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短編集

彼女が婚約破棄された諸々の理由

作者: 王加 王非

思いついた勢いで書きました。

「ヴィシリア・ステンドール!誠に申し訳ないが、あなたとの婚約は破棄させていただく!」


 突然の宣言に、ヴィシリア第三王女は困惑していた。

 ヴィシリアの暮らすステンドール王国とその東方に位置するオフィスピア帝国は、長年の間、周辺の資源をめぐり争いが続いていた。しかしこの度、和平が結ばれ、その証として、ステンドールのヴィシリア王女はオフィスピアのシュライク皇子に嫁ぐこととなった。典型的な政略結婚であったが、ヴィシリアは国のためならばと受け入れた。お互いに顔も知らない中で決まった婚約であり、この面会が初対面であった。

 そんな状況での婚約破棄宣言でもあり、ヴィシリアは動揺を隠せなかった。そもそも互いのことを何一つ知らないのだ。心当たりなどあろうはずもない。


「な……なぜですか?シュライク皇子?この婚約は政治的にも重要な意味を持つはず!勝手に破棄するなど許されることではありません!」


「なるほど、あなたは気づいておられないようだな。ご自分の罪を」


 罪……?罪とは何のことだろう……?

 ヴィシリアはここに来るまでの出来事を思い返した。


 国王である父から婚約の話を持ち出されたのは、二ヶ月前のことだった。


「我が国と、東方にあるオフィスピアという国は争いが続いていたが、ついに和平が実現した。お前には彼の国の皇子と結婚し、平和の使者になってもらいたい」


 父が言うには、オフィスピアは技術革新が目覚ましい国であり、対立を続けるのは得策ではないという。ヴィシリアは政治には疎かったが、無駄な争いが無くなるならと二つ返事で了承した。

 それからしばらくして、オフィスピア本国にて、皇子との顔合わせと、婚約を広く発表するための披露宴を行いたいとの招待状が届いた。招待状の中には、正式に婚約の意思を示す同意書も同封されていた。

 ヴィシリアは招待状に従い、単身、オフィスピアに渡った。途中、機械の馬車に大勢の人間が乗り合わせ、何かのトラブル――放送では『シャリョーチョーセー』とか言っていたが意味は分からなかった――で長時間止まったりもしていたので、会場にたどり着く頃には疲労困憊だったが、なんとか約束の時間ぴったりに間に合わせることができた。笑顔の可愛い受付嬢に話を通し、応接室に案内された。同意書を手渡し、淹れてくれたお茶を飲んだ。そして少し待たされた後、黒い上下のスーツを着た男が侍女に連れられやってきた。男は19歳のヴィシリアより一回り歳をとっていたが、清潔感があり、顔に刻まれたシワも魅力的に見えるようなナイスミドルだった。侍従に紹介されて、彼がシュライク皇子だと初めて知った。お互いに挨拶を交わした矢先、突然シュライクは婚約破棄を切り出したのだ。

 やはりどう考えても自分に落ち度は見当たらない。ヴィシリアはそう考えていた。


「やはり分からぬようだな。よろしい、では私から理由を述べよう」


 シュライクはおもむろに立ち上がると、ヴィシリアの着ているドレスを指差した。


「まずはその服装だ」


「服装ですって?」


 ヴィシリアの着ているドレスは、この日のために王宮直属の仕立て屋が最高級の生地を使ってオーダーメイドで仕立てた物だ。ステンドールの国中をくまなく探してもこれ以上のドレスが見つかることはないと言い切れる。

 それを知っているヴィシリアだからこそ、シュライクの言葉は癇に障った。


「それは随分なお言葉ですわね。わたくしの国のドレスがみすぼらしいとでも?」


「そういう問題ではないのだ。周りをよく見るがいい」


 シュライクに促され、ヴィシリアは辺りを見回す。

 会場には老若男女、様々な人間が集まっていたが、彼らの服装は一様に同じだった。男はシュライクと全く同じ黒い上下のスーツ、女は黒い上着に黒いスカート。


「お分かりかな? 我が国ではこの服装が正装と決まっているのだ」


 シュライクは自身の襟を引っ張りヴィシリアに見せつけるように突きだす。


「し、しかし……! 招待状には『ご自由な服装でお越しください』と書いてあったはず……!」


 ヴィシリアの言葉に、二人のやりとりを眺めていた観衆がざわつき、ヒソヒソと話し始めた。


『あれを真に受ける人がいるなんて……』

『こういう場所にはスーツに決まってるだろ……』

『ビジカジならまだ目立たなかったかもしれないけど……』


(え……? これ、私が悪いの?)


 意味の分からない言葉もあったが、周囲のささやく声は明らかにヴィシリアを非難するものだった。


「こ、この国の風習について勉強不足だったことは認めます。でも、たかが服装のことで婚約破棄なんて!」


「それだけではない。君はいつここに到着した?」


 声を荒げるヴィシリアに、シュライクは対照的に落ち着いた口調のまま続ける。


「え……? 時間ピッタリ……だったと思いますけど」


「うむ、そうだな。だが、我が国では5分前行動が常識だ」


「ご、5分前行動?」


「そう、定刻の5分前には準備を終えておき、定刻と同時に物事を始められるようにしておくという精神だ。君は滑り込むようにここに到着していたな?」


「でも遅刻はしてないじゃないですか! 大体、機械の馬車が遅れてたんだから仕方ないでしょ!」


「そうならないためにさらに5分前に行動しておくものだ」


「そんなムチャクチャな……」


 ヴィシリアが反論しようとすると、またも周囲がざわつく。


『いるよね~。ギリギリに来て『遅刻はしてません』って言う子』

『若い子はどこの国もルーズなのかしらねえ』

『機会の馬車って電車のことかな? また誰か飛び込んだらしいぞ』


(なんでみんなこんな理屈で納得してるの……!?)


 シュライクの言っていることはまるで筋が通ってない気がするのだが、オフィスピアの国民は皆同じ考えのようだった。


「理由はまだあるぞ、ヴィシリア・ステンドール。秘書が君を案内した時、お茶を出していたな。君はそれをどうした?」


 なぜか誘導尋問のような口調でシュライクが尋ねる。


「もちろん飲みましたけど……長旅で疲れてましたし」


『飲んじゃったんだ。フフッ』

 野次馬の一人から嘲笑するような声が聞こえた。


「出されたお茶をすぐに飲むのは失礼なことなのだ」


「なんでですか!」


 いい加減、ヴィシリアも我慢できずに徐々に怒りを露わにする。


「訪問先からお茶を出された場合、ホストの人物――この場合は私だな――から『どうぞお飲みください』と言われて初めて口をつけることが許される。さらに飲むときは『いただきます』と一言礼を伝えるのが望ましい」


「そんな面倒なこと一々してられないでしょ!」


「ふ~……やれやれ」


 シュライクは両手を上げ、大げさな仕草でかぶりを振る。


(うわ、すっごい腹立つ)


「さて、これが最後の理由だが、最も重要なことでもある」


「まだあるんですか……」


 意味不明なマナー講座を聞き続け、ヴィシリアは疲れ切っていた。


「最大の理由は、あなたが持ってきたこれだ」


 シュライクは1枚の紙を取り出し、テーブルの上に広げる。それは、ヴィシリアが持参した、婚約の同意書だった。


「ここを見たまえ」


 言いながら、シュライクは紙の右下を指差す。そこには小さな四角い枠が2つ、それぞれの枠の中に、ステンドールとオフィスピアの紋章が入った印鑑が押されていた。婚約に同意したという認印として、両家がそれぞれ押したものだ。

 どちらも枠内に綺麗に納まり、まっすぐ寸分のズレもなく押されている。


「印鑑を押す場合は、相手の方に傾けて斜めに押すのが礼儀だ。それによって相手にお辞儀をしているように見え……」


「知るかっ!」


 ヴィシリアはテーブルの端を掴むと、勢いよくひっくり返した。


「な、何をする!」


 急な婚約者の豹変に、シュライクはうろたえ、周囲は喧噪に包まれる。


「アンタこそさっきから何なの! 訳の分からないマナーをグチグチグチグチと! ええいいですとも! こんな変な国に嫁ぐなんてこっちからお断りよ! このことは帰って父上に包み隠さず報告させてもらいますからね!」


「む……?そうか。じゃあ婚約破棄の稟議書を上げるから私の父、すなわち皇帝の承認が下りるまでちょっと待っててくれ。ああその前に稟議書のここに君の印鑑を……」


 シュライクが言い終わる前に、お茶の乗っていたトレーが顔面に命中した。

 怒りの足取りで会場を後にするヴィシリアに、入口の受付嬢が張り付いたような笑顔で声をかける。


「ありがとうございました~! お気をつけてお帰りくださ~い!」


「うるさい!」


◆◆◆


 ヴィシリアは帰国後、父である国王に全てを報告した。

 婚約破棄を言い出したのはシュライクの方だったとはいえ、和平を台無しにしてしまったことには責任を感じていたが、国王の反応は意外なものだった。


「うーむ。やはりこうなってしまったか」


「やはりですって? どういうことですか?」


「いや、先代や先々代の国王もオフィスピアとは友好の道を進まんと息子や娘と結婚させようとしたり、使者を送ったりしていたんじゃ。しかし、なぜか皆、以前より険悪になって帰ってきたそうじゃ。今度こそはと思ってたんだがのう」


「ああ、そうですか……」


 何故長年に渡ってステンドールとオフィスピアは争いを続けてきたのか。ヴィシリアはその理由が資源問題だけではないような気がした。


 一週間後、ヴィシリアの下に、オフィスピアから一通の手紙が届いた。手紙にはこう書かれていた。


 ヴィシリア・ステンドール様

 いつもお世話になっております。

 先日はお忙しい中、婚約発表披露宴にお越しいただき、誠にありがとうございました。

 誠に残念ながら、今回は貴意に添いかねる結果となりました。

 大変恐縮ではございますが、何卒ご了承いただければと存じます。

 

 末筆ながら、ヴィシリア様の今後益々のご活躍をお祈り申し上げます。

 

 オフィスピア政府一同


 一読した後、ヴィシリアは手紙をビリビリに破り捨てた。


 ほどなくして、ステンドールとオフィスピアの間に大きな戦争が起こった。

 ヴィシリアはステンドールの一個師団を率いてオフィスピアに攻め込み、10の都市を陥落させる大活躍を見せたそうである。


【おわり】

お読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 国賓に対して参加予定行事に独力で現地集合しろと通達した時点で外交問題ではないかと思うのですが。
[良い点] のり [気になる点] まあ、コメディですもんね・・・ [一言] コメディなのはわかってるんですが・・・ 服装は宗教や民族の正装してる人に「ふざけんなスーツ着て来い!」といってるようなものな…
2018/04/20 20:26 通りすがり
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