入院時の体験
眼を覚ませばベッドの上だった。
「ん? ここは? 病院か?」
「眼が醒めましたね」
白衣を身に纏った綺麗な看護婦さんが話しかけて来た。
看護婦さん曰く
俺は交通事故にあってこの病院に運ばれた。
大きな怪我はなかったけど、頭を強打していたので検査の為、一時入院となった。
検査の結果、異常が認められなければ明日には退院できる。
「覚えていませんか?」
「はい。一人で歩道を歩いている所までです」
看護婦さんは、体温や血圧を計ったりしてくれている間、終始笑顔で話してくれる。
「もう大丈夫ですよ、良かったですね」
「ありがとうございます」
看護婦さんが出て行った後、上半身を起こし額に手を当て、いくら思い出そうとしても事故を覚えていないのは、意識が飛んでいるからだろう。
考えているうちに尿意を催し、病室を出て廊下を歩き、トイレに行く。
男子トイレの扉を開き中に入ると、左側が小、右側が大となっていたので、迷わず左に向かう。
ん? 大の間仕切りの上から男の人が顔を出して俺を見ている。
何でそんな事をしているのか見当もつかないけれど、とりあえず用を足さないと漏らしてしまうので、すぐに放出する。
――フゥ。間に合った。
用も済んで振り返り、間仕切りの上を見たら、いなくなっていた。
気にする事無くトイレを出る。
あれ? あの高さで顔を出すって無理があるんじゃないのか?
あ、でも洋式便器の上に立てば出せるかも。
しかし、何で……。
気になって、もう一度トイレをのぞき込んだら、その男の入っていた大の扉は開いていた。
そして人の気配も無かった。
――頭を打った後遺症かな。
翌日、退院する日。
朝眼が覚め、また尿意を催し薄暗い廊下を歩きトイレに行く。
扉を開ければ、またも間仕切りの上から、男の人が顔を出して俺を見ている。
今度は冷静になって、男の人がいる扉を見れば開いている。
――少し頭のおかしい人なのだろうか。
用をたしている時に、ふと思った。
扉が開いたままでは、あの位置に顔は出せない。
――え?
背筋が凍る。
焦る気持ちを抑え、する事はして洗面台で手を洗い、目の前の鏡を見る。
すぐ背後にその男が、頭から血を流して笑いながら立っていた。
「うわぁーっ!」
体が強直しながらも、思わず振り返ったら誰もいない。
腰を抜かしへたり込めば、直後に扉が開かれ、叫び声を聞いた通りがかりの看護婦さんが入って来た。
「どうしましたか?」
「か、看護婦さ……」
安心感からか気を失った。
眼が醒めれば、運ばれたのかベッドの上だった。
単なる失神らしく問題ないとの事。
しかし、あれは何だったのだろう。
――お化け? 幽霊?
午後になって、退院前の体温と血圧を測りに看護婦さんが入って来た。
思い切って聞いてみよう。
「あのー、聞いてもいいですか?」
「はい? 何ですか?」
「あのトイレに――お化けって、出ます?」
急に笑いながら答える。
「お化けですか? ウフフ、出ませんよ」
「でも俺、見たんですよ。二回も」
「頭を打った直後は、見えないものも見える時があるから、あまり気にしない方がいいですよ」
「そうですか……でもとても鮮明に見えたんだけどなぁ」
「ウフフ。そんな男の幽霊が出るなら、私も見て見たいですね。ウフフ」
そして退院となった。
――え?