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  作者: 青
第0章
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序章

この小説は、以前『魔法のiらんど』で掲載していたものを、かなり変更したものです。

子供の頃の私の世界は今の仲間たちと凶悪な大人たち。

そして、鳥かごの様な小さな部屋だけだった。

そんな、毎日くたくたになって戻ってくるこの部屋の上部には小さな鉄格子の取り付けられた窓があり、その鉄格子越しに見える月がキラキラと輝きを放っていた。

それは、当時の私にとってはとても美しく、とても綺麗で。

どんなに手を伸ばしたところで届くはずもないと分かっているのに、つい私はその宝石の様な月に向かって手を伸ばす。

そうした毎日を繰り返しながら、いつしかその月が輝く世界はどんなに素敵な場所なのだろうかと想像していた。




第0章 / 序章




『美月。対象が3つ先の角を曲がった』

『10秒後に接触する』


右耳に付けた無線から、少し離れたところで私たちに指示をしてくれる仲間の声が聞こえた。


「了解」

『……気を付けろよ』

「うん」


その声に短く反応すれば、無線の向こう側・中条 界が少し心配の色を滲ませて忠告して来た。

界の忠告に少し硬い声で答えると、私は近くにあった物陰に隠れ、手に持っている拳銃を握り直す。

そのまま息を潜めて、その“対象”が来るのを息を殺して待っていれば、“それ”は直ぐにやって来た。


「っ……」


相手に気付かれないように拳銃を構え、銃口を向ける。


(っ……、はっ……)


この瞬間はいつも緊張する。

相手の命を奪いかねない“モノ”を向けている時。

逆に“それ”が自分に向いている時。

少しでも気を抜いてしまえば、その緊張から。

……恐怖心から、手が震えてしまいそうだ。

だけど今はそうした考えを全て捨て、絶対に外さないよう照準を合わせれば。


「っ!」

「ぐわっ!」


耳をつんざく様な音が鳴った直後、対象がその衝撃から出された反射的な声と共に地面に倒れていった。

見れば、私の放った弾は対象の右足の太ももを貫いていて、外さなくてよかったと思うと同時に。

彼を傷つけたのが私だという、相手からしてみれば無責任な、罪悪感の『黒』が私の心の中に一つ積もった。


「はぁ……」


一瞬ではあっても、脳の血管が幾つか切れているのではないかという程の緊張感から解放され、静かに息を零す。


「……対象が戦闘不能状態になった」

『了解』


そして、倒れている男の元まで行き、動けないのを確認すると、再び無線を通して界に報告を入れる。

そうすれば、今度は向こうから短い返事が帰って来て。

その声を聞いてから次はどこへ向かうべきかを確認するため、腰元に掛けてある小さなポーチから携帯用端末を取り出す。

それに電源を入れれば、そこには仲間たちの位置が印された、ここら一帯のマップが。

それを見て、事前に聞いていた作戦の内容と照らし合わせ、敵のトップのいる場所を確認する。


「こちら美月。これから敵のトップの場所に行く」

『ダメだ、1人で行くな。……修介、翼』

『了解』

『こっちも大丈夫だぜ』


これからの動きを報告すれば、界から直ぐに否定の言葉が返って来て。

その後すぐに他のメンバーの状況を聞いていた。

すると今度は修介と翼の声が聞こえて、どうやら2人とも既に作戦内の“自分のやるべき事”が終わっていたようだ。

そういった返事が聞こえた後、界は直ぐに2人と一緒に行くよう私に指示してきた。


『了解』


悔しいことに、私には圧倒的に戦闘の才能が無い。

界の言う通り、このまま行っても一か八かの危険な賭け。

それを自覚しているからこそ、このまま突っ走りたい衝動を抑えて2人との合流地点まで足を動かし始めた。

完全に真っ暗な現在は、ほとんどの人が寝ているであろう時間帯のため、人っ子一人いないうえ、自宅からの温かい明かりや、楽し気な会話も一切聞こえてこない。

そうした、薄気味悪い街中をひたすら走っていれば、先程の声の主たちの姿が見えてきた。


「修介、翼」

「美月、怪我は無いか?」

「うん、大丈夫だよ」

「そうか、それなら良かった」


界に指定された場所まで行くと、アサルトライフルを持った桐島 修介が私の存在に気づき、声を掛けてくれた。

その言葉からは完全な心配の色が浮かんでおり、心配性なこの人らしいと、こんな時ながらも笑みが零れる。


「美月、修介。そろそろ行こうぜ」


そうして私たちが話していると、その会話を隣で聞いていた、自動拳銃とナイフが合体したタイプの銃剣を持つ綾瀬 翼が本来の目的へと引き戻してきた。

その声によって私の中で何かがパチンと切り替わり、一瞬で先程のような緊張感が戻ってくる。

そして、一言。


「そうだね」


そう同意すれば、それに続いて修介も「ああ」と声を零した。


「行こうか」


目の前にそびえ立つ高い高いビルを見据えてそう放ち、私たちはそのビルの中へと入って行った。

最上階で部下の到着を待っているであろう人の元へ。



ここが少し前までは大手企業だったとは思えない程の警備の手薄さに驚きながらも最上階に直行するエレベーターに三人で乗り込んだ。

密閉された空間に閉じ込められ、こんな状況だからか一層緊張感が増してくる。

その緊張を少しでも紛らわそうと軽く拳銃の状態を確認すれば、そうした私の落ち着きのなさに気付いた2人が大丈夫だとでも言うような頼もしい笑顔を向けてくれた。

それでも会話は勿論ない。

それは、ここが敵の本拠地だから。

緊張感を切らさないために、私も修介も翼も、全員いつでも戦闘態勢に入れるようになっている。

だけど、そうして一瞬でも仲間の存在を確認することで、私の中に自信と程良い安堵が湧いてくるのだ。

私は決して一人では無いのだと。

そんな、少しばかりの自信と心強い仲間を携えて自分の足に力を入れ直すと、ポーンという耳心地の良い音と共に目の前の鉄の扉がゆっくりと開いた。



無機質な、どこにでもある床をコツコツと音を鳴らし、一番奥にそびえる部屋の前に立つ。

この先にいる人を想像して一度深く呼吸をすれば、となりに居てくれている2人の存在を確認し、その扉を3度ノックする。


「おお、終わったか。早かったな。良いぞ、入ってこい」

「……失礼します」


扉の向こうから聞こえて来たその言葉から感じ取るに、その声の主はきっとここにいるのが敵側の私たちだと思いもしていないのだろう。

その浮かれた声があまりに哀れで、……そして悲しくて。

思わず躊躇してしまいそうになったドアノブに掛けた手に強制的に力を入れ、私はその扉を静かに開いた。


「早かったな。よく戻って来て、……くれ、た……」


そして扉を開いたことによって現れた“目的の人物”は、満面の笑みで私たちを迎え入れた後、その表情を一気に固くし、信じられないといった様に声を零した。


「こんばんは、高田さん。初めまして、『暁』です」


私たちの突然の登場に呆然とその場で立ち尽くしている“目的の人物”に話しかければ、彼はその目を大きく見開いて私の言葉を繰り返す。


「あか、つき……?」

「はい」


その表情からは、『信じられない』や『困惑』などが読み取られ、彼はまさか私たちが来るなどとは思ってもいなかったらしい。

だけど、『氷室グループ』に手を出せば『暁』が来る。

それは、もう既にこの世界で出来上がった“当たり前”の1つで。

それを予期できなかったうえに、『暁』の強さを侮っていた時点でこの人たちの負けは確定していたと言っても過言ではないだろう。

それならば彼がここで終わるのも当然だろうと思いながら、彼の目の前に幾つかの項目が描かれた一枚の紙を突き出す。


「高田さん、あなたの兵たちは既に戦闘不能状態です。氷室グループに高田グループの全てを差し出すと約束しますか?」


端的にまとめるとそう書かれている誓約書を高田に突き出しながら尋ねると、彼は力なく俯いた後、何かを小さく呟いた。


「……だろ」

「えっ?」


何を言ったのだろうかと、一歩彼に近づき聞き返そうと思った次の瞬間。


「約束するわけないだろ!!」


高田の叫ぶような声と共に、扉から複数の武装した男たちが部屋の中に入ってきた。


「っ……!」

「何だコイツら!」


その場の誰もが入ってきた男たちに目を向けると、その男たちは持っていたサブマシンガンの銃口を私たちへと向け、迷わず安全装置を外してきた。

だが、そんな男たちに遅れること数秒後、銃で、体術で、修介と翼が男たちを蹂躙する。

そして私もと動いた瞬間、不意に最後の武装した男の背後に人が現れ、その後その人が持っている日本刀で男の背を大きく上下に切り下ろした。


「朔弥……」


切った本人である、現れた安心できる存在を確認した直後、後ろで何やら気配を感じて振り返ると、私に銃口を向けている高田の姿が。


(あ……)

(これ、は……)


銃口を私に向ける男。

それが誰であろうと、やっぱり私はこの光景にいつまで経っても慣れることができない。

というより、この光景はいとも簡単に私の“トラウマ”を引き起こす。

そうした恐怖に呑まれる一瞬前、自分を奮い立たせて私も同じく銃口を高田へと向けると、高田の顔が怒りに染まるのが分かった。


「私が、……私がこの国のトップに――!」


その怒りのままに怒鳴り声を上げ、高田が引き金を引こうとした瞬間。

突然、高田が言葉を止め、そのまま前方にゆっくりと倒れて行った。


「……」

「気絶したか……」

「うん……」


床に倒れ、肩から血を流しながら動かなくなった高田を眺め、そう呟いた修介に小さく頷いた。

数秒前まで会話をしていた相手の傍らに行き、静かに膝を折ると、本当に気絶しているのかを確認するため、彼の状態を確認する。

するとやはり高田は気絶しているようで、立ち上がると私のためにその手段を取った彼に無線を繋いだ。


「ありがとう、春樹」

『おー』


無線の向こう側の彼は、いつもと同じくダルそうな声色で。

そんなところも彼らしいなと思いながら、きっと彼は今愛用の狙撃銃を片手に私たちのことを見守っていてくれているのだろうと微笑みが浮かぶ。


「帰ろうか」


それは、目の前の修介や翼、朔弥に向けて放たれたものでもあれば、無線の向こう側に別々にいる春樹と界に向けたものでもあった。


「おう」

「ああ」


帰って来た言葉は様々であったが、頷いてくれた全員と一緒に私たちはその戦場を後にした。

沢山の罪悪感の“黒”を積もらせたまま。



「――報告は以上になります。」

「そうか……。分かった。報告ありがとう」


あの後、救急車に連絡だけを入れて戦場から帰ってきた私たちは、そのままの足で氷室グループのトップである氷室 孝一さんが住む、屋敷と呼べるほどに大きな家までやってきていた。

私たち暁は氷室さんに兵士として雇われていて、勿論さっきの戦いも氷室さんからの指示によるもの。

そのため、今はこうして氷室さんに先程の戦いの報告をしていた。

「報告ありがとう」そう言った氷室さんは“氷室グループのトップ”としての顔をしていて、その表情や雰囲気を見ると、いつも少しだけ背筋が伸びてしまう。

だけど、仕事の会話が終わったことで“仕事の顔”を脱いだ氷室さんは、私たちの良く知る顔へとフッと変わり、雰囲気を緩めると。


「……皆、お疲れさま」


私たちに向けて、まるで自身の子供にでも向ける様な声色で労いの言葉を放ってくれた。

その瞬間が私はとても好きで、この状態の氷室さんの声を聞くと、「ああ、やっと帰ってこれたんだな」といった実感にもつながっていた。


「高田グループは落ちた。これで俺たちの悲願にまた一歩近づくことができたね」

「はい……。そうですね」


まだ手を伸ばすには遠い“悲願”を見据えながら放った氷室さんの言葉に頷けば、あの日のことが思い起こされる。

私たちがこの道へと進むきっかけとなったあの日。

今でも目を閉じれば鮮明に浮かび上がってくるあの瞬間が、……あの子の背中が全てを変えた。


「この日本を統一し、もう一度過去の様な平和を取り戻すために……」


どこか独り言のように、自分に言い聞かせるように、皆と“悲願”を再確認するかのように呟き落ちた私の言葉にその場の全員が頷いた。


「ああ」

「そうだな!」

「そうだね」


それはとても力強く、頼もしく。

不敵に笑う皆を見ていたら、この願いもいつかは実現するのではないかと錯覚してしまう。

そんな素晴らしくも頼もしい仲間たちと、私はこれからも戦い続ける。

まだ見えぬ“悲願”に向けて。






***




ここは、東京オリンピックの開催が決まり、日本中が歓喜に沸いた年から幾らか先の日本。

数年前、当時の内閣総理大臣が謎の死を遂げ、それを機に誰をこの国のトップに立てるか、政治家たちは揉めに揉めた。

当時最有力候補だと言われ名が挙げられていたのが、穏健派で知られる樋口氏と、古株の田辺氏。

政治家たちは二つの派閥に二分し、毎日のように国会では討論が繰り広げられていた。

すると、気付けばその輪がどんどんと広がっていき、多くの権力者や著名人らを巻き込んで。

いつしかそれは日本という国を左右するほどの大きな争いへと発展していった。

そうなれば、その機に乗じて我こそはと言い出す人たちも名乗り出て来て。

その結果、ある地域で起こった争いで、ついに初の死者が出てしまったのだ。

するとそれを境に、次々と各地で同じようなケースが報告され、そうした流れはついに法律を変えるに至った。

銃刀法が改訂され、全ての国民が武器を持つことを許され、流れは更に激しさを増す。

政府の権力が弱まり、人々は個人で戦うことを止め、各地でグループと言う名の派閥を作り、自身の勢力を伸ばすための戦いが日々繰り広げられるようになってしまった。

現在は、そうした混沌とした時代の中にまだあり。

そして私たちの暮らすこの場所は、今の日本では『4区』と呼ばれ、特に戦いの激しい場所と化している。

だが、そうした現代でもしっかりと定められているラインはあり、大まかに分ければそれは3つある。



1つ目は、先程も話した通り現代では銃刀法が改訂され、全ての国民が武器を所持することが許されているのだが、過去の平和だった時と同様、中毒性のある薬物などは違法だということだ。


2つ目は、罰則についてだ。

現代では国民は『戦闘員』と『非戦闘員』の二種類に分類されていて、『戦闘員』とは戦場に出て戦うか否かに限らず、全国を巻き込んでのこの権力戦争に参加している人間全てを『戦闘員』と呼ぶ。

つまり、一切戦うことのない『戦闘員』もいるということだ。

逆に言えば、そういった争いごとに一切関わっていない人たちは『非戦闘員』と呼ばれる分類、つまり一般人に当たる。

そうした『戦闘員』たちは多くの場合派閥に属しているのだが、その権力戦争に参加してる派閥を○○グループと呼んでいる。

そして罰則というのは、原則として『戦闘員』は『非戦闘員』に手を出してはいけないというもの。

もしも手を出した場合は、一発で刑務所行きとなってしまう。

ただ、これはあくまでも“原則”であって、『非戦闘員』側からの一方的な暴行などを受けた場合の“正当防衛”なら反撃することも許可されている。

しかし、いくら正当防衛であっても『戦闘員』が『非戦闘員』に対し殺害を犯してしまった場合は、何らかの罪に問われる可能性は十分にあるのだ。

そして逆に『非戦闘員』が『戦闘員』を悪意的に傷つけた、または殺害を犯した場合だが、それも罪に問われることになる。

ただし、『戦闘員』が『戦闘員』を殺害することだけは罪には問われない。


そして最後に3つ目だが、これは『戦闘員』と『非戦闘員』の判別だ。

『戦闘員』は原則として左の胸元に、自身の所属するグループのエンブレムが描かれたバッジを付けなければならない。

これにより人々は『戦闘員』か『非戦闘員』かを判別するのだが、例外として『戦闘員』は会社や学校にいる時など、戦いに参加する可能性が無い場合にのみ、そのバッジを外すことが許されている。

そしてそのバッジを外してしまえば、その『戦闘員』はその期間のみ『非戦闘員』になることとなる。



つまり、各地で『戦闘員』たちによる権力戦争が行われているのだが、経済や公的施設は正常に回っているということだ。





これが、私の暮らす“日本”という国の現状だ。


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