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  作者: 青
第1章
2/12

私の住んでいるこの街には4つの区がある。

北区、東区、西区、南区。

私たちはそれを総称して4区と呼んでいる。

そしてこれは、その4区でヒーローと称えられている組織の物語だ。




***




「美月、今日バイトは?」


平日の朝、家から学校までの道中で隣を歩く私の双子の弟の藤堂 朔弥がふと声をかけてきた。


「今日は無いよ」

「じゃあ6限終わったらメッセージ送って。用が無ければ一緒に事務所に行くぞ」


そう言う朔弥の顔を見て、小さい頃は同じ高さにあった琥珀色の瞳が、今となっては見上げなければ視線が交わらない程の高さにあり、随分背が伸びたなあと他人事のように思う。

勿論変わったのは身長だけではない。

顔立ちも、小さい頃の可愛らしかったものとは比べ物にならないくらい、双子の姉である私から見ても格好いい。

一見、冷たくも見える端正な顔立ちは、琥珀色の瞳と漆黒の髪の効果も相まってか、朔弥の格好良さをより引き立てているようにも感じた。

朔弥は昔から女子から人気があったものの、中学生になった途端、輪をかけて女子たちの視線を集め出した。

それは、高校2年生になった今でも健在で、むしろ中学生の時よりも幼さが抜けたせいでモテているのかもしれない。


「何か予定でもあるのか」


急に黙った私の態度が予定があると肯定しているように見えたのか、朔弥は私に問いただしてきた。


「急に黙ってごめんね。少し考え事をしてただけなの。用事は特にないから一緒に行こう」


誤解を与えてしまったと、慌てて本当のことを伝えると、朔弥は一言「そう」とだけ言って、視線を前に戻していた。

そこからは、また他愛もない話をしながら2人で学校へと向かっていると、ようやく同じ制服を着た人たちがチラホラと見え出したといったところで、見知った姿が私の視界に入る。


「あっ、雫だ」


私が視界に捉えたのは、きちんと手入れの行き届いている、胸の下ほどまで伸びたサラサラの黒髪に、モデルかと疑ってしまうようなスラリとした手足。

そんな、美人を具現化したような、私の親友の春川 雫だった。


「おはよう、雫!」

「おはよう。美月、朔弥くん」

「おはよ」


思わず駆け寄りお互いに声を掛け合うと、私とは違って変わらぬペースで歩き続ける朔弥を待って、雫と朔弥と学校を目指す。

先程まで私と朔弥がしていたような他愛もない話をしながら学校までの道のりを歩いていると、不意に昨日の古文の授業中に先生が言い放った、私にとっては口に出すのも憚れるような3文字を思い出した。


「どうかしたの?美月」


どうしたものかと頭を抱えて唸っていると、そんな私の様子を見た雫が不思議そうに首を傾げる。


「それがね……」


雫の方へと顔を向けながらそう声を零してハタ、と思う。

そういえば雫は学期末に行われているテストでいつも総合順位が10位以内だったはず。


「……雫、今週末空いてる?」

「今週末?土曜日なら空いてるけど、どうしたの?」


何の前触れもなく唐突に投げかけた質問に雫は不思議そうにしながらも答えてくれて。

そしてそれが私にとっての最良の返答だったことにより、先程までどんよりしていた私の表情がパアっと明るくなった。


「来週の月曜日に古文の小テストがあるから、教えて欲しいなあって思って」

「なんだ、そういう事ね。良いわよ。じゃあ、私の家で勉強する?」

「する!ありがとう、雫!」


突然の申し出だったにも関わらず二つ返事で了承してくれた親友に感謝しながら、せっかく雫の家にお邪魔するのだし、何かお菓子でも持っていこうと邪な考えが浮かぶ。

だが、雫はそんな私の考えなどお見通しとばかりに、一度私に鋭い目を向けると。


「みっちり教えてあげるから、覚悟しなさい」


そんな厳しい言葉を言い放った。

さすが私の親友だ。

私の考えることなど、雫には手に取るようにわかるのだろう。


「が、頑張ります……」


勉強を教えて欲しいとお願いした手前、少しは遊びたいなどと反論できるはずもなく、渋々了解の旨を伝える。

そうしたやり取りをしていたら、高校一年生の時に雫に勉強を教えてもらった時のことを思い出し。

そういえば、あの時は凄く分かりやすかったけど、それを軽く上回る程にスパルタだったなあと、思わず苦笑いを浮かべた。




―春川 雫 Side―


私の隣で苦笑いを浮かべている親友。


(まったく……)

(勉強を教えて、なんて言う割に遊ぶ気満々なんだから)


そんなことを考えながら、目の前の彼女に向けて眉を下げる。

私の親友である藤堂 美月は、一言で言えば美人だ。

というより、綺麗と可愛いが混在しているような子で、分かりやすく女子からも男子からも好かれるタイプ。

胸元くらいの長さのセミロングの髪は、双子の弟の朔弥くんと同じく全てを飲み込むような漆黒で、痛みなど知らない様な綺麗なストレート。

そしてその漆黒の髪から覗く、同じく朔弥くんと同じ色の琥珀色の瞳からは、彼女の意志の強さのようなものが滲み出ている。

この双子は、髪の色も瞳の色も同じだが、顔立ちは全然似ていない。

そんな双子の片割れで私の親友の美月は、私のことを美人だなんだと言ってくれるが、私からすればそれは美月の方。

美月は、というより、この双子は2人そろってモテる。

だけどどうやら2人ともそういったことに興味がないのか、一度も浮いた話を聞いたことが無い。

その上、美月は恋愛に関して鈍感、というか少しそういった話題を避けているようにも感じる。

それは何故だかは私にはまだ分からないが、いずれ話してくれると信じてるわよ。

私は、貴女の一番の友達なんだから。


―春川 雫 side End.―




朔弥と雫とそうした会話をしながら、私たちが通っている東高校の校章が描かれた校門を通って、靴をローファーから上履きに履き替える。

そして階段を上り、2年生の教室のある2階に着くと。


「俺と雫こっちだから」

「じゃあね、美月」


朔弥と雫が階段を上って左側へと続く廊下の方に足を向けた。


「うん、じゃあね」


2人に続いてそんな短い別れの言葉を交わしてから、私は2人とは反対側の廊下を歩きだした。

全学年5クラスずつあるこの学校で、朔弥と雫は同じクラスの1組に、私は4組に所属している。

1年生の時は私も2人と同じクラスだったのだけれど、2年生になってのクラス替えで悲しいことに私だけが違うクラスになってしまったのだ。

それ故に最初は寂しさを感じていたこの廊下も、もう見慣れたもので。

2人と別れた階段から少し歩けば、すっかり私の居場所となった2年4組と書かれたプレートが見え、ガラリと音を立てて教室の扉を開ける。

そしてクラスメイト達と挨拶を交わしながら、自分の席へと向かい机に鞄を降ろせば、私の前の席とその右隣りに座る2人の女の子が声を掛けて来た。


「美月ちゃん、おはよぉ~!」

「おはよう、美月」


向かい合って話していた2人が身体をクルリと私の方に向け、2人ともいつもの調子で声を放つ。


「おはよう花蓮、飛鳥」


私の前に座る独特な間で話す子が花蓮で、その隣のサバサバした子が飛鳥だ。

花蓮は小さな身長と、フワフワとした柔らかそうな胸まで伸びた茶髪を結んだツインテールが印象的な可愛らしい女の子で。

飛鳥の方は、本人が言うには邪魔だからという理由で短く切られた短髪黒髪のボーイッシュな女の子。

2人とも2年生になってからの友達で、最初の頃は初々しかった関係も、今となっては心の許せる大切な友達だ。


「美月ちゃん、今日テンション高いねぇ~」


この独特な間と喋り方に最初は驚いたりもしたものだが、今となってはもう慣れたもの。

それにきっと、この話し方が一層花蓮の可愛らしさを引き立てているのだろう。


「どうせ1限が物理だからでしょ?なんで理系の科目だけできるんだか」

「ねぇ~。理系の科目だけはねぇ~」


心底訳が分からないといったように呆れた視線を送ってくる飛鳥に対して、花蓮は楽し気に言葉を紡ぐ。


「ちょっと、2人とも“だけ”を強調するのやめてよ」


そう言う私の反応を見てケラケラと楽しそうに笑う2人だが、こっちからしてみたら死活問題。

どう足掻いても成績の上がらない文系科目に、半ば諦めすら感じている。

そんな想いも込めて拗ねた様に睨み返すが、それすらも面白いと言わんばかりに2人とも笑い飛ばしていた。


「そんなことより、美月と花蓮は来週の古文の小テスト大丈夫なの?」


今までの話のくだり全てがどうでも良いと、あっさりと話をぶった切った飛鳥は、またも呆れた表情を今度は私と花蓮に向けて来て。

そして続けられた言葉は、正に先程悩みが解決したというか増えたというか、私の中で微妙なラインに位置する話題を持ち出した。


「えぇ~!何それぇ~、知らないよぉ~!」


「あー」と私が微妙な表情を浮かべる中、そんな話聞いたことが無いといった様子の花蓮。

そういえば彼女は古文の授業の最中、ずっと夢の世界の住人になっていたことを思い出す。

それを心配してか授業が終わった後に飛鳥が花蓮に伝えているところは見たのだが、寝起きのはっきりしない頭ではちゃんと聞き取ることが出来なかったようだ。


「やっぱり、そんなことだろうと思った」


飛鳥は予想通りだとでも言うように一層呆れた表情を花蓮に向けた後、そのまま表情は変えずに視線だけスライドさせて私に向けて来た。

まるで、「アンタはどうなの?」とでも言わんばかりだ。


「あ、私は雫に教えてもらうから大丈夫だよ」


突き刺さるような視線を受けた私は、身に覚えのない肩身の狭さを感じながら小さな声で主張する。


「えぇ~!いいなぁ~、美月ちゃん。雫ちゃんってすっごく頭の良い1組の人でしょ~。私も教えてもらいたいなぁ~」


「ずるいずるいぃ~」と私の肩を掴んでは揺すってくる花蓮に、私の方から雫に伝えておくと言うと、その手はあっさりと離された。


「やったぁ~!ありがとぉ~」


その変わり身の早さに驚きつつも、これが狙いだったのではと薄々感じる。

というより、ほぼ間違いないだろう。

忘れないうちにと思い、その後すぐに雫にメッセージを送ると『わかった』と了承の返事が返って来て。

そのことを花蓮に伝えると「やったぁ~、ありがとぉ~」と、またも彼女独特の間で返ってきた。


「土曜日に雫の家で勉強会ね。花蓮は雫の家分からないと思うから駅に1時待ち合わせでいい?」

「うん!」


手短に伝えるべきことを伝えると、タイミングを見計らったかのように担任の教師が教室へと入ってきた。

それをきっかけに話はそこで終わりとなり、この日は担任が1限を担当するということもあって、簡単なHRの後そのままの流れで授業へと入っていった。



学校特有のスピーカーから流れてくる鐘の音と共に、今日の一番最後の授業が終わりを迎えた。

クラスメイト達が今日一日の授業疲れから解放され、教室がザワザワと騒がしくなる中、私は今朝朔弥と交わした約束を果たすため、机の横に掛けてある鞄からスマートフォンを取り出した。

そのスマートフォンに電源を入れ、メッセージアプリの朔弥とのトーク画面を開く。


『授業終わったよ』


素早く文字を打ち送信ボタンを押すと、まるで待っていたかのように、すぐさま“既読”のマークが付く。


『今行く』


その後すぐに返ってきたメッセージを見て、端的な文章が彼らしいな、なんて思い顔が綻ぶ。

そうして私が朔弥の返信に笑みを零していたら、突然、花蓮が興奮した様な声を上げて来た。


「ねぇねぇ!そういえば、この学校の生徒でこの前『暁』に助けてもらった人がいたらしいのぉ~!」


私の思考を断ち切るようにして耳に入ってきた花蓮の口調からは、興奮故かいつもの独特の間が少し崩れているように思う。

だが、その話の内容に花蓮が興奮するのも無理はないだろう。

『暁』とは、現代日本でヒーローと称えられている組織の名だ。

正確には、今現在も行われている権力戦争の最有力候補だと言われている2グループの内の1つ・『氷室グループ』に所属している一つの組織なのだが。

日本に、特に4区で暮らしている者ならば誰もが一度は興味を寄せるその存在。

それは、『暁』の目撃情報が日本全国の中でも特に争いの激しい4区内でよくあるため。

一部、良く思わない者もいるものの、その存在は絶対的で。

多くの人が憧れ、一目で良いから見たいと願うその組織を見れたどころか助けてもらったとなれば、誰かに自慢したくもなるのも当然だろう。

そして、その『暁』に憧れを抱くものが私の目の前にも一人。

花蓮は知り合った当初から『暁』に対して強い関心を持っており、SNSなどを駆使して『暁』の情報を得ているらしい。

そんな、前のめりになって話してくる彼女に苦笑いを浮かべながら「聞いてるよ」と返して落ち着かせる。


「うちの学校で『暁』に助けてもらった生徒がいたんだね」

「そうなのぉ~!」


ちゃんと話を聞いていることをアピールするため花蓮の言葉を復唱するように返すと、私がちゃんと聞いていたことが嬉しかったのか、先程の倍のテンションで声が返って来て。

それに対してまた苦笑いを浮かべていると、そんな私の態度に飛鳥が不思議そうに尋ねてきた。


「美月は『暁』に興味ないの?」

「うーん、あんまり無いかな」

「そうなんだ。ウチもそこまで興味があるわけじゃないけど、やっぱり一度は見てみたいよね」


飛鳥は私の言葉に意外だといった反応を見せたが、飛鳥自身もそこまでの興味は無いらしい。

それでもやっぱり見てみたいかどうかと聞かれれば見てみたいと答えるあたり、それなりに関心は抱いているようだ。


「ねぇ~!この国のヒーローだもん、絶対格好いいんだろうなぁ~」


そして飛鳥の「見てみたい」発言に誰よりも食いついた花蓮は、まだ見ぬヒーローへと思いを馳せている。

その目はキラキラと輝いていて、ヒーローに憧れる子供の様な感情と、まるでアイドルに憧れる女の子の感情の2つを宿していた。


「そっか。2人ともいつか会えると良いね」


興奮する花蓮とその花蓮を宥める飛鳥。

そんな2人に対して放たれた小さな声は、2人に届いたかは分からない。

けど、それで良い。

それ以上に掛ける言葉など有りはしないのだから。


「美月、迎えが来たよ」


『暁』談義に花を咲かせている私たちの会話を断ち切るような飛鳥の声が聞こえた。

“迎え”と聞いて思い当たる人物は一人しかいないが、飛鳥の言葉に反応するように教室のドアのところに目を向けると、いつの間にやら朔弥がそこに立っていた。


「美月、帰るぞ」


教室のドア枠に寄りかかるように立っていた朔弥は、用件だけを伝えると私を待たずにさっさと行ってしまった。


「また明日ね、2人とも」

「またねぇ~」

「またね、美月」


急いで追いかけなければと立ち上がり、鞄を肩に掛けて先程まで会話をしていた2人に手短に声を掛けると、駆け足で朔弥の後を追った。

すると、教室を出た先にあった目当ての背中は思ったよりも近くにあり、今もゆったりとした歩幅で歩いている。

私にはとっては既に慣れたその態度に一度クスッと笑うと、優しさが見えづらい彼に駆け寄った。


「今日は誰がいるのかな」


下駄箱で上履きからローファーに履き替え、校門を出たところで朔弥に話を振ってみる。


「……今日は俺たちだけみたいだ」


私から話を振られた朔弥の手には、私が作った携帯用端末が。

スマートフォンとは別の、仕事のために作ったその端末は、娯楽用のアプリなどは入れられないものの、仕事として使うには十分な、むしろこちらの方が数段使いやすい様な代物だ。


「そうなんだ。急な仕事が入らなきゃいいけど……。大丈夫かな?」

「大丈夫だろ」


携帯用端末を見ながら答えた朔弥にそんな不安をぶつけてみるも、楽観的なのか確信があるのか分からない様な言葉が返ってきた。

その返答にどこか納得がいかないと感じるが、ここで朔弥を責めたところで人数が増えるわけでもないので、浮かんできた文句をグッと抑える。

そうこうしている内に5階建て程の小さなビルの前に着いた私たちは、そのビルの中に入ると2階へと階段を上がった。

このビルにはワンフロアにつき一部屋しかなく、2階についたところで目の前に立ち塞がるドアのカギ穴に持っていた鍵を差し込んで、その鍵を90度回転させる。

ガチャッという音がして扉の鍵が外れたことを知らせる音が聞こえると、その扉を開き、迷うことなく私たちは室内へと足を踏み入れた。


室内は、自宅リビングを連想させるようなカウチソファが置いてあり、そのソファの長く伸びている側とは反対側にもまた、3人掛けのソファが置いてあって。

そして、そのソファたちの目の前にはローテーブルが置かれており、2種類のソファの視線の交わる位置にテレビが壁に設置されている。

部屋の奥には一台のデスクとセットの椅子がリビングの様な場所を向く形で置かれていて。

更にその奥、この部屋の一番奥の窓際にはホワイトボードがあるのだが、今は何も書かれてはいないようだ。

そして、そのデスクらが置かれている場所から視線を右にズラすと5畳程度の奥まった空間があり、そこは簡易キッチンとなっている。


私たちは室内に入り各々適当にソファに鞄を置くと、私は奥のキッチンスペースに置いてある小さな冷蔵庫の中にここに来るまでの道中で買った二人分の飲み物を入れ。

一方の朔弥は、真っ直ぐリビングの様な場所の隣にある部屋に行き、そこからスーツとウィッグ、靴や日本刀を持って来ていた。


「俺がこっちで着替えるから、美月が中で着替えろよ」

「うん。ありがとう」


朔弥の気遣いに感謝しながら部屋の中へと入れば、そこは10畳くらいの広さで、ドアの反対側にある壁には壁に沿うようにして置かれてある6つの細い縦長のクローゼットが。

私はその中の一番右にあるクローゼットの扉を開くと、中に入っているレディースのスーツに着替える。

黒色のジャケットに合わせて黒色のネクタイをきっちりと締めた後、同じクローゼットの中からボブヘアでライトブラウンのウィッグを取り出して、自分の髪を中に巻き込むようにして頭にそれを着ける。

その後、黒のカラコンを付け、『戦闘員』の印であるバッジともう一つの真っ赤に染まったバッジを付けた後、仕上げに伊達眼鏡をかければ完成だ。

鏡で確認すると、そこに映っているのは藤堂 美月ではなく知らない誰か。

朔弥と同じ琥珀色の瞳も、胸元まで伸びたストレートの漆黒の髪もすべて隠して知らない誰かに成りきる。

軽くウィッグの髪を整えると、ローファーからブーツに履き替え、自分の武器を持って扉の前へと向かった。


「朔弥、着替え終わった?」

「ああ」


ドア越しに朔弥に確認をとると、入ってきた扉からリビングに出る。

リビングに出ると、とうに着替え終わっていたのか自分の隣に日本刀を立てかけ、ソファに座って何やらスマートフォンを弄る朔弥の姿が。

私同様変装している朔弥も、やはり“知らない誰か”だ。

そんな朔弥が私の姿を確認すると、立ち上がってそれをポケットにしまい、日本刀を

手に持った。


「行くぞ」

「うん」


最後にお互いの携帯用端末とこの部屋の鍵を腰元のポーチに入れ、ドアを開け放った。




***




部屋から出て行った2人の背中は最早別人。

2人から漂う雰囲気は高校生特有の少し子供じみたものなどまるでなく、完全に大人のそれだ。

そして、2人が自分のもののように扱うこの部屋こそが、話題の『暁』の事務所そのもの。

この事務所の主は全員で6人いて、基本的に彼らは『表』の仕事が無い日にここに現れて仕事をする。

その事務所の主人である“彼ら”は仕事をする際、各々黒を基調としたスーツに着替え変装する。

それは、これが『裏』の仕事だから。


そんな彼らの正体とは、『暁』。


そう、彼らこそ現代日本でヒーローと称えられている存在。

そして勿論、美月と朔弥もそのメンバーの一員だ。




***




「ありがとうね、ミキちゃん。お陰で助かったわ」

「いえいえ、沙希子さんのお役に立てて良かったです。また何かあったら呼んでください」


人の良さそうな笑みを浮かべるこの女性は、東区で暮らす『非戦闘員』。

何度か困っているところを助けてから、もうすっかり馴染みの顔だ。

そんな沙希子さんが私を呼ぶときに使った名前『ミキ』。

“ミキ”とは私が暁として活動する際に使っている名前だ。

どんなに外見を変えても名前が『藤堂 美月』のままではバレるに決まっている。

そんな理由から、暁として活動する際は全員偽名を使って活動することが私たちの中で決められた“ルール”の1つだ。


ちなみに私たちの仕事というのは、基本的に暁が所属している『氷室グループ』の社長に指示された戦場で戦うことが主なのだが、別に私たちも毎日戦っているわけでは無い。

だから、こうして何もない日は街で異変が無いかの見回りを行っている。

いくら『非戦闘員』、つまり一般人に危険が及ばないよう法律で制定されているとはいえ、昔の平和だったらしい日本に比べれば圧倒的に治安が悪い。

だからこれも、『氷室グループ』の社長と交わした約束の1つなのだ。

そろそろ社長と約束した見回りの終わる時間が近づいて来て、今日の夕飯は何かな、なんてことを考えながら夕暮れ特有のオレンジ色の光を身にまとい、事務所へと向かう。

暁の事務所が入っているビルに着き、今日は特に大した問題もなく安堵した想いで事務所の鍵を開け中に入るが、室内から人の気配がまるでしない。


「あれ?朔弥ー?」


試しに声を出して呼んでみるが、どうやら朔弥はまだ戻って来ていないようだ。

もしかしたら遠くの方まで行ったのかもしれないと思い、先に着替えて待つことにした私は、ここに来た時と同様にリビングの隣の部屋・更衣室の中に入り眼鏡やウィッグなど、一つ一つ身に着けている物を外していく。

そして東高校の制服に着替え、リビングに戻ろうと自分用のクローゼットの扉を閉めて部屋のドアへと向かって。

そのままドアを開けようとドアノブに手をかけた時、不意に壁に掛けてある全身鏡が視界に入った。

そこに映るのは紛れもなく“藤堂 美月”であり、暁の“ミキ”の面影など、まるで無かった。

時々、分からなくなることがある。

ヒーローとしての、暁としての自分が求められ過ぎていて、ただの“藤堂 美月”は要らないのではないのかと。

必要のない存在では無いのかと。

ふと自分の頬に手を伸ばしてみれば、確かにここに自分は存在していて。

そのことに安堵すると同時に、この事実を暁をヒーローだと称える人々に知られてしまったらと考えるとゾッとする。


『どうしてお前みたいな奴がここにいるんだ!!』

『本当、お前は“出来損ない”だな』


途端に流れ出した“あの場所”での記憶に心が鉛のように重くなるのを感じた。


(っ……!)

(受け入れてもらえる訳、無いか……)


そこまで考えたところで思考を止め、“あの場所”でのことを頭から振り払う。


(やめよう……)


これ以上余計なことを考えないようにと、床を踏みしめている両足に一度グッと力を込めて今度こそリビングへと繋がる扉を開いた。



朔弥がくるまで待つために取り敢えずソファに座ったものの、手持ち無沙汰なうえに何かをしていないと“余計な事”を考えてしまいそうで、で困った私はテレビを付けて適当にチャンネルを変えてみる。

とはいえ、時間も時間なのでどの局も情報番組しかやっていない。

何となく目に付いたチャンネルで手を止め、特に真剣に見るわけでもなく何の気なしにただ移り変わる画面を眺める。

チラリとテレビから真上に動かした視線で時間を確認すると、後30分もすれば全局の情報番組が一斉に終わる時間帯だ。

そんなことを考えながら何度かテレビ越しに見たことのあるコメンテーターが話している様子を見ていると、大して忙しかった訳でも疲労が溜まっていた訳でもないのに、段々と瞼が重くなってくる。

もう少しで朔弥が帰ってくるから寝てはダメだと思うが、テレビから流れてくる音がBGMとなって私の眠気を益々誘う。

だが、そんな私のちょっとした抵抗も虚しく、呆気なく私の身体はソファに沈んでいった。



「―き、美月」


私を呼ぶ声が聞こえたような気がして、未だ思い瞼をゆっくりと開ける。

薄く目を開くと、ぼんやりとした視界に飛び込んできたのは付けっ放しにしていたテレビ。

どのくらい寝ていたのかは分からないが、先程の情報番組とは打って変わって賑やかなバラエティ番組が流れている。

テレビから聞こえてくる笑い声に釣られるように徐々に意識が覚醒していき、ゆっくりと声が聞こえた方向に視線を動かせば、既に制服に着替えた朔弥の姿があった。


「……さくや?」

「ああ、遅くなって悪い」

「だいじょうぶ……。おかえり、朔弥」

「ああ、ただいま」


私の寝ている姿を見て申し訳なさそうな表情をしていた朔弥だったが、寝起き特有の回らない呂律で「おかえり」と伝えれば、少しだけ強張っていた顔も柔らかくなり、優しい表情と声色で「ただいま」と返してくれた。


「帰るぞ」

「うん」


朔弥は眠い目を擦りながら身体を起こす私をたっぷりと待ってからそう声を掛けて来た。

その朔弥の声に反応しながら時計を見てみれば19時30分を指していて、1時間近くも寝てしまったのかと心の中で独り言ちる。

最後に護身用の拳銃をスクールバッグに入れると、私たちは今度は“高校生の私たち”の姿でこの事務所の扉を開いた。

家へと肩を並べて歩く私たちを包み込むのは、都会ならではの星の少ない真っ暗な空と、眩いばかりの光たち。

来た時とは180度違うその景色を背に駅へと歩みを進めた。



事務所の最寄り駅から3駅南側に行ったところにある閑静な住宅街。

私たちの住む家はそこを10分ほど歩いた先にあるマンションだ。

マンションに着き、エレベーターに乗り込んで10階のボタンを押すと、エレベーターは静かに動き出した。


「今日の夕ご飯は何かなあ」

「さあな。けど、修介が作っておいてくれてるだろ」

「そうだね」


他愛ない会話をしているうちに、エレベーターが指定した階に到着したことを知らせる音がポーンと鳴った。

その合図から一拍遅れて扉が開き、私たちもエレベーターから降りる。

エレベーターから真っ直ぐ伸びた先にある一つの扉。

その扉の先にある空間こそが私たちの家であり、私たちが『暁』としてではなく“私たち自身”でいられる唯一無二の気を抜ける場所。

話の流れで分かっただろうが一応説明しておくと、暁のメンバーは一緒に暮らしている。

だからここは、私たち『暁』の家だ。

自宅の鍵を取り出し、玄関の鍵を開けて中へと入る。

すると、今日は私と朔弥の2人だけだったはずが、見慣れた男物の靴とキッチンから漂ってくる良い匂いが。

あれ?と不思議に思っていると、キッチンから顔を出したのは暁の最年長の桐島 修介だった。


「2人ともおかえり」


ライトブラウンの髪に、ライムグリーンの瞳と暁一の身長。

イタリアンレストランのオーナーをしている彼に、端正な顔立ちと物腰の柔らかさも相まって虜になった女性客も多いのだとか。


「修介?ただいま!」

「ただいま」


今日は『表』の仕事の関係で帰るのが遅くなりそうだと言っていた修介だったが、なぜか家のキッチンで夕ご飯を作っている。

そのことに不思議に思ったがそれよりも修介が家にいることへの嬉しさが勝り、そんなことはどうでもよくなってしまった。

急いでローファーを脱いで修介の元まで駆け寄ると、修介は柔らかい表情を浮かべてポンポンと頭を撫でてくれた。


「帰ってたんだ」

「ああ、少し前にな」


私から少し遅れてやって来た朔弥が尋ねると、少し前に帰ってきていたと言う修介。

今日は3人でご飯を食べれるんだと、最近では当たり前ではなくなってしまった事を嬉しく思いながら、先程からずっと香って来る“良い匂いの元”を覗いた。

見ればその正体は黄金色のスープで、その見た目とこの匂いで一気にお腹が空いてくる。


「今日の夕ご飯は何?」

「今日はサラダとスープと和風パスタ。もう少しでできるから待ってろ。な?」

「うん。修介の料理美味しいから楽しみだな」


修介から告げられた今日の夕ご飯のメニューにワクワクと胸を躍らせながら、修介の邪魔にならないようにとキッチンスペースから出た。


「修介、他の皆は?」

「今日は帰って来れないみたいだ。忙しいらしい」


キッチンスペースから出る途中、キッチンカウンターに両腕を乗せて寄りかかるように立っている朔弥がふと疑問を投げかけていて、修介はそんな問いに眉を下げながら答えていた。

修介としてもこの状況は本意ではなく、まだ高校生である私たちを2人だけこの家に残している今の状況に申し訳なく思っているのだろう。

まあ、だからといって修介が悪いわけでは無いのだが。


「そう。この後また店戻んの?」

「ああ。悪いな、2人だけにして」

「別に、大丈夫だから」


10歳も歳の離れた修介からしてみれば、私も朔弥も子供みたいなもの。

私はキッチンスペースから離れて一人ソファに座ってテレビを見ていたのだが、何を話しているのか朔弥の頭に修介の大きな手の平が乗せられている。

そんな朔弥は、自分を子ども扱いするその手を不服に思ったのか、はたまた照れ隠しなのか。

多分私は後者だと思うが、修介の手を払いのけると「心配するな」と主張した。


「見て見て、朔弥!この番組すっごく面白いよ!」


そうした2人の会話を知ってか知らずか、奥のリビングから呑気な声が2人の元に届く。

修介と朔弥はその声に呆れたような、けれど多くの優しさを含んだ笑みを浮かべた。


「今行く。ちょっと待ってろ」


朔弥がリビングに向かって声を掛けた後2人は一度視線を合わせると、修介はそのまま料理へ、私のいる朔弥はリビングへと向かった。



「2人とも、夕飯できたぞ」


私たちがテレビを見始めてから数十分後、キッチンで作業をしていた修介から声がかかった。


「はーい」


見ていたテレビを消してダイニングに行くと、見るからに美味しそうな料理がテーブルに並んでいた。


「やった!修介の料理楽しみだな」


視覚的な効果も相まってか先程キッチンで見た時とは比べ物にならないくらいの食欲をそそられる。

椅子に座れば修介特性のドレッシングがかけられた瑞々しいサラダに、キラキラと輝く黄金色のスープ、今日のメインディッシュである和風パスタが目の前に広がった。


「いただきます」


全員が椅子に座ったことを確認すると、3人で「いただきます」と声を揃え、食べ始めた。

今日は学校でこんなことがあったとか、今日の仕事はこうだったとか、そんないつも通りの会話をしながら食べていると、時間はあっという間に過ぎて行く。

気付けば3人ともお皿の中は空っぽで、私にはそれが3人で一緒に居られるタイムリミットのように感じて。

本当はまだ一緒にいたいけど、仕事の合間を縫ってわざわざ来てくれた修介に我儘も言えず、寂しい想いをグッと我慢する。

そんな修介の負担が少しでも軽くなるようにと、せめてもの気持ちで食器を片付ける。


「美月、朔弥。俺がやるからやらなくていいぞ」


私が食器を洗い、朔弥がテーブルを拭いていると出かける支度を済ませた修介が声を掛けてきた。


「別にこのくらい平気」


忙しそうな修介に「自分たちは大丈夫だから」と伝える朔弥の言い方がぶっきら棒で、思わず吹き出してしまった。


「朔弥の言う通り本当に大丈夫だから、修介は安心して行ってきて」


吹出した瞬間、朔弥に睨まれたがそんなことは気にも留めずに食器を洗う手を続ける。


「ごめんな」


そんな私たちに修介は一瞬複雑そうな表情を浮かべたものの、「ありがとう」と言って私たちの頭を撫でてくれた。


「良いから早く行ってこいよ」


修介の手の平に居心地悪そうな様子の朔弥が、そんなことよりもと急かす。

修介はそうした朔弥の態度に柔らかい笑みを見せると、今度こそ仕事へと向かうため、仕事用の鞄を手に持った。


「じゃあ行ってくるな」

「うん、行ってらっしゃい。頑張ってね」

「じゃあな」


そうして二人で修介を見送ると、修介はバタンと音を立てて仕事先へと向かって行った。


(行っちゃった……)


修介が出て行った瞬間、寂しさが込み上げてくる。

だけど、修介も他の皆もこの生活を守るために一生懸命働いてくれている。

そう思ったら我儘なんて言えなかった。


「……美月、今日出た課題で教えて欲しいとこあるんだけど」


少し気が沈んでいたことが朔弥にはバレてしまっていたのか、気遣いの色が見える声を朔弥が放った。

内容自体は他愛もないものだけど、その言葉の中に込められた優しい想いに気付き、フッと表情を和らげる。


「良いよ。丁度私も朔弥に教えてもらいたいところがあるんだ」

「ならここで一緒にやるか」

「うん!」


お互いに課題を持ち寄って、教科書やノートを机の上に広げる。

そうして肩を並べて勉強している姿は普通の仲の良い兄弟そのもので。

こうした光景が当たり前になる時代まで、私たちは戦い続けるのだろう。


「美月、次のバイトっていつ」


勉強をしていると、ふと思い出した様に朔弥が尋ねてきた。

それに対し「ちょっと待ってね」といいながら机の上に画面を下に向けるように置いていたスマートフォンを手に取って、スケジュール管理のアプリを開く。


「次は来週の月曜日だよ」

「小テストがあるって言ってた日か」

「うん」


防犯対策のため、『表』での用事しか入れていない穴ぼこだらけのスケジュール。

をれを見て朔弥に答えながら何時からかを確認したりして、その確認作業が終わるとスマートフォンの電源を切り、再びシャープペンシルを手に取った。

その後2人だけの勉強会は直ぐに再開され、私たちしかいないこの家の中に、時に真剣に、時に楽し気に聞こえる声が響き渡る。

そんな2人の話声と共に、夜が更けて行った。


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