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作者: にむろ

 ある晴れた日に、ある親子が山にハイキングに来ていた。

木陰は心地よく、木漏れ日は綺麗だ。両親は微笑んでいて、二人に挟まれ手を繋いでいる小さな男の子は楽しそうに腕を振っている。平凡で幸せそうな家族の、平凡で幸せそうなハイキングである。

 彼らがなだらかな山道を上っているとその途中に栗の木があり、その下には大きな栗がいくつか落ちていた。栗を初めて見た男の子は喜んで駆け寄ってそれを拾おうと手を伸ばした。


 その時、急に栗がもぞもぞと動き出した。男の子はびっくりしたが、隠れた虫さんが食べているのかもしれないとすぐに思い、興味深そうに観察した。

 しかし栗の動きはだんだんと激しくなり、虫がどうこうというレベルではなくなってしまった。そしていつしか栗の乗っている部分だけ地震が来ているんじゃないかと思うほどに揺れだした。それは何かを我慢しているようにも見えた。

 男の子がワクワクしながらさらに観察し続けていると、次に栗はものすごい速さで回りだし、土をまき散らしながら地面を削り始めた。そしてどんどん掘り進み、いつの間にか栗があった場所には底に光が届かないほどの穴ができていた。

 男の子は興奮しながら両親にも早く見てほしいと振り返ったが、目に映った光景があまりにも予想外で絶句してしまった。


 二人とも異常な動きをしていたのだ。

 母親は手で一生懸命穴を掘っていた。父親は始めうずくまって震えているだけだったが、震えがこれでもかというほど大きくなったところで何かの糸が切れたかのように穴を掘りだした。

 優しそうだった二人は今では我が子を気にするそぶりさえ見せず、怖くなった男の子は泣き出してしまった。


 しかしおかしくなったのは彼らだけではなかった。なんと世界中で同じようなことが起きていたのだ。

 ある者は工事現場のドリルをひったくって穴を掘りだし、ある者は潜水艦に乗り込み、またある者は資源開発中の穴に飛び込んだ。ついには核を使おうとする者まで現れた。

 素手で地面を掘るなどという無計画なことをする者も多くいたが、彼らは道具を使うという発想ができなくなるほどに地面の下に夢中になっていたのである。

 中には自分には無理だと諦める者もおり、彼らは絶望して自殺したり、ひどい自暴自棄に陥って犯罪を起こしたりした。

 幼い子供はみな怖がっており、震えながらも理性を保っていられる大人はほんの少ししかいなかった。


 異常になったのは人間だけではなかった。

 植物はいつもの何十倍もの勢いで根を伸ばそうとし、動物達も必死で穴を掘り始めた。何も食さず餓死するまで掘り続ける動物もいた。


 誰もが地球の中心を目指していた。


 男の子はそんなことは知らない。しかし爪が剥がれてもなお地面を掘り続ける両親や、周囲で回ったりとび跳ねたりしている石や栗、後ろの方でゼイゼイ言いながらも必死で穴を掘る老人の姿を見て、ああ、自分も穴を掘らなくちゃいけないんだと思った。


 男の子は地面に手を置いた。

 なぜか両親が社会に対して不満を漏らしていたことや少し前に友達に馬鹿にされたことが頭をよぎったが、次の瞬間には既に違うことを考えていた。


 ―――自分はこの星の中心に行くんだ。


 それが本能なのかもっと別のどろどろしたものなのかも彼には分からなかった。ただ、どこからか湧き上がってくるそれはとてもはっきりしているように見えた。

 

 そして彼は穴を掘り始めた。

 その先にあるかどうかも分からない、甘美な何かを求めて。

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