僕と、おじさん
「ギャギョ!!」
歪な音がした。
小学校から帰ってきたら、庭に見たことのない男がいた。
見た目は40歳ぐらいだろうか。ぼろぼろのジーパンとTシャツを着ている。
手にはビニール袋を持ち、僕の方を見て煙草を吸っている。
「おじさんは誰?」
僕は恐る恐るおじさんに聞いてみた。
「おじさんはね、君のママの友達なんだ。」
おじさんは張り付いたような笑顔で僕に笑いかけた。
その眼は焦点が合わず、僕の方を見ていないようだ。
「おじさんはね、君のママと仲良しなんだ・・。」
おじさんがまたしゃべりだした。
おじさんの口からは何かすごく嫌なにおいがした。
生ゴミと煙草をかき混ぜて、5日間炎天下のアスファルトに置かしたような、
すごく不快なにおいだった。
「おじさんはね、昔から君を知っているよ。これで会うのは3度目だね。」
おじさんが続けて話し出した。思い返してみても僕はおじさんのことは思い出せなかった。
おじさんは煙草を持っていない方の手でビニール袋の中をゴソゴソしている。
「おじさんはね、君にお父さんがいないことも知っているよ。」
僕は嫌な気分だった。お父さんは僕が生まれる前に死んだらしい。
おじさんの口が開くたびにネチャネチャって音がする。
あいかわらず僕の方を見ているようで、見ていない。
「おじさんはね、君が生まれる前から君のママと仲良しなんだ・・。」
僕は嫌な予感がした。
僕はお父さんのことを何も知らなかったからだ。
「おじさんはね、本当はこの家には来てはいけないんだよ・・。」
おじさんがニタニタ笑い始めた。おじさんはビニール袋から、そうっと手を出した。
ビニール袋は微妙に赤黒く、なんともいえない臭気を放っている。
「プレゼントだよ、健児君。」
おじさんが僕の名前を呼んだ。僕は自分の名前がすごく嫌になった。
「ほら、とってもかわいいだろう?」
おじさんの手の中に目線が言った。
僕はギョッとした。
それはまるで恐竜の赤ちゃんの様な、よくわからない生き物だったからだ。
ギエ、ギェギェエエギェェェ・・・ギャギ・・。
ソレは変な声を上げている。
とても頭が大きくて、全身がピクピクしている。
人間のように手足があるように見えた。
「もうすぐ死ぬけど、健児君、仲良くしてやってね。」
おじさんがニタニタ笑いながら手を差し出してきた。
僕は首を横に振って、拒否した。
「おじさんはね、君と仲良しさんになりたいんだ・・。」
おじさんがグイ、グイっと手を突き出してきた。
僕はおじさんに触れるのが嫌で後ろに数歩下がった。
「おじさんはね、こう穏やかだけど怒るとすっごく怖いんだ・・。」
おじさんの眼は笑っていない。
僕は泣きそうになりながらも手を伸ばした。
「健児君だけはおじさんの味方になってくれるよね。」
おじさんが変なことを言いながら、僕の掌にソレを乗せた。
すごく温かく、ネチョネチョしていた。
僕は背筋が寒くなり、震えが止まらなかった。
「健児君はおじさんのプレゼントが嫌なのかい。」
おじさんが初めて僕を見た。
その眼は何よりもドス暗く、僕は戦慄を覚えた。
・・・・思わず目を逸らしてしまった。
「健児君はおじさんの味方になってくれるよね。」
おじさんはさっきと同じセリフを言った。
でも僕にはさっきと同じセリフには聞こえなかった。
「健児君はプレゼントをもらってもお礼が言えないのかい。」
おじさんが悲しそうな声で言った。
僕は震えを殺すように「ありがとう」ってお礼を言った。
「おじさんはね、健児君ぐらいの年の子があんまり好きじゃないんだ。」
おじさんの眼の焦点が、また合ってないことに僕は気づいた。
「健児君は特別だよ、おじさんにとても似ているからね。」
僕は吐きそうになってきた。
スッとおじさんはここで初めて手をひっこめた。
「また来るよ。」
おじさんは、煙草を捨てて足で火を消した。
煙草は、おじさんのボロボロのスニーカーの裏にくっついてしまったようだ。
「バイバイ、健児君。」
すれ違いざま、おじさんは僕の肩にポンって手を置いた。
僕は全身が震えた。喉まで声が出てきたけど、声は出なったようだ。
足音が遠ざかり、おじさんは出て行ったようだ。
振り返ってみたけどおじさんはいなかった。
僕は手の中のソレを見た。もう、死んでいた。
僕はソレを庭に放り捨てた。
ビチャって音がして、ソレは汚らしい汁を身体から絞り出した。
おじさんのにおいがした。
僕はドキッとして後ろを振り返った。
・・・誰もいなかった。
でもおじさんのにおいがする。
生ゴミのような、糞尿のような、とても汚い匂いだ。
僕はすぐに服を脱いだ。
おじさんに触れられた肩のところが緑色っぽくなっていた。
そこからおじさんのにおいがした。
・・それからおじさんはしばらく見なくなった。
でも、1年半ぐらい後に、学校から帰ってくるとおじさんが前と同じように庭にいた。
「久しぶりだね、健児君。」
おじさんが喋りかけてきた。
僕は素早く挨拶をかえして玄関に入ろうとした。
「ギャギョ!!」
歪な音がした。
「健児君、今度は妹だよ。」
僕は振り返れなかった。