさか彼が私の存在に気付いているとは思わず、素直に驚く。

一体、あの人ごみの中からどうやって私を探し出したのかと、驚くと同時に不思議に思うが、とにかく彼に会えるとなって何よりも喜びが先に立つ。


「ごめん、飛鳥。急な予定が入っちゃった」

「そっか、じゃあ明日ね」

「うん、またね」


飛鳥に予定が入ったと眉を下げて謝れば、飛鳥は嫌な顔一つせず分かったと言ってくれて。

そんな飛鳥とその場で別れた私は、メッセージの通り彼の待つ控え室へと行くめ、ライブハウスへと引き返した。

……と思ったのだが、肝心の控え室までの行き方がわからない。

というより、私の様な一般人が関係者しか入ることのできない控え室に入れてくれるのだろうか。

そうして途方に暮れながらも、一応戻ってきたライブハウス内で、どうやって控え室まで行けばいいのかを呼び出した本人に聞こうとスマートフォンを取り出そうとすれば。


「すみません。藤堂 美月さんですか?」

「はい、そうですが……」


不意に、20代半ばくらいの女性に声を掛けられた。

何故私の名前を知っているのかなど、現代の情勢のせいで警戒心が働くが、その女性は私を見つけられたことがよほど嬉しかったのか、顔をパアっと明るくした。

その様子が何だか年上には見えなくて、持っていた警戒心も薄れ、女性に対して少しだけ親近感が沸く。


「やっぱり!ちょっと着いて来て下さい」


と思ったのも束の間、いきなり腕を掴まれ一瞬で身体が強張った。


「あの、すみませんがどなたですか?」

「あっ!すみません!名乗るのを忘れてましたね。私はexpressersのマネージャーの垣内 凛です」


急に着いて来てと言われたことへの戸惑いを隠せず、誰かと尋ねればexpressersのマネージャーだと言う。

そう名乗られて初めて合点がいった。

きっと私が控え室への入り方がわからず困っているのだろうと予想した彼が、マネージャーであるこの人を寄越してくれたのだろう。


「expressersのマネージャーさんだったんですね。わざわざ迎えに来て下さってありがとございます」

「いえ、それではご案内しますね」

「お願いします」


そうして案内された控え室は、ロビーの脇から伸びた通路に入り、角を曲がってすぐのところだった。


「控え室はこちらです」


こちらですと案内された部屋の横には『expresses様』と書かれた紙が貼られており。

それが、幼い頃から知っている彼が芸能人であることを改めて私に実感させた。

そうして私がそれを見ていると、マネージャーの女性が扉をノックしており、その後中から「はい」と聞き馴染みのある声が聞こえて来た。


「すみません。失礼します」


その声を合図にマネージャーの女性が開いた扉の向こう側には、私にメッセージを送ってきた彼しかいなかった。


「美月、こっちにおいで」


そう言って優しく微笑みながら私を呼ぶのは暁のメンバーの一人、中条 界。

expressersのベーシストでもある彼は、銀色の少しクセのある髪に、同じく銀色の瞳。

その整ったクールな顔立ちから放たれる力強い音に虜になるファンも少なくないとか。


「界、お待たせ」

「最近帰れなくてごめんな」


私にこっちに来るよう手を招いている界の元まで駆け寄れば、界は眉を下げて私の頭を優しく撫でてくれた。


「大丈夫。界が忙しいのは分かってるから」

「……そっか。でも今日は家に帰れるからな。一緒に帰ろう」

「うん!あ、界ライブすっごくカッコ良かったよ」


寂しいと感じてはいたが、それでも皆に心配をかけたくない想いから、大丈夫だと見栄を張ってしまう。

だけど、きっとそんな私の見栄なんて界には簡単にバレてしまっているのだろう。

界が声を発するまでに少し間が開いたのがその良い証拠。

だけど、ズルい私はそれに気付かないフリをして話を逸らす。

すると、そうして話しているところでここまで連れてきてくれたマネージャーの女性にお礼を言うのを忘れていたことに気付いた。

そう思って後ろを振り向くが、既にマネージャーの女性の姿は無くなっていた。


「どうかしたのか?」


急に後ろを振り向いたまま不思議そうな表情を浮かべる私を疑問に思ったのか、界がどうしたのかと尋ねてきた。


「マネージャーさんにお礼を言おうとしたんだけど、いつの間にかいなくなってたから」


聞いてきた界に、顔は扉の方向を向いたまま訳を話す。

何も言わずに界に会えた喜びのまま話に夢中になってしまったから、もしかしたら不快な思いをさせてしまったのかもしれない。

そう答えを求めるように顔を界の方へ戻すと、界は少し考える素振りを見せた後。


「今度俺の方から伝えておくから心配するな」

「うん」


そう言ってくれたので、まだ若干気にはなったが界に任せることにした。



「美月、帰るぞ」


一通り他愛のない話をした後、界がテーブルの上に置いてあった楽器を手に取り、立ち上がった。


「え、もうお仕事終わったの?」

「ああ、それに他のメンバーはもう帰ったしな」


界はここ最近ずっと忙しそうにしていたため、こんなにもあっさりと仕事が終わるとは思っておらず、思わず聞き返してしまった。

すると、あっさりと肯定の言葉が帰って来て、しまいには他のメンバーはもう帰ったと言う。

確かに、私がここに来てそれなりに時間が経つのに、誰一人帰ってこないし、他の人の荷物らしきものもない。


「そういえば美月、この前アイツらに怒られたらしいな。修介から聞いた」

「うん……」


そんなことを話しながら、ライブハウスの裏口から出て、既に呼んだというタクシーに2人して乗り込む。

そうしてタクシーに乗れば、思い出したかの様に放たれた界の言葉に、ゔっと顔をしかめる。

すると、そんな私の反応を見て、界は小さく、だけど楽し気に笑った。

だけど私からしてみれば笑い事じゃない。

あの日のことを思い出し、シュンとしながら返事をした。


「アイツらの言うことは最もだ。けど、次から気を付ければ良い」


そう柔らかく微笑みながら私の頭を撫でてくる界はやっぱり優しい。

だけど、もしもあの場に界がいたとして、今と同じような態度を取るかと言われたら、正直自信が無い。

いや、ほぼ確実に怒っていただろう。

良いけどね、あれは私が悪かったって分かってるから。



そうして半ば開き直りながら揺られているとタクシーがマンションの前へと着き、代金を払うとって私たちはそのままの足で自宅へと向かった。


「ただいまー」

「ただいま」


家に入ると、中に誰がいるのか分からないうえに、もしかすると誰もいない可能性があるが、いつもの癖で中に向かって声を放つ。

すると。


「おかえりーって、うお!界じゃねーか」


どうやら翼がいたようで、玄関にいる私たちに顔を見せると、界の顔を見た瞬間、翼の深紅の瞳が大きく見開かれた。


「ああ、翼一人か?」

「“ああ”ってお前なー。まあいっか」

「今は俺しかいねーよ。みんな事務所にいる。つっても俺も忘れ物取りに来ただけだから直ぐに戻るけどな」


翼の驚きの声に対して淡泊に返す界。

そんな界に翼がツッコミを入れようとしていたが、界のあの態度は最早いつも通りなので気にしないことにしたらしい。


「そうか、なら事務所に戻ったら他の奴らにも伝えといてくれ。“帰って来たら話がある”ってな」


これから事務所に戻ると言う翼に界が他の皆への伝言を頼んだ。

こうやって改まって伝えているところを見ると、どうやら相当に重要なことらしい。


「良いけど……、なんだよそれ。俺は仲間外れかよ!」


界の言い方からして、今事務所にいるであろうメンバーに話があるというように聞こえたらしい翼は、何だか少し拗ねてしまっているようにも見える。


「いや、お前にもいてもらう。もちろん、美月にもな」


翼の言葉に対しての界の返答は、翼の予想を大きく上回るものだったらしい。

だけど、翼以上に界の言葉に驚いているのは、きっと私の方だろう。


「は?美月も?なに話すんだよ」

「夜になれば分かる。だから早く事務所に行ってこい」

「分かったよ、じゃーな!」


きっと翼は、私のバイト先のオーナーの話をすると思ったのだろう。

勿論、私もだが。

だからこその先程の質問で、それには正当性が帯びていた。

しかし、界から返ってきたのは、翼にとっては納得のいかない言葉で。

まあ多分、界はそんな翼の気持ちも分かったうえで、今言う必要が無いと思ったから言わなかったのだろうが。

そして翼も、そんな界の性格をよく分かっているからこそ、あえて突っ込むことはせず、だけど納得いかない気持ちを抱えたまま、半ばヤケクソの状態で家から出て行ったのだろう。

そんな翼の背中を見つめながら、やはり暁の皆とオーナーが争う事なく幸せに暮らすという道は無いのだろうかと、思案する。

……暁の皆がオーナーのことを疑わしく思っていることは分かっていた。

それに、帰り際に界から言われた、私が皆に怒られたことを修介から聞いたというあの言葉。

それを聞いて、きっと修介はオーナーのことを界に相談していたのだという事実が、大して頭の良くない私でも安易に分かった。


「美月、聞きたいことがある」


私がそうして考えていると、界から声がかかり。

界はそう言いながらソファに座って、私にその隣に座るよう促してきた。


「聞きたいこと?」

「ああ、オーナーのことだ」


聞きたいことと言われてパッと思いつかなかったが、質問の内容を聞いて納得がいった。

それと同時に、“来た”とも思った。

気ままで直接的には触れて来なかった私とオーナーとのこと。

その話題を何の躊躇いもなく切り出した界に、バクバクと心拍数が上がる。

だけど、きっと界はこの私の気持ちも分かったうえでこういう聞き方をしているのだろう。

ならば、私も覚悟を決めよう。

あの幸せな物語に自分の手で終止符を打つために。




それから私はここ最近のオーナーの言動を全て話した。

そんな私の話を界は終始黙って聞いていて。

そして全て話し終えた後。


「そうか、わかった。ありがとな」


そう言って、何かを考え始めた。



「全員、話がある」


夜になり、久し振りに全員で夕ご飯を食べて、各々好きに過ごしていた時。

その穏やかな時間を断ち切るように、界の声が部屋中に響いた。

すると、それを合図に今までの空気が一転して緊張感のある物に変わる。

そして、全員それまでやっていた作業を一旦止めると、ソファへと集まった。


「話っていうのはお前らも大体予想はついてるだろうが、美月のバイト先のオーナーのことだ」


全員がソファに座ったことを確認すると同時に、話を始める界。

しかし、その端的に述べられた話の内容に春樹が顔をしかめた。


「それなら美月の前で話さない方が良―んじゃねーのか」


それは、私がオーナーに対してプラスの感情を抱いていることを知っているからこそ。

その私の前でオーナーを悪く言うようなこの話し合いには私は参加しない方が良いのではないのかという春樹なりの気遣いだった。


「いや、美月にもこれからどう動くのかを知ってもらいたい」


だけど、界の言うことも最もで。

春樹の言葉が“気遣い”なら、界のそれは“正論”なのだろう。

界の言葉に春樹は少し考える素振りを見せた後、「分かった」と言って界に話の続きを促した。


「結論から言うと、これから俺たちは美月のバイトがある日は毎日送迎をする」


そして界が声を放つと、全員が分かりやすく動揺した。


「は?おい待てよ!向こうに俺らが警戒してることを悟られちゃいけないんじゃねーのかよ」


すると、一番に反応を見せたのは翼で。

その翼の言葉を聞いて、春樹は皆にそう伝えていたんだと素直に感じた。

そんな私の予想を裏付けるように、翼の言葉に同意する修介と春樹が朔弥越しに見えた。


「いや、こっちが警戒してるのはもうバレてると思ってまず間違いない」

「だからこれから先は、美月の安全を最優先に行動しよう」


こっちが警戒していることがバレているというのは、界の言った通りだろう。

だけど、引っかかるのはその先。

いや、引っかかるというよりは、申し訳ないといった方が近い。

このご時世、確かに、特に夜の一人歩きはあまり好まれたものでは無いが、これでも私は『戦闘員』だ。

何かあった時の対処は、『非戦闘員』に比べればできる方だろう。

そんな私のために、『敵が近くにいるかもしれない』という仮説で皆の手を煩わせることになってしまい、申し訳が立たない。


(私、バイト辞めた方が良いのかな……)


普通の高校生の様な事がしてみたいと始めたバイトだったが、こうして皆を巻き込んでしまっては話しが別だ。

あの場所はとても居心地が良くて、皆が温かかったが、私にとって一番優先すべきは暁の皆。

そう考えると、“バイトを辞める未来”というものが更に近くなったようで。

皆の議論する声を聞きながら、私の心にはぽっかりと大きな穴が開いたようだった。


「――話は以上だ。明日は久し振りに全員が事務所に行く日だろ。もう寝るぞ」

「そーだなー、寝るか!」


すると、いつの間にか終わっていたらしい話し合いから一瞬で切り替わった雰囲気に。

バイトの事があって引きずったままの私は一瞬ついていけなかったが、翼の元気な声を聞いた途端、フッと強張っていた何かが解れた気がした。

そうして、私たちが各々自分の部屋に入り寝ようとしていた頃、北区ある場所では3人の男たちが楽し気な会話を始めようとしていた。




***




扉の開閉音と共に、扉に取り付けたアンティーク調のベルがカランコロンと鳴る。

そしてそのベルを鳴らした張本人、進藤 棗は迷うことなく店のカウンター席へと座った。

どうやらここはBarの様で、店内の薄暗い照明の中に棗を含めた3人の男たちの姿が浮かび上がる。


「棗じゃん、久し振り。最近顔見せなかったのに今日はどうしたの?」

「久し振り、秀星に悠真。最近顔を見せなかったのは面白いものを見つけたから。今日は普通に気分だよ」


棗に“秀星”と呼ばれた男は、店に入ってきた棗の顔を見るなり爽やかな顔を向けていて。

そんな秀星に訳を話す棗の口調はどこか楽し気だ。


「そうなんだ。で、何飲む?」

「あー、何にしようかな。お、悠真、お前何飲んでんの?」


カウンターを隔てた反対側にあるキッチンスペースに立つ秀星は、棗が席に着いたのを見計らって何を飲むかを尋ね。

すると、聞かれた棗は何を飲むかを一瞬考える素振りを見せた後に、隣に座る“悠真”と呼んだ男に話しかけた。


「スコッチ」


そうして棗から話を振られた悠真はというと、長い指でグラスを弄びながら端的に今飲んでいる物を答えていた。


「ふーん、じゃあ俺はジントニックで」

「了解」


結局、棗が飲むことに決めたのはジントニックで、本当に聞いた意味はあったのかと問い質したくなるようなものだが。

悠真の答え方然り、棗の適当な返事然り、それにお互い慣れているのか、誰もツッコむ者はいない。

現に、棗にジントニックを頼まれた秀星は、一言「了解」と言うと慣れた手つきでカクテルを作り始めている。


「今日昴は?」


そんな会話を繰り広げた後、何かに気が付いたような棗がぐるりと店内を見回した後に隣に座っている悠真に尋ねた。

どうやら、現在この店の中にはいつものメンバーの一人の姿が見えないらしい。


「2階で課題をやってる」

「あー、成る程ね」


そうして悠真から返ってきたのはいつも通りのものらしく、バイオレットの瞳が気の毒そうに細められた。


「昴、この前の期末試験で酷い点数取ったんだって。それで課題が山ほど出てね、この課題やらないと留年しちゃうらしいよ」

「もうそんなに崖っぷちなのかよ」


どうやら秀星の口振りからして、3人から“昴”と呼ばれる者には相当な量の課題が出たらしい。

そんな昴の状態の聞いた棗は、呆れと同時にそれを楽しむような声を上げた。


「まあ、昴はバカだけど根は真面目だからね。留年するかもしれないけど、いつかは卒業するでしょ」

「確かにな」


すると、直前の棗の言葉から昴をフォローしようとしているのか貶そうとしているのか。

その後に言葉を放った秀星は、まるで今の昴の状態を面白がるようにクスッと笑いを零していて。

それに同調するように、棗が笑みを浮かべながら秀星の作ったジントニックのグラスを傾けた。


「棗、最近見つけた面白い物ってなんだ」


そうして棗と秀星が昴の話に花を咲かせていると、それを断ち切るように今まで黙っていた悠真が声を上げた。

そしてその悠真が尋ねた内容とは棗がこの店に来たばかりの時に言っていたもので、悠真はそれがずっと気になっていたようだ。


「ああ、それ俺も気になってたんだ」


すると、悠真だけでなく秀星も気になっていたようで、棗は2人の言葉を受け、いつか見た不敵な笑みを浮かべながら最近あった“面白い事”を話し始めた。


「実は――、」


そうして話し出したのは美月たちのことで。

それを話す棗の様子は、終始愉快そうなものだった。


「へえ、それは面白そうだね」


その後、棗の話が終わると、爽やかな笑みを浮かべたまま楽し気な声を出す秀星からは、どこか黒い何かを感じる。

そして、一方の悠真は、先程まで全く変わることのなかった顔から、形の良い唇を同じく楽し気に歪めていた。




ここは、様々な思惑が立ち込めるBar。

お店として開いてはいるものの、ここに立ち寄る者など誰もおらず、唯一訪れるのは彼ら4人だけ。

はてさて、彼らは一体何者なのだろうか。



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